中国トップのフードデリバリーサービスが誇る、圧倒的な配達効率。独自の配達アルゴリズムの秘密とは

2023年4月10日

ITジャーナリスト

牧野 武文(まきの たけふみ)

生活とテクノロジー、ビジネスの関係を考えるITジャーナリスト、中国テックウォッチャー。著書に「Googleの正体」(マイコミ新書)、「任天堂ノスタルジー・横井軍平とその時代」(角川新書)など。

世界のさまざまな都市で普及をしたフードデリバリー。しかし、中国・美団の配達効率は他を圧倒している。一般的なデリバリーでは1人のスタッフが「4時間10件」程度であるのに対し、美団では「3.75時間20件」と倍以上の効率になっている。

これは美団のテックチームが開発したアルゴリズムにより、複数の注文を同時並行でこなすことができるからだ。美団はどのような考え方で、効率的なアルゴリズムを考案したのか。その考え方をご紹介しよう。

他サービスよりも2倍の効率でデリバリーする「美団」

日本でも今や日常のものになったフードデリバリー。アプリで注文すると料理を配達してくれる出前サービスで、Uber Eatsなどが有名だ。中国では「美団」(メイトワン)と「餓了麽」(ウーラマ)の2社が強く、特に美団は深圳市でドローンによるデリバリーの営業免許を取得するなど、サービスをさらに拡大中だ。現在、年間アクティブユーザー数は6.91億人おり、年間で一人平均35.8回利用している。

「美団」のデリバリーに対応する飲食店、小売店は880万店舗を超える。配達スタッフは騎手(ライダー)と呼ばれ、約470万人が1日4,000万件の注文を配達している。騎手の勤務体系は、多くがギグワークで、自分の好きな時間に働くことが可能だ。「2020年上半期美団騎手就業報告」(美団研究院)によると、勤務時間の平均は1日3.75時間、月収は4,233元(約8万1,000円)で平均配達件数は20件だという。多くの騎手が営業職や運転手との兼業であるため、悪くない報酬だ。1日30件の配達をすると報酬金が出る仕組みだが、8時間フルタイムで働けば30件の達成は難しくない。

複数の配達を同時並行で行う

これは世界的に見ても、美団は非常に効率のいい配達ネットワークを確立したといっていい。例えば日本の「Uber Eats」では、実際に配達スタッフをしている方々がブログなどで成果を発表しているが、その多くで「4.5時間の稼働で配達件数は10件、売上は6,000円」がひとつの目安になっている。美団の「3.75時間20件」は日本のUber Eatsと比較すると2倍以上の効率になる。

なぜ、美団はこれだけの効率的な配送を可能にしているのか。答えは簡単で、一人の騎手が複数の注文を同時に配達する仕組みになっているからだ。

▲美団の配達指示のイメージ。注文1と注文2を担当していたが、新たに注文3が入ったため、やるべきタスクが変更される。ライダー用の送餐ツール(アプリ)では、刻々とやるべきことが変化をしていく。

一般的なフードデリバリーは、1回に1つの注文を配達するのが原則だ。注文が発生すると、システムは飲食店近くにいるスタッフのスマホにオファーを出す。スタッフはこのオファーを受けるかどうかを判断し、受けたらピックアップ(受け取り)を行い、配達地に移動をしてドロップ(配達)をする。

最近では配達の効率を上げるために、同じ飲食店から複数の注文を受けたり、1つの配達が完了間際になると次のオファーが送られてくるダブルピックアップが始まっている。しかし、スタッフが自分の意思で注文を受けるか、受けないかを決めることには変わりない。

一方、美団の場合は複数の配達を同時並行で行い、どの配達をすべきかはすべてシステムが指示をする。バッグの中には5~10個程度まで注文品を収めることができ、常にバッグに商品を入れた状態で、ピックアップとドロップを繰り返し、移動し続けるというのが美団での働き方だ。これにより配達効率が、大きく他社を上回った。

