【産業医が教える】生活習慣の乱れは本人だけの責任じゃない!健康に影響する社会的要因「SDH」とは

2023年10月30日

株式会社iCARE 代表取締役CEO 産業医・労働衛生コンサルタント

山田 洋太

1979年生まれ、大阪府出身東京育ち。金沢大学医学部卒業後、2008年より公立久米島病院で離島医療に従事。「持続可能な地域医療の在り方」に疑問を持ち、一旦医師を辞め、MBA取得のために慶應義塾大学大学院経営管理研究科に入学。在学中に、心療内科・総合内科で医師として従事しながら、iCAREを創業。2016年に企業向け健康管理システム「Carely」をローンチ。厚生労働省の検討会において産業医の立場から提言し、2018年から同省の検討会委員も務める。iCARE代表を務めるとともに、現役の産業医としても活動している。プライベートでは四児の父。

食生活や運動といった生活習慣は健康づくりに影響が大きい要素です。エンジニアに限った話ではありませんが、皆さんの中には日頃の生活を省みてドキリとした人も多いのではないのでしょうか?

生活習慣の乱れはどうしても、本人の意思が主軸となって語られがちです。しかし、本当に生活習慣は全て本人の責任によるものとは限りません。今回は、食生活の乱れや運動不足からくる健康リスクだけでなく、従業員の生活習慣に対して、企業が負うべき責任についても紹介していきます。

食生活の乱れや運動不足が引き起こすリスクと、その原因

食生活や運動などは、日常生活に深く根ざしています。本人が注意して生活をしていても、業務量や体調によって影響を受けやすく、よい習慣を継続することはなかなか難しいものです。

以下では、食生活の乱れや運動不足が要因となる、おもな健康リスクをご紹介します。

その他、運動不足は肩こり腰痛、さらには骨粗しょう症の要因にもなります。生活習慣の乱れには、軽度なものから日常生活に支障をきたすもの、命に関わるものなど幅広い健康リスクがあります。こうしたリスクは生産性の低下や、休職など業務への悪影響にもつながっていきます。

健康に影響する社会的要因「SDH」とは

食生活の乱れや運動不足など、生活習慣にまつわる健康リスクは、セルフケアをできない本人の落ち度という文脈で語られがちです。前述のとおり、人間の健康状態には、本人の問題以外にも社会的な要因が背景にあると言われています。

健康に影響する社会的要因を「Social Determinants Of Health(健康の社会的決定要因) = SDH」といいます。WHO(世界保健機構)でも、この考え方を推奨しており、医療機関には患者のSDHに目を向けた社会的処方が求められています。

産業医としてエンジニアの方と面談をすると、生活習慣を改められない原因として職場や業務、同僚が関わっているケースは珍しくありません。とあるゲーム開発企業で、長時間労働が恒常化しているエンジニアと面談をした時のことです。業務時間による疲労はさほど認められなかったものの、体重増加が止まらないことを本人は悩んでいました。自身では食生活に気を遣っていたのに、なぜなのか……。実は、残業が重なる時期は同僚との飲み会も頻発。睡眠不足も重なり、体重増加となっていたことが見えてきたのです。

どれだけ自分で気をつけようと思っても、このように職場環境や業務内容、同僚との関係性などによって、健康にはなりづらい状況に陥ってしまうものです。だからこそ、企業主導による従業員の健康づくりは重要なのです。

エンジニアを蝕む「IT眼症」

エンジニアをはじめとした情報通信業に従事する人の業務上の健康リスクとして、パソコンやスマホ、タブレットなどの液晶端末を用いた業務環境があります。

長時間、ディスプレイを集中して見ることによる視機能への影響や、眼精疲労から来る肩こり頭痛、座りっぱなしの作業による腰痛などがあり、一連の健康リスクを総称して「IT眼症」、または「テクノストレス眼症」と呼ばれています。進行すると、イライラや不安を抱くようになり、抑うつ症状につながることもあります。

また、コロナ禍で定着したテレワークという新しい働き方にも、健康リスクが潜んでいることがわかってきました。

弊社が独自に行ったコロナ前後の働き方と健康管理の意識調査では、テレワークを実施している企業が抱える課題として「長時間労働」が上位になっています。テレワークの場合、仕事とプライベートの境があいまいで、残業をしていても申告しない隠れ残業の可能性も高くなりますが、顔を合わせることも少ないため、対応が難しくなっています。

テレワークにはほかにも健康リスクの懸念があります。自宅の作業環境はオフィスに比べると設備が整っていないことも多く、体に負荷がかかる状態で長時間作業をすることにより、IT眼症などのリスクがさらに高まってしまいます

こうした業務特有の症状は、労働環境が変わらなければ、健康を守ることは難しいもののひとつです。では、会社は社員の労働環境を改善するために、なにをしてくれるのでしょうか。

情報機器作業者に対する企業ができる取り組みとは

厚生労働省ではその指針として、「情報機器作業における労働衛生管理のためのガイドライン」を制定しています。

このガイドラインでは、以下のような内容を定めています。

 作業環境管理  情報機器作業を行う環境の整備方法
└例:ディスプレイ輝度、照明、机や椅子の選び方など
 作業管理  情報機器作業そのものの方法
└例:作業時間の目安、休憩の取り方、正しい姿勢
 健康管理  情報機器作業に従事する従業員の健康を守る措置について
└例:健康診断、体操など
 労働衛生教育  これらの施策を従業員に理解してもらうための教育

このガイドラインはテレワークであっても、オフィスと同様の作業環境を整えることが企業の義務となっています。オフィスや自宅の作業環境が、このガイドラインに準拠しているかどうか、ぜひこちらを参考に確認してください。

また、その他の取り組みとして弊社が作業環境の整備として実施している施策をいくつか紹介します。

  • ・オフィスにジムスペースを設ける
    ・執務室にゴミ箱を設置しない
    ・スタンディングデスクの設置

これらの施策は、デスクワークの多い職場で運動不足を解消することを目的としたものです。効果自体は小さなものかもしれませんが、体を動かすことのきっかけづくりとしての効果は出ています。このように、企業が率先して運動の習慣を作ることも、SDHの観点から重要な対策となります。

環境が変わらなければ、健康はつくれない

今回は食生活の乱れや運動不足など、生活習慣の乱れからくるリスクとその対策をご紹介しました。特に重要なのはSDHという考え方です。一日の大半を仕事に割いている以上、業務を行う環境によって健康は大きく左右されます。企業には労働契約法に基づき、安全配慮義務の観点から従業員の作業環境を整える義務があります。企業に所属しているエンジニアの皆さんは、その利点を十分に活かし、自身の業務環境を整える働きかけを行ってください。その際は、産業医面談を活用するなどしてみてもよいでしょう。

もちろん、自身の健康を守るために食生活を見直したり、運動習慣を付けるなどのセルフケアにも注力することもおすすめします。

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