家族ブロック・親ブロック。意外とある身内が転職の障壁になるケースについて解説

2022年1月24日

合同会社エンジニアリングマネージメント 社長 兼 流しのEM

久松 剛

2000年より慶應義塾大学村井純教授に師事。動画転送、P2Pなどの基礎研究や受託開発に取り組みつつ大学教員を目指す。博士課程(政策・メディア)修了。その後高学歴ワーキングプアを経て、2012年に株式会社ネットマーケティング入社。マッチングサービス SRE・リクルーター・情シス部長・上場などを担当。2018年にレバレジーズ株式会社入社。開発部長、レバテック技術顧問としてエージェント教育・採用セミナー講師などを担当。2020年より株式会社LIGに参画。海外拠点EM、PjM、エンジニア採用・組織改善コンサルなどを担当。現在は合同会社エンジニアリングマネージメント社長 兼 流しのEMとして活動中。X(@makaibito

LIGの久松です。IT界隈を歴史やエピソードベースで整理し、人の流れに主眼を置いたnoteを更新しています。連載5回目の今回は、就職・転職を家族とどう話し合うかについてお話しします。

家族の壁

私は2012年からエンジニア採用に関わっています。最初に手掛けたのはマッチングサービスの開発組織づくりでした。

2012年当時は、まだ社会的にマッチングサービスと出会い系サービスの違いがあまり認知されていませんでした。そのため、候補者は説得できても、その先に「家族の壁」が待ち受けているケースが多々存在しました。そういうときは、候補者本人に対して会社説明・サービス説明・事業の社会的意義・今後の展望を詳しくお伝えし、候補者からご家族に会社とサービスの確からしさをしっかりお話しいただくことが基本形でした。

恐らく今でも乗り越えられない「家族の壁」に悩まされている採用担当者や候補者の方も居られるのではないでしょうか。

オヤカク

オヤカクとは、新卒採用において企業から内定者に対して「親御さんは入社について承諾してくれていますか?」と「親(おや)の承諾の確(かく)認」を指します。

2013年に、「ブラック企業」という言葉がユーキャン新語・流行語大賞でトップテン入りし、就労環境への世間の関心が高まりました。それからというもの、我が子の就職先が知らない企業の場合、ブラック企業なのではないかと警戒して就活に介入する親御さんが増えた気がします。

元々「オヤカク」は、内定辞退者の中に「親の反対」を理由にする人が目立つようになったため、スムーズに入社してもらうよう企業が始めた施策だと言われています。しかし今となっては、両親が我が子の入社を妨げる障壁になるケースも出てきています。

認識のズレから生まれる親ブロック、家族ブロック

企業が内定を出した際、親やパートナーから反対されることがあります。これは、親ブロック、家族ブロックなどと呼ばれています。

親ブロック、家族ブロックは候補者と家族の意思決定のズレに起因しています。どういったところが影響するのか、次にそのいくつかを紹介します。

世代間格差

終身雇用、年功序列が一般的だった親世代の場合、大企業に所属して生涯を過ごすというのが明治から続いてきた生き方だと考えています。

そのため、知らない企業、知らない職種への理解が及ばない傾向にあります。ただ、親や家族がベンチャーへの株式投資などをしていれば事態は異なるようです。

地域差

私は四国・香川県の出身ですが、地元では転職という概念があまり普及していません。同級生の多くは、公務員、看護師、介護士です。看護士、介護士であれば多少施設間の転職はありますが、他の職種は就職したらずっと同じ職場にいることが多いようです。

やむを得ず転職するときは、会社が倒産したか、リストラに遭ったとき。新卒で入社した企業でリストラに遭った場合と、家業を継ぐくらいしか選択肢がないようです。そのため、私が前職で勤めていたような中途やフリーランスの人材紹介業の話をすると、親戚一同不思議そうな顔をしていました。

