東芝デバイス&ストレージ株式会社 ストレージプロダクツ事業部
技師長
竹尾 昭彦(たけお・あきひこ)
1995年、東芝の研究開発センター(現・総合研究所)に入社し、ハードディスクを中心とした磁気記録技術の開発に従事。1997年より事業部へ異動し、垂直磁気記録方式や、2019年のFC-MAMR(磁束制御型マイクロ波アシスト磁気記録方式)搭載製品の立ち上げなどを指揮。2023年より現職に就き、HDD全体の技術統括を担う。
東芝デバイス&ストレージ株式会社 ストレージプロダクツ事業部 先行技術開発部
シニアマネジャー
木土 拓磨(きど・たくま)
1999年に富士通へ入社し、ハードディスク開発に従事。2009年の東芝と富士通のHDD事業統合に伴い、東芝グループへ参画。以降、データセンターなどで稼働する大容量ニアラインHDD製品の開発を牽引している。
東芝 デバイス&ストレージ株式会社 公式サイト現在、世界でハードディスクドライブ(HDD)を製造・供給しているメーカーは、3社しかありません。米Western Digital社、米Seagate Technology社、そして日本の東芝デバイス&ストレージ社です。
2000年代、PCや携帯音楽プレーヤーなど身近なデバイスに搭載されたHDDですが、次第にコンシューマー領域では、耐衝撃性やアクセス速度に優れるSSDやフラッシュメモリに主役の座を譲っていきました。しかし、HDDは決して姿を消してはいません。クラウドや生成AIの普及を背景として「データ爆発」時代を迎えた現在、その高いコストパフォーマンスから、データセンターの「ニアライン領域」を支えるインフラとして活躍しています。
HDDの容量の進化も、今なお留まるところを知りません。東芝グループも、独自の記録技術や筐体構造の革新を続けており、2017年には当時業界最大容量である14TBのCMR方式の3.5型ニアラインHDDを製品化し、2026年3月末には30TB超となる3.5型HDDのサンプル出荷を開始しています。
1967年にHDD業界に参入し、世界でも類を見ないレベルの「HDD小型化」を極めた東芝グループは、2000年代半ば、どのような経緯でデータセンター向けへと事業の舵を大きく切ったのか? そして、寸法が定まったHDDという規格において、いかにしてテラバイト単位の進化を実現し続けてきたのか?
そこには「あと数年で消える技術」と言われ続けながらも、物理的な限界に挑み続けた技術者たちの情熱がありました。同社の直近約25年間の歴史と、HDDがいまだに進化し続けられている背景について、東芝デバイス&ストレージ社ストレージプロダクツ事業部 技師長・竹尾昭彦さんと、先行技術開発部シニアマネジャー・木土拓磨さんにお話を聞きました。
ギネス級「超小型化路線」の果てに見えた、ニッチ市場の限界
――本日はよろしくお願いいたします。竹尾さん・木土さんの目線で、東芝グループのHDD事業がどのような変遷をたどってきたのか、その歴史についてお教えください。
竹尾:まず私が開発部門に配属された1990年代~2000年代初頭は、現在とは全く異なる市場環境でした。当時は国内だけでも当社のほかに、日立さん、NECさん、富士通さんなどが存在し、海外メーカーを含めると十数社ものHDDメーカーがしのぎを削っていました。
その中でも東芝のHDD事業部隊は、比較的小規模でした。そのため、他社さんがメインストリームとして力を入れていたデスクトップPC向けの「3.5型」よりも、ニッチな市場を主戦場にする戦略をとっていました。
具体的には、自社製品である「Dynabook」とも連携する形で、ノートPC向けの「2.5型」HDDに注力していたんですね。
やがて「もっとニッチな市場で勝負しよう」という方針が強くなっていき、さらに小型の「1.8型」モデルの開発に力を入れることになりました(2000年に生産開始)。
この1.8型モデルは当初、PCの拡張スロット(PCMCIA)向けサブストレージとして市場投入したのですが、こちら自体は、残念ながらあまり普及しませんでした。
しかし、この技術は2001年、全く別の場所で花開きました。
――PCとは別の場所、というと?
