エムスリーからUbieへ。医療という領域がエンジニアの成長に最適な理由

2021年4月30日

医療業界のエンジニアが描く未来

Ubie株式会社 Ubie Discovery ソフトウェアエンジニア

長澤太郎

早稲田大学情報理工学科を卒業後、メーカー系SIerを経て、2013年にエムスリーに入社。在職中はAndroidアプリケーションの開発を主導し、顕著な活躍をしたエンジニアを称える「エムスリーエンジニアリングフェロー」の肩書きを獲得。2018年4月に現職Ubie株式会社にジョインし、Kotlinを用いたサーバサイド開発などを率いる。Kotlin黎明期より、日本国内におけるKotlinの技術啓蒙に尽力し、日本Kotlinユーザグループ代表を務める。

昨今注目を集めている医療市場。その領域で10年近く第一線に立ち続けてきたエンジニアがいる。AI問診サービスを手掛ける医療ベンチャーUbieのテックリードとして活躍する長澤さんは、Javaの進化系ともいわれるKotlinという言語に精通し、「Kotlinのエバンジェリスト」としてもその名を知られる。

国内最大級のヘルスケア企業エムスリーを離れてから、引き続き医療業界でのキャリアを選んできた長澤さん。そんな彼に、エンジニアとして医療業界で働く魅力を聞いてみた。

Kotlinで業界屈指の医療データベース構築 エンジニア負荷の最小化を実現

——長澤さんが働くUbieはどんな会社ですか?

Ubieは「テクノロジーで人々を適切な医療に案内する」をミッションに掲げ、医師とエンジニアによって2017年5月創業のヘルステックスタートアップです。医療現場の業務効率化を図るto B向けの『AI問診ユビー』と、症状から適切な医療へと案内するto C向けの『AI受診相談ユビー』を開発・提供しています。

『AI問診ユビー』は医療機関の紙の問診票の代わり、タブレットやスマートフォンを活用した問診サービスです。患者さんが症状等を入力すると、専門用語に自動的に変換して医師へ届けられるというものです。

『AI受診相談ユビー』は体調に不安を抱えるユーザーが、医療機関を受診する前にスマートフォンやWeb上でいくつか質問に答えることで、関連する病気や受診すべき診療科がわかるようになるサービスです。

▲長澤さんが手掛ける『AI問診ユビー』と『AI受診相談ユビー』。患者がAIからの質問に回答すると、専門用語に翻訳して医師へ届けられる

——最近こうしたWeb問診サービスが増えていますが、その中でUbieが手掛けるサービスの特徴は何でしょうか?

医師たちの「脳」を結集した膨大な医療データベースを構築している点です。AI問診は、国内外の5万件の医学論文と、350を超える導入医療機関でのリアルデータを蓄積しています。それを活かし、ユーザーが回答した自覚症状をもとに、関連する病名をバックエンドで瞬時にピックアップし、質問を繰り返すことで関連性の高い病名を絞りこむことができます。したがって、問診を行うたびにデータベースを進化させられるところがUbieの特徴だと言えます。

医療現場での実際の問診データのみならず、当社の提携する医師からヒアリングした現場データや、過去の治験データなども幅広く収集しています。ユーザーの千差万別な症状に対応できるように、社内のデータサイエンティストと機械学習エンジニアが日々データベースを最適にチューニングしています。

——UbieではKotlinをどのように活用されていますか?

サーバサイド全般をKotlinで開発しています。KotlinでもJava界隈で耳馴染みのあるSpring Frameworkが使いやすくなってきたので、それを活用しながらRESTful APIの開発を行っています。また最近では、Kotlinのエコシステムが充実してきたこともあり、フロントエンドとサーバサイドをより強力に結びつけるために、Kotlin+Spring Boot+GraphQLの導入も始めています。

——なぜサーバサイドを書くときにKotlinを使っているんですか? そして、そもそもKotlinを導入したきっかけは何でしょうか?

