ITエンジニアの転職市場に蔓延る「キャリアロンダリング」。発生するハロー効果とその影響、企業・候補者の向き合い方を解説

2022年11月14日

合同会社エンジニアリングマネージメント 社長 兼 流しのEM

久松 剛

2000年より慶應義塾大学村井純教授に師事。動画転送、P2Pなどの基礎研究や受託開発に取り組みつつ大学教員を目指す。博士課程(政策・メディア)修了。その後高学歴ワーキングプアを経て、2012年に株式会社ネットマーケティング入社。マッチングサービス SRE・リクルーター・情シス部長・上場などを担当。2018年にレバレジーズ株式会社入社。開発部長、レバテック技術顧問としてエージェント教育・採用セミナー講師などを担当。2020年より株式会社LIGに参画。海外拠点EM、PjM、エンジニア採用・組織改善コンサルなどを担当。現在は合同会社エンジニアリングマネージメント社長 兼 流しのEMとして活動中。X(@makaibito

合同会社エンジニアリングマネージメント 社長兼「流しのEM」の久松です。IT界隈を歴史やエピソードベースで整理し、人の流れに主眼を置いたnoteを更新しています。

現在、ITエンジニア転職市場には「元〇〇」という肩書をもった有名企業出身者が多く見かけられます。実は、この「元〇〇」が大量発生する一因は、一部の候補者が意図的に「キャリアロンダリング」を行っていることにあるといえます。本日は、キャリアロンダリング発生の背景のほか、キャリアロンダリングをした候補者を採用した際に、組織に与える影響やリスクの回避方法について解説していきます。

キャリアロンダリングとは何か

著名な企業に入社することにより、転職市場での自身のキャリアの価値をグッと向上させられることがある。これをキャリアロンダリングと呼びます。中には、著名企業から中小企業へと転職を繰り返す天下りのような現象もあります。

ベンチャー界隈では、こうしたキャリアロンダリングからの天下り現象はよく目にします。概ね有名な企業での在籍実績は5年程度は使える傾向にあるようです。ただ有名な企業であっても現在は既に消滅していたりすると、当時どれだけ隆盛を誇っていたとしても、2年程度で「久しぶりに名前を聞いた懐かしの企業」という括りになるため、効果は薄いです。

採用では、選考担当者の、候補者の出身企業のようになりたい気持ちが先走り、選考が甘い状態で入社するというのが、よく見るアンチパターンです。

候補者としては、こうした有名企業に在籍することでキャリアロンダリングができる可能性があるため、可能であれば乗っかっておくのも手だと思います。

採用に多く関わっていると、キャリアロンダリングをした候補者は下記のような要素があることで、大幅に選考が甘くなるケースを数多く見かけます。

  • ・在籍していた企業名
  • ・CxOなどの役職名
  • ・出身大学名

上記の3要素によって、選考レベルがブレてしまうことは「ハロー効果」と呼ばれ、これらの要素は「錯覚資産」と呼ばれます。特に自社のネームバリューが弱く、採用に苦戦している企業であればあるほど、ハロー効果に弱い傾向があります。

ハロー効果の発生条件

採用基準を狂わせることが往々にしてあるハロー効果ですが、その発生条件について見ていきます。候補者の過去在籍企業規模の大小関係なく、一般的に有名な大企業の役職者であっても、採用企業が求める役職の界隈において有名でなければハロー効果には繋がりにくいです。経営者から見て、候補者の出身企業が現在なりたい企業像かどうかということが、ハロー効果が発生するポイントになります。

また、候補者の出身企業が倒産や買収ですでになくなっていたりする、もしくは過去より影響力が衰えた場合、候補者自身も「知る人ぞ知る」立ち位置へと徐々に変化し、魅力が薄れていきます。さらに、著しくイメージを毀損するようなインシデントがあると、マイナスに働いたりもします。

「元○○」が持て囃されることによる影響

では、実際にハロー効果を根拠に入社がなされた場合、どのようなネガティブな影響があるでしょうか。実際に見聞してきた事例をもとに話をしていきます。

リファレンスチェックが甘くなる

採用単価や報酬レンジが高くなった現在では、より採用で失敗しないためにリファレンスチェックを取るケースが増えてきました。しかしながら、このリファレンスチェックがハロー効果の前では弱くなる傾向が見られます。形式上だけリファレンスチェックを取っていたり、スコアや懸念点がしっかり書かれていても企業側が飲み込むケースもあります。見聞している範囲だけでも、概ね短期離職やバリュー不足、何かしらのハラスメントに繋がっています。

企業フェーズとのズレ

ベンチャー・スタートアップ界隈でよく耳にすることとして、企業フェーズの差異というものがあります。大手有名メガベンチャーからCxOを入れたものの、

  • ・社員が残業しなくなった
  • ・該当するスキルのエンジニアが居ないからと施策を断られた
  • ・できない理由を並べられやすい

ということで、事業が進む速度が遅くなったというものです。この場合は、ある程度事業規模が拡大し、当該メガベンチャーの背中が見えてきたときに雇うべきだった人物だったと言えそうです。

ハーメルンの笛吹き現象

ハロー効果は経営層だけでなく、社内全般に波及していくものであるため、慕う方は一定数出てきます。ベンチャー、スタートアップ界隈で散見されるのが、CxOやCxO候補が肝いりで入社するも短期離職し、その際に当人を慕っていた正社員複数名を引き連れて転職するというケースがあります。俗にいうハーメルンの笛吹のような現象です。

