2025年3月25日
大阪産業大学工学部電気電子情報工学科 教授
入江 満
1985年千葉大学大学院工学研究科博士前期課程、1994年千葉大学大学院自然科学研究科博士後期課程修了。博士(工学)。1985年から2002年まで、三菱電機(株)で光ディスクの光学システムやDVD規格の研究開発等に従事。2001年には、同社映像情報開発センター主席技師長。2002年より大阪産業大学。光ディスク標準化部会議長や光ディスク認証審査委員長なども務め、長年光ディスクの標準化と普及活動に尽力してきた。趣味は旅行と読書。毎年の本屋大賞を楽しみにしている。
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2025年2月、ソニーグループは録画用Blu-rayメディアの生産終了に踏みきりました。以前には、パナソニックも2023年2月、録画用Blu-rayの生産を終えています。
1996年に登場したDVD。そして、その後継規格として2006年に登場したBlu-ray Disc。DVDは爆発的な普及をみせ、主要映像メディアとしてはVHSと置き換わりましたが、Blu-rayは記録媒体としての王座をDVDから奪いきったとは言い難い状況です。
日本映像ソフト協会のデータによれば、2024年のビデオソフト市場におけるBlu-rayの売上は年間約670億円で、DVDの約302億円を上回りました。しかし、数量ベースで見ると約1024万本で、なんとDVDの約1139万本を下回っています。このように「世代交代」は完了しないまま、光ディスク市場そのものが縮小しているとの見方も出てきました。
「光ディスクはもはや、視聴覚用メディアとしては、役目を終えたのかもしれません」と語るのは、過去に三菱電機で映像メディア技術の研究開発をけん引し、光ディスクの標準化にも深く関わってきた入江満さん(現在は大阪産業大学工学部教授)。Blu-rayはなぜDVDとリプレースしきれず、共に姿を消しそうになっているのか。そして、「光ディスク」技術の未来は――。
――Blu-rayは、ディスクメディアの主要選択肢としては、DVDと置き換わりきらなかった印象があります。長年光ディスクの開発や標準化に関わってきた入江さんとして、その理由をどのように考えていますか?
入江:そもそも、記録媒体としてBlu-rayの活躍できる場が、非常に限られていたからだと思います。むしろ、このディスクが覇権を握れる余地は、最初から無かったのかもしれません。
DVDはかつて、世界的な普及に大きく成功しました。これを受け、ソニーやパナソニックをはじめとした電機メーカー各社は、DVDの延長線上のような立ち位置としてBlu-rayの規格を数年かけて策定し、売り出そうとしました。なので、想定ユースケースは、DVDとほぼ同じ。テレビ放送の録画を中心とした記録メディアとしての用途と、映画やドラマといった映像コンテンツを販売する「パッケージメディア」としての用途です。ただ、DVDよりも大容量で高画質を実現できるというのがウリだった、と。
そんなBlu-rayの容量は、1層式で25GB、2層式で50GB。DVD(片面1層記録で4.7GB)よりは、相当に大きいですよね。ですが、2006年当時は、すでに100GB以上のHDDが当たり前のように流通していました。
つまり、Blu-rayは登場当初、「DVDよりも容量が大きいが、高い」「HDDより容量は小さいが、安い」というニッチな立ち位置にあったのです。
そして登場直後から、HDD、ひいてはSSD・フラッシュメモリの低価格化(※)が急速に進み、Blu-rayはビット単価(1ビットあたりのコスト)の低さという優位性も失っていった。こうして、DVDユーザーのBlu-rayへの移行が起きる前に、記録媒体としての立ち位置をHDDやSSD・フラッシュメモリに奪われてしまったというのが、私の見解です。
(※)編注:テレビに接続しての録画用途に使いやすい外付けHDDの価格を例にとると、2006年ごろには100GBの製品で2万円前後といった水準だったのに対し、約5年後の2011年には、750GB製品が1万円前後で購入可能となっていた。録画用Blu-rayも低価格化は進み、2006年には25GBのBD-Rが1枚2000円前後との水準だったところ、2011年には1枚100~500円という価格帯になってはいたが、製品によってはビット単価でみるとHDDの方が安いという状況であった。
