2023年6月5日
合同会社エンジニアリングマネージメント 社長 兼 流しのEM
2000年より慶應義塾大学村井純教授に師事。動画転送、P2Pなどの基礎研究や受託開発に取り組みつつ大学教員を目指す。博士課程(政策・メディア)修了。その後高学歴ワーキングプアを経て、2012年に株式会社ネットマーケティング入社。マッチングサービス SRE・リクルーター・情シス部長・上場などを担当。2018年にレバレジーズ株式会社入社。開発部長、レバテック技術顧問としてエージェント教育・採用セミナー講師などを担当。2020年より株式会社LIGに参画。海外拠点EM、PjM、エンジニア採用・組織改善コンサルなどを担当。現在は合同会社エンジニアリングマネージメント社長 兼 流しのEMとして活動中。X(@makaibito)
エンジニアリングマネージャー(EM)の業務のうち、今回は人材の育成業務について掘り下げていきます。
人材育成といっても、対象は必ずしもジュニア層メンバーの成長ばかりを目的としたものではありません。中途入社した人たちのオンボーディングや、将来のリーダー職やマネージャー職、幹部候補の育成も含まれます。
研修計画を立てるにあたり、まずゴールイメージを社内で共有し、合意する必要があります。例えば自社に評価制度がある場合、各評価項目に対し、10年後、5年後、3年後と逆算しながら、どの程度の達成具合を目指すのかを検討・決定していくことになります。
10年後から研修終了後までのブレイクダウンしたゴールイメージを合意することで、研修開始時にどの水準にあるべきか、どういった人を採用するべきかを求めることができます。これにより、次年度の採用方針についての指標とすることができます。
昨今、サイバーエージェント社では自社で活躍しているエンジニアの傾向を分析することで、育成可能な人材の条件を言語化し、未経験採用するということを実施しています。新卒採用を始めたばかりの企業が同社の真似をすると怪我をするリスクがありますが、未経験採用の方法としては、ひとつのゴールイメージではないでしょうか。
ゴールイメージが合意できれば、教育対象者の現在地を把握するため、スキルテストを実施します。この結果をもとに教育対象者のウィークポイントを把握し、全体で研修をする必要があるのか、個別教育をする必要があるのかを判断していきます。
新卒特有の研修プログラムとして、他部署での研修があります。営業研修などは特徴的なもののひとつです。将来のコア人材となるであろう新卒に、事業理解をしてもらうためにも研修に組み込むことが大切です。この際、開発部責任者の口から、開発の部署に配属されるのに、なぜ営業部を経験しなければならないのか、その目的と意味を説明する必要があります。一般的にエンジニアは合理的な判断をする傾向にあるため、きちんと腹落ちをさせることが重要です。
中小企業などでは、中途採用者に対してオンボーディング期間を特に設けない企業があります。しかし、即戦力の人材を採用できたとしても、自社に馴染めなければパフォーマンスを発揮することはできません。そうしたトラブルを防ぐためにも、中途採用者にもオンボーディングをすることが必要です。
面接の過程で、配属予定先のチームリーダーが面接官として座っている場合は多いかと思います。しかし、経営層やマネージャー、複数の部署と意見調整や折衝をするポジションを採用する場合は、関係者全てに選考の段階で求職者と会わせられないことがほとんどです。なかには、四次面接以上と面接回数が多くなる会社が見受けられます。しかし、どうしてもその会社に入りたいという候補者の高い意向と、魅力的な待遇がなければ現実的ではありません。
そこで、私がお勧めしているのが、業務上接することになるキーマンと内定承諾後であっても面通しをするということです。30~60分程度の顔合わせをしてもらい、関係性を暖めます。個人的にも、過去の職場では、正式入社の前に8人ほどにお会いしました。マネージャーのポジションだったので、Bizサイドや開発チームのリーダーを中心にお会いし、現在感じている課題や、開発組織に対する期待値などをヒアリングしていきました。入社前に面通しを実施することで、入社後のスムーズな滑り出しが期待できます。
フルリモートの環境であれば、これらの顔合わせは敢えて時間をつくってオフラインで実施することをお勧めしています。実際途中でプロジェクトがこじれかかっていても、オフラインで話し合うことで氷解することが多々あります。会えるときに会っておくということはリモートワークでは特に重要なポイントとなります。
