【動く城のフィオ】物理現実を「捨てた」僕がメタバースで東京をつくった理由 バーチャルで送る「セレクテッドな人生」とは

2022年6月2日

VR法人HIKKY 取締役CVO

動く城のフィオ

世界最大のVRイベント「バーチャルマーケット」発起人。株式会社HIKKYのCVO(Chief Virtual Officer)。2018年2月、バーチャル空間に転生してアバター姿で活動開始。バーチャル空間に出会う前は、うつ病と対人恐怖を患って引きこもる社会不適合生活を送っていた。現在も外出は苦手で、「バーチャルで生きていく」ためにバーチャル空間に経済圏を作ることを目指している。二児の父。

5年以内に、世界100都市のメタバース化を目指す「パラリアルワールドプロジェクト」を始動した「VR法人HIKKY」。このプロジェクトを立ち上げたのは、2018年に「バーチャルマーケット(Vket)」を発足し、すでに「バーチャルで生きていく」ことを実践している動く城のフィオさん(以下、フィオさん)だ。

2021年から2022年にかけて急速に広がった「メタバース」という言葉だが、そのパイオニアであるフィオさんは、物理現実の世界とバーチャル世界の関係性についてどう捉えているのだろうか。「パラリアルワールドプロジェクト」で実際の都市を再現しようと考えた背景や、バーチャル世界での暮らしで変わった自分のアイデンティティ、さらにはメタバースという分野がエンジニアにとって重要である理由を聞いた。

リアルな街を「映える」要素で再構築するパラリアルワールド

──ZOOM背景、とても素敵ですね。ここもメタバースの空間なんですか?

今、ニューヨークにいるんですよ! といっても、バーチャル上のものですけど。このように、僕たちがつくろうとしているパラリアルワールドは「平行現実世界」のことで、パラレルかつリアル、実世界と並行して存在するメタバースの世界のことです。

具体的には、「パラリアルワールドプロジェクト」を通じて世界中の都市をバーチャル上に建造しようと考えています。まずは世界中の100都市の制作を目指していて、この夏はニューヨークと大阪を完成させたいと思っています。

▲取材当日、フィオさんはいつものアバターで参加。この空間はHIKKYが現在制作中のパラリアルニューヨークだ。後ろにエンパイアステートビルも見える。

──そもそも、架空の世界ではなく現実にある都市を表現しようと思ったのはなぜですか。

僕たちも、2018年に世界初のメタバース展示会「バーチャルマーケット(Vket)」を開催したときはかなりファンタジックな都市をつくっていたんです。

でもある時、本当にやりたいことって、多くの人たちにバーチャル空間の暮らしを体験してもらい、バーチャル空間で生きていける人を増やすことだと気付いて。ならば完全に架空の都市にしてしまうと、感性にフィットしない人も出てきてしまうだろうな、と。物理現実の世界で生きている人にも受け入れやすい世界観にしたいと思ったんです。

それで、2020年に開催した「バーチャルマーケット4」のときに初めて、東京をモチーフにしたパラリアルシティ、「パラリアルトーキョー」をつくりました。

といっても、リアルな街をそのまま再現したわけじゃなくて。リアルな街を「映える」要素を盛り込んで再構築した感じです。東京タワーとスカイツリーと渋谷のスクランブル交差点を、距離感や縮尺をちょっと無視して、1カ所にぎゅっと凝縮させてミニチュアワールドみたいにしました。

▲東京のランドマークを一望できる「パラリアルトーキョー」のエントランス

これが来場者からも、企業からも凄い評判が良かった。出展企業にとっても、架空の街よりも、実在する街が再現されているほうが出展の検討がしやすいとのことです。営業メンバーからも、「現実世界の渋谷に出店するのはなかなか難しいですよね。でも、バーチャルの渋谷なら一等地に出店できちゃいます!!」と出展企業の担当者さんと盛り上がったと聞いています。笑