竹尾:初代iPodです。
当時のApple社の「携帯音楽プレーヤーに大量の音楽を入れられるようにしたいが、当時のフラッシュメモリでは容量が全く足りない」というニーズに、当社の1.8型HDD(初代iPodでは5GBを搭載)が合致したのです。
ご存知の通りiPodは爆発的な売れ行きとなり、我々も非常に大きな市場を獲得できました。
この成功体験により、我々はさらに小型化を突き詰めるようになり、2004年には「0.85型」のHDDを開発しました。
▲「0.85型」モデルは、世界最小のHDDとしてギネス世界記録にも認定。100円硬貨の小ささに迫るサイズだった。
――すさまじい小ささですね。
竹尾:しかし、この0.85型HDDの開発を通じて、社内の空気が変わりはじめました。「このままの路線だと、だんだん戦うのが厳しくなっていくのではないか?」との声が出るようになったのです。
――なぜでしょうか?
竹尾:これほどまでに小型化されてくると、記録できる絶対的なデータ容量が、急速に進化し始めていたフラッシュメモリとあまり変わらなくなっていくことに気がついたからです。
さらに、モバイル機器用途において重要視される耐衝撃性の観点では、物理的なディスクを回転させ、磁気ヘッドを動かすメカニカルな構造を持つHDDは、半導体であるフラッシュメモリに勝つことは原理的に困難です。
――小型化の果てに、物理的な壁に行き当たったのですね。そこから、事業はどう変化したのでしょうか。
竹尾:エンタープライズ向け領域へと、舵を切ることになりました。
そもそも、同時期にはHDDメーカーの統廃合が進み、すでに4〜5社程度にまで集約されつつありました。
競合が多かった時代なら、ニッチ市場の隙間狙いでも生き残れました。しかし、少数の巨大メーカーが市場を争う状態になると、次世代技術への莫大な投資競争になります。ニッチ市場の小さな売上規模では、その投資競争に耐えられなくなってしまうのです。
そのためにも、もはや大容量HDDという「メインストリーム」の市場と向き合うほかなかった。こうした経営的な判断もあったのです。
富士通との事業統合、そして「大容量市場」への再挑戦
――エンタープライズ領域への参入は、順調に進んだのでしょうか。
竹尾:結構、苦労しましたね。
2006年ごろにはAWSのサービス提供が始まったため、データセンターへの展開も意識していましたが、まずはDell様やHP様向けに、トラディショナルなサーバー向けの製品から着手しました。
しかし当時の我々には、エンタープライズ向けの厳格な品質要件や、24時間365日稼働し続けることを前提としたワークロードに関する知見が不足していました。
そんな我々にとって大きな転機となったのが、2009年の富士通さんとのHDD事業統合です。エンタープライズ向け製品における実績と信頼性を持つ富士通さんと手を組むことで、不足していたノウハウを獲得しようとしたのです。
ただ、ここにも大きな問題がありました。そもそも、我々も富士通さんも、データセンター向けの大容量HDDでも主流となっていく、「3.5型」サイズの製品ラインナップを有していなかったのです。
木土:私はもともと富士通に在籍しており、2009年の統合のタイミングで東芝へ参画しました。先ほどの話の通り、東芝はモバイル機器用途の2.5型HDDが中心でした。
富士通の場合はモバイル機器向けHDDとエンタープライズ向けHDD製品を有してはいました。しかし、エンタープライズ向けHDDにおいても高性能化を追求する過程で、3.5型から2.5型へ、サーバ内でHDDが占有する空間あたりのデータ容量を維持しながらのダウンサイジングに向かった経緯があったため、3.5型製品の不在が深刻な課題となっていました。
そこで統合後、両社で重複していた2.5型モデルの開発人員を再配置し、3.5型のニアライン向けプロジェクトを始動させることになったのです。
これが、現在の当社のデータセンター向け大容量HDD事業の基盤となっています。
――とはいえ、3.5型市場にはすでに競合の大手メーカーが存在していたはずです。どのようにしてシェアを獲得していったのでしょうか。
竹尾:もともとPC向けの製品などを通じてお付き合いのあった企業様には、サーバー向けにも少しずつ3.5型モデルを販売できるようになっていったのですが、莫大な需要を持つGAFAMクラスのデータセンター領域には、なかなか参入できずにいました。
もちろん、我々も大容量HDDの最新技術への追従に、全力を挙げてはいました。
例えば、2010年代半ばに登場した、筐体を完全に密閉し、内部に「ヘリウム」を充填する技術。従来のHDDは、記録密度を上げるために、データを読み書きするヘッドとプラッタ(磁気ディスク)の距離を限界まで近づけていくと、利用環境によっては極小のコンタミネーション(異物)が入り込むことで読み取りエラーが起きるリスクがありました。
その問題を解決するべく、HDDを密閉させる技術が登場したのです。そしてこれは、容量の増加にも生かせる技術でした。
HDDの容量増には、3.5型の筐体内に収容するプラッタの枚数そのものを増やすのが最も直接的な手段です。しかし、限られた空間に何枚も詰め込むと、ディスク間の隙間がどんどん狭まっていきます。すると、ディスクが回転する際に発生する空気の乱流によって、深刻な振動が生じ、ヘッドの正確な位置決めが困難になってしまう。
そこで、筐体の中を空気の約7分の1の密度であるヘリウムで満たす。すると気体の抵抗が減り、振動の課題が解決されるわけです。
――そのような進化が起きていたのですね。
竹尾:ただしこれらは、どのメーカーも共通して取り組んでいる技術に過ぎません。
結局、後発の我々が市場をこじ開けるには、我々ならではのアドバンテージを提供しなくてはいけない……。そんな課題意識がありました。
そこで2017年。当時の3.5型モデルのプラッタの搭載数は、7枚が業界最大だったところ、我々は世界で初めて「9枚」を搭載したHDDを開発し、発表しました。
容量も従来製品の10TBから、業界最大容量14TBへと増やすことができました。
――「8枚」も飛び越えて、いきなり9枚搭載の製品を出したのですね。市場の反応はどうでしたか?