人材の流動化が進み、中途入社者の受け入れが一般的になっています。特に新卒入社メンバーで組織づくりをしてきた企業の場合、独特な文化が形成されやすい傾向にあります。社内独自の用語はインターネット検索をしても全く出て来ないため、中途入社者からすると疎外感を感じやすいポイントです。
社会学などでいわれる事柄ですが、各宗教において特定の食べ物を禁止したり、時間などが指定された儀礼などが存在する意味合いとして「他の宗教信者と仲間を区別するために、敢えて不便な決まり事をつくっている」という説があります。社内独自用語や独自ルールはこうした各宗教の約束事のような側面があり、他社から来たメンバーには高い壁に感じられます。
新しく自社の仲間を受け入れるにあたり、企業方針、事業方針のインプットはもちろん、社内ルールの説明をコンテンツに入れ込む必要があります。社内独自の用語が多い場合、社内ポータルサイトに用語集を作成し、各部署に協力を仰ぎながら随時メンテナンスをしていくことをお勧めしています。
中途採用エンジニアの場合、一般的に早期に立ち上がり、事業貢献に繋がる行動をすることが求められます。そのためには中途採用者がスムーズに開発に関する作法を理解し、環境構築をし、手を動かし始められる状態に整えることが望ましいです。
具体的には下記のようなものがあります。
従来、サービスパフォーマンスの向上をミッションとすることが多かったSREですが、近年では開発者体験の向上をミッションとするケースが増加しています。開発者の出入りが多いとアウトプットにも影響していきます。CTO、テックリード、SREなどと連携し、時間を取って整備することをお勧めします。
組織拡大を想定すると、次世代のリーダーやマネージャーを育成する必要があります。
2022年にはDAOという言葉と共にフラットな組織づくりが流行しました。かねより、スタートアップでフラットな組織作りを志す企業が定期的に現れます。ただし、実現するには以下の3つの要素が必要です。
Amazonが推奨する会議のルールに「全員が発言できるサイズ」として2pizza method(2枚のピザが行き渡る8-10名以下の会議体)があります。これは上記のDAOでも言えると考えています。
つまり、フラットな組織を維持するためには8名以下で議論を継続できるような環境でなければならないということです。それ以上のチーム構造になるのであれば、発言しないメンバーがでてくるため、フラットな関係性の構築は困難です。
また、全員の発言を求めるからには全員が一定以上成熟していなければならないため、ジュニア層の受け入れも困難です。この構成では、組織の若返りなどを長期的に見据えると無理があります。多くの場合、チームの成長に合わせてマネージャーやリーダーを置き、階層構造にすることが妥当だと考えます。
まずはリーダー、マネージャーの素養のある人の発見が必要です。適性に関する回でお話をしましたが、現在は個性を尊重する学校教育の兼ね合いもあり、リーダーシップやマネージメントに対して興味や価値を感じる人も減っていますし、それらの能力を培う機会も減少傾向にあります。そのため、見つけたら育成対象として早々にマーキングする必要があります。
※参考記事:【新連載・EMのすべて】リーダーシップに育成力。就任・任命前に知っておきたい、エンジニアリングマネージャーの適性を解説
リーダーやマネージャー職候補となる対象者が1~2名であれば口伝でもできるかも知れませんが、複数名を効率よく育てるためには目標や評価制度に紐付けると効果的です。リーダーやマネージメント職に対してインセンティブが無い場合、「当該役職に就任したら損だ」という気持ちが働きやすくなり、なり手が非常に少なくなります。その結果、「技術を諦めた人」が就任するなどし、ますますメンバー層からキャリアの魅力が失われてしまいます。
組織においてリーダーやマネージャーにどういったことが求められ、どのようなことをすればどのような評価がされるのかを明文化することが必要です。これらを踏まえると技術評価だけでなく、行動評価や成果評価、あるいはスペシャリストコースとマネージャーコースといった2つの大枠のキャリアパスを設定することも有効です。
目標設定や評価制度が形になれば、いよいよ対象者への動機付けです。なぜこの役職が必要で、なぜ当人に声を掛けたのか、そしてどのような成長を期待しているのかを評価軸なども交えながら話していきましょう。本人が努力することはもちろんですが、企業としても手助けをすることが重要です。繰り返しになりますが、リーダーシップやマネージメント志向の方は年々減少傾向にあります。素養がある人物がいれば、貴重な人材なので大切に育成していきましょう。
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