クックパッド・成田一生が感じた「CTOの賞味期限」とは。ワクワクを取り戻すために現場へ

2023年4月19日

クックパッド株式会社

成田 一生

名古屋大学大学院を修了後、2008年にヤフー株式会社に入社。Yahoo! メールのバックエンド開発に従事する。2010年にクックパッド株式会社に入社。サーバサイドのパフォーマンス改善や画像配信を担当後、インフラストラクチャー部部長や技術本部長などを務め、執行役CTOに就任。2023年1月からは『クックパッドマート』の開発に従事。

2022年末に、6年務めたクックパッドのCTOを退任した成田一生氏。この1月に、「CTOがエンジニアのキャリアの終端なんて考えるのは面白くないし、むしろCTOからいちエンジニアになっても価値出せた方がかっこいいし憧れるのでそうしたい 経営やめて現場に入るのはキャリアアップとしか思ってないよ」とツイートして話題になりました。

これは「キャリアアップ=ポジションを上げること」という一般的なイメージを揺るがすものです。

リーダーやマネージャーを務めるエンジニアの中には、自分のポジションと現場との距離に不安感や違和感がある人もいるのではないでしょうか。

今回は、一般的には「キャリアのゴール」と思われがちなCTOというポジションを退任して、現在クックパッドが展開する生鮮食品EC「クックパッドマート」で、エンジニアとして開発に携わる成田氏に「キャリアに迷ったら何を指針に進めば良いか」を伺いました。

CTOはキャリアストーリーのゴールじゃない

──1月中旬の「経営やめて現場に入るのはキャリアアップ」というツイートについて、その真意を教えてください。

多くのCTOは、辞めた後にまた別の会社のCTOをやるじゃないですか。そんなふうに、CTOがエンジニアにとってキャリアの「最終到達点」みたいになっているのは、つまらないと思うんですよね。

僕は「エンジニア」や「マネージャー」、「経営者」といったポジションについては正直どうでもいいというか、その時々で変わっていいと思っていて。実際、CTOになりたい、経営側になりたい、と思って働いたことはないんです。

「自分がなぜ、いまそれをやっているのか」のストーリーに一貫性があって、キャリアストーリーとしてつながっていればいい。来年自分が何をやっているのか分からないことすらも、ストーリーの1つとして面白いなと。

キャリアを単にポジションの上がり下がりで見ると、CTOを降りて、いちエンジニアに戻ることは「キャリアダウン」かもしれません。だけど、僕にとってはキャリアストーリーが次のページに進んだ、前進したという感覚なので、キャリアアップなんです。

──「キャリアストーリーが次のページに進んだような感覚」というのは面白いとらえ方ですね。

CTOになる前はインフラエンジニアで、その後6年CTOをやって……と、僕のキャリアストーリーは、ポジションの上がり下がりに関係なくずっと続いています。

CTOだった間に、優秀なエンジニアがやりたいことに集中できて、どんどん成長できる環境はつくれた。では次に、僕にとって必要なことと、会社にとって必要なことが噛み合う場所ってどこだろうと考えたら、その場所は現場であり、僕がエンジニアとして開発することだと思ったんです。それで、こういう選択になりました。逆にいうと、一生CTOはやりませんとか、もう一生マネジメントをしませんとも思っていないですね。

何が楽しくてコードを書いている? 自問して感じたCTOの賞味期限

──そもそも、CTOの退任を意識するようになったきっかけは何だったのでしょうか?

「理想のCTO」像から、自分がかけ離れていっていると感じたからです。

僕が思う「理想のCTO」像とは、その会社のエンジニアが全員いなくなったとしても、コードとサーバーさえ残っていれば、1人で全部なんとかできる人。要は、会社に残っているコードとサーバーを掘り返して自分でなんとかできる、ということですね。

でも実際の自分は、そうはなれなかった。

最初の2~3年はギリギリ手が動いていたけれど、後半の3年はより現場から遠のいてしまって、技術のアップデートにもついていけていませんでした。

会社でいま何が動いていて、誰がそれに携わっていて、どういう技術が使われていて、といった情報は把握している。だけど、自分が実際に技術スタックを使いこなして新しい価値を生み出せるかというと、全然その状態になかったんです。

誰に何を頼めば解決できそうだというのはわかるので、経営者の仕事としては正しいことができていたのかもしれません。でも、技術の引き出しは大分枯渇して、古びてしまっていると感じていました。

実は2022年の夏、「CTOをやりながら技術者としてコミットする」という宣言をして、クックパッドマートのチームに一度参画したことがあるんです。その結果どうだったかというと、全然できなかった。

経営や組織のことをやりながら、週の半分はコードを書くなんて……時間があったとしても全然頭が切り替わらないんですよ。頭にスペースをつくらないと、コードは書けなかった。経営や組織のことと、コーディングを両立できる人もいますが、僕はCTOを降りないとコードは書けないと実感したんです。

就任当初から、CTOには賞味期限があると思っていたのですが、それがいまなのかなと感じるようになりました。

── ご自身を振り返って、「CTOの賞味期限」が来たとは、どのような状態でしょうか?