▲ライダーが使う送餐ツールでは、地図上で指示が出される。ピックアップトドロップを繰り返しながら、移動していくイメージだ(「美団送餐」ツールより画像引用)。

DVRPで解こうとすると、直面するNP困難問題

しかし、このシステム開発は簡単ではなかった。基本となるアルゴリズムはDVRP(Dynamic Vehicle Routing Problem、動的配車ルート問題)BPP(Bin Packing Problem、ビンパッキング問題)の2つであることは誰にでもわかる。バッグから商品が溢れないようにしながら、複数の地点を効率的に回るルートを算出して、騎手に指示をすればいい。

しかし、現実は複雑で机の上で考えたようにうまくはいかない。

問題は2つあり、ひとつはDVRPの演算は膨大なものになるということだ。例えば、5つの注文があると、騎手は5つのピックアップ地点と5つのドロップ地点という、合計10箇所を巡回しなければならない。このルートの組み合わせは11.34万通りにもなる。いわゆるNP困難問題につきあたり、スーパーコンピューターでも使わない限り「30分でお届けする」というサービス品質を達成することができなくなる。

配達距離と調理時間という2つの変数

2つ目の問題は、フードデリバリーの場合、距離だけでは配達ルートを決められないということだ。例えば、ジュースのような飲料は注文を受けてからすぐにできる。しかし、中華風蒸し魚のような手の込んだ料理の場合、できあがるまでに時間がかかる。この調理時間を考慮しなければ、騎手は料理ができるまで待たされることになる。

また、ドロップでも不確定な時間要素がある。大規模マンションのような場合、現地に到着をしても、そこから注文者の家に移動をしなければならず、この時間が意外とかかる。オフィスビルなどでは、セキュリティーの関係から騎手は施設内に入ることができず、注文者に連絡をして受付まで取りに来てもらわねばならない。注文者はエレベーターで降りてくるために、これも意外に待ち時間がかかる。つまり、単純なDVRPでは解けないのだ。

距離を時間に変換し、各種時間を機械学習

そこで、開発チームは料理店やメニュー別に「注文を受けてから調理、包装をして騎手に受け渡すまでの時間」を機械学習して予測値を出すようにした。また、配達でも「各信号での待ち時間」、さらには建物別に「到着して配達完了するまでの時間」を機械学習して予測値を出すようにした。これはもちろん、曜日、時間帯などで刻々と変わっていく。

そして、移動する距離もすべて時間に換算し、スケジューリングが最適化するよう置き換えた。また、厳密に最適な組み合わせを探索するよりも、短時間で近似解を発見することを優先するアルゴリズムが考案された。

この新システムは2019年から稼働をし、美団のサービス品質を大きく向上させた。以前は30分以内の配送をうたいながら、実際は平均34分かかっていたが、新システム導入後はアクシデントが起こらない限り、30分以内での配送を実現している。

▲美団では、注文を受けて配達するまでをすべて時間に換算して処理をすることにした。各時間はすべて機械学習で予測値を算出。最短になるようライダーに配達を割り振っていく。「即時配送における機械学習技術」(美団 配送AI責任者 何仁清)より引用。

店舗と配達地を均一に分散させ、配送を効率化

このようなアルゴリズムがうまく機能するには、ひとつ条件がある。それは配達エリアの中に、飲食店と配達地が均等に分散されている状態を前提とすることだ。この配置に偏りがあると、配達ネットワークの効率が低下してしまう。

極端な例として、飲食店が1つ、配達地が1つしかない状況を考えてみるとわかりやすい。すべての騎手が、同じ飲食店と配達地を往復することになる。しかも、配達の帰りはバッグが空の状態で走らなければならない。理想としてはバッグに常に商品が入っている状態で、ピックアップとドロップを繰り返しながら移動をするべきところ、移動の半分はバッグが空になってしまうのだ。

