死語化する「フルスタックエンジニア」に見る、エンジニア職種名の栄枯盛衰

2022年5月24日

移り変わりの早いITエンジニア界隈において、長期的なキャリアを築けるかどうかはエンジニアにとって死活問題です。本連載は、研究職、インフラエンジニア、情報システム部長など様々なポジションを渡り歩き、noteで「IT百物語蒐集家」として執筆を続けている久松剛さんから、業界で注目を集めている話題をテーマにしたお話を月1回お届けします。

合同会社エンジニアリングマネージメント 社長 兼 流しのEM

久松 剛

2000年より慶應義塾大学村井純教授に師事。動画転送、P2Pなどの基礎研究や受託開発に取り組みつつ大学教員を目指す。博士課程(政策・メディア)修了。その後高学歴ワーキングプアを経て、2012年に株式会社ネットマーケティング入社。マッチングサービス SRE・リクルーター・情シス部長・上場などを担当。2018年にレバレジーズ株式会社入社。開発部長、レバテック技術顧問としてエージェント教育・採用セミナー講師などを担当。2020年より株式会社LIGに参画。海外拠点EM、PjM、エンジニア採用・組織改善コンサルなどを担当。現在は合同会社エンジニアリングマネージメント社長 兼 流しのEMとして活動中。

合同会社エンジニアリングマネージメント 社長兼「流しのEM」の久松です。IT界隈を歴史やエピソードベースで整理し、人の流れに主眼を置いたnoteを更新しています。

採用コンサルティングに関連し、よく各社の求人票をテコ入れすることがあります。その中でも特に注意して見ているのが「職種名」です。今回は職種名を巡るトレンドについてお話します。

フルスタックエンジニアはもう古い

先日Twitterでフルスタックエンジニアについて下記の投稿をしたところ、合計約29万インプレッションに到達しました。

いただいた反響の中には「フルスタックエンジニアが使われなくなったことを知った」「なぜフルスタックエンジニアが使われなくなったのかその背景を知ることができた」という意見もありました。

しかし、それ以上に多かったのは、みなさんの「フルスタックエンジニア」という名称を巡る忌まわしい記憶でした。

「フルスタックエンジニア」を巡る変遷

2010年代中盤、Web開発界隈で「フルスタックエンジニア」という言葉が持て囃されはじめました。2014年の日経XTECHには「最近『フルスタックエンジニア』という言葉をよく聞くようになりました。(略)どうすればフルスタックエンジニアになれますか?」という質問が寄せられたほどです。

当時、私も自社サービス開発の会社にてフルスタックエンジニアの採用を行っており、候補者も多数いました。「将来はフルスタックエンジニアを目指したいです」というジュニア層のエンジニアも多く、特に違和感はなかった時代です。

当時の雰囲気としては、「フルスタック」という言葉の指す範囲はフロントエンドで何か言語を一つ、サーバサイドで何か言語を一つという程度でした。一人で一通りWebサービスを構築できるというのが当時のフルスタックが指す範囲であり、プラスαとしてAWSを用いてEC2とRDSが利用できればさらに良いという塩梅でした。これらに加えて、iOSやAndroidアプリ開発ができる方もいましたが、人数としては少ない印象です。

参考:質問:フルスタックエンジニアを目指すべき?

「フルスタックエンジニア」が嫌われるようになった背景

フルスタックという言葉は「フル」と名乗っているのが問題です。「フルスタックというけれども本当に全部分かるの?」と問われるようになってしまいました。

私自身が「フルスタックエンジニアを求人票に書くとまずいらしい」と気づいたのは2019年のことです。当時の部下に、「フルスタックの指し示す範囲が広すぎて、職種名としていかに荒唐無稽か」という指摘を受けたのがきっかけでした。「フル」というのは「全て」を指し示すので一理あるかもしれないと感じ、採用強者だといわれるメガベンチャー各社の求人票をチェックしました。すると、フロントエンドもバックエンドも両方できる人を求める場合、「ソフトウェアエンジニア」となっていることに気づきました。「ソフトウェアエンジニア」までとなると、呼称として汎用的すぎるのではと思ったりもしますが、炎上リスクも少なく現実的なチョイスではあります。今では多くの企業が求人票でこの略称である「SWE」を用いています。

逆に候補者としても、職務経歴書に「フルスタックエンジニア」と書くと、無駄なお祈りや「あなたの思うフルスタックとは何なのか」といった質問攻めに遭う可能性があるため、避けるのが無難でしょう。

実は、「フルスタック」が意味するところが、フロントエンドとサーバサイドを1言語ずつ程度では厳しいのが現状です。ただ先のTwitterへのコメントでもいただいたのですが、経験者エンジニアの中には敢えて「フルスタック」という言葉を出して面接官からの質問を誘導し、自身のエンジニア感を伝えるという高等テクニックを持っている方もいるようです。

忌まわしき過去の記憶を払拭するための職種名の呼び替え

前述のTwitter投稿が大きく伸びた理由の一つとして、投稿を見た人の「フルスタックエンジニア」という呼称を巡る嫌な記憶が蘇り、共感してくれたため広がっていったという話をしました。では、その「嫌な記憶」は具体的に何を指しているのでしょうか。いただいたコメントを見ていくと、下記のようなものでした。

  • ・インフラやハードウェアなど、ソフトウェアエンジニアにとってハードルが高い技術領域についても、「フルスタック」であるために「当然わかるよね?」という高圧的なコミュニケーションやテクハラ(テクノロジーハラスメント)に繋がったケース
  • ・企業体力の低い企業では一人が兼務できることがコストパフォーマンスが高いため、「便利屋」として扱われてしまうケースがあり、長時間労働・労働力搾取の象徴として捉えられるケース

これらが原因となって、フルスタックエンジニアは禁忌となりました。

ところで、「フルスタックエンジニア」→「SWE」というのはなかなか強烈な事例ですが、他にも職種の印象を改善するために職種名を呼び替えているケースがあります。「社内SE」・「情シス」を「コーポレートエンジニア」、「テスター」を「QAエンジニア」と呼び替える動きなどがその代表例です。

新しい概念として生まれる新規職種名

一方で、呼び替えではなく新しい概念として新しい職種名が登場するケースもあります。ここ数年で登場している言葉として下記のようなものが挙げられます。

  • ・開発プロセスから関わるセキュリティエンジニア→DevSecOps
  • ・技術的なバックボーンを持ちながら、プロダクトを開発し、マネージメントにも携わる→TPdM(Technical Product Manager)
  • ・自ら率先して開発し、コードレビューや技術選定をする。テックリードやアーキテクトより上位概念であることが多い→VPoT(Vice President of Technology)
  • ・企業の柱となるプロダクトの責任者、PO(Product Owner)やPM(Product Manager)の上位概念→VPoP(Vice President of Product)

まだまだ日本の市場ではこれから定着していく呼称が多いですが、ITエンジニア各位が自身のキャリアを確立していくにあたり、こうした新規の職種名は時代の潮流を反映していることからヒントになる可能性が高いです。その職種名がどういった概念なのかを調べ、自身のキャリアの糧になるかどうか判断していくと良いでしょう。

職種名選択で類推される企業のリテラシー

引用リツイートでも「フルスタックエンジニアと書かれたスカウトはそっと閉じる」といただいたように、求人票に「時代遅れ」な職種名が書かれていると、ITエンジニア職への理解が足らないと捉えられる向きは強いです。たかが職種名ですがされど職種名です。求人票に使われている言葉から、その企業がITエンジニアに対して、どれほど理解があるのかが類推できると言えます。求人票をチェックする際や、面接の場でのコミュニケーション時に意識してみてください。

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