竹尾:初めて、巨大データセンター事業者の方々が「そこまでの大容量を実現できるのであれば」と、我々の製品を導入してくださるようになりました。
これを機に、データセンター市場への本格的な参入が始まったのです。
やはり、いちどでも「世界一」を取るというのは、市場においてプレゼンスを示す上で非常に大事なことだったのだと思います。
ただ、この時は業界を1歩リードしたものの、当然他社さんもすぐに追いついていきます。以来、追い抜かれて、追い抜いてのシーソーゲームが続いています。
――しかし、それまで7枚で足踏みしていた中、どのようにして9枚ものプラッタを標準サイズの筐体に収めたのでしょうか。
木土:何か魔法のような技術を使ったわけではなく、地道な取り組みの連続です。
端的にいうと、設計の寸法を極限まで詰め、プラッタをはじめとする内部部品を薄型化しました。
しかし、各部品を薄くすればするほど、製造バラつきの影響を受けやすくなり、回転時の安定性の確保が一層難しくなります。このバラつきを改善し、品質を保ったまま薄型化を実現するために、部品サプライヤーの皆様と密に連携をとりました。日本企業の得意分野である、「すり合わせ」ですね。単に寸法を指定するのではなく、我々のテスト結果や試行錯誤のデータを共有し、加工の微調整を何度も重ねることで、高い精度での薄型化に対応していただけるようになったのです。
こうした薄型部品と、我々の積層技術を組み合わせることで、9枚搭載を実現しました。
――それにしても、根本的な質問ですが。なぜ2000年代、HDD事業を継続することにしたのでしょうか。
竹尾:かつて2.5型市場で大きなシェアを得たのもあり、経営層が「安定事業」だと捉えていたから、というのは大きいですね。
――とはいえ、小型化路線の際に「この先厳しい」とも考えたのですよね。それならば事業を縮小するとの判断もあり得たはずですが、むしろ大容量路線へ追加投資してまで、HDD事業で勝負しようと考えたのはなぜだったのでしょうか。
木土:後から東芝に参画した私が傍から見ていて感じたのは、むしろその小型化技術を「やりきった」からではないか、と。
0.85型という極限まで小型化を追求したからこそ、「この路線の先には、いずれNANDフラッシュメモリに太刀打ちできなくなる日が来る」ということに、事業として手遅れになる前に、いち早く気づけたのでしょう。
もしも中途半端な小型化で満足して利益を出し続けていたら、フラッシュメモリの脅威を正しく評価できず、売れなくなるギリギリまでモバイル市場に固執していたかもしれません。極端な小型化まで行って早期に限界に気づけたからこそ、落ち着いて検討を重ねた上で「今ピボットすれば、新しい市場で戦える」との判断を下せたのだとみています。
▲左端は1977年に生産開始をした、「14型 HDD」(容量は12MB/36MB)。
「あと3年」と言われ続けて。 HDDがいまだに進化し続けられる理由
――HDDは、1956年に誕生したとされます。現在も事業として力を入れているというのは、70年近く経ってなお進化の余地がある、ということなのでしょうか。
竹尾:そうですね。
振り返ってみれば、フラッシュメモリやSSDが登場した時には「HDDはもう終わる」といった声をメディアなどで見かけることがありました。そもそも、私が1990年代に入社した頃にも「光ディスクの勢いがすごいし、HDDなんてあと2、3年で終わるのでは」という世間の声をよく耳にしたものです。
しかし、「あと3年」「あと3年」と定期的に言われ続けながら、気がつけばもう30年近くこの仕事をしています(笑)。本当に、不思議な業界です。
――「終わる」とも言われ続けているHDDが、現在に至るまで物理的な限界を突破し、容量を増やし続けられているのはなぜなのでしょうか。
竹尾:これは、HDDの醍醐味でもあるのですが……。このデバイスが生き残り、今なお進化し続けている最大の理由は、その「規格の緩さ」にあると、私は考えています。
例えば3.5型HDDの場合、厳格に定められているのは「3.5型」という筐体の外形寸法と、サーバーとデータをやり取りするための、SASやSATAといったインターフェースだけです。
裏を返せば、この点だけを守っていればいいのです。