技術に対する、圧倒的な好奇心がなくなった状態なんじゃないかなと思っています。

エンジニアの成長と、価値発揮のためには技術のアップデートが必須なので、好奇心はとても大切で。CTOはエンジニアたちの時間軸よりも先を予想しないといけないから、新しい技術にいつでもワクワクしていなきゃいけないのに、最後のほうは、その余裕を失くしてしまっていました。

あまり好きな言葉ではないけれど、「エンジニア35歳定年説」というのがありますよね。この言葉が指す「35歳」がそれまでと一体何が違うのかを考えると、新しいものにキラキラ目を輝かせて飛びつく瞬発力だと思うんです。加齢とともに経験値が増えると、慣れたり感動が薄れたりして、好奇心が下がってしまうということを言いたいのだと理解しています。

以前は、誰にお願いされるでもなく、新しい技術を使って何かおもしろいサービスをつくってみようと、業務時間外に勝手にやっていました。でもいつの間にか、それができなくなっていたんです。時間がないのではなく、面白いことをやりたいとパソコンを開く気力が残っていなかったんですよね。これは20代の自分からすると大きな変化で、もう自分は古びていく段階に入ってしまったんだなという危機感がありました。

面接のとき、候補者に「何が楽しくてコードを書いてるんですか?」と質問しているのに、では自分はどうなの?と問われると、ごまかしてしまう。それはみんなに対して不誠実だと思ったんです。

僕がつくるエンジニア組織の理想のリーダー像は、好奇心をリードする人。技術への好奇心で周りを圧倒できる人です。新しくCTOに就任した星(北斗氏)は、僕よりも好奇心を絶やさずに持ち続けられる人。だから彼のほうが適任だと思って、安心して交代することができました。

いざ、自分がつくった組織へ。CTOを経て現場に入ったからこそ見えた課題

──なぜ転職するのではなく、“クックパッドで”エンジニアを続けようと決めたのでしょうか?

まず大前提として、僕はクックパッドのミッションである「毎日の料理を楽しくする」に共感しているし、それを実現するために貢献したいと思っています。また、いちエンジニアとして、クックパッドの「好きなようにできる」ところが魅力的だと感じています。

バリューの1つに「ミッションの達成のために、自分自身の情熱を生かす道を探る。」とあるように、一人ひとりのリーダーシップや戦闘力の高さが尊重される環境だから、役職によらずすべては自分次第でなんでもできる。だから、いちエンジニアになっても自分の中のリーダーとしての資質を失わず、クックパッドを経営している1人としての気持ちを持ったまま働ける確信がありました。

CTOだった6年間、ひたすら考えてきたのは、エンジニアが「能力ややりたいことを発揮できる」と思える環境をいかにつくっていくか。心を砕いてその環境をつくり上げてきたから、良い組織に決まっているという自信はありました。

実際にクックパッドには、他社でCTOを経験したエンジニアが何人もいます。キャリアを積んだ視座の高い人たちが、いちエンジニアとして納得感を持って働ける環境があるはずなんです。であれば、僕自身も現場に入ることでそれを証明したい。それができてはじめて、CTOとしてやってきたことに一貫性が生まれると思いました。

──実際、いちエンジニアとして現場に入ってみていかがですか?

組織の良さにも気づけましたけど、一方で、CTOを務めていたころには気づかなかった現場の課題を発見できたのが嬉しかったですね。

たとえば、クックパッドマートの開発チームに入ってまず気づいたのは、CIがすごく遅いことです。コーヒーを飲んで、トイレから帰ってきてもまだCIが走っているなんて、僕にとっては信じられないことでした(笑)。

経営側・CTOの目線で見ると、CIやデプロイが遅いのは開発の健全性を脅かす、とても重要な問題です。うちのエンジニアはみんな優秀だし視座も高いから、CIが遅いと気づいたら言ってくれると思っていたけれど、現場からすると、たくさんある日々の問題のうちの1つにすぎないとわかった。そんなふうに、経営的な目線を持ったまま現場の課題に向き合えるようになったのは、凄く良いことだと思っています。

── 好奇心に変化はありましたか?

去年までカレンダーはミーティングでぎっしり埋まっていたけれど、いまはスカスカ。頭の中はプロダクトの設計や技術、事業のことでいっぱいです。

いま関わっているクックパッドマートは、ネット上の情報提供だけではサービスが完結しません。食品を管理する倉庫や配送など物流と連動する必要があって、正直わからないことだらけ。

元インフラエンジニアの僕としては、バックエンドのパフォーマンス改善が得意分野で、そこであれば簡単に価値を発揮できるだろうけど、それじゃあまりにもコンフォートゾーンすぎます。結局僕自身の成長にもならないし、組織のためにもなりません。

知らないことが多すぎる領域に入っていくのはやさしいことではないけれど、それに時間を費やせるのは本当にうれしくて、いまはめっちゃ仕事が楽しいんです。それが、新たな好奇心の源泉になっています。

キャリアに迷ったら「ワクワク」する方に進め

──キャリアストーリーを前に進めていくために大切なことは、なんだと思いますか?

自分の強みを生かせるかどうかを考えることだと思います。

たとえば柔軟性のある人はCTOに向いているんですが、みんながみんな、柔軟性を身に付ける必要はないと思っています。柔軟性は必要なものの変化を認識できる力で、視座の高さに直結するので。

逆にスペシャリストをやっているといちばんワクワクできる、成長できると思う人は、無理してCTOになる必要はないですし、それほど視座を上げる必要はありません。人によって特性は違うので、柔軟な人は柔軟性を強みにしたらいいし、柔軟でない人は無理に柔軟性を獲得しにいく必要はないと思います。

──最後にあらためて、キャリアに迷ったときには、何を道しるべに進めばいいと思いますか?

僕から言えることは1つ、ワクワクするほうを選べばいいと思います。

会社を選ぶときに給料が高いとか、家から近いとか、選択肢はいろいろあると思うけれど、いちばん大事なのは仕事を続けていくうえでワクワクしている自分を維持できる環境。それさえあれば何とかなるんですよね。逆にその環境がないと、どんどん自分が失われていくというか、しぼんでいってしまうんです。

やりたいことが増えていくような環境に身を置ければ、あとは未来の自分がどうにかしてくれるんですよ。それが、楽しみやワクワクの力ですね。

取材・執筆:椛沢はるな
写真:赤松洋太
編集:王雨舟、石川香苗子

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