2022年10月25日
ITジャーナリスト
生活とテクノロジー、ビジネスの関係を考えるITジャーナリスト、中国テックウォッチャー。著書に「Googleの正体」(マイコミ新書)、「任天堂ノスタルジー・横井軍平とその時代」(角川新書)など。
中国のコンビニチェーン「便利蜂(ベンリフォン)」が困難に直面している。仕入れから商品の棚の配置まで、すべてのコンビニ業務を400のタスクに分解・標準化し、AIが判断して人間の店舗スタッフに命令するという近未来コンビニ。しかし、そのいきすぎたデータ駆動経営により、2022年に入り業績が伸び悩み、店舗整理を行う事態になっている。
人間のあやふやさを排除して、AIにすべてを任せた便利蜂に何が起きたのか。AIと人間は、どのようにすれば共生できるのか。便利蜂の失敗から学べることは多い。
この世界には理想解と現実解の2つが存在する。ただし、理想解と現実解が一致するとは限らない。ロジックだけで導き出した理想解をそのまま現実に適用すると、しばしば問題を起こすことになる。
中国では2017年ごろから無人コンビニビジネスが投資家から熱い注目を浴びた。コンビニは、消費者にとっては身近な存在で利便性が高い反面、提供側から見ると、大量の出店をしなければならず、コストがかかるビジネスだ。そのため、利益率は非常に低い。「2022年中国コンビニ発展報告(中国チェーンストア経営協会)」がサンプル調査を行った結果、中国のコンビニの粗利率は平均で25.5%だという。小売業における粗利というのは営業収入から仕入れ経費を引いたもので、ここからさらに人件費や家賃を支出し、その残りが本当の利益となる。この利益はわずか1.36%でしかないのだ。
この利益を増やすにはどうしたらいいか。無駄な経費を削ればいい。しかし、家賃(6.17%)、光熱費(2.01%)は、もはや削りようがない。そこで人件費(7.99%)を削って、利益を増やそうと考えたのが無人コンビニだ。
無人コンビニは、セルフレジを導入し、万引きなどはAIカメラで監視をするというもので、投資家の目にはうまくいきそうに見え、多くの投資資金が集まった。
しかし、盲点があった。コンビニは倉庫を持たず、陳列棚に在庫する。つまり、頻繁に商品を補充するための配送をしなければならない。無人コンビニでは、配送スタッフが店舗を巡回して、荷下ろしと陳列、商品管理までをしなければならず、配送のコストが上昇してしまったのだ。
さらに想定外だったのが、商品管理にかなりの手間がかかることだった。来店客が商品を手に取り、買うのをやめて、棚に乱雑に戻す。次の消費者は斜めに置かれているだけで、買うのをためらってしまう。内容に問題がないことはわかっていても、なんとなく気持ちが悪いのだ。そのため、スタッフは常に陳列棚を整理して回らなければならない。無人コンビニでは、巡回スタッフが商品管理もするために、きめ細やかな管理ができず、消費者が離れていった。
このジャンルに、AIを全面的に活用して挑戦したのが2016年に創業した「便利蜂」だ。
便利蜂では、店舗スタッフを1〜2名常駐させる。ただ、接客はせず、商品管理に専念する。来店客は、セルフレジか専用アプリで決済して買い物を済ませる。便利蜂は、さらに店舗の業務効率を高めるため、すべての意思決定をAIが行うシステムを開発した。
たとえば、商品の発注は、AIが行う。売上数だけでなく、天候や周辺のイベント情報なども加味した機械学習に基づいて需要予測をし、発注数が決定される。
また、商品を棚のどこに置くかもAIに判断を任せている。塩や砂糖、小麦粉、米などの食材、ノートや封筒の文房具は一番下の段に配置したり、よく動く商品は目線の高さに合う棚に配置する。過去実績を根拠に販売予測をして、最も利益が大きくなるように配置をされる。
さらに、陳列棚は有限であるため、新しい商品を扱うには、既存商品の扱いを停止する必要がある。どの商品を切り捨てるかもAIが判断する。このようなAIの活用により、便利蜂は4週間商品が動かないいわゆる「死に筋商品」を全体の1%以下に抑えている。
さらに便利蜂では、AIと人間を対決させる実験も行っていた。セブンイレブンなどで店長経験のある10人とAIで、コンビニ経営の対決をさせたのだ。1人に1店舗を任せ、1週間で商品品目数を10%削減するよう指示した。その結果、人間店長の店舗は平均して5%売上が低下した。商品品目を10%削減しても、売上減少は5%で済んだのはかなりの実績のようにも思われるが、AI店長のほうは売上が0.7%しか低下しなかったのだ。
この実験により、便利蜂はある結論を得た。それは「人間が意思決定に介在すればするほど業務効率は低下していく」というものだ。便利蜂は、この実験以降、徹底したデータ駆動経営を進めている。
データ駆動経営を徹底して行う便利蜂では、社内で数学の試験を行なっている。希望者のみの受験だが、内容は大学レベルの数学だ。これに合格をしないと上級職に就くことはできない。このように、データサイエンスを社内の共通言語にしている。