──それが「パラリアルワールドプロジェクト」の始まりなんですね。といっても、本物の都市を忠実に再現したわけじゃないんですね。

リアルさだけを追求して現実の都市を再現しても、あんまり面白くないような気がしています。実際、今のバーチャル空間のクオリティで物理現実と勝負しようとしても、情報量や解像度の面で絶対に勝てない。技術力があれば割と誰でもリアルな街をつくれますし、写真から3Dを再現する技術も日々進歩しています。むしろ、バーチャル空間でなければできない体験を追求したり、バーチャルマーケットらしさみたいなものを盛り込んだほうが、ユーザーのワクワク感につながると思うんですよね。

で、初回の成功に味をしめて(笑)、翌年の「バーチャルマーケット5」では、世界規模のパラリアルシティ「ワールドビヨンド」をつくりました。モアイ像やエッフェル塔、エンパイアステートビルを会場のエントランス付近にまとめて配置したんです。

▲世界中のランドマークを寄せ集めた「ワールドビヨンド -Day-」の景色

2021年12月に開催した「バーチャルマーケット2021」では、来場者の人数に合わせてビルの高さが伸びていくというバーチャルならではの仕掛けも増やしましたね。コロナ禍で世界が一気に「遠く」なったので、バーチャル空間を使って世界への距離を縮めたいという思いもありました。

ギフテッドからセレクテッドへ 自分の意志で人生を選べるように

──フィオさんは現実世界の都市とバーチャル世界の都市はどういう関係性だと思いますか。

リアルとバーチャル、両方に同じ街が存在することで相互に影響を与えられる関係なんじゃないかと思います。リアルの街とほとんど同じ見た目でも、バーチャル空間なら突拍子もないことができる。ありえない高さのビルを建てられるし、マッハ1で走れたり羽根もないのに飛べたりもする。あるいは、あえて現実世界とリンクさせて同じ天気にすることもできる(※)。
※「パラリアル渋谷」では、現実の渋谷の街と天気がリンクしている。

よく知っている場所なんだけど、物理現実では絶対にできないことが具現化できる。バーチャルならではのそういう非現実性がワクワクにつながるんじゃないでしょうか。

──日常の多くをバーチャル空間で暮らしているフィオさんから見て、本当にバーチャル空間だけで社会生活が送れるようになると思いますか?

そういう未来は遠からず来ると思います。リアルとバーチャルって、どこかで明確に区分けされているものではないと思うんですよ。実際、僕は日々の仕事はアバターの姿を通じて送っていて、社会生活の80%くらいはバーチャル世界で生きています。僕にとってはバーチャル空間とアバターの人格が、リアルな人生の大部分を占めています。

僕はもともとフェイスブックでリアルな友だちが3000人くらいいるような「超陽キャ」だったんですが、うつ病になってからは、人と話をするのが苦しくなって寝込んでしまった。衝動的にSNSを全部やめて、メアドも電話番号もそっくり変えてしまいました。

結果的に僕は物理現実の世界で「人生の続き」を生きることができなくなりました。そっちは「もういいや!」って諦めたんです。

物理現実の名前と顔はもちろん存在していますが、社会生活を送る上では使っていません。今の僕は、このアバターと「動く城のフィオ」という名前で社会生活を送っています。

僕はそういう個人的な事情からバーチャル空間で暮らす選択をしたのですが、そのうち誰もが「バーチャル空間で社会生活を送るか、物理現実で社会生活を送るか」自分で選択できる未来が来るなと思っていて。社会生活のうち10%の時間はバーチャルで生きるみたいなことが起きるんじゃないかと考えています。もしかしたら、これを読んでいるあなたの身の回りでも、既に起こり始めているかもしれません。隣で仕事している仲間が、実は休日はVtuberをやっているとか。笑

