メタバースは今の時代に早すぎるのか? VR法人COOが語る、大「仮想空間」時代到来の条件【フォーカス】

2024年4月15日

株式会社HIKKY COO

喜田 龍一

京都大学理学部大学院卒。大学時代の専門は量子化学・統計力学。イラストレーター“黒銀”としても様々なアニメ、ゲームタイトルにキャラクター・メカニックデザインなどで関わる。2018年から株式会社HIKKYにジョイン。クリエイティブセンスとロジカルシンキングを両立し、COOとして事業、サービスなどを統括する。2023年からは東京工科大学片柳研究所デジタルツインセンターで客員准教授に就任し、教鞭も執る。

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「メタバース」について「一時は盛り上がったものの、想像していたほどのインパクトがなかった」との見方をよく耳にします。総務省の『令和5年版情報通信白書』 は、世界のメタバース市場規模について2030年には123兆9,738億円に拡大すると予測しています。果たしてその通り順調に拡大を続けていくのでしょうか。

誰しもが当たり前にメタバースにアクセスする、そんな時代がまだ到来していない理由は何なのか。素朴な疑問を、2018年からメタバース事業を手掛けるVR法人HIKKYのCOO・喜田龍一さんに聞くと「そもそもメタバースは“不便”なんですよ」と語ります。その真意とHIKKYのねらいについて、詳しく話を聞きました。

最も成功しているメタバースは「Discord」?

——何かと目にする機会の多い「メタバース」というキーワードですが、喜田さんにとって、メタバースとは何を表す言葉なのか教えてください。

喜田:メタバースという言葉はあくまで関連技術の総称に過ぎず、特定のサービスやプラットフォームを指す言葉ではないと考えています。

「インターネット」に例えるとわかりやすいかもしれません。Webが普及しはじめた1990年代の終わりから2000年代始めにかけては、「インターネットをする」という言い回しをよく耳にしました。…いま振り返ると、「インターネットで何するの?」と聞き返したくなるほど漠然としていますよね。インターネットで「何ができるか」ではなく、インターネットという技術の名前ばかりが注目されていた。

インターネットを用いた代表的なサービスが登場した今では、「インターネットをする」のでなく、より具体的に「Amazonで買い物する」「Xに投稿する」といった言い回しをするはずです。

メタバースの現状もこのインターネットの歴史と同じで、今はまだ技術の名前がズワード的に知られているだけ。WebにおけるAmazonやXのような、技術の利点を存分に生かしてユーザーの暮らしを豊かにできる圧倒的なサービスがまだ十分でなく、メタバースの持つ利点や魅力を体感する機会が少ない。そのため、「メタバース」という名前ばかりに注目され、その本質が持つ価値を理解しづらくなっているのだと思います。

——喜田さんが考える「メタバースの本質」とは何ですか?

喜田:技術的側面から申し上げると、「リアルタイムでの双方向コミュニケーション」と、「3Dインターフェースによる身体表現」の組み合わせこそがメタバースの本質である、と私は考えています。

ご存知の通り、これ自体は3D描画のオンラインゲームにおいて20年以上前から存在する技術です。ただ昨今は、高速データ通信が広がり、サーバ側、クライアント側ともに処理速度も向上した。なので、従来よりも飛躍的にリッチな表現ができる高品質な3Dインターフェースを用いて、よりリアルタイム性の高い双方向コミュニケーションができるようになりました。この進化した双方向コミュニケーションが、「メタバース」という名前の技術として注目を集めるようになったのだと思います。

実は、「リアルタイムでの双方向コミュニケーション」と「身体表現」をメタバースの本質だとすると、広い意味で世界で最も成功しているメタバースは「Discord」なのではないかと私は考えております。

——2DインターフェースのメッセージツールであるDiscordが最も成功しているメタバースとは、どういうことなのでしょうか?

