2023年6月14日
ITジャーナリスト
生活とテクノロジー、ビジネスの関係を考えるITジャーナリスト、中国テックウォッチャー。著書に「Googleの正体」(マイコミ新書)、「任天堂ノスタルジー・横井軍平とその時代」(角川新書)など。
インターネットに使われているテクノロジーは世界で共通をしているのに、中国のWebデザインには独特の個性と合理性がある。情報量が多くて原色が多用される中国デザインは、欧米の人から見るとごちゃごちゃで乱雑に見えるかもしれない。しかし、中国人の目には華やかで楽しいと映る。それだけではなく、中国のWebデザインは独特の合理性を獲得していった。中国のWebデザインの特色についてご紹介する。
インターネットやスマートフォンが日常のものとなり、世界の文化は急速に同質化した。ファッションや音楽では、世界各国で同時流行する現象が起こるようになっている。同質化が進むことにより、それぞれの文化圏の違いも一方で際立つようにもなった。Webのデザインを見ても、欧米と中華圏ではさまざまな違いがあることがわかる。
中華圏の美的感覚で、誰もが真っ先に思い浮かべるのが、大量の看板が道路に突き出した香港の街並みだ。あの景観はごちゃごちゃ、無秩序という感想を超えて、もはや香港という都市のアイコニックな存在になっている。
このような華やかな風景というのは、中国でも共通している。中国の大都市中心部には高層ビルが集積しているが、その高層ビルの多くが夜になると電飾を使い、文字や図形を浮かびあがらせる。原色が多用され、綺羅びやかないかにも中国らしい都市景観をつくっているのだ。
この美的感覚は、中国のWebサイトのデザインにも表れている。この数年、中国のWebやアプリにもフラットデザインが流行。近年洗練されたデザインに変わりつつあるが、派手な色使いで、ごちゃごちゃしている方がユーザーに好まれる傾向は残っている。
この傾向は各国のAmazonのWebサイトを比較するとよくわかる。
Amazonはどこの国のサイトであっても、同じブランドカラーを使い、同じデザインを採用している。しかし、中国のAmazonには中国にしかないデザイン要素がある。メイン広告の下に大きなアイコンで、機能と商品のジャンルのメニューがあるのだ。他国のAmazonでは、このメニューは左上のハンバーガーメニューに隠されている。その方が全体のデザインがすっきりとし、商品に目が行きやすくなるからだ。しかし、中国の場合は、メニューを外に出し、カラフルなアイコンを使うことで、華やかさを出している。
中国で最も使われるECサイト「淘宝網」(以下・タオバオ)のWebサイトも、とくに背景の部分は華やかだ。タオバオのブランドカラーであるオレンジを基調とし、メニューや広告アプリ、機能へのリンクがいくつも用意されている。日本人の感覚からすると「ごちゃごちゃしすぎ」だが、中国人にとっては「華やかで楽しい」と感じるようだ。
この中国人と欧米人の美的感覚の違いは、研究によっても確認されている。「Cultural variation in eye movements during scene perception」(Hannah Faye Chua他)というミシガン大学の心理学の論文によると、映像の注目の仕方に米国人と中国人で違いがあることが明らかになった。
中国人と米国人の被験者に、ジェット戦闘機と虎の写真を見てもらい、眼球の動きからどこを注目して見ているのかを測定した。すると、中国人は米国人に比べて、対象物(戦闘機と虎)だけではなく、背景にも注目することがわかった。しかし、注視をしている時間は短く、つまり中国人は対象物と背景の間を忙しく目を動かしていたのだ。
米国人から見ると、中国の街並みやWebサイトではごちゃごちゃしていると感じて疲れてしまうが、中国人は目を忙しく動かして全体をくまなく見ようとする。そのため、ごちゃごちゃした街中の看板やごちゃごちゃしたWebから多くの情報を読み取ることができるのだ。
なぜ、中国人と米国人にこのような違いが生まれるのだろうか。一説によると、漢字とアルファベットによる違いが大きいと言われている。漢字は象形文字が基本であり、象形ぶりをいまだに残している。漢字の起源である甲骨文字は、紀元前17世紀から始まる殷王朝で使われていた文字だ。今から3500年以上前のものだが、基本的な文字は現代の漢字と通じるものがある。一方、アルファベットも元々は象形文字(Aは牛の顔を逆さにしたものだという説がある)だったが、元の図形との関連性は失われ、純粋に音を表す表音文字となり簡略化がされていった。
漢字は記号というよりは、図案に近いためじっくりと細部まで見る必要があるが、アルファベットは文字の区別がつけばいいので1文字1文字はじっくりとは見ない。これが漢字文化圏とアルファベット文化圏で、目の使い方の違いを生んでいるという説もある。(編者より:一方、日本も同じ漢字文化ですが真逆に侘び寂び文化で華美な装飾より、ミニマルさを好む傾向にあるように思えていて、興味深いですね)
中国のECサイトで、米国と大きく違うのがショッピングカートの扱い方だ。そもそもショッピングカートは米国で1940年に初めて特許申請されたもので、歴史は長くない。日本では1953年という早い時期に東京・青山にスーパー「紀ノ国屋」がオープンし、今日のセルフピックアップスタイルの業態が登場。ショッピングカートも使われるようになったが、中国では1996年にウォルマートが深圳市に出店をしたことからスーパーマーケットの歴史が始まる。この時期にはすでにインターネットの普及し始め、数年後にはECサイトも登場をする。つまり、中国の黎明期のECでは、ショッピングカートのアナロジーがピンとこない人も多かった。
