「安いから雇う」時代から「適切な金額で共に働く」時代へ。2022年の海外人材雇用事情と知るべき日本の苦境

2022年3月24日

合同会社エンジニアリングマネージメント 社長 兼 流しのEM

久松 剛

2000年より慶應義塾大学村井純教授に師事。動画転送、P2Pなどの基礎研究や受託開発に取り組みつつ大学教員を目指す。博士課程(政策・メディア)修了。その後高学歴ワーキングプアを経て、2012年に株式会社ネットマーケティング入社。マッチングサービス SRE・リクルーター・情シス部長・上場などを担当。2018年にレバレジーズ株式会社入社。開発部長、レバテック技術顧問としてエージェント教育・採用セミナー講師などを担当。2020年より株式会社LIGに参画。海外拠点EM、PjM、エンジニア採用・組織改善コンサルなどを担当。現在は合同会社エンジニアリングマネージメント社長 兼 流しのEMとして活動中。X(@makaibito

久松です。IT界隈を歴史やエピソードベースで整理し、人の流れに主眼を置いたnoteを更新しています。連載7回目は、今後増加が予想される海外人材とのコラボレーションに関して、日本が陥っている苦境、より良い協力関係に向けての注意点について、私の経験に基づいてお話しします。

日本人ITエンジニアの経験者雇用は絶望的

レバテックが2021年12月に発表した調査結果によると、、現在エンジニアの正社員の求人倍率は17.8倍で、フリーランスの案件倍率は約3.8倍になっています。

▲2018年4月から2021年12月までの正社員の求人倍率(左図)、フリーランスの案件倍率(右図)の変化傾向。(レバテック独自調査、2022/03/24アクセス)

データからもわかるように、ITエンジニアの求人、案件市場は以前にも増して売り手市場が続いています。一方で、高騰するITエンジニアの給与、40%が下限となりつつある人材紹介フィー、スカウト成功率の低下による採用コストの高騰など、ITエンジニア採用を取り囲む環境は厳しくなっています。世界的にもITエンジニアの獲得は争奪戦ですが、日本は需要に対して少子化が追い討ちとなって、その競争はより熾烈になっています。

切り札の一つとしての海外人材

そこで注目されているのは、少子化とは無縁なエリアに住む海外人材とのコラボレーションです。例えばSun* Inc.のように、海外人材を中心にスタートアップのシステム開発にもコミットするような企業も登場していますし、一部ベンチャーでは海外開発拠点を持つ動きが活発化しています。

参考事例:
株式会社アンドパッド
freee株式会社

ただ、移民に期待できるほど人気のない国、日本

不足しているデジタル人材に対し、デジタル庁では移民の受け入れによって補填しようという議論がなされています。

参考:「不足するIT人材は移民で受け入れを」デジタル庁が初の有識者会議(2021/9/28)

しかし、フィリピンやベトナムでエンジニアリングマネージャーとして活動していた身としては、現地の人の日本移住に対するモチベーションはそれほど高くない印象です。

あるインドネシア人の大学教員の方のお話によると、インドネシア人の間で人気の国はカナダ、シンガポール、マレーシア、香港、その次に日本だそうです。

フィリピンでのマネジメント経験で感じたことですが、東南アジアの発展国の人たちは日本で言うところの高度経済成長期のように、生活水準が右肩上がりなのが当然です。そのため、生活が持続的に上向くような国や企業が好まれる傾向にあります。

170カ国に21万4000人の転勤希望の会員を抱える求人サイトのVanHackでは、ソフトウェアエンジニアが希望する移住先のランキングを公開しています。そこに日本が入っていません。投票の理由を見ていくと、治安、医療制度、通貨の強さ、生活水準の高さ、エンジニアに対する給与などが挙げられています。

▲VanHackが2021年5月に発表したソフトウェアエンジニアが希望する移住先のランキングでは、上位10位に日本の姿はない。(「Top 10 Countries Software Developers want to Relocate to (and how to move to them)」より、2022/03/24アクセス)

「安いから雇う」時代から、「適切な金額で共に働く」時代へ

2001年、慶應義塾大学を始めとする日本の複数の大学によって発足した「WIDEプロジェクト」が、インターネット基盤が整備されていない東南アジアの国々に衛星通信設備を使いながらIT授業を配信する「SOI Asiaプロジェクト」を始めました。

▲「The SOI Asia Project」。(SOI Asia Projectホームページより引用、2022/03/24アクセス)

10年ほど前、日本のIT業界には空前のオフショアブームがありました。少子高齢化の波に備えるため、日本企業に対してフィリピンやベトナムでの開発が盛んに売り込まれました。しかし、当時はITエンジニアのレベルがまだ低く、頭数は揃うもののスキルレベルが乏しかったり、間に立つブリッジディレクターが1人で品質担保をするような弱い開発体制が目立っていました。

私も前職はオフショア開発の営業をしていました。現場では、スタートアップの若手エンジニアはオフショア開発に抵抗が少なく、その当時オフショア開発で煮え湯を飲まされたことがある30代後半以上のITエンジニアには門前払いを喰らいやすいという傾向が感じられました。

