【IVS LAUNCHPAD SaaS優勝】カミナシプロダクトマネージャーが貫く日本のレガシー業界を変える「超ポジティブ現場主義」

2021年6月15日

株式会社カミナシ  プロダクトマネージャー

後藤 健佑

名古屋工業大学卒業後、WebエンジニアとしてEC系のバックヤードサービス開発の経験を積み、2019年10月より株式会社カミナシにジョイン。サービスの立ち上げから参画し、サーバサイド/フロントエンド/クロスプラットフォームの設計から実装まで携わった。エンジニア、テックリードを経て、現在はプロダクトマネージャーとして『カミナシ』の開発チームを牽引。

衛生管理基準が厳格な食品工場、PCの持ち込みが難しい工事現場……。2018年、総務省による『DXレポート』の発表後、ITで業務効率化をしようという言葉をよく耳にするようになった。しかし、テクノロジーの力が及ばず、情報を「紙」で管理している現場はまだ多い。

そんな現場を変えているスタートアップの一つが、昨年末の「IVS LAUNCHPAD SaaS」で優勝を果たした株式会社カミナシだ。カミナシは現場改善プラットフォームの開発を手掛け、レガシーな労働環境を変えるべく邁進している。そこで働くプロダクトマネージャーの後藤さんは、全国各地の工場や店舗などの現場を駆け回る「超現場主義」。

「ユーザーの気持ちになるなんておこがましい。僕はユーザーそのものになりたいかも」と笑顔で話す彼が、「現場100回」を繰り返して培ってきたエンジニアリング力に迫る。

徹底的に顧客目線を貫く。 カミナシが実践する「ゼロベース開発」

——最近、ノンデスクワーカー向けのSaaSが増えていますが、『カミナシ』はどんなプロダクトですか?

食品工場や製造工場では、機械の点検や従業員の体調管理などについて紙のチェックリストを作成し、一つ一つ手作業で管理している現場がまだ多いんです。そういう現場で発生するルーティンワークや事務作業を一括管理できるアプリが『カミナシ』です。

ユーザー自身がノーコードでオリジナルの現場管理アプリをつくれるという点が、このプロダクトの大きな特徴です。

▲現場改善プラットフォーム『カミナシ』のサービスユーザーインターフェイス。

——直接チェックリストをSaaSとして提供する方法もありますが、なぜユーザーにつくってもらうようにしているのでしょうか?

現場について一番わかっているのは、日々現場に立ち、現場で働いている人たちです。私たちの役割はあくまでも顧客が手軽に操作できるプラットフォームを提供するところまで。そのプラットフォームを活用して、顧客自ら自社の需要に合わせたチェックリストを組んでもらうようにしています。

実は、日々現場で運用しているチェックリストの内容を一つ変えるだけで、業務効率が劇的にアップすることがあるんです。どのようなチェックリストにすれば現場が使いやすいのか、その判断は顧客に任せ、僕たちは業務効率アップのための「道具」を用意することに徹しています。すべてのクライアントに対して、導入から1~3か月ぐらいの期間を設けてオンボーディングで一緒に並走するようにしています。

▲「現場を一番分かっているのは現場の人」。ユーザーはノーコードでチェックリストをカスタマイズできる。

——徹底して顧客の立場に立っているんですね。そもそも後藤さんはなぜカミナシにジョインしたのですか?

最初の職場にいたときから、レガシーな現場を変えるサービスに携わりたいと思っていました。僕は工業大学の出身で、周りのすごく優秀な先輩たちが航空業界や機械メーカーへ何人も就職するのを見てきたんです。そんな彼らが毎日現場で、書類整理やはんこ押しなど非効率的な作業に振り回されていると聞いて、すごく悔しく思いまして。その時間をよりコアな業務に使えたら、もっと本質的な仕事ができて生産性向上や企業の業績向上に繋がるのに、と。

あとは、プロダクトづくりに関する考え方もカミナシの開発方針と合致しましたね。世間一般の人が「こうだろうな」と思い込んでいる常識を全て破壊して、新しくつくり直して驚かせることがとにかく好きなんです。スクラップアンドビルドというか。

カミナシも、毎回「ゼロベースで考える」ことを重視しています。全てのクライアントにゼロからニーズを聞き出すところからはじめ、必ずプロダクトが使われる現場へ行くようにしています。そして、毎回新しい仕様や機能をつくり直しているんです。現場へ赴かずに仮説だけで仕様や機能を考えてしまうと、どうしても先入観で開発してしまったり、バイアスがかかってしまったりするんです。そこを現場へ行くことで、「思っていたのと違った!」という部分を発見することができる。その発見をプロダクトに反映させ、顧客の状況に応じてプロダクトをブラッシュアップできる。こういうプロダクト開発の仕方は僕とばっちり合っていると感じています。

エンジニアが工場長!? コードを書く原動力は現場にあり

——開発を行う上で、気をつけていることは何ですか?

