

テックリブ株式会社 代表取締役社長
高橋隆志
株式会社インプレスにて紙の編集者として雑誌、ムック、書籍などの出版に従事。「年賀状素材集」「カレンダー」「世界一やさしい」などの数多くのシリーズに関わり、スマホ雑誌の創刊も手掛ける。2023年、株式会社インプレスの代表取締役社長に就任。

株式会社Legal Technology 代表取締役CEO 弁護士
二木康晴
法律事務所にて、M&Aをはじめとする企業法務、訴訟、事業再生案件等に従事。その後、経営共創基盤(IGPI)に参画し、新規事業の創出、M&A、スタートアップへの出資、投資先における監査役業務等を担当。株式会社Legal Technology創業後は、「リーガルライブラリー」「丸善リサーチ」などのサービスを開発・運営。
2025年12月15日、あるサービスのリリース情報がエンジニアの間で大きな話題になりました。国内出版社10社が連携した技術書のサブスクリプションサービス「TechLib」です。
技術書の読み放題サービス「TechLib」が開始、インプレス、オーム社、翔泳社など10社が参加/本文も含めた全文検索機能アリ、ソースコードはコピペ可能【Book Watch/ニュース】 https://t.co/SN2hJmcRiI pic.twitter.com/CFV0RSDMJm
— 窓の杜 (@madonomori) 2025年12月15日
技術の学習体験を大きく変える可能性を持ったこのサービス。不思議なのは「なぜ成立したのか」というポイントです。
運営元であるテックリブ株式会社の運営に深く関わっているのは、株式会社インプレス。そして、システムを担っているのは、実は株式会社Legal Technologyという、もともとは法律専門書等を用いたリーガルリサーチサービスを提供するスタートアップ企業です。
TechLibは、「法律」と「技術書出版」という畑違いの企業が連携したプラットフォーム上で、さまざまな出版社が手掛けた数百冊の技術書が読み放題になっている、という異色のサービスなのです。
なぜいま、技術書出版社たちが参画するプラットフォームが誕生したのでしょうか。
テックリブ株式会社代表でもある高橋隆志さん(株式会社インプレス代表)、株式会社Legal Technology代表を務める二木康晴さんの両名にお話を聞きました。
「専門書の電子書籍化」という、実は高かったハードル
――TechLibのシステムを担っているのはLegal Technologyという、一見「本のサブスクサービス」とは関係なさそうな企業。そもそも、どういった事業を手掛けている企業なのでしょうか?
二木:Legal Technologyの成り立ちからお話しさせてください。
私はもともと法律事務所で働く弁護士で、仕事のために非常に多くの専門書を読んでいました。
例えば「新株予約権」に関する実務上の論点があった場合、弁護士会の図書館まで足を運んで、調査のために専門書を引っ張り出してきます。そこから派生して「株主総会の手続き」についても調べる必要が出てきたら、そのためにまた別の本を探します。
法律系の専門書というのは、1000ページを超える、まるで「鈍器」のような厚さの本も少なくありません。しかも、『会社法1』『会社法2』『会社法3』といった書名だと、実際にページをめくってみるまで、自分が知りたい内容がどの巻に記載されているのか分かりません。そんな環境で「必要な情報がこの本にもない、あの本にもない……」と探し続けていたのです。
これはさすがに効率が悪い。「法律系の専門書を電子書籍化し、いつでもどこからでも自由に検索・閲覧できる仕組みを作ろう」と考え、2018年に株式会社Legal Technologyを設立しました。そして、法律系の出版社の方々の協力を得て、その仕組みを実現したサービスが「LEGAL LIBRARY」というサービスです。

――それほど切実なニーズがある一方で、なぜそれまで法律系の専門書の電子書籍化は進んでいなかったのでしょうか?
