

AtCoder株式会社 代表取締役社長
高橋 直大(ちょくだい)
2012年、慶應義塾大学環境情報学部卒業。2014年、慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科修士課程修了。2008年に、Microsoftが主催するプログラミングコンテスト「Imagine Cup」で世界3位を獲得。その後、ICFP Contestの4度の優勝、TopCoder Openの2度の準優勝など、プログラミングコンテストにおいて多くの成績を残す。2012年に、日本でプログラミングコンテストを開催するサービス「AtCoder」を立ち上げ、代表取締役社長に就任。
AIの進化によって、プログラミングのあり方やエンジニアに求められるスキルの再定義が進んでいます。
こうした変化のなか、アルゴリズム理解などの研鑽を積む場として活用されてきた競技プログラミング(以下、競プロ)に対して、SNS上では「AIの台頭で人気が落ちているのではないか」「AIが進化し続けるなかで、自力で学び、挑む意義は失われていくのではないか」といった懐疑的な声も見受けられます。
しかし、こうした認識は果たして正しいのでしょうか。
日本最大の競プロコンテストサイト「AtCoder」を率いる高橋直大さんは「AIのせいで競プロの人気が落ちている事実はありません」ときっぱりと否定します。
さらに「現時点でAIは競プロにおいて人間に勝てておらず、プログラミングの基礎としてアルゴリズムを学ぶことをやめるべきではない」。そして、たとえ「AIが完全に人間のスキルを上回る未来」が訪れたとしても、競プロという文化をなくすべきではない――と語ります。
高橋さんが見つめる競プロの現在、そして今後のあり方についてお聞きしました。
「AIの進化で競プロ不人気論」が誤りといえる理由
――近年、SNS上では「AIの発展で競プロ人気が落ちているのでは」というような投稿が見受けられます。実際のところ、AtCoderではそういった傾向がありますか?
高橋:いいえ。確かにAIによる不正などを不快に感じているユーザーは存在しますが、総合的に見ると、AtCoderのコンテストの参加者数は減っていませんし、AIの発展が原因で人気が落ちているとは考えられません。
確かに日本のユーザーは減っていますが、その一方で、中国のユーザーがどんどん増えていて、登録者数全体で見ると均衡あるいは微増で推移しています。
また、「日本のユーザーが減少している」というのも、そもそも数年前に、コロナ禍で在宅時間が増えたことでユーザーが急増していたという背景があります。つまり上振れた数字が現状との比較対象となっているんですね。いわば、“コロナ特需”が終わっただけであって、AIの影響とは考えていません。

そもそも「AIの発展で競プロの人気が落ちている」という考え方の背景には、「AIのせいで競プロのスキルが役に立たなくなる」という思い込みがあるように感じます。
ただ、そのAI開発の最前線にいるエンジニアには競プロ経験者も多く、その流れで現状ではAtCode上位層の成績が採用指標のひとつとして機能している側面があります。特に海外ではその傾向が強いですね。
――おっしゃるように「AIのせいで競プロが不人気」という見方の根底には、「AIが進化しているから、スキルを磨く意味がなくなってきた」「人間はAIに勝てない」という見方がありそうです。前提として、現在のAIは、どれくらい競プロの問題を解けるようになっているのでしょうか?
高橋:まず、前提として押さえおいていただきたいのは「AIは使い方によって大きく性能が変わる」という点です。
AIが競プロで世界1位を獲得した事例もありますが、こうしたことが起きるのは、大量の計算資源と専用エージェントを使った場合です。
「ChatGPTに質問してコードを出力してもらう」といった、一般的な使い方の場合は、AtCoderのアルゴリズム部門なら100位以内に入るかどうか、ヒューリスティック部門(※)なら中堅参加者くらいの実力です。つまり、世界トップレベルの人間には遠く及びません。
AIは得意不得意の差が大きく、特に「この問題は何々法で解けるぞ」と気付くような“アルゴリズム的な発想力”が求められる問題や、思考時間が長い問題を苦手とする傾向がありますね。
※ヒューリスティック部門: 最適解を導き出すのが困難な問題に対し「どれだけ良い解を出せるか」を競う部門。
AIには代替できない「人間が自力で問題を解く意味」
――AIの競プロスキルは世界トップレベルの人間には及ばないとはいえ、AIが年々進化しているのも事実です。競プロの競技としての質や公平性を維持するために、AtCoderでは現在、どのようなAI対応をとっているのでしょうか?
高橋:AtCoderでは、コンテストの種類によって異なるAI対応をとっていて、時期によって方針が変わったものもあります。
例えば、最上位層向けの「AtCoder Grand Contest」では、もともと「AIが解けない問題であることを確認したうえで出題し、参加者のAIの使用を許可する」という運用をしていました。
ですが、2025年9月、事前にGPT5-Proでクエリ上限に達するまで正解が出力されないことをテストしていたにもかかわらず、出題後、AIだけで解けてしまった事例がありました。
――AIの出力に不確実性がある以上、解けないことを保証するのは厳しいのでは?
高橋:技術的な可能性だけで言えば、膨大なサーバー費用を費やせば保証できるかもしれません。ただ、やはり現実的ではありません。
そのため、「AtCoder Grand Contest」では「AIが解けないことを確認して出題する」という方針を断念し、ルールも「AI使用禁止」に改変しました。「お金をかけてAIで不正すれば勝てる」という状況になると、競技として面白くありませんから。
――「AtCoder Grand Contest」に限らず、一般論として、「禁止しても不正にAIを使うユーザー」が出現して競プロの競技性を阻害するおそれがあるかと思います。そういった問題は顕在化しているのでしょうか?
高橋:競プロ業界全体で見ると、AIによる不正は大きな問題です。ただ、AtCoderでは大きな支障は出ていません。