できるだけクライアントの現場へ足を運ぶようにすることです。コロナ前は週に1〜2回必ずクライアントの工場に行き、現場を見学させてもらっていました。私以外のエンジニアも月に1回のペースで足を運び、東京周辺だけでなく、北は北海道、南は高知、沖縄まで、日本中を飛び回っていましたね。

——プロダクトマネージャーがクライアントの現場に行くことは珍しいと思いますが、なぜ現場に行くことを大事にしているのですか?

行くたびに思いますけど、現場ってめちゃくちゃ面白いんですよ。色々な業界を知ることができるし、何より実際現場に立ってはじめて気づくことがたくさんあります。そのどれもが楽しい。それはエンジニアにとって貴重な経験だと思います。たとえば、クライアントから「毎日点検しなければいけない機械が400台あるんです」というメールをもらったとして、文字だけ読んでもどれぐらいの仕事量になるのかイメージがつきにくい。思わず「へぇ、凄そうですね」って軽く返してしまいがちです。だけど実際現場に行ってみたら「いやいやいや、これを全部紙で管理するのは無理でしょう」とハッとさせられる。そんなことの繰り返しです。

現場で働くスタッフの感覚を身につけるために、見学のときはオペレーターの方の後ろにくっついてゼロ距離で作業をみたり、写真を撮ったりしています。開発は自分にとって、オフィスにこもってすることというより、現場に行って肌で感じたことをコードに起こすといったほうが感覚的に近いですね。

——後藤さんが現場に行って感じたレガシー業界の課題はなんでしょうか?

課題は大きく2つあると思います。一つはどの現場も慢性的な人手不足に悩まされていることです。もう一つは、現場に求められる品質のレベルが年々上がっていて、その要望に応えるための現場のチェックフローが膨大になってしまうことです。数少ない従業員で高い品質をアナログな手段で保つとなると、チェックする書類も100枚、200枚と嵩んでしまいます。

これだけチェックフローや書類が増えてしまうと、チェック自体がどうしても形骸化してしまうんですよ。もともと日本の現場って本当に最先端で、人の手や知恵による効率化はすでに最大限なされているんです。しかも、それを実行する意志の強さや、高い品質を守りたいという意識の高さも凄まじくて。とてつもなくみなさん勤勉ですしね。

ところが彼らが煩雑な作業をこなす際に、ミスをなくす仕組みは整っていない。ちょっとした手違いがミスにつながり、会社にとって大きな損失になってしまう場合もあります。このような業務の形骸化はレガシー業界の根本的な課題であるような気がします。そこで『カミナシ』は、ITの力でミスをなくす仕組みをつくりたい。日々の定型作業を自動化し、チェックフローなどをツールで標準化することで、効率的にミスを防ぐ仕組みをつくっています。

——こういう課題解決のために、現場で心掛けていることは何ですか?

ユーザーからは、「声」ではなく、「事実」を集めるように意識しています。たとえば、「この機能がわかりにくい」と言われた時、必ずその前後に行っている業務内容や、このプロセスに実際割かれている時間など、影響しうる要素をすべて聞くようにしています。「この機能が欲しいです」って意見を言われることはもちろん多くて、それをそのまま受け入れていると、開発チケットはすぐ150くらい溜まってしまう。

意見や要望だけ吸い上げるのではなく、その裏側にある背景や理由、ときにはユーザー自身も気づいていないインサイトを探ることが現場でのゴールです。

最近では、もはや「ユーザーの気持ちになる」のもおこがましいと思っていて。「ユーザーになる」ようにしているし、なんなら「ユーザーに同期する」と言ってもいいですね。

工場の世界では、現場で働く方が「大先輩」なので、彼らの弟子になるつもりでとにかくそばにくっついて、一つ一つの行動を観察し記録するようにしていますね。あまりに現場に張り付きすぎて、社内のメンバーから「工場長」って言われたこともあるくらいです。

現場では、とにかく「どうやって作業しているのか」を、「なんとなく」「わかった気」にならず、しっかりと事実だけを積み上げていくことを心掛けています。

▲とにかく現場に足を運ぶ後藤さん。実際に現場で体感課題をプロダクトの改善に活かしている。

——すごい熱量ですね! どうやってそのモチベーションを保っているのですか?