高橋:紙の本を電子書籍化する作業は、一般に想像されている以上に大変なんです。
電子書籍にはさまざまなフォーマットが存在し、配信するプラットフォームによって仕様も異なります。それらに合わせてタイトルや概要、目次といった書誌情報を一つひとつ整え、何種類ものデータを作成しなければなりません。
二木:プラットフォームをKindleに限定したとしても、出版社には頑張ってデータを整えて納品するための負担がかかり、「そのコストに見合うだけの利益が出るのか」という懸念が生まれます。
特に法律系の専門書を手掛ける出版社は、5~10人ほどの小規模な組織が珍しくなく、電子書籍化に踏み切れないことが多かったのです。
そこでLEGAL LIBRARYでは、電子書籍化に伴う出版社の負担をできる限り軽くすることを目指しました。
電子書籍には、端末の画面サイズに合わせてテキストやレイアウトが流動的に変わる「リフロー型」と、紙の書籍のレイアウトをそのまま固定して表示する「フィックス型」があります。私たちは、出版社の負担が少ない「フィックス型」を採用しました。
さらに、電子書籍の利便性を高めるために欠かせない目次作成や、検索用インデックスの付与といった作業も、すべて弊社側で行う体制を構築しています。極端に言うと、出版社側から見たとき「PDFファイルだけ渡せば、あとは勝手に電子書籍化されて収益が発生する」ような仕組みになっています。
――コンテンツを提供する出版社側には「電子書籍化の負担を抑える仕組み」をつくった。では、ユーザー向けにはどのような工夫をしているのでしょうか?
二木:LEGAL LIBRARYは法律業務におけるリサーチ用途を想定しているため、横断検索機能にはかなり注力してきました。
書籍を対象としているため膨大な文字データの処理をする必要があるのですが、検索結果の表示速度が遅くならないように、すべての書籍データのインデックス化などを行っています。
また、PDFファイルをそのままフロントエンドで表示しようとすると、処理が重くなったり通信の負荷が高まったりして、どうしても動作がもっさりしてしまいます。そこで特別な画像処理を行い、本のページを表示するときに重さを感じさせないようにしています。
LEGAL LIBRARYは2019年のサービス提供開始以来、ユーザーの方からさまざまな指摘や要望をいただきながら、そういったブラッシュアップを重ねてきました。
そして、TechLibはこのシステムをベースに構築されているので、いわゆる「強くてニューゲーム」の状態でスタートできていると思います。
――そういえば、TechLibには技術書に書かれているコードをコピーできる機能もありますよね。これは技術書向けに用意された新機能なのでしょうか?
二木:いえ、弁護士が訴状などを作成するときに「……(引用文)……」(執筆者名『タイトル』(出版社、出版年)123頁)」という風に本文を引用することが多く、LEGAL LIBRARYにもコピー機能が実装されています。
技術書向けのTechLibでは、その引用対象をコードに置き換えることにしました。
「本のサブスクサービス」が解決する出版業界の課題とは
――LEGAL LIBRARYは、いわば「法律家向けの本のサブスクサービス」。そのシステムが、TechLibという「エンジニア向けサービス」につながった経緯はどういったものでしょうか?
二木:LEGAL LIBRARYを運営しているうちに、会計士や税理士の先生方からも「税務版や会計版の専門書のサブスクサービスがあったら使いたい」という声をいただくようになり、専門書への期待やニーズは、法律以外の分野にも通底している、ということがわかってきました。
そんな折、本づくりから書店経営まで出版業界に広く関わる丸善さんから「著者や出版社の取りまとめを丸善側で担当し、システム面をLegal Technologyが担当するかたちで、会計・税務業務向けのサービスをやりませんか」というお話をいただきました。
そうして、2023年に始まったのが「丸善リサーチ」というサービスです。
また、弊社もいちIT企業として感じるところなのですが、エンジニアリングも専門書がよく読まれる分野ですよね。Web上で公開されている情報もたくさんありますが、それでもエンジニアは体系的にまとめられた情報などを得るために技術書を読むものです。
そこから「技術領域でも、同様のサービスを展開できないか」と考えていたときに、丸善さんやインプレスさんも同様の構想を持っていると聞き、「それなら一緒にやりませんか」と連携して生まれたのが、TechLibです。
――ではインプレス側は、どういった経緯で「技術書のサブスクサービス」というアイデアにたどり着いたのでしょうか。
高橋:インプレスでは、生成AIが台頭するなかで「本というコンテンツを生かして、何か新しいことはできないか」とさまざまな取り組みをしていました。
例えば、弊社の『できる』シリーズ30周年企画では「ChatGPTを活用したコンテンツ提供はできないか」と、本の情報を読み込ませたRAGを使って技術的な質問に回答するシステムをつくってみました。
そういった模索を続けていくなかで、丸善さんからLegal Technologyさんをご紹介いただき、「それなら一緒にやりませんか」と。

――TechLibでは、インプレス以外のさまざまな国内の技術系出版社もコンテンツ提供というかたちで参画しています。こちらの連携が実現した経緯はどのようなものでしょうか?
