「開発者体験がいい=エンジニアが働きやすい」だけではない。藤倉成太が語る、今こそ本気で開発者体験と向き合うべき理由【日本CTO協会特別企画】

2023年6月7日

一般社団法人日本CTO協会 理事 Sansan株式会社 執行役員/技術本部 海外開発拠点設立準備室 室長

藤倉 成太

株式会社オージス総研でシリコンバレーに赴任し、現地ベンチャー企業との共同開発事業に携わる。帰国後は開発ツールなどの技術開発に従事する傍ら、金沢工業大学大学院工学研究科知的創造システム専攻を修了。2009年にSansan株式会社へ入社。2023年からSansan Global Development Center, Inc.の取締役/CTOに就任。海外開発体制の強化を担う。

一般社団法人 日本CTO協会が主催するイベント「Developer eXperience Day 2023」が6月14日(水)、15日(木)に開催されます。日本CTO協会は「開発者体験の向上」の重要性をエンジニア業界に届けるために精力的に活動しており、本イベントはその一環となるものです。

生成系AIの登場をきっかけに、大きな変化の入り口に立っている今、新しいテクノロジーをどのように捉えるべきか迷っていたり、また、変化に追いつく時間を捻出するのに苦労していたりする人もいるのではないでしょうか。

日本CTO協会で理事を務める藤倉成太さん(Sansan株式会社 執行役員)によると、開発者体験にこそ、新しい時代に取り残されないためのヒントがあるとのこと。イベントに先立って、今こそ開発者体験の向上にフォーカスすべき理由を聞きました。(本記事は事業会社における開発者体験の話となっております。)

「いい開発者体験=エンジニアが仕事しやすい環境」だけではない

——“開発者体験(DX:Developer eXperience)”という言葉は人によってさまざまな意味を持つと思いますが、藤倉さんが定義する開発者体験とはどのようなものでしょうか?

開発者体験”というと「エンジニアが仕事しやすい環境」をさすイメージがあると思いますが、事業や組織全体のことを考えると、それは要素の一つに過ぎないと思っていて。私は、開発者体験とは「開発者がエンジニアリングを武器として、自身が所属する組織の目的をよりよく達成するために必要な要素」と解釈されるべきだと考えています。

開発者の多くは何らかの組織に属していて、その組織はそれぞれ目的があって存在しています。例えば企業なら、ビジネスで成果を上げるためのソフトウェアを開発者がつくっている、というように。

つまり、組織の目的を達成するために開発という仕事があって、開発者がいる。その仕事を加速させ、より大きな事業インパクトを与えられるようにするために必要な要素をまとめて「開発者体験」という言葉で表している、という認識です。

具体的な要素としては、例えば物理的な環境、使うテクノロジーやツールがあり、また開発者を評価する規定もあります。その背景には、組織全体の文化や価値観が関係していたりもする。そういった広い範囲に関わってくるものだと思っています。

——なるほど。そうすると、「開発者体験がよい・悪い」というのは、何をもって評価するべきでしょうか。

事業成長のために開発という仕事があり、組織の目的達成を加速するために開発者体験の向上がある以上、開発者体験の良し悪しは「組織が達成するべき目的に対して、どれだけアプローチできたか」という視点でしか評価できないと思っています。

開発者体験の向上は、経営全体に対しては「仮説検証の速さや精度を高めていける」という効果があります。ビジネスは仮説検証の繰り返しですから、開発者体験が向上することで、その速度や精度を高めるサイクルが加速すれば、事業の成長を加速することができます。

もちろん開発者にとっての目に見える効果として、「日々やるべき仕事がきちんと加速していく」、つまり自分が健やかに仕事に向き合えて、組織の目標に素早く達成できて、成果を出すにあたって障壁があったとしても速やかに取り除ける、という点はありますね。

でも、そうしてエンジニアが快適に働けるようになったからといって、それ以外に何も変化が起きていなかったら、ビジネスとしてはあまり意味はないわけで。やはり最終的には、「仮説検証の速度を上げて精度を高めて、組織の目的達成までを加速する」ということにしっかりつながっているかどうかで、開発者体験の良し悪しを評価するべきだと思っています。

「開発者は何をしているのか」開発者自身が言葉にして伝えられれば、環境は変えられる

——開発者体験をよくしていくには、何が必要でしょうか?