僕の原動力は「自分の知らないことを知れる」ことです。そのときドーパミンが出るんですよ。たくさん足を運んでいるようでも、現場にはまだまだ知らないことがたくさんある。

確かに、エンジニアの中には現場へ行ったり、ユーザーと話したりするのが苦手な人もいるかもしれません。でもエンジニアって、「知らないことを知る」のはみんな好きなんじゃないかと思っていて。僕にとって、「現場に行くこと」はあくまでもクライアントを知るための一手段にすぎません。「現場のことを知りたい!」、そんな単純な好奇心に駆動されていますね。

僕のなかで、ユーザーヒアリングとコーディングは結構似ていると思います。コーディングをはじめたばかりの時はしょっちゅうコードを間違えたり、多くのバグを生んですごく恥ずかしい思いをいっぱいしたりしてきた。どんなことでも初めは初心者なんですよね。だけど、できたら楽しい。それはユーザーヒアリングも一緒です。大事なのは「苦手だけど、やり始めたらなんとかなるでしょう」というマインド。僕の被る損は恥ずかしいことくらいじゃないでしょうか。その先で得られるものがたくさんあるとわかっていれば「恥なんて一瞬なのでいいか」と思えます。

——工場現場の業務フローはとても複雑だと思いますが、そこを理解するのが大変ではないですか?

確かに業務フローは現場によって全然違いますし、一つずつ噛み砕いて理解するのはかなり大変なんです。ただ、それを上回るほど、目の前にある解きたい課題の大きさにワクワクするんですよ。カミナシでは、クライアントの業態も業界もバラバラなので、非連続的で大きな課題がたくさんある環境なんです。「面倒くさくてもむしろ楽しい」みたいなマインドセットは鍛えられたような気がしますね。

エンジニアのコードで、レガシー業界が変わっていく

——現場から紙がなくなると、レガシーな業界はどう変わると思いますか?

今まで遠くてなかなか連携できなかった現場の距離が、一気に縮まっていくと思います。たとえば、A工場とB工場は日本の両端にあって、物理的にはものすごく離れていても、『カミナシ』のプラットフォームを使えば瞬時に連携できるようになるんですよ。そうなると、困難があったときにお互いに助け合ったり、現場のノウハウを共有したりすることが可能になります。

これまでバラバラで点になっていた現場がつながって線になって、面になっていく。紙をなくすことは、こういう未来を実現するための入り口にすぎないかもしれません。将来的には、省人化ロボットやIoTなどの先端技術もどんどん取り入れられるようになって、人間が必要なくなっていくかも知れません。

ただ、今の現場はまだ紙で埋め尽くされていて、IT化できる基盤すら整備されていないと思うんです。カミナシは紙をツールに置き換え、現場のDXの足元を固める役割を果たしていると思います。

▲「バラバラで点になっていた現場がカミナシでつながる」。そう笑顔で語る後藤さん。

——これからもっとプロダクトをスケールさせるために何に力を入れていきたいですか?

いまカミナシが取り組んでいるのは、現場にある課題のうちまだ周辺領域にとどまっています。たとえば衛生管理の一つであるサニテーションチェックや機械の日常点検などの定型業務など、システムに落とし込むと要件がシンプルなものが多くて。これからはより商品の生産に関わるようなコアな領域に入り込んでいきたいです。

あとはエンジニアリング組織活性化のためにも、新しい技術をどんどん取り入れていきたいですね。現在僕たちはアプリケーションのほうはReact Nativeを使ってクロスプラットフォームで書けるように整え、サーバサイドはGolangを採用しています。これからも使えると思えば新しい技術をどんどん取り入れていくつもりです。

エンジニアにとってモチベは品質です。エンジニアがやりたいと思える技術を採用し、楽しくモチベーション高く開発できたほうがプロダクトの品質向上にも繋がります。触っていて楽しい技術を採用すると、もうちょっと頑張ろうとか、もっとよく見せようっていうマインドになってきて、自然と品質も良くなっていくんですよね。プロダクトの方向性に合わせて柔軟に切り替える。開発サイクルの速さが求められるスタートアップにはピッタリですね。

——改めて、日本のレガシー業界を変えるために、エンジニアにできることはなんでしょうか?

いま、社会全体が不安定で先行き不透明じゃないですか。そんな世の中に合わせたサービスをつくっていくことが必要だと思うんです。

そんな中、エンジニアが指先で一個一個打ち込んだコードって、顕在化していなかった現場の課題やビジネスチャンスを掘り当てるツールになるんですよ。ひとつひとつの課題に寄り添って、それをどうコードに落とし込んでいくのか考えるのがエンジニアの仕事だし、エンジニアにしかできないことだと思います。

企画・執筆:王雨舟
取材・編集:石川香苗子

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