高橋:多様な出版社によるコンテンツ提供が実現した背景には、eBP(電子書籍を考える出版社の会)という、さまざまな出版社が集まって、電子出版にまつわるさまざまな問題についての研究や情報交換を行っている団体があります。
実はここでも、「電子書籍の面白いサービスはつくれないか」と議論をしていくなかで「電子書籍のサブスクサービスはどうだろうか」というアイデアが出ていたんですね。
このeBPの関係者を起点に各社に声を掛けていくかたちで、TechLibに参画する企業が増えていき、サービス立ち上げ時点で10社になりました。
――サブスクサービスというアイデアは、出版社の間でも以前から検討されていた。紙の書籍などとはコンテンツ提供や課金の形態が大きく異なりますが、出版社にとってはどんなメリットがあるのでしょうか?
二木:紙の本を書店で販売するとき、刊行後3か月ほどは本棚の目立つ場所に置いてもらえるのでよく売れますが、半年〜1年たつと目立たない場所へと移動されるため、売り上げが低下します。
それに対してサブスクサービスでは、よりロングテールで収益を確保できる可能性があります。TechLibは先にお話した通り、法律業務におけるリサーチ用途を想定したシステムをベースとしているため、強力な横断検索機能を備えていて、出版から一定期間経過していても関連性等に応じて相応しい書籍がヒットします。
高橋:私はインプレスの代表取締役社長でもありますが、現在は出版業界全体がやや落ち込み気味な状況にあります。
紙媒体の市場規模が縮小して1兆円を割り込んでいるなかで、「本というコンテンツを、多様なチャンネルを通じてマネタイズしていきたい」という考えは業界的に強まっていると思います。
――TechLibはリリース発表後、SNS上で大きな反響がありましたが、その後の評判はいかがでしょうか?
二木:TechLibでは毎週新しい本を追加し続けていて、そのお知らせをするメールを送っているのですが、その開封率の高さには驚かされています。
高橋:最近(2026年1月時点)の開封率は、約60%ですね。
――メーリングリストやメールマガジンの開封率は、一般的には20%前後といわれているようです。その3倍ですか。
高橋:「あ、フロントエンドの新しい本が来た」「バックエンドのこれ、いま扱っている分野だ」という風に、自分の気になるテーマの本が入ってくると読みたくなるのでしょうか。
二木:「気になるお知らせが来たときに、その場ですぐに読める」というサブスクサービスの特徴が影響しているのかもしれません。
「自分に合う本と出会える仕組み」で技術書文化を守りたい
――エンジニアの学びの環境は年々変化し、多様な選択肢があります。そのなかでTechLibは、どのような立ち位置のサービスとして考えていますか。
二木:TechLibは紙の書籍を代替することではなく、「紙の書籍と電子書籍が共存する世界」を目指しています。
自分に合う本との出会いがあると「これは紙で手元に置いておきたい」と感じるものですから、TechLibでは出版社のWebサイトへ誘導する導線なども設けています。
ただ、本の中身を確かめずに、自分に合う本を見つけることはできません。われわれのサブスクサービスが、さまざまな本に触れて「こんなに良い内容だったのか」と気付いてもらうきっかけになってくれるとうれしいですね。
高橋:AIを使えば、自分で手を動かさなくてもある程度実装できてしまう時代だからこそ、「本を通じて、技術の基礎を体系的に学んでほしい」という思いがあります。AIの言うことが本当に正しいのかどうかを判断するためにも、知識が必要でしょう。