導入を決めたのはちょうど私が入社したタイミングで、まだ社員が5、6人しかいなかったころです。当時、『AI問診ユビー』における医師向け機能の拡充に際して、サーバサイドに新しいWeb APIが必要になりました。

KotlinはかつてAndroidアプリ開発の主流だったJavaとよく比較されますが、Kotlinのほうがコードが短くて済むんです。Kotlinには既存のクラスやインタフェースにあたかもメソッドを追加しているように見せる「拡張関数」や、コードの可読性に寄与する「名前付き引数」など、魅力的な機能が数多くあります。コードを短くすることで、メンテナンスのしやすさを維持しながら高速な開発を実現でき、初期フェーズのUbieにとって最適な言語だと考えました。これは現在も開発する際の大きなメリットになっています。

また、手前味噌ですが、私がUbieのサーバサイドでKotlinを使っていることで、ありがたいことにKotlinに詳しいエンジニアが入ってきてくれるようになりました。おかげで今ではKotlinにも強い開発チームが結成されています。これも最初からKotlinでの開発に踏み切ったことのメリットの1つで、自分が貢献できたなと思っているところです。

大手SIer→エムスリー→Ubie、医療業界のエンジニアは大変だが楽しい!

——長澤さんはなぜ大手企業からスタートアップに転職したんですか?

自分の手でプログラムを書き、ソフトウェアエンジニアとして理想の働き方を実現したかったからです。

学生の頃は、エンジニアたるもの日々コードを書いて、プログラムを組むのが仕事だと思っていました。しかし実際は、毎日スーツを着てお客さま先に出向いて、顧客や協力会社との調整役や伝言役をやるばかりでした。プログラムを書いてシステムやプロダクトをつくるという、エンジニアとして自分が一番やりたかった「ものづくり」に携われないのが辛かった。しかも当時インターネットも自由に使うことができず、GitHubへのアクセスも禁止されていました。

業界のすべてを知っているわけではありませんが、少なくとも私がいた組織は、自分にとって理想の働き方を実現できるような場所ではありませんでした。

——転職先としてエムスリーを選んだ理由は?

前職での経験もあって、「思い切りプログラムを書けるかどうか」「技術に向き合えて理想の働き方に近づけるか」という観点で探していました。

エムスリーは当時Scalaカンファレンスのゴールドスポンサーになっていました。自分もScalaに興味があったので、そのコミュニティにコミットする姿勢に熱いものを感じたんです。入社後も、25歳でほぼ開発未経験だった自分にAndroidアプリの新規開発を任せてくれるなど、やりたいことに存分に挑戦できる環境でした。

——エムスリーの後、引き続き医療系スタートアップであるUbieを選んだのはなぜでしょうか?

一番の理由はプロダクトに惹かれたことです。Ubie共同代表の久保(恒太氏)とはもともとエムスリー時代の同僚で、Ubieを創業してからプロダクトの話を聞いていました。当初はto C向けプロダクトのみを開発していたようですが、久しぶりに会ったら、to C、to B両方のプロダクト開発にチャレンジしていたんです。その仕組みを聞いたとき、to C、to Bの両輪を回すことでシナジーが生まれると感じました。

——どのようなシナジーが生まれると思ったんですか?

to B向けとして医療機関にプラットフォームを導入していただき、医師が問診を行うごとに、問診データベースを充実化させていきます。そのデータから育ったAIをto C向けのプロダクトに実装し、ユーザーを適切な医療へ案内する。そんなシナジーが生まれると思いました。問診業務が電子化されれば医師の仕事を省力化できるし、アルゴリズムを通して医師の知見を最大限にユーザーに還元できます。そういうサイクルを回していくのが正解だと思いました。

このサイクルを回していけばデータベースはよりよいものになっていくはず、自分の中でそう確信が持てました。このシナジーでプロダクトをブラッシュアップし続けていけば、このプロダクトで世界を変えられると思えたんです。

——エンジニアとして医療業界で働く上で、技術的にどういうところが難しいと感じていますか?

