ITジャーナリスト

牧野 武文(まきの たけふみ)

生活とテクノロジー、ビジネスの関係を考えるITジャーナリスト、中国テックウォッチャー。著書に「Googleの正体」(マイコミ新書)、「任天堂ノスタルジー・横井軍平とその時代」(角川新書)など。

@takemakino

スマートフォン(以下、スマホ)OSと言えば、AppleのiOSとGoogle系のAndroidが有名だが、ファーウェイが開発した独自OS「Harmony(ハーモニー)」が第3のOSとして存在感を示し始めている。

一時は米国のチップ封鎖政策でスマホ事業の存続が危ぶまれたが、後発OSとしての強みを生かした先進的な機能を武器に、中国国内でシェアを徐々に復活させている。さらに、オープンソース版の「OpenHarmony」には、すでに800万人の開発者が参加し、追加されたコードは1.3億行に達するほど、活発な動きを見せている。

しかし、GMS(Google Mobile Services)が使えないなどの理由により、中国国外市場でのシェアは低迷したままだ。Harmonyは中国のガラパゴスOSで終わってしまうのか、それとも海外でも普及する可能性はあるのか。中国市場へのカムバックに成功したファーウェイが、グローバル市場でもカムバックできるかどうか、Harmonyがその鍵を握っている。

AndroidやiOSを超えたと言われるデータ送受信機能

中国国内では、HarmonyOSがAndroidやiOSよりも便利なOSであることはよく知られている。国内市場での販売シェアを見ると、iOSと競い合っている状況だ。

▲中国市場のOS別販売シェアは、Androidが突出しているが、2位をiOSとHarmonyが競い合っている。「Global Smartphone Sales Share by Operating System」(Counterpoint)より作成。

例えば、目の前の人にファイルを転送する機能はiPhoneのAirDropよりも使いやすい。この「碰一碰」(ポン・イー・ポン、中国語でぶつけるの意味)機能は、NFC(Near Field Communication)、Bluetooth、Wi-Fiと3つの通信規格を利用する複雑なものだが、ユーザーの動作は非常にシンプルだ。

まず、送りたい写真、ビデオなどを表示した状態で、相手のデバイスと接触させる。NFCが暗号鍵などの受け渡しをして通信を確立させる。続けて、送りたいデータを相手方向にフリックすると、Bluetoothが制御信号を送ることでWi-Fi Direct(無線LANルーターを介さず機器同士を接続する機能)が確立され、データが送信される。

▲スマートフォンをタッチすると、写真やファイルが送信できる。タッチさせるのが面倒に感じるかもしれないが、むしろ送信相手の選択がわかりやすく、意図しない人にファイルが送られてしまう不安がない。HDC.2025より引用。

NFCをトリガーにしているので、相手のデバイスと接触させる必要があるが、これが予期せぬ人にデータを誤送信してしまうことや、嫌がらせで不快なデータを送りつけられることを防いでいる。また、データそのものはWi-Fi Directにより送られるため、動画など大容量のデータでも数秒で送れる。

3人に送りたい時は、3つのデバイスを順番に接触させていく。それから対象ファイルを相手に向けてフリックすれば3人のデバイスに一斉送信できる。

この機能は、他人とのデータのやり取りだけでなく、HarmonyOSが動いている自分のPCとスマホの間でも利用可能だ。しかも、データだけでなく、ウィンドウも送受信することができる。例えば、PC上でワープロと写真レタッチの2つのウィンドウを開いている時、受信モードにしたスマホでPCのワープロのウィンドウをタッチすると、ワープロのウィンドウがスマホに移る。そのまま、スマホで執筆作業を続ける、いわゆるハンズオフが可能になる。

▲HarmonyOSが動いている他のデバイスともファイルの送受信ができる。PCのウィンドウにタッチをすると、そのウィンドウのデータがスマートフォンに送られてくる。HDC.2025より引用。

連携を途切れさせないマルチデバイスOSとしての強み

さらに特筆すべきは、Harmonyは単なるスマホOSではなく、イヤホンから自動車まで使われる「マルチデバイスOS」である点だ。「碰一碰」機能を使えば周辺機器とのデータ送受信も可能だ。例えば、公共のジムのランニングマシンでトレーニングした後、スマホをタッチするだけで、トレーニング履歴がスマホに保存できる。

このような異なるデバイス間でタッチだけでデータ連携できる機能において、HarmonyはAndroidやiOSと一線を画している。

なぜなら、Google系のOSはいずれもLinuxをベースにしてはいるものの、Android、Chrome OS、Wear OSなど、デバイスによってまったく別のOSで動いているからだ。AppleはOSの統合を進めているが、MacOSとiOSは別物で、OS間での連携にはある程度の手順が必要になる。