例えば、近年の新人エンジニアは、入社後に基本情報技術者試験、応用情報技術者試験、AWS認定資格、それからG検定といった資格取得をすることになりますが、TechLibには資格書も数多く用意していますので資格取得にも役立ちます。
TechLibは月額2800円(税別)と、だいたい技術書1冊分くらいの料金で、開発入門書、言語関連、資格書、社会人のマナー書などさまざまな本が用意されています。いまの自分に必要な知識を得られる本を、パラパラと見ることができるので、自分の勉強法に合う本を見つけていただけるのではないかと思います。
――本のサブスクサービスは「本に取って代わるもの」ではなく、「本の良さを生かす」ための仕組みという捉え方なんですね。
二木:はい。近年では、AIの登場が学習環境を大きく変えていますが、私は「人間がつくる技術書がなければ技術の進化は停滞する」「TechLibというサービスが技術書という文化を守るための一助になってほしい」と考えています。
AIは、すでにある情報を探してくることに関してはとても上手です。すでにきれいなデータがそろっている領域ならば、精度高く答えられるでしょう。しかし、現実世界ではそうでない領域が非常に多いのです。
技術書を書くために、著者は自分で手を動かしてさまざまなことを試し、時には公式ドキュメントには書かれていないことまで見つけだします。もしも、こういった技術書づくりの取り組みがAIによって淘汰されてしまったら、深堀りした情報をちゃんと書き起こす人がいなくなってしまうのではないでしょうか。
また編集者にも、著者と対話しながらテーマを決め、原稿が上がってきたら校閲を行ったり、読みやすいように構成を整えたりする役割があります。だから本はニーズがある分野に対して、信頼性が高く、学びに役立つ情報を提供できるのです。
世の中には「情報発信者とユーザーを直接つなげる仕組みのほうが、マージンが発生せず良いのではないか」という議論もあります。しかし、専門書に関しては出版社の介在価値が大きく、情報の質を担保する役割を担っていると思っています。
――最後に。TechLibを通じて実現したい未来について教えてください。
高橋:TechLibでは「自社利益ばかりを追うのではなく、他社とも協力して業界全体で新しいことに挑戦する」というかたちをつくることができました。業界全体を盛り上げていくための活動は、今後も強い思いをもって取り組んでいきたいですね。
実を言うと、TechLibは「一生モノのスキルを身につける」サービスとうたっていますが、エンジニアの方に生成AIで身につかない体系的な知識をしっかりと身につけてもらいたいと思っています。それとともに本の良さを感じてもらえれば、本を見直したり購入したりするきっかけにもなるのではないかと考えています。
二木:Legal Technologyは、「小さな枠組みでいいから世界を変えたい」という想いで活動しているスタートアップ企業です。業界の文化を少しでも前進させることができれば、それほどうれしいことはありません。
LEGAL LIBRARYというサービスの場合、若い世代の法律家の方が「一昔前の法律家はどうやってリサーチをしてたんですか? わざわざ図書館まで行って、重い本を1冊ずつ引っ張り出していたって本当なんですか?」と驚いてしまうような変化が少しずつ生み出せていると感じています。
最近のエンジニアの中には、知りたいことがあっても、技術書を手に取る前にまずWeb上の似た情報をさっと探してしまう人もいると思います。TechLibが技術書へのハードルを下げることで、AI時代に必要な知識を信頼できる情報源から体系的に学べる人が増えていくといいですね。

取材・執筆:川島 昌樹
編集:川島 昌樹、田村 今人
撮影:赤松 洋太

