トラディショナルな開発風土にメスを。NTTデータのDX推進組織、技術者が集まる「デジタルペイメント開発室」の挑戦

2023年5月16日

ペイメント事業本部カード&ペイメント事業部 デジタルペイメント開発室 課長代理

矢口 拓実

デジタルペイメント開発室発足時より組織に参画。現在は、CCoE(Cloud Center of Excellence)チームのリーダーとして、全社的なクラウド推進に向け、プラットフォームの機能強化から育成、組織力向上まで担う。

ペイメント事業本部カード&ペイメント事業部 デジタルペイメント開発室 課長代理

中村 哲也

製造業系SIer、ベンチャーを経て、NTTデータへ転職。現在はデジタル変革プロジェクト「Digital CAFIS」のSREとして、開発者が利用するための開発環境の企画開発から保守運用まで担当。

先ごろ日本CTO協会が「Developer eXperience AWARD 2022」を発表するなど、エンジニア採用難にも後押しされ、ますます注目度が高まる企業の開発者体験。

ところで、良い開発者体験とはなにか?新シリーズ「開発者体験向上ラボ」では、注目を集める企業のエンジニア組織にアンケート調査を実施し、その回答から開発現場を紐解きます。

シリーズ第1弾は、株式会社NTTデータ内でデジタルトランスフォーメーション(DX)を推進する新組織「デジタルペイメント開発室」のメンバーに話を伺った。

技術者が集まる「ベンチャー組織」が社内に発足

トラディショナルな開発をしているイメージも強いNTTデータ。ウォーターフォール開発を数多く手掛けてきた同社の大規模プロジェクトの中で、アジャイル開発率先して進めてきた部署がある。それがペイメント事業本部カード&ペイメント事業部の「デジタルペイメント開発室」(以下、デジペイ)。今年で発足5年目、400名ほどのエンジニアが所属しているという。

カード&ペイメント事業部は、日本最大級のキャッシュレス決済プラットフォーム「CAFIS」の開発・維持・運用を手掛け、サービスはすでに40年近い歴史がある。決済サービスは近年、キャッシュレス決済をはじめとするデジタル化が急速に進んでいる。NTTデータとしても新たな価値提供を目指し、2019年に「CAFIS」のDXプロジェクト「Digital CAFIS」を立ち上げた。デジペイは同プロジェクトを推進する役割を担う組織だ。

デジペイに立ち上げから参画し、組織を牽引してきた矢口さんは、デジペイについて次のように説明する。

「カード&ペイメント事業部は自らプロダクトを企画・開発し、お客様に提供するという、企画型サービスを展開しています。そのため、開発における自分たちの裁量権が圧倒的に大きいです。ウォーターフォールが主流だった開発現場にアジャイル開発を取り入れ、クラウド利用も推進しながら、より良い決済システムの開発を模索しています」(矢口)

デジペイが実践している開発者体験向上の取り組みについて、矢口さんは2つの方向性があると話す。

1つ目は、思うままに開発ができる環境を整えること。2つ目は、開発以外のわずらわしい部分を限りなく減らすこと。大企業ゆえの縛りやルールをいかにクリアして、新たな道を開拓していくかが我々の仕事だと考えています」(矢口)

果たして、デジペイに所属しているエンジニアはチームの開発者体験についてどう思っているのか。われわれはデジペイの所属エンジニアを対象に、アンケート調査を実施。「最適なアーキテクチャ」、「最新のツール」、「効率的なプロセス」、「高い心理的安全性」、「成長できる環境」の5つの項目から、デジペイの現在地を紐解く。

制約がある中でも最新ツールを積極導入

高い開発生産性を保つための最新ツールの導入は、デジペイが最も力を入れてきたこと。そこを多くの開発者が評価していた。

アンケートで「業務にもっとも役立ったツール」として、統合開発環境「InteliJ」やコンテナ管理基盤「kubernetes」、IaCツールの「Terraform」、仮想オフィス「oVice」、ワークスペース「Confluence」、チャットツール「Mattermost」などが挙がった。