――コストパフォーマンスで優位に立てないなら、毎回ディスクの入れ替えが必要なBlu-rayよりも、手軽に読み書きできるHDDやフラッシュメモリに軍配が上がるのも頷けます。
入江:そうですね。
また、録画用途について申し上げておきたい点として、録画用Blu-rayの需要はそもそも、世界的には大きくなかったんですよ。実のところ、「テレビ放送を録画する文化」は、主に日本国内で独自に発展してきたからです。
1990年代後半、私がDVDの規格化に携わっていた時、欧米を訪れて説明会を開催して普及活動を行ったのですが、いずれの国々でも、とにかく「テレビ放送を録画する」という意識が薄かった印象がありました。理由については、私も完全には理解できていません。考えられる一因を挙げると、欧州の一部や米国のテレビ文化では、ケーブルテレビ等の有料放送を契約して視聴するのが通例だからかもしれません。そうした放送形態では、同じ番組の同じエピソードを何度も繰り返して再放送するため、視聴者は録画の必要性を感じづらいのでしょう。
また、海外におけるBlu-ray規格の普及を推進していたのは主にハリウッドの映画会社でしたが、彼らは自分たちの映像作品を販売するパッケージメディアとしてBlu-rayを活用することには積極的だったものの、録画用Blu-rayの販路拡大には非協力的でした。自分たちの映像コンテンツの複製目的で使われ得るメディアが普及するのは、望ましくないと考えていたのでしょう。
なので、録画用Blu-rayの市場は、日本に限定されていました。その国内でもHDDのコストがすぐに大きく下がり、大容量ハードディスクを内蔵したBlu-rayレコーダーや外付けHDDが台頭したのは、Blu-ray自身にとっては大きな痛手でした。
HDD内蔵Blu-rayレコーダーについては、Blu-rayディスクメーカー自身も売り出していました。これは恐らく、ひとまずHDDにさまざまな番組を録画していただき、ユーザーが気に入ったものについては順次Blu-rayディスクに録画データを移してもらうというビジネスモデルだったのでしょう。
ところが、結果的には「見逃した番組はHDD内で1回見れば十分」というユーザーが多く、わざわざBlu-rayに移そうとするユーザーがあまりいなかったのだと思います。
入江:もちろん、録画以外の記録用途もあり得ますよね。パソコン上の音楽や文書を外部メディアに記録したいという人もいるでしょう。しかし、25GB以上もあるBlu-rayをWordファイルなんかの保存に用いるのはオーバースペックですし、毎度ディスクを回転させて焼き直す手間もかかります。ここでも、より手軽なフラッシュメモリやSDカードを選択する人が多かったのだと思います。
――HDDやSSD・フラッシュメモリとの競争にBlu-rayが敗れたとのことですが、では、映像コンテンツを販売するパッケージメディアとしてはどうだったのでしょうか。
入江:お察しかもしれませんが、やはりBlu-rayが完全普及を遂げる前に有料動画配信サービスが台頭し、そちらを利用する人の方が多くなってしまいました。定額制の動画配信サービスの利用率が、2019年にDVD・Blu-rayの販売やレンタルの利用率を上回ったとする調査もあります。
月額1000円代で、HD画質の映像作品が見放題。これほど安価で利便性が高い大規模ストリーミングが実現したのは、事業者側の配信用ストレージの、低コスト化の賜物だと私は捉えています。すなわち、データセンターを支えるHDDとSSDの低価格化によるものだと。
――録画用メディアとしても、パッケージメディアとしても、HDDをはじめとした他のストレージ技術の予想外の進歩によってBlu-rayの普及は阻まれたのですね。
入江:実際にはBlu-rayを開発したメーカー側も、磁気や半導体技術の進歩によって、さらに大容量かつ高速なデータ転送が可能なストレージがすぐに登場するであろうこと自体は、予測できていたはずです。
しかし、何よりも予想外だったのは、そうしたストレージがこれほどの低価格で実現したことだったのではないでしょうか。特に2012年以降は、ディープラーニングによるAI技術進化の快進撃により、ビッグデータを取り扱うデータセンターが急速に普及し、HDDの需要は想像以上の規模となりました。データセンター向けHDDは3年から5年ほどで寿命を迎えるため、その需要は継続的に発生し、大量生産による製造コストの低減を後押ししました。フラッシュメモリもまた、スマートフォンやタブレット端末をはじめ、様々なデバイスでの需要拡大と、NAND型フラッシュメモリ技術の成熟により、記憶容量の増加と低価格化が同時に進みました。