▲各OSの構成概念図。Googleは、Linuxを核にして各デバイスで異なるOSが動いている。AppleはMacOSとiOSで一部統合が進んでいる。一方、HarmonyOSは、異なるデバイス上でも同じOSが動いているため、連携が非常にスムーズになる。

一方、Harmonyは電球からサーバーまで、各デバイスのメモリ容量などに応じて、L0からL5までの6つのクラスを用意している。周辺機器からスマホ、タブレット、PC、家電、自動車、あらゆるデバイスに同一のOSを搭載できるので連携が最もスムーズというわけだ。

▲HarmonyOSは、メモリなどの資源サイズにより6つのクラスがある。

連携はデータの送受信だけではない。電動自転車やヘルメットにもHarmony搭載/対応のものがすでに販売されている。ヘルメットにはインカムがついていて、スマホのナビゲーションの音声案内を聞いたり、マイク経由でスマホを音声操作したりできる。また、電動自転車のブレーキをかけると、ヘルメットの後方についている赤いLEDが点灯して、後続車に減速を知らせてくれる。

このBluetooth経由でのスマホ、ヘルメット、自転車の3点接続が、AndroidやiOSでは意外と難しい。仕様上はできることになっているが、実際には設定が複雑で、それぞれのデバイスのBluetoothのバージョンが異なっていると接続が途切れてしまうことも多い。

Harmonyではこのような不具合はまず起こらない。3つのデバイスを1つのデバイスとみなす「スーパーデバイス機能」があり、各デバイスはBluetooth+Wi-Fi Directで接続されるからだ。

スマホ事業参入時から静かに進められてきた独自OS開発

ところで、HarmonyOSは、米国のチップ封鎖政策により突然登場したという印象を持つ人もいるかもしれないが、ファーウェイは2012年からこのOSの開発を進めてきた。

スマホ事業への参入に際し、Androidを採用するか独自OSを開発するかの議論があったという。この時点では、海外展開の容易さからAndroidが採用されたが、独自OSの研究開発も並行して継続されることになった。2018年には基本的な技術検証はひと通り終わっている状態だったという。

そして2019年、ファーウェイは米国商務省のエンティティリスト(ブラックリスト)に入れられ、スマホの頭脳であるSoC「Kirin」の製造だけでなく、GoogleマップやGoogleプレイ、GmailなどのGMSなども利用できなくなった。

この、普通であればスマホ事業から撤退をしてもおかしくない状況で、プランBとして独自OS開発が浮上してきたのだ。ファーウェイは中国国内でKirinを製造し、独自OSであるHarmonyを開発して、スマホ事業に復帰。Harmonyは、その後のファーウェイの各種デバイスにも使われるようになっている。

AIを活用したメモリ管理とインストール不要の「ネイティブアプリ」実現

研究開発期間がまる6年間あったため、Harmonyは先進的なアーキテクチャを採用している。

先行OSと最も異なるのはメモリ管理だ。あるアプリを使っていて、ホーム画面に戻り、別のアプリを立ち上げたとする。Androidの場合は、両方のアプリがメモリを占有して動き続けるため、大量のメモリが必要になる。メモリの断片化(利用できなくなった小さなメモリ領域の発生)も起こるため、定期的にメモリの整理(ガベージコレクション)をしなければならなくなる。これにより、使用中に急に動作が重くなり、スクロールがカクカクすることがある。複数のアプリが動き続けるため、バッテリーの減りも早い。

iOSの場合は、バックグラウンドに回ったアプリはその時点でフリーズし、使っていたメモリが解放される。再び使う時は、メモリが割り当てられ、中断した状態から復帰する。つまり、1つのアプリしかメモリを使わないため、iPhoneは大容量のメモリを必要とせず軽快に動くことができる。バッテリーも長持ちする。

Harmonyは、これをさらに前に進めた。AI学習により、バックグラウンドに回ったアプリで、再び使う可能性が高いものはメモリに残し、しばらく使わないものはメモリから排除してしまう。このため、iOSのように小さなメモリと小さなバッテリーでも軽快に動き、なおかつ、頻繁に使うアプリでは復帰のタイムラグが短くなり、軽快にアプリを切り替えることができる。

アプリの概念そのものも大きく変わった。AndroidやiOSでは、アプリが動作の単位であったのに対し、Harmonyではさらに細分化され、アビリティが動作の単位になっている。

