総データ量350TB超。30年以上かけた世界遺産デジタルアーカイブ化の取り組み

2024年1月30日

中国アジアITライター

山谷 剛史

1976年生まれ、東京都出身。2002年より中国やアジア地域のITトレンドについて執筆。中国IT業界記事、中国流行記事、中国製品レビュー記事を主に執筆。著書に『中国のITは新型コロナウイルスにどのように反撃したのか?』(星海社新書)『中国のインターネット史 ワールドワイドウェブからの独立』(星海社新書)『新しい中国人 ネットで団結する若者たち』(ソフトバンククリエイティブ)など。

中国甘粛(カンシュク)省、シルクロードの観光地として知られる敦煌は、仏教壁画が描かれた492の洞窟からなる莫高窟と、砂漠の鳴沙山・月牙泉が有名だ。毎年5月から10月が観光の最盛期で、莫高窟はこの期間ほぼ毎日入場制限がかかるほど人気だ。

莫高窟の文化財の保護と研究のために設立された敦煌研究院では、英国国立図書館とも提携し、これまで30年以上かけてデジタル化が行われ、そのデータ量は350TBを超えている。本記事では、この世界文化遺産のデジタルアーカイブプロジェクトについて紹介する。

壁画面積延べ4.5万平米という、途方もない作業

それほどまでのデータサイズになるのも理由がある。莫高窟の492もある洞窟内には、それぞれ無数の壁画が描かれ、それらをすべてデジタル化するには途方もない作業量となるのだ。

洞窟内のあらゆる方角の壁に壁画が描かれているため、洞窟の全景をリアルに再現するために、壁画をミリ単位まで再現できるよう近くから一部ずつ撮影し、それを違和感なくつなぎ合わせなくてはならない。同じ洞窟内での撮影は、すべて同じ光源光量で行う必要があり、撮影した画像の各パラメータが正しい場合のみ、写真を繋ぎ合わせることができる。さらに、被写体の壁面は平らではなく凸凹しているため、光の不均一や写真の変形も専門家を悩ませた。

長年作業に携わっている現場スタッフによると、「壁画1平方メートルあたり80枚以上の写真が必要で、中小規模の洞窟の撮影を完了するには撮影時間だけでも約3~40日かかる」とのことだ。さらに「洞窟の大きさで完成時間が決まるわけではありません。小さな洞窟では収集がより困難になります。壁画がかすれているなどの問題がある場合、保存作業は余計時間がかかるのです」とも話している。20世紀90年代から始まったこのプロジェクトだが、最初はフィルムカメラを使って手作業で行われていたとのこと。デジタルカメラが登場して以降はさまざまなデジタルツールを活用して、デジタルデータとして画像収集を進めた。

さらに、写真を繋げてレタッチする作業もひと苦労だ。画像処理研究室では、画像を繋ぎ合わせてから、レタッチソフトを活用して継ぎ目の誤差をミリ単位で修正し、描かれる仏像や人物の髪までも違和感なくシームレスにする必要がある。ミリ単位の誤差を見つけては、変形部分を切断して加工せねばならず、1000枚の写真を繋げる場合は継ぎ合わせる作業だけでも1ヶ月程度かかるという

小さな壁画の場合は1人で繋ぎ合わせる作業を完成させられるが、大きな壁画の場合は複数人で作業をする。過度の視覚疲労などによるヒューマンエラーを避けるために、校正役や調整役を加えた複数人で協力するチームでの作業体制になるのだ。デジタルカメラとともに大きく作業効率が向上したのが、3次元レーザースキャンの導入だ。これにより座標が正確になり、データ収集の精度が大幅に向上した。年単位の作業の間に技術は向上し、現場の機器のスキャナの解像度は75DPIから150DPI、そして300DPIへと精細になり、デジタルカメラも進化していった。

デジタル化した洞窟のデータをどのように活用・公開するか

これまでのところ、途方もない作業の末に290の洞窟のデジタルアーカイブを完了し、179の洞窟壁画の画像処理、45の塗装彫刻、7つの主要遺跡の3次元復元が完成したという。集まった莫大な復元データを全世代にどのように活用し、どう公開して、伝えていくのかを模索しながらさまざまな手法で公開を行っている

まず2014年にプラネタリウムのような半球型の建物で、敦煌の内部を見せる敦煌莫高窟デジタル展示センターがオープン。続いて2016年にはWEBサイト「デジタル敦煌(数字敦煌)」をリリースし、高精細デジタル画像と一部の洞窟全体のパノラマツアーがネットを通じて見られるようにした。