もちろん、私たちも独自技術で不正利用を検知し、アカウントをBANするなどの対応を行っています。
ただ、そもそもAtCoderは不正者が比較的少なく、大部分の健全な参加者のレーティングにもほとんど影響が出ていません。ユーザー体験を左右するような問題にはなってないと思います。
――なぜAtCoderでは、AIによる不正者が少ないのでしょうか?
高橋:競プロにおける不正の多寡には、“取り組む目的”などが影響しています。
その目的は、国ごとに異なる傾向があります。
不正者が少ない国のひとつである日本を例にとりましょう。日本のAtCoderユーザーのメイン層は、本格的にプログラミングを学び始めて「何か面白いこと、スキルアップに役立つことをしたい」という動機を持つ大学生です。社会人になっても続ける人の割合が高いのも特徴で、純粋に娯楽として楽しむ傾向があるようです。
――「自分が問題を解いて楽しむ」ことが目的なら、AIに解かせる意味はありませんね。だから、日本では不正が少ない?
高橋:はい。
次に、他国にも触れさせてください。中国には「情報オリンピックで上位50位以内に入ると、受験勉強をスキップして難関大学に進学できる」という制度があり、近年、競プロ人口が爆発的に増加しています。
“10歳から通える競プロ専門の塾”が存在するほど若年層の間で広まっている一方で、大学進学後は競プロをやめてしまう傾向も見られます。
――中国では、競プロが大学進学という実益に直結しているわけですか。となると、不正は多いのでしょうか?
高橋:いえ、むしろ不正が少ないのです。
彼らにとっては、情報オリンピックこそが本番であって、AtCoderのようなコンテストサイトは、そのための勉強場所という位置づけ。
ここでAIを使った不正行為を行うのは、言ってみれば「結果を問われる試験本番ではなく、その勉強のなかで問題集を解いたり模擬試験を受けたりするときにカンニングする」ようなもので、あまりメリットがありません。
一方で、不正が多いのはインドのユーザーです。
インドでは、コンテストサイトのレーティングを、就職を有利に進める実績として使うために競プロに取り組む人が多く、手っ取り早くレーティングを上げようと、不正にAIを利用するユーザーが後を絶ちません。運営側では個人特定が難しいため、BAN以上のペナルティーを受けにくい、という事情もあります。
しかし、幸か不幸かわかりませんが、AtCoderはインドでのシェアを取れていません。
インドの採用市場では「CodeChef」や「Codeforces」といった他のコンテストサイトのレーティングが評価指標として使われることが多く、AtCoderの記録は重視されないようです。
――ズルしてまでAtCoderのレーティングを上げたところで、インドでは採用担当者にすごいと思ってもらえない。
高橋:以前、インド人がSNSで「AtCoderは良いコンテストサイトだ。就職の役に立たないから不正者が少ない」とポストしていました。
――AI不正の話を通じて「競プロに取り組む意味がユーザーによって異なる」ことが見えてきました。AtCoder株式会社の代表である高橋さん自身は「競プロに取り組む意味」をどう考えていますか?
高橋:私はよく「競プロとはスポーツのように“真剣に取り組むべき遊び”。面白くて、ついでに就職に役立つスキルが身につくもの」だと説明しています。
就職に直接つながることをしたいのであれば、資格取得など、競プロよりもコストパフォーマンスの高い選択肢があります。
しかし、「面白くて、ついでに就職に役立つ」という風に、間接的なメリットを期待しながら何かに取り組むという楽しみ方もできる。こうしたケースは、競プロに限らずあると思います。
例えば「将来の就職のために、体育会系の部活に入ろう」と考える人は、おそらくあまりいないと思います。しかし、すでに運動部に所属している人が「ここで頑張ることが、ついでに就職にもつながる」と間接的に期待しながら、自分の好きなスポーツに打ち込んでいる、という状況は十分ありえるのではないでしょうか。