喜田:そもそもメタバースでは、同じ3D空間に入っているユーザー同士の姿やふるまいが互いに見えて、身振り手振りなど身体表現を伴って意思を表示しコミュニケーションをとれます。

Discordでは、入室しているサーバー内に「会議チャンネル」「雑談チャンネル」など、任意の趣旨のボイスチャンネルを設けますよね。サーバーに入室している人の中で誰がボイスチャンネルに参加しているのか、逆に「サーバーに入室しているが、ボイスチャンネルには参加していない人」が誰なのか、リアルタイムに把握できます。

サーバーに入室している人が「ボイスチャンネルに参加しているかどうか」。これは、ただその人がオンラインなのかオフラインなのか、という情報とは違います。ボイスチャンネルへの参加を通して、「お話したいです」という意思を視覚的に明示しています。この「意思表示」こそ、メタバースでできる身体表現のひとつだと思うんです。

もちろんDiscordは2Dインターフェースのサービスではありますが、「リアルタイムの身体表現を通してコミュニケーションができる」というメタバースの要素も持っているはず。まさしく成功したメタバースのひとつなのではないかと考えております。Discordで実現されているリアルタイムでの双方向コミュニケーションと身体表現に、「3Dアバター」という要素を足すと、ジェスチャーなどの身体表現の幅が増え、コミュニケーションの体験をよりリッチなものにできる。それが、いわゆる「メタバース」が指すものなのです。

メタバースの「当たり前」化にそもそも足りていないものとは

——双方向性コミュニケーションにおいては、すでにDiscordという馴染み深いサービスがある一方で、「なぜメタバースに入るのが当たり前」という世界はまだ到来していないのでしょうか?

喜田:これまでに辿ってきた「サービスの進化」「技術の進化」と、メタバースの持つ性質の相性が悪いからだと考えています。

まずサービスの進化について。あらゆるサービスは、さらなる「便利」を提供する方向へと進化を続けています。Webはこれまで、ユーザーを手間暇のかかる作業から解放し、誰でも簡単に使えるように進化してきました。たとえば、Amazonや楽天などのECサイトは、欲しい商品をいつでも簡単に購入できる「便利」という価値を、ユーザーに提供しています。

しかし、メタバースの価値は必ずしも「便利であること」ではないのです。WebにおけるECサイトのようにメタバース空間で買い物をするのであれば、検索したらすぐに目当ての商品を見つけられるWebと違って、3D空間を歩き回って欲しい商品を探さなければなりません。効率性や利便性の面で明らかにWebサービスより見劣りしてしまう。便利でないメタバースでわざわざ買い物をしてもらうには、「移動なしにすぐほしいものが手に入る便利さ」というECの価値を上回る魅力を訴求しなければならないわけです。

そして、技術の進化について。現在多くの人の手元にある、スマートフォンやPCのディスプレイなどのハードウェアや、キーボードやマウスなどの入力機器は、全て2Dインターフェースを扱う前提で設計されています。3D空間を前提としたメタバースと根本的にマッチしていません

いまの2D前提のインターフェースだと、操作方法はキーボードやマウス、スワイプにタップで、3D空間を自分の身体で進むような直感的な操作ができない。それに、2Dの平面ディスプレイの画質がどんなに良くなろうと、3D空間の奥行きや没入感を味わえません。これも、メタバース普及の足かせとなっています。

——では、ヘッドマウントディスプレイ(HMD)、いわゆるVRゴーグルが広く普及する必要があるということでしょうか?

喜田:そうかもしれません。とはいえ、現行のHMDも十分なユーザー体験を提供できているとは言えません。これも非常に大きな課題だと思います。重量や装着感を踏まえると、誰しもが気軽に扱えるようなデバイスではない。正直、私自身もHMDを30分以上も着けていると、鼻や首筋、肩が痛くなってきます。そもそも「何かを頭にかぶる」こと自体に抵抗のある人もいますしね。

ハードウェアを入口としてこれまで興味のなかった人にまでメタバースが普及するとしたら、操作性や体験の質の高さと、安価さ・手軽さを併せ持った画期的な発明が必要だろうと思います。例えばですが、掛けるだけで仮想空間にアクセスでき、ユーザーの全身をトラッキングし、身振り手振りだけで空中に浮かぶUIを操作したり、身体の傾きだけでアバターを操ったりできる超軽量で安価な眼鏡型デバイスだとか、そんな革新的な発明が重要になるのは間違いありません

「発明」ではなくコンテンツの力でユーザーを呼ぶ

――メタバースはサービスとして必ずしも便利ではなく、さらに現行のデバイスともマッチしているわけではないとしたら、普及のためにはやはり革新的な「発明」を待つほかないのでしょうか?