例えば、飲食店がテーブルにQRコードを貼り、顧客にモバイルオーダーから決済まで行わせる場合、従来はQRコード、メニュー注文、決済という3つの機能を備えたネイティブアプリを開発するしかなかった。しかも、初回来店時にアプリをダウンロードしてインストールしてもらうという手間を強いることになる。

Harmonyでは、メニュー注文という1つのアビリティだけを開発すればよい。アビリティは、Harmonyのサーバーに登録されるため、ユーザーがアプリをインストールする必要はない。QRコードをスキャンすると、このアビリティが自動的に呼び出され、メニュー注文ができるようになる。なお、QRコードスキャンと決済の部分はファーウェイが用意しているQRコードスキャンのアビリティや、テンセントが用意しているWeChat Payの決済アビリティを借りることができる。

つまり、Harmonyはアプリ無しでモバイルオーダーを実現したのだ。また、3つのアビリティを呼び出す命令を並べて、そこにユーザーインターフェースをつければネイティブアプリになる。Harmonyのネイティブアプリの実態はアビリティを動かすためのスクリプト集だ。アプリサイズもAndroidなどに比べて最大で1/9程度にまで小さくなる。

政府主導でシェアが広がる中国市場と、エリア特有の参入障壁がある海外市場

このように、テクノロジー面で優れたところが数々あるHarmonyOSが今後、中国国内でシェアを拡大していくことは確実といえる。

中国政府は2026年1月から、政府調達のデバイスを国産品に限定する政策を進めており、PCやスマホだけでなく、OSに関してもLinuxベースの国産OSが採用されるようになっている。Harmonyもこの流れの中で、すでに5000万台のデバイスに搭載され、1日15万台以上のペースで勢力を伸ばしている。

しかし、問題は海外市場だ。米国市場はファーウェイ排除の政策をとっているため、狙うのは欧州、東南アジア、中東、アフリカということになる。このうち、欧州市場ではYouTubeとGmailの普及により、参入にはGMSが利用できることがほぼ必須条件だと言っていいだろう。これらはHarmony上では動作しないため、参入が非常に難しい。

そこで、Android搭載のスマホを販売し、まずはハードウェアのシェアを上げていくことを優先している。Harmonyのネイティブアプリ開発環境には、AndroidアプリをHarmonyアプリにコンバートするツールが含まれており、Android搭載のファーウェイデバイスを普及させた後に、Harmonyに転換していく戦略のようだ。

YouTubeとGmailが動作しなくてもシェアを伸ばしていける東南アジア、中東、アフリカでは、Harmony搭載スマホを直接販売している。

オープンソース化により、海外進出をどこまで進められるか

この海外展開で、鍵になるのがOpenHarmonyだ。HarmonyOSのソースコードを「OpenAtom Foundation」(2020年に設立された中国の非営利オープンソース財団)に寄贈し、これをオープンソース化することで無償で使えるようにしたものだ。

Harmonyのような先進的なOSが無償で自由に使えるというのは、機器開発企業にとって非常にありがたい。OpenHarmonyに登録している開発者は全世界で800万人を超え、追加されたソースコードは1.3億行を上回った。PC、スマホ、タブレット、各種ウェアラブル端末などだけでなく、家電製品、車載システム、さらには工場のオートメーション機器、管理システム、公共政務サービス、スマートオフィス、銀行ATM、ドローンなどさまざまな産業で利用されるようになっている。各業界別OpenHarmonyも70種類以上にまで増えている。

このような動きは中国国内がメインだが、海外でも採用の動きは始まっている。

欧州では、域内のセキュリティ基準を満たすマルチデバイスOS開発を目的とした「Oniroプロジェクト」が動き始めている。これはOpenHarmonyをベースとしたベンダーニュートラルなプロジェクトだ。ソブリン(主権)的な観点から、米国ベンダーへの過度な依存を疑問視する傾向が強まっているのを背景に、より一層注目されている。

また、成長する東南アジア、中東では、中国製のスマートインフラが採用される例が増えている。AIにより渋滞を緩和させるスマート交通信号、電力・ガス・水道のスマートメーターシステム、鉱山などでの自律走行業務用車両などだ。このような機器の多くが、HarmonyまたはOpenHarmonyを採用している。

産業や生活の中にHarmony機器が増えていくと、Harmony対応のスマホはそのコントローラーとして機能するようになる。消費者が、Harmonyの連携のスムーズさに気づき始めると、その利便さからHarmonyデバイスが普及していく…。こんなシナリオは十分にあり得る。モバイルOSは、魏・呉・蜀のような三OS鼎立時代を迎えるかもしれない。