こうした技術革新と需要拡大の相乗効果による低コスト化のスピードは、当時の常識をはるかに超えるものであり、予見できた人は少なかったでしょう。
――ではDVDは、なぜ普及に大きく成功したのでしょうか。パッケージメディアとしての数字とはなりますが、日本映像ソフト協会がまとめている、ビデオソフト売上数量の年度別構成比データによれば、2007年にはビデオカセットが0.3%だったのに対し、DVDは99.7%と盤石な地位を築いてました。
入江:1990~2000年代にかけて人々の生活基盤のデジタル化が一挙に進んだ時に、大規模なデータを手軽に保存し流通させる役割を担えたのが、DVDだけだったからだと思います。むしろ、他に選択肢となるメディアが無かった。
1990年ごろまで、ユーザーが触るデータはせいぜい数十MB規模だったのに対し、2000年に入る頃には、1GB以上もの大きさの動画やソフトウェア、ゲームが、当然のように扱われるようになっていきました。これらをコンピュータの外に持ち出すのに、アナログ信号を用いるVHSは当然使えませんし、フロッピーディスクの容量帯はせいぜい数MBで、CDでも650~700MB。HDDは数10GB規模の大容量を実現していましたが、高価ですし、持ち運びにも不便でした。
そんな中、90年代後半に数千円~数百円規模で4.7GBもの容量を実現できたDVDは画期的な存在であったわけです。アナログからデジタルへの移行を担うとの意味合いも含めて、当時は報道などでDVDの存在を「パラダイムシフト」と形容しているのをよく見かけたものでした。対抗馬が存在しない中、メーカーやコンテンツホルダーを巻き込んだ形で普及を進めることに成功したのだとみています。
――DVDは、デジタル化の波に乗じて一挙に普及した、と。しかし、現在となってはBlu-ray DiscもDVDも、CDも含め、光ディスク全体が記録媒体として衰退しつつある状況かと思います。光ディスクの行く末について、どのように予測していますか?
入江:短期的にはしばらくの間、いずれもパッケージメディアとして生き残っていくでしょう。物理的な実体のない、各種配信サービスのコンテンツと比べて、CDやDVD、Blu-rayは、楽曲や映画を「所有」する感覚を満たせますから。特に、1980年代に登場したCDがいまだに使われ続けているのは、アーティストグッズとしての側面が強まり、特典キャンペーンへの参加券やコレクターズアイテムとして、音楽業界で新たな役割を担うようになったのが大きい。
ただし、中長期的には、光ディスクを再生・記録できる機器が民生品としては無くなっていくかと私はみています。そちらの方が、大きな問題となるのではないでしょうか。
なにせ、ディスク表面に刻まれた、サブミクロンオーダー(1万分の1ミリメートルレベルの寸法精度)という微小なピットに対し、正確な読み書きが可能なレーザー機器というのは、大変な技術ですよ。これをコンスタントに製造するというのは、大げさな言い方をしますと、ロケットのような精密機械の部品をつくるのと同じくらいの、高度な技術や設備が求められます。
相応の製造コストが伴いますし、このまま「光ディスクを再生する」ということの需要が縮小していけば、近いうちに収益は見込めなくなります。リターンの無いものをあえて製造し続けるというのは、自社への背信行為に他なりませんから、次第にどの企業も、ユーザー向けの光ディスクドライブ製造から撤退していくでしょう。そうなれば当然、現存の機器が故障して使えなくなるにつれ、どんどん一般ユーザーが光ディスクにアクセスできる手段が失われていくことになります。
特に、Blu-rayドライブの青紫色レーザーは格段に精緻な製造技術と高いコストが必要ですので、DVDやCDの再生機器よりも先に製造が終了する可能性もあります。
――いずれ、光ディスクへのアクセスが困難になっていくのですね。
入江:そうなるかと。ただし、公共機関や一部企業に向け、業務用の再生・記録機器の製造が続くということは考えられます。なぜかといえば、光ディスクには、データセンターなどにおける「コールドストレージ」(使用頻度が低いデータを保存するためのストレージ)という新たな活躍の場も期待されているからです。私自身も、この用途に注目しています。