これだけ見ると、最新のツールが柔軟に導入されているように見える。しかし、それを実現するには、大きなチャレンジがあったようだ。

「エンジニアとしては、開発に役立つものなら新しいツールをどんどん導入していきたいところですが、セキュリティの関係上できないことがやはり多い。例えば、AWSやGCPなどのパブリッククラウドは使えるものの、各種SaaSは自由に使えない」(矢口)

そこで、いかにしてセキュリティリスクを最小限に押さえたまま、自由に開発ができるようにするべきか。試行錯誤の結果、既存ツールを無理に使わず、OSSなどを活かして、より使い勝手の良い「代替版」を、AWS上に構築していく道を選んだ。

「会社のセキュリティポリシーに適応しながらSaaSを無理に使っても、かえって開発に制約がかかることになります。それなら、GitHubを諦めGitLabをAWS上にホスティングして利用したり、ConfluenceもSaaSではなくデータセンター版を導入し自分たちで構築したほうがいい。自前で管理運用するサービスだけで、グローバルスタンダードな開発ができるレベルに近づけるように務めています」(矢口)

従来の会社ルールに対して、よりエンジニアが開発しやすいように新しいルールを提案するのも、デジペイの一つの役目だという。SIerやベンチャーを経て中途入社でデジペイに参画した中村さんは、ツール導入の基準について話した。

「基本的には開発現場で使ってみて便利だと感じたものなら、セキュリティ要件を満たせば積極的に導入しています。会社のルール的にNGであれば、代替案を探して実現していますね。僕は前職ベンチャーにいましたが、そのころと同じぐらい、ツールに不自由は感じていません」(中村)

開発に使う端末も、全社的に導入されているWindowsではなく、Macを1人1台支給している。

「デジペイ発足当初は、社内で開発といえばオフショアが主流で、エンジニアがほとんどいない状態だったんです。支給されていたパソコンも、まったく開発には適さないスペックでした。内製化を推進していくにあたり、端末は必須だと思い、MacBookの導入を決めました。ただ、導入したのは良いものの、デジペイ独自の取り組みのため、そこからいろいろと整備することがあったんです。セキュリティポリシーに準拠するようにツールを組み込んだり、社内監査を通したりと、自分たちが開発しやすい環境づくりを行いました。苦労しましたが、エンジニアには好評ですね。デジペイには社内公募で異動してくるメンバーも多いのですが、高スペックなパソコンに驚かれます」(矢口)

一方、中村さんが現在力を入れているのが、CI/CDツールの整備だ。

「これまでデジペイは急速にスケールしてきて、先程申し上げたように、開発に役立つものなら何でも積極的に取り入れてきました。自由に開発できている反面、どこかつぎはぎだらけの家のようで、実際“動きが遅い”といわれることも増えてきています」(中村)

そこにCI/CDツールを導入し、開発者の負担を減らすとともに、技術的負債が貯まらない仕組みづくりをしているという。

「日常的に起きている小さな問題を自動的にチェックし、改修を補助してくれる仕組みの導入は、開発者体験の向上に大きく寄与していると言えます。今後さらに同じシステムにかかわる開発者が増えることを想定し、より安定的で且つ綺麗な状態に整備していく必要があります」(中村)

行動をダッシュボードに可視化して心理的安全性をチェック

「心理的安全性」の高いチーム文化が形成されているかどうかも、アンケートの数値が比較的高かった項目だ。デジペイでは、心理的安全性が下がったかどうかを検知できる仕組みが用意されているという。

「導入されているツールがどう使われているかをデータで取得し、チーム単位で可視化しています。例えば、オープンチャット上で急に発言が減って、代わりにメンバー間のDMが増えたら、その情報をレポートにまとめ、マネージャーがダッシュボードで確認できるようにしています。これは、コロナ禍のテレワークでメンバーの様子がわかりにくいというマネージャー層の声がきっかけで導入しました」(中村)

実は、デジペイ発足当初、仕事がしやすい組織風土をつくろうと、まずは「形づくり」から着手したと矢口さんは語った。

「技術的に新しい挑戦をするといっても、なにせ社内に前例がないので、最初はなにからやればいいかわかりませんでした。とにかく堅いイメージから脱却し、新しい挑戦をしやすい雰囲気をつくろうと、NTTデータでは珍しく渋谷にオフィスを構えることにしました。さらに、服装を自由にして、リモートで柔軟に働けるようにしたのもそうでした」(矢口)