この偏りをなくすため、美団は3つのプロジェクトをスタートさせた。1つ目のプロジェクトは飲食品以外の一般商品の配達も扱うことだ。中国の飲食店は、美食街と称して一ヶ所に固まる傾向がある。そのため、コンビニやスーパー、一般小売店の商品も配達対象とすることで、ピックアップ地点が分散する。この飲食品以外の物資の配達は、即時小売と呼ばれるようになり、オンラインショップの圧迫を受けてきた百貨店や個人商店などといったオフライン店舗の復活の鍵になるとして注目されている。美団が即時小売に対応するのは、取り扱い品目を増やし、ビジネスを拡大することが目的だが、配達ネットワークの効率を高めることにも繋がっている。

▲食料品以外の店舗でも商品の配送も取り扱うことにより、業績を成長させることができるだけでなく、店舗の位置が分散することになり、配達ネットワークの効率化に繋がった。(美団 公式サイトより画像引用)。

効率の悪い配達を無人カートで自動化

2つ目のプロジェクトは、配達タスクの中から効率の悪い配達を自動化していくことだ。美団はデリバリーの他にも「社区団購」と呼ばれる方式のサービスを提供している。「社区団購」とは、大規模マンション向けの共同購入で、日本の生協のようなシステムだ。これは生鮮食料品を前日予約して、翌日配送する。販売量が前日に確定をするため、卸など流通の調整が不要になり、スーパー等よりも安く食料品を提供できるという。

しかし、この配達は1ヵ所の倉庫または店舗から多数の配達地点を巡回するというもので、騎手が担当をすると配達ネットワーク全体の効率を大きく低下させることになる。そこで、美団はここに無人カートを投入した。すでに北京市順義区で、20のマンションに対して生鮮食料品の配達を無人カートが行なっている。

▲稼働中の無人カート(美団 公式デモ映像より引用)。

配達量の多い2つスポット間の配送はドローンで自動化

3つ目のプロジェクトは、配達量の多い2つのスポット間の配送を自動化した。具体的には、ショッピングモールとオフィスビルやマンションなどの配達を、ドローンを使って自動化した。

2020年1月から深圳市で試験営業を始め、現在5つのショッピングモールと18のオフィスビル、マンションで配送を行なっている。2023年2月には、中国民間航空局から運転承認書と営業許可証が発行され、近いうちに正式営業に移行する見込みだ。大都市でのドローン飛行は、難しい条件がいくつかある。墜落が絶対に許されないこと、また測位衛星信号がビルの窓ガラスに乱反射されるため、測位が不正確になるなどだ。美団では、こうした問題を解決するための技術開発も同時に行なっている。

▲深圳市で実施しているドローンによる配送。飲食品だけでなく、一般商品も含んだ2万種が対象。深圳市のような大都市でドローン配送を実現するには数々の安全技術開発が必要となり、5年以上かかってしまった(美団 公式デモ映像より引用)。

こうした無人カートやドローン配送のニュースに対し「470万人の美団騎手はみんな失業」というコメントがつく。しかし美団によれば、人を単純に機械に置き換えることは考えていないという。配達ネットワークの中から、効率が悪い配達をピックアップしてドローンや無人カートで自動化することにより、配達ネットワーク全体の最適化を図っているのだ。

中国では15歳から64歳のいわゆる労働人口は2014年をピークに、減少に転じている。そのため、各テック企業は、労働力不足と消費者減少を見越した開発プロジェクトを始めたのもこの時期だ。

美団も前述のような自動配送開発プロジェクトを2017年11月からスタートさせている。

今やギグワークや単純労働は、時給を上げても人が集まらないほど深刻な人手不足に陥っている。配達ネットワークを効率化は、少ない騎手数で与えられたタスクを賄えることに繋がる。同時に、配達件数を増やすことができるので騎手の報酬も増加する。2017年から美団が手がけてきた自動化開発プロジェクトは、効率化だけでなく働く騎手の待遇向上という成果として現れてこようとしている。

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