開発者自身が自分たちの仕事を理解・言語化して、開発者以外の人に伝えて、協調していく姿勢が重要だと思います。

開発者の仕事は、多くの人が知っている「プログラミング」だけではない。「エンジニアって、いったいどんな仕事なのか」は、他の職種の人からすると、案外見えにくいものなんです。でも、開発者体験をつくり上げる環境や文化は、経営者やマーケター、セールスなど、開発者以外の人々との関係性の中で醸成されますよね。

組織全体で開発者体験を考えられるようになるには、それらのステークホルダーに「開発者は何をしているか」を知ってもらう必要があります。そのために、開発者自身も自分の仕事への理解を深めて、開発者以外の人が理解できるように伝える努力はするべきかなと思います。

また、経営者や開発者以外の人々は、「そもそも開発者の仕事がわからないから、どうしたらよりよい環境にできるのかも分からない」という可能性もあります。そういう場合は、開発者の仕事について説明するとともに、「どんな環境が必要なのか」「その環境を整えることで、組織全体や事業に対してどんな効果があるのか」という点まで、言葉にして伝えられるといいですね

——たしかに。とはいえ、そういった長期的な働きかけが必要だとわかっていても、目の前のタスクを消化するのに必死で手が回らないこともあると思うのですが、優先順位はどう考えていますか?

難しいですね。本当は、目の前の課題を解決するために今やるべきことと、「開発者体験がよい未来」をつくるためにやるべきことは、同じぐらい重要だと思います。

ただ、目の前のタスクは近くにあるから解像度が高く、成果も見えやすい。一方で、たとえば3ヶ月後に起きるかもしれない組織課題に備えるためにいまから取り組もうとしても、遠い未来のことだから解像度も低いし、直ちに成果が見えないから着手しにくいですよね。これが往々にして、意思決定者の目を「いま」に向けさせてしまうんだと思います。

そこで私の場合は、未来に対してアプローチしたいときは「どうしたら、いま手を空けられるか」を考えるようにしています。

具体的には、目の前の仕事、なかでもマネージャー業務に該当するものを、定型化・自動化したり、言語化して定義して、自分以外の人に一部お願いできるようにしました。そうしてできた時間を「未来」に対する解像度を高めるために使う、という順番で取り組んでいます。

そうしてマネージャーの手が空いて、未来のことを考えられるようになると、「中長期的に組織や事業をよりよくするために何をすべきか」という課題と、より深く向き合うことができるようになるはずです。

——環境的にエンジニアの立場が弱かったりして、未来をよくすることを諦めかけてしまっている人もいると思うのですが…。

たしかに、そういう場合もあると思います。ただ個人的には、自分の仕事の成果と事業成長の結びつきを正確に捉えるための努力はしてもいいんじゃないかなと思います。

直接的な関係は証明しにくいものですが、結びつきは必ずあります。誰かの評価を待つのではなく自分たちで定義し、開発者体験の何を改善すればどれだけ成果に影響する可能性があるか説明できたら、経営者や開発者以外の人も耳を貸してくれるはずです。

会社の文化や哲学のような話でもあるので、開発者サイドからの働きかけだけではすぐに状況が変わらないかもしれません。でも、「お互い歩み寄れば変えられる」と思っていたほうが、物事は動かしやすいような気はしますね

新しいテクノロジーで大きな変化が起こる今こそ、開発者体験の向上に本気で取り組まなくてはならない

——昨今、生成系AIの進化に象徴されるように、開発者をとりまく環境が大きく変化していると思います。これから開発者の仕事はどう変わると思いますか?

今まで起きてきた変化と同じようなことが起きるのではないかと思います。

たとえば現在当たり前のように存在するクラウドプラットフォームが世に出る前、私はサーバ構築のためにネットワーク設計をしてベンダーからハードウェアを買い、赤帽さんに頼んでデータセンターへ運び、最適なラッキングとケーブリングを考え、設置作業をしていました。でも、それらの技術を今は一切使うことはありません。

じゃあいま何をしているかというと、より抽象度の高いことに頭を使うようになっています

今回の変化によっても同じようなことが起きて、我々がフォーカスすべき仕事が、ソースコードやシステムからビジネスに寄っていくんじゃないかと思いますね。

たとえば、今あるテクノロジーやツールについて「何を、どう使って」「どんな目的を・どのように・何のために実現するか」という、設計やデザインなどの領域を考える時間が増えるのではないでしょうか。そしてその領域に強みを持つエンジニアの需要が増していくと思います。