そのおかげなのか、デジペイは平均年齢20代と、NTTデータの中では抜群に若い組織。気兼ねなく仕事の悩みを相談できるのも、心理的安全性が高い理由の一つかもしれない。

一方、「適度な緊張感を保つのも個人の成長に必要なことだ」と矢口さんは話す。

「たしかに仕事で立場が上の人と調整するのは不安を伴います。ただ、それを突破するところに仕事の醍醐味があるのではないかと思うんですね。心理的安全性を上げすぎると、なれ合いになりかねないので、ある程度の緊張感があったほうが人は育ちやすい気もしています」(矢口)

前例のない取り組み。だからこそぶつかるオンボーディングの課題

一方、開発が効率的に進められるように、 デプロイ・QA・オンボーディングなどのプロセスが定義されているかどうかについて、比較的得点が低かった。エンジニアの教育体制構築に力を入れていると話す中村さんは、とりわけ新入社員のオンボーディングには課題を感じていると、アンケート結果には納得だという。

NTTデータでは、まだまだアジャイル開発を得意とする人材が不足しており、どう育てていくかは全社的な課題です。従来は技術力の高い人を中途採用していましたが、デジペイが内製化に大きく舵を切った今、新卒からも積極的に技術者を育成しなければなりません。自分はいままさに今年度の新入社員にむけて、新しい教育カリキュラムを作成しています。実施後アンケートなどを活用しながら、成果を数値化しブラッシュアップを図っていく予定です」(中村)

「本気でやれば、どんな環境でも人は伸びるはず。ただ、エンジニアにとって成長しやすい環境というのは、社外にも通用するスキルを身につけられるかどうかだと思う」と、環境によって大きく左右されるのは、成長率より方向性だと語る矢口さん。

「そういう意味で、デジペイは自社ツールの開発やクラウド環境の整備、スクラムの採用など、エンジニアの市場価値につながる成長環境が完備されていると実感しています」(矢口)

さらに、若手技術者の成長の場としては、半年に一度、AWSと協力して社内向けに「AWS GameDay」も開催している。

「遊び感覚ですが、もちろん仕事の一環。出題される問題も、実際の障害対応など実務に沿ったものです。エンジニアが成長を実感できるような場になればいいなと思い実施しています」(中村)

「開発サイクルをどんどん回しているので、若手がいきなりスクラムチームの主役になることもあります。以前はできる人の仕事を見て真似ればよかったところ、今はすぐに自分で手を動かしてプロダクトをつくらざるを得ない状況。追い込まれる分、早い成長につながる気がします」(矢口)

猛ダッシュで駆け抜けてきた5年。ここからは「プラスの開発者体験」へ

最後に、2人にとって良い開発者体験とはどんなものかを聞いた。

「開発以外のことにリソースを割くことなく、開発に専念できることだと思います。コードを書いたあとに高速にビルドができたり、最新の技術をすぐに取り入れられたりすることは、開発者体験を向上させる上で重要だと感じています」(中村)

一方、矢口さんは「エンジニアとして市場価値の高い人が、その価値を発揮できること」が指標になると話す。

「どれだけ良い人材を採用しても、技術的な縛りが多いとあまり活躍できません。大企業ゆえの制約はありますが、そこをいかに突破してグローバルスタンダードに近づけるかはデジペイがいま取り組むことです。

立ち上げて5年が経とうとしたいま、これまでになかったやり方を取り入れ、社内のルール改正に挑みながら、ようやくマイナスをゼロにしたと思います。ここからは、ゼロをプラスにしていくフェーズ。ゼロまでは他社に追い付けばいいので道筋は見えていましたが、この先は自分たちで目指す場所を見つけ、道を開拓していかなければなりません。難易度は高まりますが、その分やりがいも増します」(矢口)

新たなフェーズへ突入したNTTデータのデジタルペイメント開発室。大企業の軽やかなチャレンジは今後も加速していく。

取材・文:古屋 江美子
写真:赤松 洋太

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