エンジニア採用でも増えるリファレンスチェック。普及の背景、課題、そして取るべき対策は?

2021年11月19日

合同会社エンジニアリングマネージメント 社長 兼 流しのEM

久松 剛

2000年より慶應義塾大学村井純教授に師事。動画転送、P2Pなどの基礎研究や受託開発に取り組みつつ大学教員を目指す。博士課程(政策・メディア)修了。その後高学歴ワーキングプアを経て、2012年に株式会社ネットマーケティング入社。マッチングサービス SRE・リクルーター・情シス部長・上場などを担当。2018年にレバレジーズ株式会社入社。開発部長、レバテック技術顧問としてエージェント教育・採用セミナー講師などを担当。2020年より株式会社LIGに参画。海外拠点EM、PjM、エンジニア採用・組織改善コンサルなどを担当。現在は合同会社エンジニアリングマネージメント社長 兼 流しのEMとして活動中。X(@makaibito

LIGの久松です。IT界隈を歴史やエピソードベースで整理し、人の流れに主眼を置いたnoteを更新しています。連載3回目の今回は、昨今増えつつある「リファレンスチェック」について取り上げたいと思います。

リファレンスチェックとは

一般的な選考は候補者と企業が1:1で対話して進める形式でした。これに対してリファレンスチェックは、書類や面接では分かりにくい候補者の勤務状況や人間関係を、これまで候補者と一緒に働いていた人に問い合わせる位置づけです。面接や書類審査ではわからない項目を、第三者へのインタビューを通して多角的に知ることを目的としています。

リファレンスチェックの方法は大きく分けて2種類存在します。

  •  ・ 候補者と親しい人を企業側が探してインタビューをするやり方
  •  ・ 候補者にリファレンスチェックをして良い人をピックアップしてもらい、連絡を取るやり方

現在は後者が主流となっており、「back check」「ASHIATO」といった専用サービスも登場しています。一方前者は、以前からCxOや部長職といった経営層に近いポジションの採用シーンでよく利用されています。

また近年では、「あなたのフェイスブック友達の〇〇さんについて教えてください」と連絡を入れるところもあります。このように、SNS上の知り合いをたどって情報収集するのもリファレンスチェックの手法です。

リファレンスチェックでよくある質問は下記のようなものです。

  •  ・ 候補者と一緒に働いていた期間と業務内容
  •  ・ 候補者の勤怠状況
  •  ・ 候補者が前向きに取り組んでいた業務
  •  ・ 候補者の苦手な業務
  •  ・ 候補者が困難に対峙したときの行動

基本的にポジティブな情報よりもネガティブな情報を拾う傾向があります。

学術シーンでは一般的な「推薦書」の仕組み

大学などの学術分野では昔からリファレンスチェックと類似の仕組みが存在します。それは推薦書です。修士課程や博士課程の出願時、また教員応募時にも推薦書を求められることが多々あります。その際、指導教員に記入を依頼するのが一般的です。私が経験したのは願書に用紙と封筒が2通入っており、それを指導教員に記入依頼するというものでした。依頼された教員は執筆後に封をし、そのまま郵送するという仕組みです。

先生の名前やポジション自体が信頼を担保するため、様式美があるように感じられました。ただ、あまり接点がない学生からの記入依頼だと、「知らない」と書いて提出する先生もいるらしく、決して形だけのものではないようです。

海外におけるリファレンスチェック

企業間の転職など人材の流動化の観点では、海外の国々は日本に先駆けた存在です。海外ではリファレンスチェックがより一般的に行われています。

これまで私が採用活動をしてきたフィリピン、ベトナム、インドなどでは、リファレンスチェックは普通に取り入れられていました。リファレンスチェック時の問い合わせ先として、あらかじめ履歴書に元上司や卒論指導教員の連絡先などを書いてくれる方も少なくありません。

また、応募先企業の人事が在籍企業に電話をし、在籍確認を行うケースもあるため、「A社からBさんについてリファレンスチェックの電話があった。どうもBさんは退職するつもりらしい」という報告を受けたこともあります。

流動的かつ人材の競争が激しい地域においてリファレンスチェックは広く採用される傾向にあります。特にインドなどでは最近日本でも話題になっていた「Webテストの替え玉受験」は多発しており、AWS認定を始めとする各種資格証明書も偽造品が多く出回っています。虚偽の申請をしてでも良い職を得たいという渇望からそうしたマーケットができているようです。

こうした虚偽申告を防ぎ、候補者の身元を確かめる対策の1つとしてリファレンスチェックが普及したのです。

国内におけるリファレンスチェック増加の背景

これまではリファレンスチェックはビジネス領域ではあまり一般的ではなく、一部の役職者のみに実施される程度でした。しかし、今ではメンバー層であっても実施する企業が増えてきています。選考段階で期待されるほどのパフォーマンスが出なかったり、入社後に問題行動を起こしたりする社員がいることをきっかけに導入するケースをよく耳にします。

特にエンジニア採用の場合、2021年の現在ほど採用が難しくなかった2019年以前では、「転職回数3回未満」「各社1年以上在籍」といったフィルターをかけることによって、人物面の確からしさを担保しようとする企業が存在していました。しかし、人材の流動化と言えば聞こえはいいですが、いわゆる短期離職が一般化したことにより、今そのフィルターをかけてしまうと、いよいよ対象者がいなくなってしまう状況になっています。

経験者採用を諦めた場合、教育を前提とした未経験採用に踏み切る企業も見られます。しかし、ここでも数ヶ月以内に退職したり、1年で退職してフリーランスになる人たちが多数いることから、企業は教育コストばかりかかる状態になってしまいます。

参考記事:

1年目で辞める未経験エンジニア/採用を後悔する企業の裏側

経験者から未経験者に至るまで、定着し長期的に活躍してくれる人材を見定める必要性が高まり、人物面の確からしさを求めていった結果として、リファレンスチェックが広がっているのではないかと私は考えています。

従来のエンジニア採用は、スピード感ある選考が鉄則でした。しかしいまは、選考速度を犠牲にしてでもしっかりと人物を把握したいという企業が増加傾向にあるように思います。

リファレンスチェックの課題と注意点

リファレンスチェックには選考速度以外にも根本的な問題が存在しています。それは、リファレンスチェック結果自体の信頼性です

かつて私が経験したのは、リファレンスチェックの記入後に「記入の見返りの有無」についてアンケートを求められるものでした。

既存のリファレンスチェックはどうしても回答に30分程度掛かります。回答者にとって回答コストは低くないため、断られたりいつまでも回答してくれなかったりすることも多いのです。人材の流動化が起き始めたばかりであり、かつリファレンスチェックの文化が定着していない日本企業において、回答を依頼された現職の同僚からすると、「どうして辞めていく人のために30分も割かなければならないの?」という感情になっても仕方のないことだと思います。

それなりに信頼関係のある上長に依頼できれば理想的ですが、上司や同期に転職の意思を伝えていない場合、あるいは仲違いしている場合などは、心理的に難しいものがあります。そのため、部下や後輩など頼みやすい人に依頼する方も多く見られます。こういった場合に出てくるのが「見返り」の問題です部下や後輩のような頼みやすい立場の人から都合の良すぎるリファレンスチェックが送られてきた場合は、「見返り」を渡したことが疑われることもあります。

信憑性の観点から、前職などでも良いので可能な限り上長や斜め上の関係性の人に書いていただくことが適切ではないかと考えています。今後も拡がっていくであろうリファレンスチェックですが、いつお願いしても良いように社内で良好な関係を築いておくことが肝要です。

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イラスト:Jonnas CHEN

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