多くのECサイトでは、買うものをショッピングカートに入れていき、まとめてレジで精算をする。これはショッピングカート本来の使い方だ。そして、買おうかどうか迷った商品は、ショッピングカートに入れずに、ウィッシュリストに入れておく。
一方、中国のタオバオでは、買おうかどうか迷った商品まですべてショッピングカートに入れてしまう。そして、購入をするときは、ショッピングカートを開いて、その中から買うものだけをチェックして支払いをする。
ショッピングカートのアナロジーとしては少し間違った使い方なのだが、これがコンバージョン(購入率)をあげることにつながっている。値下げやセールの対象になると、買わずに残してある該当商品に対して、カートの中にそのことが表示されるのだ。これが購入を後押しし、コンバージョンをあげることができるという。
さらに、ソーシャルECと呼ばれる「拼多多」(ピンドードー)では、ショッピングカートという概念そのものがない。拼多多は、同じ商品を一緒に買う消費者をSNSで探して、まとめ買いをするほど価格が安くなっていく仕組みだ。この拼多多では、購入ボタンしかない(後ほどキャンセルはできる)。
カートがない理由は、拼多多の商品の価格が時間(まとめ買い消費者の集まり具合)によりどんどん変わっていってしまうという性質にある。加えて「カゴ落ち」と呼ばれるユーザーの買い物離脱の割合を最小化させる意味もある。カゴ落ちというのは、いったんカートに入れたのに買わずに削除されてしまう離脱率のことだ。シンクタンク「ベイマード研究所」が、48のECの研究データを収集し、カゴ落ち率を集計したところ平均で69.99%となった。つまり、カートの中に入れた商品の7割は買わずに忘れ去れてしまうのだ。
ECにとっては、このカゴ落ち率を改善することで、収益を大きく増やすことができる。タオバオは、カートの中に残っている商品を調べ、カゴ落ちの可能性のある商品を中心に値下げやセールのキャンペーンを組んでいった。本来のカートの使い方とは異なる使い方がされていることを逆手にとり、カゴ落ち率を下げる工夫に結びつけているのだ。拼多多はカートそのものを排除して、カゴ落ちがそもそも起きない工夫をしている。カートの文化が定着をしていない中国で、カートに関する進化、発展が起きているというのは非常に興味深い現象だ。
これと似たようなことが、Webブラウザーの使い方にも起きている。Amazonのよう米国のECサイトで、画面上のオブジェクトをクリックすると、それに対応したページが表示される。それまで見ていた画面が、新しい画面に置き換わる。元の画面に戻りたい時には「戻る」ボタンを使って戻る。
ともすれば当たり前のことだが、タオバオなどの中国のECサイトでは設計が異なっている。タオバオでオブジェクトをクリックすると、ページが遷移をするのではなく、新たなタブに表示される。つまり、元のページと新しいページの2つのタブができるのだ。元のページに戻るときはタブを切り替えて元のページに戻る。
これも、タオバオのようにタブを開いてくれる方が使い勝手がいい。例えば、Googleで調べ物をする時を例に考えてみよう。検索結果のリストを一つひとつ読んでいくのではなく、検索結果リストを次々とタブで開いてしまい、それからじっくりと読んでいくというやり方をしている人は多いはずだ。ECで商品を比較して探したい時も同様で、タブで開いていくタオバオでは、複数の商品ページを簡単に比較できるが、ページ遷移をしてしまうAmazonなどでは、商品の詳細ページを意図的にタブで開いて残しておかないと複数の商品を比較することができない。
さらに、今ではタブを使うのが一般的になっているため、不要なページを消すのに「戻る」ボタンではなく、タブを閉じるという操作を無意識にするようになっている。Amazonなどのページ遷移型のECでは、メイン画面もうっかり消してしまうことがある。中国のECサイトでは、タブを活用することにより、購入者のミスによる離脱を防いでいる。
タブの機能は、2000年前後に多くのWebブラウザに搭載されるようになった。Googleは1998年、Amazonは1994年と、タブという考え方が存在しない時代に創業をしている。中国ではアリババがタオバオをスタートさせるのは2003年、京東(ジンドン、JD.com)がECをスタートさせるのは2004年で、この時にはタブブラウザが標準になっていた。米国の第1世代のネット企業は、タブという概念がない時代にWebサイトを設計し、それを今でも使い続けている。中国のネット企業はすでにタブという概念が存在したために、それを活用した設計を行なっている。ショッピングカートとよく似ていて、中国は米国から遅れた分、新しく自由な設計を採用することができている。
文化というのは、それを生み出した創造者よりも伝播をして取り入れた模倣者の方が、イノベーションを起こしやすいと言われている。その文化の本質に対する理解が浅かったり、自国の文化と組み合わせることで、変化させることに対する躊躇が小さいからだ。日本は、中国が生み出した漢字を輸入して、それを日本語の音を記録する表音文字として利用したり(万葉がな)、独自に省略をしたひらがなやカタカナをつくり、漢字と組み合わせて使うなど、漢字の本来の使い方と異なることをやってきた。しかし、そのことが中国とは異なる日本独特の文学、書の文化を生むことにもつながった。
中国のITが急激に成長したのには、このようにWebの設計を自国に合うようにつくり変えていく姿勢も大きかったのではないだろうか。中国だけでなく、各国のWebサイトなどのデジタルデザインを研究してみると、日本でも活かすことのできるさまざまなヒントが見つかるはずだ。
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