九州出身の大学の後輩は業界上位の大手SIerから内定をもらいましたが、親からの「どこそれ? 知らない」のひと言で辞退しました。地方の場合、都内の大手企業よりも地方の優良企業のほうが有名だったりすることもあります。

将来の「確からしさ」

候補者本人が転職する気になったとしても、周囲は気持ちの準備ができていないケースが散見されます。それまで候補者が大手企業や、年功序列が約束されているような企業に勤めていたり、公務員だったからこそ、パートナーは「人生の確からしさ」、つまり安定を感じていた可能性があります。だから現状を受け入れてくれていたわけです。

よく見かけるのは公務員や銀行員などの手堅く見える職種から、ベンチャー企業を志望する場合のトラブルです。言いにくいのですが、パートナーは、公務員や銀行員など手堅い職業に就いている確からしさを、パートナーシップの根拠にしているケースがあります。吹けば飛ぶように見えるベンチャーに行きたいなどと言われると、その根幹が揺らぎ、反対したくなるのも納得できます。

景気

景気が悪くなると、親ブロックが増える傾向にあります。子を思う不安感から、キャリアチェンジに強く干渉してしまうのです。例えば、2011年の東日本大震災の後、日本全体が暗い雰囲気になったとき、当時の新卒に人気だったのは金融業界でした。私は2007年のリーマンショックのことをもう忘れてしまったのかと思って見ていましたが、世情が不安定であればあるほど、昔からある大手企業を親がプッシュするように思います。

スポンサーとしての親

教育費・生活費を払い、育成を担ってきた親からすると、「わが子のスポンサー」だと思っている側面があります。そのため発言権は強いですし、子供からしても自分の意志を押し通せず遠慮してしまうところがあります。

この傾向は博士取得者にも見られます。専門性を身につけて修了したとしても、親の意向で老舗大手企業で專門とは関係ない営業職に就く方も一定数いるようです。

散見される「禊」を済ませての転職

では、家族の意向に沿って大企業に就職した方がそのまま勤続するかというとそうではなく、1〜2年後にまた思い立って転職することが少なくありません。実際の採用現場でも「親のすすめに従って老舗大手企業に入ったが、どうも違和感が拭えず『今だ』と思って転職した」という方がいます。

一度親の納得する大手企業に就職して「禊」を済ませ、ほとぼりが冷めた頃に改めて本当にやりたかったことに挑戦するというキャリアパスです。もちろん、大手企業で得られるものもたくさんあるとは思いますが、新卒からやりたいことに挑戦する機会を失ってしまったのではないかと感じずにはいられないキャリアの歩み方です。

身内へのプレゼンテーションが鍵

では、身内によるブロックにどう対処すればよいのでしょうか。候補者本人としては、転職先企業の事業の位置付けや会社の将来性などについて身内にプレゼンする必要があります。ある意味面接と同等か、それ以上の難易度があるでしょう。

攻略のポイントとして有効なのは身内と同伴して企業訪問することです。一般的な企業であれば快くOKしてくれると思います。実際に企業を見て職場の雰囲気を理解することで、安心するご家族の方も多いですね。

同様の理由で、役員から身内に電話してもらうのも効果的です。実際私が採用してきた中でも、役員と直接話すことで入社を承諾したケースも何名かありました。私が所属していた大学の研究室でも、進学を後押しするために教授から電話を掛けることもありました。

こうした傾向は海外でも同様です。例えばベトナムではよりウェットなやりとりが行われます。家族の理解なしには従業員の就業継続が難しく、社長が家族あてに直筆の手紙を送付したり、家族の分(祖父母も含む)も会社が負担した上で社員旅行に招待したりします。家族の理解が得られなかったり、社員旅行の負担割合をケチったりしてしまうと、家族が転職を進めてしまうことすらあります。

こうした状況を鑑みると、実は日本の親ブロックというのはベトナム採用市場の後追いをしているようにも見えます。こうしたベトナム企業の取り組みを真似て見ることもまた、ヒントになるのではないでしょうか。

イラスト:Jonnas CHEN

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