▲「デジタル敦煌」のトップページ。英語版もリリースされている
▲世界遺産莫高窟の壁画デジタルアーカイブを閲覧できるウェブサイト「デジタル敦煌」の画面。まるで洞窟に入ったように、壁から天井まで全方向に広がる壁画を閲覧できる。

2017年に敦煌研究院はテンセントと、シルクロードの文化遺産の保護を共同で進めるために戦略的提携を行うことを発表した。翌2018年以降がテンセントのインスタントメッセンジャーの「微信(WeChat)」と「QQ」上で動く莫高窟のバーチャル観光ミニプログラムを、またテンセントの地図サービス「騰訊地図」上で莫高窟を効率よくまわるための敦煌ガイドマップをリリースした。

アプリのインストールが不要なミニプログラム「雲遊敦煌」はまさに掌上のデジタル写真集だ。時代や色別など多岐にわたるジャンルから入り、精細な写真とともに解説が表示される。コンテンツボリュームもソースがソースだけに非常に多い。ゼロコロナ体制で中国国内での移動が厳しく制限された2021年年末までには1040万人が利用したという。

▲ライブラリで配布されている敦煌壁画の素材。

遺跡見学をより楽しく、わかりやすくしたARサービスも登場した。2021年に敦煌研究院はファーウェイとも提携。ファーウェイは自社のAR+LBSプラットフォーム「華為河図」を利用したARサービスをリリースしている。

洞窟の前でかざすことにより、ARで洞窟内を事前に確認できたり、壁画で描かれた著名な神獣が飛び出して動いたり、飛天という天人が行きたい洞窟に道案内してくれたりといったことが可能になる。ナビゲーション機能を使うことにより、洞窟の位置や制作年代などの情報が確認できる。

▲ARを使ったファーウェイと敦煌の取り組み。

3Dゲームのようなインターフェースで洞窟探索体験

2023年には、数字敦煌のサイトとミニプログラム内でテンセントのゲームエンジンを活用したインタラクティブな探索体験ができる「石窟芸術没入型体験展」が開催された。現存する最古の窟である莫高窟第285窟内をリアルに再現したもので、ゲームのチュートリアルのように洞窟内を探検し、壁画の絵をクリックして細部を見たり、説明が聞けるというものだ。

▲テンセントのゲームエンジンを活用した洞窟内部の没入型オンライン展示。

テンセントのゲームエンジンだけに操作をしやすく、画面遷移もなめらかだ。ウェブ版であれば、マウスホイールを操作するといった具合に直感的な操作によって、かなり寄って壁画を見ることができる。例えるなら、Google Mapのストリートビューから、3Dゲームのようなインターフェースになったようなものだ。移動がこれまでになく自由になり、洞窟内で高い解像度で撮影した写真をこれまでになく活用したコンテンツとなった。こちらも実際にサイトを訪れて体験してみてほしい。

敦煌遺跡の主要な洞窟について、最新のテクノロジーで再現したことを紹介した。画像を収集するのも、それをわかりやすい形で人々に伝えていくのも途方もない労力が必要なのは想像に難くない。

遺跡のデジタル化の意味を、莫高窟での取り組みを紹介する多数の記事から紹介していきたい。まず、どんな文物でも時間の経過とともに、自然要因であれ人為的要因であれ、必ず何らかの損失が生じるまた博物館で展示会を開催するためには物理輸送が必要になる。これまで展示会の回数や遺物を運べる量も限られていたが、デジタル化により制限がなくなるメリットがある。

ほかにも、海外に持ち去られた文物をデジタル返還できるようになるというメリットもある。実際、フランスで収集された敦煌の文物が近い将来デジタル返還される予定がある。また、地元の敦煌政府も海外に流出した文物をデジタルで返還してもらう計画を発表。2026年までに海外流出した敦煌の文物を把握し、相手国とデジタル修復作業で国際協力を行い、2033年までの海外でのデジタル復元を完了させることを目標としている。

デジタル化はZ世代をはじめとしたデジタルネイティブに向けたアプローチで、遺跡に触れてもらえる機会ができるというメリットもある。テンセントのゲームエンジンを活用したことで、遺跡のデジタル化は明らかに直感的にわかりやすくなった。

完全な遺跡のデジタルコピーにはまだ莫大な時間がかかる。その間に新技術が登場し、導入する動きもあるだろう。誰もがわかりやすく、驚かされる再現に期待したい。同様に日本の遺産や遺跡保存においても、これらのデジタル化の取り組みを参考にしてほしいと思う。

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