医療業界や医療現場は、患者さんの健康状態など機密度の高い情報を扱うため、ITの導入が進んでいないケースがあります。未だにインターネットにつながっていない医療機関も少なくありません。そういう意味での技術的な制約に日々向き合っていますね。

例えば、院内LANのイントラネットでしか情報を見られず、電子カルテを導入していても、限られた場所からしかアクセスできないネットワーク構成になっている施設も多くて。クラウドサービスである『AI問診ユビー』にアクセスしてもらうためには、様々な工夫を施さなければなりません。

そこで考えたのが、丁寧に時間をかけて、ネットワークの事情まで考慮したコードを書くことです。環境の違いによってはバグになってしまうプログラムもあるので、そこを見極めるのが大変でした。

また、『AI問診ユビー』はプロダクト初期の段階で、ターゲットを町のクリニックから大規模な病院に変えました。大きな病院に導入いただくことで多くの問診データを取得でき、プロダクトのスムーズな改良が行えると考えたからです。

加えて大病院では、医師のみならず受付スタッフや看護師など、私たちのプロダクトに触れる関係者も増えます。周りの医療スタッフの体験設計も考慮しなければならない代わりに、多様な職種の様々な考えを持つスタッフに使っていただけるので、より生々しいリアルな現場のデータが即座に集まってきます。それらの生データに工夫を加え、プロダクトに活かすことで、プロダクトがどんどん進化していくのが見える。そこが面白いところですね。

▲さまざまな困難を克服しながら医療業界で奮闘する楽しさについて語っている長澤さん

自分のコードが世に貢献しているところが見える。だからここに居続ける。

——Ubieで働くようになって、ご自身の中で変わったことはありますか?

これはSaaSプロダクトを開発するエンジニアとしての目線ですが、HowよりもWhyやWhatへ目が向くようになりました。かつての私は、特定の手段や技術に興味関心が向いていました。今は「このプロダクトは何のために存在しているのか」、「誰のどんな課題を解決するのか」を意識するようになって、プロダクトとの向き合い方が大きく変わりましたね。

こうした実際のニーズを掴むには、ユーザーインタビューが不可欠です。医師が診察室で『AI問診ユビ―』の画面を見て操作しているときの使用感を把握し、機能を改良するために、医療機関の先生に繰り返しインタビューをおこなっています。ユーザーからダイレクトに課題をヒアリングして、最速で仮説検証して最速で課題解決できる点は、今までのキャリアでは体験できませんでした。そしてそれがなにより楽しいんです。Ubieは、ものづくり全体、プロダクト全体に責任を持つことにやりがいを見出せるエンジニアにとっては、非常に面白い会社だと思います。

——長澤さんはエムスリー、Ubieと医療業界のエンジニアとして働き続けていますが、共通して思う医療業界の面白みは何でしょうか?

両者に共通しているのは、ITの導入が遅れている領域を、自分のコードで効率化できるところですね。エムスリーは年々増大する医療費をITで効率化して削減することで社会に役立っているし、Ubieは激務に追われている医師の負担を軽くしたり、どの診療科に行けばいいかと迷う生活者をサポートしたりと、医療現場の課題を取り除くことに貢献しています。

また、実際にユーザーからポジティブなコメントをもらったり、テレビなどでプロダクトが取り上げられたときの「利用者の声」が聞けたりするのも、自分という1人のエンジニアが社会課題の解決に貢献できていることが実感でき、モチベーションが上がります。

自分も含めて誰もが、生きていく上で医療とは切っても切り離せません。ここまで自分ごと化できる仕事はない、そう実感する日々です。今やっていることが巡り巡って、自分や自分の家族に還元されていく。エンジニアである自分の書くコードが、世の中に貢献しているところを目の当たりにし、実感できるのは、医療業界で働く喜びの1つでしょう。

取材・編集:石川香苗子
企画・執筆:王雨舟

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