便利蜂は、この仕組みで急成長をし、創業から5年で2800店舗に達した。ところが2022年には息切れが起こり、300店舗ほど閉店することになったのだ。さらに、賞与のカット・リストラも行った。
便利蜂のビジネスロジックには穴がないように見えたが、現実では実行当初から問題が起きていたのだ。便利蜂の店舗スタッフたちは、SNSでその仕事のつらさを発信している。
店舗スタッフにはタブレットが渡され、「商品棚の整頓」「清掃」「賞味期限切れ商品の廃棄」など、約400の業務がSOP(Standard Operation Procedures=標準作業手順)化されている。店内には広角カメラが複数台設置され、床の汚れや陳列棚の乱れなどを検知し、スタッフにタスクを通知していく。タブレットには優先度順のタスクリストが示され、スタッフは業務リストの上からタスクをひたすらこなしていく。作業が終了すると、終わったことを示す写真を撮影し、報告をする。あるスタッフによると「業務時間の1/3は写真を撮ることに費やしている」という。
さらに、各タスクには標準時間が定められていて、タスクを開始するとカウントダウンが始まる。その時間内に終えられない場合、スタッフの評価に影響するという。
また、1人シフト=ワンオペも問題になっている。標準では2人体制なのだが、ワンオペの時間のほうが長いのだ。ワンオペの場合は、食事休憩はおろかトイレに行くこともできない。トイレに行きたいときは、タブレットから申請をする。AIが客数予測に基づいて許可を出すと、店舗のドアに鍵をかけ、準備中のプレートをかけてからトイレに行く。
あるスタッフはSNSでこう言う。「私たちはアルゴリズムの奴隷です」。
さらに深刻な問題も起きている。中国でもコンビニコーヒーがブームとなり、集客ができる商品として、便利蜂も2021年3月に店頭でドリップコーヒーの販売を始めた。1杯15元(約300円)とコンビニにしては高めの価格設定だが、高品質のコーヒー豆とミルクを使用しており、割引クーポンなどを配布したこともあってファンがついている。
ところが、AIはコーヒーが好きではなかったようだ。サイドメニューに入れていたミルクティーの販売を拡大すべきだという判断をした。ミルクティーの方がコストが安いため、利益を最大化できるからだ。さらに、ミルクの品質についてA/Bテストを行うと、ミルクの品質は低くても売上に大きな影響がでないと言う結果になり、AIはミルクの品質を落とすべきだと提案した。しかし、それでは、近隣の格安ドリンクスタンドで売られているものと品質的には変わらなくなり、集客に貢献してくれるかどうかはわからない。
便利蜂は大きなジレンマに直面した。AIに判断をさせれば利益は最大化できる。しかし、同時に店舗の個性は失われ、凡庸なコンビニになりかねない。かといって人間に判断をさせれば、誤った判断で利益が縮小するリスクが高まり、「AI経営」という企業そのもののブランドに相反してしまう。300店の閉店は、便利蜂では「店舗配置の調整のため」としているが、従業員離れ、リピート客離れが起きている可能性が高いだろう。
AIと人間は、どのように組み合わせれば協調できるのだろうか。コーヒーを中心にしたカフェを開店したら、AIはミルクティーを売るべきだと言った。その方が、利益は大きくできるかもしれないが、経営者がビジネスをする意味はなくなる。この経営者は、コーヒーが好きで、美味しいコーヒーを広めたいと思って、カフェを始めたはずだからだ。
筆者は、コーヒーを売るか、ミルクティーを売るかというフレームワーク自体は、人間が決めるべきにほかならないと考える。AIにも判断できるが、そこまでAIの判断に従ってしまうと、人間が存在する意味が失われ、アルゴリズムの奴隷になってしまう。AIは、人間が決めたフレームワークの中で、最善の策を示してくれる。つまり、理想解を人間が設定し、その枠組みの中でAIに現実解を求めさせるという連携が必要になってくる。
しかし、便利蜂はこのことにすでに気がついているようだ。創業CEOの庄辰超(ジュアン・チェンチャオ)はこう語っている。「システムを稼働させた時に問題になったのは、AIと人の協調です。AIがある施策を提案すると、それに付随をする業務も変える必要が生じます。しかし、人は環境の変化に対して平衡を保とうという習性があるため、付随業務をなかなか変えられません。これにより、AIシステムがその真価を発揮できないということが起きたのです。人とAIをどう組み合わせるかは簡単ではありません」。
AIと人間が協調をして、正しい解を導き出せるようにするには、AIも進化をする必要があるが、人間も変わらなければならない。現在、足踏みをしている便利蜂だが、この協調問題を解決するシステムを開発中とのことだ。便利蜂は、AIと人間の協調問題という手つかずだった荒野に道を切り拓こうとしている。
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