現在、フィリピンなどの国ではITエンジニアになるということの意味合いが違ってきています。子だくさんの環境の中では頭の良い子供にお金を集め、情報系の大学に進学させます。子供が育ちITエンジニアになると、国の平均年収を2.5~5倍上回る収入が得られるため、そのお金をまた次世代の育成に投資するというサイクルが完成しています。

その結果、1人のITエンジニアには扶養家族が5~8名程度いる状態になっています。船乗りになる人が多いフィリピンでは、特にコロナ以降、客船の運航が減ったため失業者が増加しました。失業した父の代わりに、ITエンジニアの子供たちが家族を支えるために、待遇の良い企業を求めて転職するケースも少なくありません。

世界的なITエンジニア採用ブーム到来

2021年には世界的なITエンジニアの需要増に伴い、数多くの海外企業が競合として引き抜き合戦を繰り広げています。日本と同一のタイムゾーンの中では日中韓の他、オーストラリア、FPTソフトウェアに代表されるオフショア開発に力を入れているベトナムといった国々がITエンジニアの確保に奔走しています。

近年は、異なるタイムゾーンで複数の開発拠点を設け、24時間で開発できる体制を組むような企業も登場しています。そのため、東南アジアにおける欧米企業の採用も増え、ITエンジニアの引き抜き合戦は更に盛り上がっています。

このように、ITエンジニアの国際転職市場はかつてなかったほど売り手優位に傾いており、転職の際の相場は現在年収の1.5倍が一般的で、2.5倍のような提示を受けて海外に転職するエンジニアもいます。また、医療制度が地元に比べて整っていることもコロナ禍で海外での就職が人気の理由になっているようです。

いきおい、物価は安いもののエンジニアの人件費は高騰を続けています。トップ集団は日本人のジュニア層と同等の給与水準と思って良いでしょう。安いから海外人材に依頼するという考えを捨て、今は優秀なエンジニアを数多く確保するために適切な金額を払って依頼する時代になっています。

コミュニケーションツールとしての英語

海外拠点との協同開発において最も難色を示されやすいのが、現地スタッフとのコミュニケーションです。海外拠点を設けたものの、英語話者が社内におらず組織の中で宙に浮いていたり、何をしているのか全く分からないという事例もいくつか見たことがあります。

海外でのシステム開発でよくある失敗パターンは、詳細な指示を出さずに海外に全部任せてしまうことです。プロジェクトに対する根本的な認識が食い違い、その部分からほつれていきます。世界的に見て日本語はマイナー言語なこともあり、「よしなにお願い」と伝えても、曖昧な日本語を推測しながら海外勢が実装を進めるのは困難です。労力を惜しまずに詳細設計まですること、日次でコミュニケーションを取りながらプロジェクトを進めていくことが求められます。

ちなみに、海外拠点との開発体制においてよく登場する職種はブリッジディレクター、ブリッジエンジニアです。エンジニアリングスキルをキャリアのバックボーンに持ち、英語などを使いながらプロジェクトを進めるのであれば問題ありません。しかしそうではない場合で翻訳を中心にしたブリッジディレクター職は年収を上げることが難しい傾向にあります。付加価値としてのエンジニアリング要素が必要であり、ブリッジディレクター本人、企業共にそのキャリアパスに配慮が必要です。

時差の折り合いとタスク分割

共に業務を進める上でもう一つ問題になりやすいのが本社と開発現場との時差です。フィリピン(日本との時差1時間)や、ベトナム(同2時間)であればさして問題にはなりませんが、インド(同3時間30分)となってくるとやや大変になってきます。アメリカに至っては、東部ESTで14時間、PSTで18時間となり、昼夜が逆転することになります。アメリカとの会議が日本時間の午前4時開始といった経験をした方もいらっしゃるのではないでしょうか。

このような時差に対し、どのようにタスク分割をし、コミュニケーションをするかということがポイントになってきます。

自分がこれまで見てきた実例でいうと、同じプロジェクトを複数の国で回している場合、どこかで重複した稼働時間を設けて、その期間中に業務の引き渡しをします。また、特に共同作業をする必要がないような形で、事前に国ごとに役割を当てるケースもあります。日本とは別のプロダクトをつくる、日本では新規実装を行い海外では保守開発をする(もしくはその逆)、開発とは別の運用監視業務をすることもできます。

自社社員の言語コミュニケーション能力も含め、自社の事情を鑑みた上で海外勢との座組みをどうするかについて取り組むことをお勧めします。

まとめ

日本の少子化は解決の見込みがありません。その一方でデジタル人材の需要は右肩上がりであり、どこも不足しています。現在の海外人材のポジションを正しく理解し、コミュニケーションコストを払ってでも自社の戦力として参画して頂く姿勢が必要でしょう。どこの部分を日本が担当し、どう海外人材に関わって貰うのか、その座組みも含めて考えなければなりません。

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