──人々が物理現実とバーチャル世界で生きる「割合」を選ぶようになったその先には、どんな未来があると思いますか。

生まれ持って与えられたギフテッド(与えられた)の世界と、自分の意志でセレクテッド(選んだ)したもので構成されるバーチャル空間。その2つを自由に配分しながら暮らせるようになるんじゃないかなと思います。

バーチャル空間では、国籍も言語も性別も肌の色も、自分で選び取ることができます。つまり、「自分の意志で、名前や姿形を選択して生きる」人生を歩むことができる。

好きなアバターをまとって、好きな名前を語り、それを自分の意志で選択できるというカルチャーのあるバーチャル空間が、「もう一つの現実世界」になっていくと思います。

メタバースなら、国籍・性別・属性に縛られる必要はない

──まさに「パラリアルワールド」ですね。素朴な疑問なんですが、バーチャル世界が一般的になってきたとき人間の身体ってどうなってしまうのでしょうか。

さすがに『マトリックス』みたいなVR空間へフルダイブできる世界は、僕たちが生きている間にはやってこないと思います。まだまだ肉体は必要で、「物理的な肉体は要りません」ということにはならないはずです。100年後にはわからないけれど。

ただ、物理現実で生まれ持った肉体や、国籍・性別・属性に縛られて生きていく必要はなくなるんじゃないかなとは思います。僕自身もギフテッドされたものを手放して、セレクテッドした生き方にシフトしたことで、物理現実と折り合いをつけることができました。

今でも、物理現実の世界と折り合いがつかない人って結構いると思います。病気になった人、もともと病気を持っている人、子育てや介護などで働く場所や時間に制約のある人、僕みたいに引きこもりになった人。さまざまな要因で、自分の能力を発揮できていない方々がいます。

これからバーチャルだけでできる仕事が増えて、アバターだけで食べていけるようになれば、生まれ持った自分の特性に縛られる必要がなくなりますよね。僕自身も、そういう世界をつくりたい。

うちの会社にもアバターだけで仕事をしている人がいっぱいいます。どこに住んでいるのかも、本名も全然知らない。でも、アバターとしてそこにいて一緒に仕事ができたらそれでいいですよね。

──バーチャル世界で生きていくことを当たり前に選べるようになったときに、必要なことってどんなことだと思いますか?

何かを準備したり、気負ったりする必要はないと思いますよ。みんな自然に、物理現実とバーチャル世界の両方で暮らしていくようになるので。

最近思うんですが、みんなちょっとメタバースに期待しすぎです。メタバースによって何か劇的な変化が起こるというよりは、デバイスやプラットフォームの変化とともに、ゆるやかに人間のライフスタイルも変化していくという話だと思うので。

今だって、SNSの友達のことは2Dのアイコンとハンドルネームで認識しているじゃないですか。そんな風に、3Dモデルでできたアバターや、バーチャル世界での価値観によって「その人のアイデンティティ」を認識するようになるだけ。iPhoneやTwitterが出てきたときと同じようなことが起こるんだと思います。

何十年か経ったとき、いつのまにか社会生活の半分くらいがバーチャル世界になって、アバターで暮らすのが当たり前になるんだと思います。とりあえずバーチャル世界で暮らしてみるっていう経験をしてみてほしいですね。

──これから先、エンジニアにとってメタバースの世界観を知ったり、学んだりすることはどれぐらい重要になるでしょうか。

最新の技術を知っておくという意味では理解しておいて損はないと思いますし、自社サービスを販売するプラットフォームになる可能性があるという点でもキャッチアップしておいたほうが良いと思います。

iOSアプリをつくるとき、独自の言語を学んだり、ユーザーの動向、世界観を調べますよね。あるいは、アプリストアでサービスをリリースするために規約や仕様を頭に叩き込んだはずです。それと同じような感覚で、メタバース上でサービスを展開するとしたらどうすればいいかという視点は持っておいたほうが良いのではないでしょうか。

取材・執筆:石川 香苗子

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