光ディスクは、データの保存時に高い電力を必要としないため環境負荷が少なく、また再生専用型や追記型の場合は、いちど記録したデータの改ざんが困難という特性から、信頼性の高いアーカイブメディアになり得る、という強みがあります。これを、高速データ処理に適しているSSDやHDDと組み合わせることで、高いアクセス性とデータ保護性、そして低コスト性を備えた階層型ストレージを実現できるかもしれない。実際、光ディスクを使った長期保存システムの具体的な運用方法が2023年、「ISO/IEC 18630」という名称にて国際標準規格として制定され、今後、
将来的にどうなっていくか、現状ではまだ確実な予想ができませんが、このように形を変えながら光ディスクが生き続けていく可能性はあります。
――業務用の長期保存システムとしては、生き残る道があり得るのですね。ちなみに、この先、DVDやBlu-rayの技術が大幅に進化する可能性はあるのでしょうか。
入江:少なくとも、現行の12cmディスクにおいては考え難い、というのが正直なところです。同じ大きさを保ったままデータ容量を増やすなら、ピットの微細化やディスクの多層化が必要ですが、いずれも物理的な限界にきています。
学術レベルでは、ホログラムメモリと呼ばれる技術を使ったディスクの研究が進んでおりまして、実験ではすでに数TBレベルの容量が実現できています。しかし、個人的には、民生品における実用化はまだまだ困難だと考えています。ホログラムディスクとは、従来の平面的な記録とは異なり参照光と信号光という2種類の光を使い、「干渉縞」の記録を行うという技術です。しかし、こうして記録された縞模様は、わずかな温度変化でもディスク体積の微小な収縮の影響を受けて容易に変動しデータの再生が行えなくなるため、保存手段の方に大きなハードルがあるのです。
――これまでのような形態、大きさの光ディスクは、少なくとも、一般ユーザーの周りからは姿を消してしまうということでしょうか。一時代を築いた技術が消えていくのは、寂しい感じもします。
入江:技術というのは必ず移り変わっていきますから、仕方ないことです。
決してDVDやBlu-rayが、今の時代の磁気・半導体技術と比べて、技術的な高度さで劣っているとは、私は思いません。また、DVDは、大規模な電子データを誰もが扱える時代をもたらし、人々の暮らしをデジタル化させていく上で、極めて重要な役目を果たしました。Blu-rayも、結果的にはHDDやフラッシュメモリに覇権を譲りましたが、HD画質という映像規格の普及に貢献しました。そうして、新たな技術へバトンタッチをする段階へ入ったのだと思います。
それにしても、40年以上技術の世界に関わってきた身として思うのは、年々、技術革新のスピードが明らかに加速していることです。さらに昨今では、生成AIというゲームチェンジャーとなり得る存在も台頭し、ますます技術がどのように進化していくか、予想が困難になってきました。
もはやDVDやBlu-ray規格策定時のように、企業同士が時間をかけて協力し、コンソーシアム形式で業界標準を定めるアプローチでは、技術革新のスピードについていくのが難しくなっています。インターネットとクラウドの時代では、ユーザーのニーズに合わせて柔軟に進化できる技術だけが生き残っていくのでしょう。
このような激動の時代の中で、私にできることは、CDやDVD、Blu-rayの技術の変遷と歴史的意義を正しくお伝えしていくこと。さらには、これまでに様々なデジタル媒体に記録されたデータを継承していき、人々が残してきた貴重な記録の数々や思い出が失われない社会の仕組みを提言していくことでは、と考えております。それが、デジタル技術の普及期に光ディスクの開発に関わってきた人間のひとりとしての、最後の役目ではないかと。
大学の学生に「DVDですか?見たことありますよ。カラス除けによく使う、キラキラした円盤ですよね」などと言われ、時代の流れに圧倒された気分になることもありますが(笑)。こうした雑談レベルのお話を通しての文化・技術の伝承や、失われていくであろう光ディスク資料のマイグレーションの必要性に関する発信も含めて、少しでも後世の人々へ向けて良い影響を残せれば、と心から思っています。
取材・執筆・編集:田村 今人
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