例えば光ディスクであれば、新しい技術ができたときにはデータを読み書きする機器側の仕様も変える必要があり、「フォーマット規格」自体を再定義しなければならず、それが進化の足枷になりやすい。
しかしHDDの場合、筐体の中にプラッタを何枚詰め込もうが、記録するための磁気ヘッドにどんな未知の技術を使おうが、寸法とインターフェースさえ規格通りであれば、誰も文句を言いません。
特に寸法規格は、1980年代からほとんど変わっていません。だからこそ、お客様であるデータセンター事業者などは、インフラ設備を変えることなく、容量が増えた新しいHDDが登場しても、既存のサーバーラックにそのまま組み込むことができます。
導入ハードルが極めて低いため常に大容量化のニーズがあり、規格変更の手間によって進化の足が止まることがない。そのため、常に研究開発が進みやすいのです。
――寸法の縛りはあれど、同じサイズの中であれば好き勝手にできる、と。
竹尾:はい。
ではどのようなペースでHDDの技術革新を続けているかというと、私たちの場合は、約1年半ごとの製品リリースサイクルに合わせて、容量を増やした新製品をリリースするイメージで動いています。
ただし、研究開発を進めている全ての新技術をいちどに投入するわけではありません。ある世代では「プラッタの枚数を増やす」、次の世代では「記録方式を変えて記録密度を上げる」といったように、技術の手札をローテーション的に切りながら、少しずつ進化させています。
HDDにまつわる各種技術は、実用化までに10年、20年という長い歳月をかけて準備を進めます。複数の技術がまとまって同時期に完成するとは限りません。タイミングごとに実用化できそうなものに注力し、順番に投入していく。そうして、各世代の製品ごとに取り入れた新技術を、どんどん積み重ねていくのです。
ある意味で何をしてもよくて、いくらでも進化の余地がある。常に新しい取り組みをさせてもらえるというのは、技術者冥利に尽きます。私がここまでこの仕事を続けてきたのは、この環境が純粋に面白かったというのが大きいです。
――それが、HDDが進化してこれた大きな理由であり、「HDDという技術の醍醐味」というわけですね。
木土:ただ、限られた箱の中で極限まで密度を高めていくという進化は、当然ながら当社の力だけで成り立っているわけではありません。
薄型化のお話でも触れましたが、HDDのコアを構成する精密部品は、さまざまな企業に支えられています。磁気ヘッドそのものも我々の内製で量産しているものではなく、TDKさんが。磁気ディスクは、レゾナックさんやHOYAさんが。また他にもモーターならニデックさんやミネベアミツミさん、サスペンションなら日本発条さんなど、国内にも部品のサプライヤーさんが多く存在しています。こうした企業とのすり合わせがあるからこそ、精密な実装が可能になっています。
社内での開発も、すり合わせの連続です。HDDの開発には、ファームウェア、読み書きの制御、製造技術など、多岐にわたる分野が絡み合います。自分の専門外の技術者らとも、専門用語を噛み砕きながら話し合う必要があります。
私個人としては、このあらゆる技術を結集させる「インテグレーション(統合)」のプロセスそのものに、大きな面白みを感じています。
HAMRとMAMR:「100TB」を見据えて
――今後のさらなる大容量化に向けて、どのような次世代技術に注力されているのでしょうか。
竹尾:磁気記録の物理的限界を打破するアプローチとして、現在は「マイクロ波アシスト磁気記録(MAMR)」(※1)と、「熱アシスト磁気記録(HAMR)」(※2)という2つの技術が開発の主軸となっています。
もともと、私たちはHAMR技術の導入には慎重でした。データを記録する瞬間にディスク表面をレーザーで約500度まで局所加熱するHAMRは、メディアの表面の品質に化学変化が起きてしまうなど、量産化のハードルが非常に高かったからです。
そのためまずは、熱によるリスクが少ないMAMR関連の技術の量産化を先行させました。2021年に第一段階として、「FC-MAMR」(※3)技術を実装した3.5型製品の開発を行いました。この時には、従来最大容量16TBから、18TBへの容量増を実現しています。