喜田:そうしたイノベーションを待たずとも、メタバースに人を惹きつけることは十分可能だと思います。このような状況だからこそ、「コンテンツ」の力量が問われるのではないかと。なぜなら、不便なものでもコンテンツが魅力的であれば、人は集まってくるからです。

初期の「Twitter」は140文字しか投稿できませんでしたが、既存のブログとは異なり気軽につぶやけて、他のユーザーともコミュニケーションがとれる点がウケた。ファミコン用ゲームソフト「ドラゴンクエストI・II」にはデータセーブ機能がなく、「ふっかつのじゅもん」という難解な文字列をいちいちメモしてプレイ再開時に入力する必要があったが、ゲームとして面白いから爆発的なヒットを誇った。

こうした、多少の壁を乗り越えてでも利用したくなるような圧倒的なコンテンツの提供を、メタバース上でねらうのです。

現状、多くのメタバースサービスでは、Web上で成功したECやSNSなどのフォーマットを踏襲し、それらにメタバースの特徴である「リアルタイムでの双方向コミュニケーション」や「3D」という付加価値を組み合わせています。

たとえばECサービス×メタバースなら、ECの「家から出ない」という価値はそのままに、外出して買い物するときのように「商品との偶然の出会い」や「店員とのコミュニケーション」という体験もできます。これは、当社事業で手がけている領域でもあります。Webと現実世界のいいとこどりをできるこうしたサービスは、アーリーアダプターをはじめ、一定数の集客がなされており、当社としても手ごたえを感じているところです。

まだメタバースに触れていない他のユーザー層は、革新的なデバイスや、既存のWebサービスでは実現困難な顧客体験を提供できる全く新たな枠組みのサービスがメタバースに実装されれば、一斉に利用をはじめるかもしれません。

ただ、そうしたイノベーションが起きるまでには何年もかかるでしょうし、私としてもその時をただただ待ち続ける、という気はありません。なので、コンテンツの力で「発明が登場するまでの時間」という壁を一気に飛び越えてしまいたい。それが、当社が事業としてエンターテイメントやコンテンツに力を入れている背景でもあります。

▲HIKKYが主催するメタバースイベント「バーチャルマーケット」の様子。画像はHIKKY提供

——メタバースは今後、どのように進化していくと考えていますか?

喜田:ダイヤルアップ接続やISDNからADSLに移行しつつあった時代には、人とインターネットの関わり方のサイクルは「1日1回」でした。1日数時間、低速のネットワークに接続し、切断。次の日、またネットに接続し、また数時間後に切断する。こうした限定されたネットワーク環境下で生まれたのが「ブログ」です。1日1回の投稿を前提とした日記のようなつくりで、当時のインターネットの利用サイクルに合っていた。ADSL回線であれば、テキストと画像数枚程度ならストレスなく送受信できたので、回線速度とも折り合いがついたフォーマットでした。

その後、常時接続可能な高速回線が安く提供されるようになり、さらにスマホの登場によって、時間と場所を問わずいつでも情報発信できるようになった結果「SNS」が台頭しました。

今後、さらに技術革新が進めば、いずれ誰もが常に、従来のテキストや画像、動画に留まらず、現実の身体の動きまでも含めた大量の情報をやり取りする時代が訪れるでしょう。そうなれば、インターネット上でも現実空間と同じように、ユーザーの表情や振る舞い、情動をリアルタイムに伝えるノンバーバルコミュニケーションが急速に発達するはずです。その変化の受け皿になるのがメタバースであり、この技術には、2Dを前提に発展してきたWebの可能性を次の次元に押し上げるポテンシャルがあると考えています。

そうした進化の先で、私は、メタバース空間のなかで生活のすべてが賄えるような世界を目指したいですね。社会行動においては、友人に会う、仕事に行く、イベントに参加するなど、何かと外出が必要になる機会が多くありますが、中には事情があって外に出ることがままならない方もいます。

もしもメタバースが社会においてひとつのインフラ基盤になれば、今まで外出が必須だった社会行動においても「外に出ないで遂行する」という選択が当たり前になるかもしれない。そうした社会を実現するのが究極の目標です。その実現のためにも魅力あるコンテンツを提供したいし、またメタバース上で活躍するクリエイターの支援にも積極的に力を入れてきたいと考えています。

取材・執筆:武田敏則(グレタケ)
編集:田村今人、光松瞳
撮影:赤松洋太

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