このように現時点においては、競プロを通じて学ぶ意義は間違いなくあります。アルゴリズム理解などの能力は、少なくともいまの社会では高く評価されていて、私は「競プロに取り組む場を提供しつづけてきて良かった」と心から思っています。
2つの未来シナリオで考える「AI時代に競プロに取り組む意味」
――ここまでは、いわば「AIと競プロの現在地」のようなお話を伺ってきました。では、AIがさらに進化していくであろう今後についてはいかがでしょうか?
高橋:正直、将来のことは分かりません。
AIが今後どのように進化するかは予測が難しく、私は複数のシナリオを想定すべきだと考えています。例えば、「AIがあまり進化しなかった場合」「とても進化した場合」のようにです。
まず現在のAIは「人間がロジックを理解しないままシステムが組めるほど進化していない」と考えています。AI単独でまともなシステムをつくりあげることは難しく、アルゴリズムを含む情報科学をしっかり学び、プログラミングをある程度自分で理解している人間の力が必要です。
ここから「AIがとても進化した場合」、学ぶ意義が問われるのは競プロに限りません。現在の小中学生が学んでいることも、AIが代替する可能性があります。
――例えば、「AIがとても進化して外国語を正確に翻訳できるようになるならば、英語を学ぶ必要はなくなる。学んでも将来の役に立たない」といった可能性でしょうか。
高橋:しかし、「いま子どもたちが学んでいることは仕事の役に立たないかもしれないから、勉強する必要はない」と考えるでしょうか。少なくとも私はこのシナリオには全賭けせず、「他のシナリオも考慮して勉強を続けるべきだ」と思います。
――では、もう1つのシナリオである「AIがあまり進化しなかった場合」はどのような未来像でしょうか?
高橋:現在のように「AIはあくまでツールであり、ITエンジニアがある程度ロジックを分かっていないとシステム構築が難しい」という状態が続くと仮定します。
競プロを通じて学ぶ意義は残りますが、それでも、競プロができる“だけ”の人の価値は下がるでしょう。
高橋:AIによってエンジニア全体の生産性が上がって仕事の領域が広がるなかで、「ただコードを書くだけの仕事がなくなる」のであれば、「アルゴリズムで高速化するだけの仕事もなくなる」のは必然です。
競プロを通じて学べることは、エンジニアリングの基礎――「簡単」という意味ではなく「ベースになる」「土台として支える」という意味での基礎――として残る一方で、アルゴリズム理解に限らず、さまざまな基礎を押さえていることが重要視されるようになると思います。
――AIによって人間にできることが増える。その結果、自分の業務とは関係がないから知らなくてよかったことは減る、と。
高橋:ある意味では、「今まで以上に多くの人がアルゴリズムを学ぶために競プロをやるべき時代になる」ともいえるかもしれません。
さらにいえば、より多くの人がコードを書くようになる可能性も考慮すると、そういった「基礎」を学ぶ際の優先順位としては、アルゴリズムよりもセキュリティのほうが高くなるのではないかと思います。
アルゴリズムがわからなくても設計が崩れたり動作が遅くなったりする程度で済みますが、セキュリティのミスは直接的な損害につながり、取り返しがつかないからです。
――「AIがとても進化した」シナリオは全賭けすべきではないものではないとして、ここまで主に「あまり進化しなかった場合」についてお伺いしてきました。しかし、もしも「とても進化した」シナリオが実現したら、競プロに取り組む意味はどうなるのでしょうか?
高橋:もちろん、そのような未来が来る可能性も無視すべきではありません。
「AIがとても進化した場合」、つまりAIが何でもできるようになり、ITエンジニアという職業が不要になった場合、競プロは娯楽、あるいはスポーツのような存在になるでしょう。
私は、競プロは非常に面白い文化であり、たとえ実用的な意義がなくなったとしても残すべきだと考えています。「どんな未来がやってきたとしても、競プロという文化を守る」ための準備も進めています。

取材・執筆:川島 昌樹
編集:川島 昌樹、田村 今人
撮影:赤松 洋太