また、そうして「よりよくテクノロジーを用いて、よりよく開発を進める」ことが実現できたら、今度は「より大きなビジネスの成功」が求められるようになります。そうなると、ビジネスサイドの視点を持って、プロジェクトを成功に導けるエンジニアの需要が上がることも考えられますね。

——そうした技術の進化や仕事の変化に取り残されないためには、どうしたらよいと思いますか。

まずやるべきは「時間をつくることでしょう。新しいことを学んだり身につけたりするためには、とにかく時間が必要です。

時間をつくるためには、まさに今回のテーマである「開発者体験の向上」が必要だと思います。今日明日の仕事をいかに楽にするかというわかりやすい一面だけでなく、それによって使える時間が増え、より未来のことを考えられるようになるという面もありますから。

そうして新しいテクノロジーについて勉強したり、イベントに参加したりする時間が確保できれば、それができない状態とは差が開いていくでしょう。

——学ぶための時間を確保できたとして、新しいテクノロジーのキャッチアップに大切なことは何だと思いますか?

新しいテクノロジーについて学ぶなら、それが生まれた背景や歴史を理解できるまで掘り下げて学んでおくといいと思います。さらに、なぜそのテクノロジーがでてきたのか、自分自身の感覚や持論を持っておいてほしいですね。

多くの場合、「そのテクノロジーで何ができるか・できないか」は明確なイエス/ノーが出せますが、「使わない方がいい」あるいは「使わなくてもできる」といった意思決定をするためには、深い理解が求められます

今後、テクノロジーの進化によって抽象度が高い仕事の重要性が上がった時、レイヤー問わずエンジニアならだれでも、「技術的意思決定」をする立場になるかもしれません。そういうときに、そのテクノロジーを深く理解できていれば、確度の高い決断を助けてくれるだろうと思っています。

「Developer eXperience Day 2023」イベントを通して伝えたいこと

——日本CTO協会主催のイベント「Developer eXperience Day 2023」開催が間近に迫っています。どのような目的で開催されるものなのでしょうか?

日本CTO協会では、「テクノロジーによる自己変革を、日本社会の当たり前に」というミッションを掲げています。そこには2つの“DX”があります。ひとつは、企業のデジタル変革を意味する「Digital Transformation」。もうひとつは、ここまでお話しした開発者体験、つまり「Developer eXperience」です。この2つが両立して初めて我々のミッションが達成されると考えています。

日本CTO協会の立場から後者のDXを世の中に伝え、正しい情報を共有したり皆さんの知見を披露していただく場として、このイベントを開催しています。

——藤倉さんご自身は、このイベントを通して開発者にどんなことを受け取ってほしいですか?

目の前の仕事を楽にするというテーマのセッションももちろんありますが、それと同時に、自分たちの将来に強く関わってくるであろう未来の情報を得ることにも使っていただけたらいいなと思っています。

いま、私たちは大きな変革の入り口に立っています。その波に飲み込まれるのではなく、きちんと乗りこなしていくというのは大前提だと思います。

今回のイベントでは生成系AIに関連するセッションが多く予定されています。いま開発しているプロダクトには関係ないかもしれませんが、半年後、1年後にはもっと当たり前になっているかもしれません。そういった未来に対する解像度を上げることにも、今回のイベントが役に立てる部分はあるんじゃないかと思っています。

最近盛んに行われている、AI利用の倫理にまつわる議論も、学者や研究者ばかりでなく、我々一人ひとりが向き合うべきことであるはずです。そうしたことに向き合う時間を作るという意味でも開発者体験の意義を知り、興味を持って行動するきっかけになってくれるとうれしいです。

新しいテクノロジーが出てくる時、我々を取り巻く環境は必ず大きく変わっていきます。知識やスキルだけでなく、新しい役割・職種が生まれることもザラにあります。それに伴って我々の体験も変わっていかなくてはならないし、自分たちで変えていかなくてはならない。さらに、周囲のステークホルダーも変える意識を持たなくてはならない。そういった、開発者自身の意識の変化も起こせたらいいなと思っています。

2023年6月14日(水)、15日(木)開催
日本CTO協会主催イベント
Developer eXperience Day 2023

▼無料事前登録はこちら
https://cto-a.connpass.com/event/277153/

取材・文:笠井美史乃
撮影:赤松洋太

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