(※1)MAMR:マイクロ波アシスト磁気記録(Microwave-Assisted Magnetic Recording)。HDDの記録密度を上げるには、磁性体粒子を微細化しつつ、保磁力(磁化を反転させるのに必要な力)の高い材料を使う必要があるが、保磁力が高いと通常のヘッドでは記録が難しくなる。MAMRでは、記録時にマイクロ波を照射することで、局所的に保磁力を下げて記録をアシストする。
(※2)HAMR:熱アシスト磁気記録(Heat-Assisted Magnetic Recording)。MAMRと同じく、記録密度向上を実現する技術。こちらでは、書き込み時に記憶媒体へレーザー光を照射して約500度まで局所加熱することで、保磁力を弱める。
(※3)FC-MAMR:磁束制御型マイクロ波アシスト磁気記録(Flux Control - MAMR)。東芝グループが業界に先駆けて製品に搭載した技術。MAMRの原理を応用し、スピントルク発振素子(STO)を用いて記録磁界そのものを増強・制御することで高密度記録を可能にする。竹尾さんはFC-MAMRのプロジェクトを主導した。
――MAMR関連技術を先行させたとのことですが、HAMRには注力しないのでしょうか。
竹尾:そんなことはありません。近年では他社さんがHAMRの実用化を大きく進めており、我々として決して無視できない状況になっています。
もちろん、当社が注力してきたMAMRの分野でも、さらに先の技術である「MAS-MAMR(共鳴型マイクロ波アシスト磁気記録)」の研究を続けてはいます。直近では、記録の鍵となる「微小素子」の発振の振る舞いを観測する評価手法を確立するなど、確かな進展はあります。
ただし、MAS-MAMRは非常に複雑な物理現象を扱うため、まだまだハードルは多い。そのため、現在は並行してHAMRの技術開発にも強く注力しているというのが実情です。
――しかし、当初懸念されていた「500度の熱」という量産化のハードルは、どのように突破していくのでしょうか。
竹尾:その点については、素材の抜本的な見直しによって実用化の目処が立ってきました。
HAMRでデータを記録するには、鉄白金合金など、高い耐熱性を持つ、特殊な磁性材料をディスク上に成膜しなければなりません。ただ、この成膜工程でも、高温の処理が必要になります。HDDのプラッタに従来用いられているアルミニウム合金の基板だと、この処理で溶けてしまうのです。
そこで、近ごろはアルミニウム合金よりも熱に強く寸法安定性も高い「ガラス基板」への移行へ向けて、研究開発が進んでいます。
またアルミ基板よりも剛性も高いため、より薄く成型してもディスクが回転によって波打ちにくいというメリットもあります。この特性を利用することで、直近では10枚が限界とされていたプラッタの枚数を、12枚に増やすこともできます。検証レベルでは、すでに12枚実装に成功しています。
――ではこの先、HDDの容量はどこまで増えていくと予想されていますか。
竹尾:少し先の話になりますが、技術的なポテンシャルとしては「100TB」も十分に到達可能とみています。
もちろん、それをひとつの技術だけで達成することはできません。HAMRの導入による記録密度の劇的な向上に加え、データトラックを瓦屋根のように重ねて記録する「SMR(瓦記録方式)」の最適化、さらには0と1だけでなくマルチレベルでデータを記録する新技術や、エラーを補正する高度な信号処理技術など、考え得る全てのアプローチを同時並行で模索していく必要があります。
データ爆発の時代が続く限り、経済的で大容量なストレージの需要がなくなることはないでしょう。これからも技術的な壁を乗り越え続け、社会のインフラを支えていきたいと我々は考えています。
▲ちなみに、なぜ「3.5型」規格が長年主流なのか竹尾さんに聞くと「規格を変えると、データセンターの既存設備も変更することになり現実的ではない」という事情がまずあるとのこと。加えて「長方形の箱に円盤を入れる構造上、箱を大きくしすぎると四隅のデッドスペースが増える、という事情もあるのでは」。「空間効率を計算すると、3.5型はかなり理にかなっている」とする論文もあるという。
取材・執筆・編集:田村 今人
撮影:赤松 洋太
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