転職先を同じにしなくても、退職をそそのかすケースがあり、ある企業ではCxOが他の経営層と仲違いしたことをきっかけに退職し、20人の開発部が半数になったケースもありました。

また別のケースでは、あるスカウト媒体でのプロフィールに「前職からシニアITエンジニアをn人引き抜きました」と誇らしげに書いていたジョブホップしがちなCxOという方もいらっしゃいました。

こうしたことで組織が危機に瀕したことがあったり、近しい経営者がそのような事態に巻き込まれているのを見たりした経営者の中には、「CxO制を採用しない」と宣言しているケースもあります。

キャリアロンダリングにどう向き合うべきか

企業側としては目先のハロー効果に捕らわれず、現状の自社で活躍できる人にご入社いただく必要があります。一方人材側も、ハロー効果が得られることを考え、機会があれば身につけておいた方が良いでしょう。しかし長期的に見て、短期離職を重ねてキャリアを汚してしまわないように、手堅く実績を積むことをお勧めします。

ここからは、有名企業出身者を採用する際において、リスクを抑える方法についてお話しします。

いきなり役職に就けない

ミスマッチが起きた場合、取り返しがつきにくいため、本人と合意の上で役職なしから進めるという方法です。ポイントとしては下記のものがあります。

  • ・待遇と役職は連動させず、無役職でも想定給与にする
  • ・次に示す予定されているポジションに就くための目標設定をする
  • ・設定した目標に対し、本人だけでなく企業・上長も後押しする

注意点として、特に2番目、3番目の目標設定を明確にしないと「いつまでも当該役職にしてくれない」と怒り始めるケースがあります。

予定されているポジションに収まるための目標設定

パラシュート人事に失敗する組織の傾向の一つに、立派な経歴を持った人に入社していただいても、入社後に放置してしまうということがあります。右も左も分からない状態で放置した挙げ句、数ヶ月後に「期待値と違う」「年収に見合わない」と経営者がぼやくという話はよく耳にします。これは無理もない話です。具体的な期待値の定義をしていない以上、何をしても「期待値と違う」という印象を受けてしまう可能性は高いです。

また、CTO候補、テックリード候補、マネージャー候補、リーダー候補などなど、世間にはいろいろな○○候補がありますが、実際に○○になるためには何をすべきかを明示・合意することが必要です。

具体的な合意内容は職種にもよりますが下記のようなものがあります。

  • ・本番環境へのデプロイができるようになる
  • ・○○さんから業務の引き継ぎを完了し、○○さんが異動できる状態になる
  • ・リーダー・マネージャーに就任する
  • ・(ライトなボリュームである)ある課題について解決をする

こうした目標達成のためには本人だけでなく周囲がバックアップする体制が必要です。個人的には、候補者の上長の目標に「入社したAさんをいつまでに○○にする」と設定しても良いのではないかと考えています。

副業転職を実施する

いきなり正社員に登用するのではなく、一旦業務委託の期間を挟むというものです。業務委託というと、企業によっては「業務委託契約を結ぶので毎週1営業日、現職の有給休暇でも取ってきてください」というところも見たことがあります。ただ、これはかなり意向が上がった状態でないと合意できない内容で、まずはスポットで働く副業を3〜6ヶ月程度やってもらうことをお勧めしています。

その期間で、企業・候補者ともにスキルマッチだけでなく、カルチャーマッチができるかどうかを見るのがポイントです。戦力としての副業人材というよりは、マッチングを図るための副業という立て付けです。この方法は副業転職と呼ばれています。

私がデジタル人材創建所長として参画している株式会社overflowでは副業転職メンバーが多く、副業転職メンバーは入社後1年以内の離職率が正社員転職に対して50%低いと発表されています。採用や転職をギャンブルにしないためにも、副業という業務委託で一旦一緒に働いてみるというムーブメントは今後も拡がっていくと考えられます。

スムーズな活躍に向けて入社前にキーマンへ面通しする

入社までに余裕がある場合、時間を取って30分ずつでも良いので下記のような人たちの面通しをお勧めしています。

  • ・役員
  • ・関係する他部署のキーマン
  • ・開発リーダークラス
  • ・声の大きなメンバー

話す内容としては下記のものが想定されます。

  • ・お互いの自己紹介
  • ・現在の開発組織に抱いている印象
  • ・企業、開発組織に対する期待

これをすることによって、候補者に対して事前にある程度課題感を把握してもらうことができ、採用側も候補者に対する期待の整理ができます。

上手にハロー効果と付き合う

ある企業の会社説明資料では、メンバー紹介の顔写真の脇にこれまで所属していた大企業のロゴがずらりと並んでおり、「弊社はこんな凄い会社さんから入社いただいています」とアピールされているところがありました。過去の在籍企業はあくまで過去のものであり、現在や未来の話ではありません。明らかにコンプレックスです。

クライアントワークなどでは前職の肩書き「元○○」で受注されている企業もあります。しかしこれもまた過去の話であり、現在や未来の話ではありません。

Twitterなどでは「元○○」と過去の社名をプロフィールに書き、情報商材を展開している方が数多く存在します。これもまた過去の話であり、今はただの退職者です。

キャリアロンダリングはときに未食に魅力に見えてしまいますが、しっかりその実を見て、中長期的な企業価値の向上、そして自分自身の価値の向上につなげられるようにしていきましょう。

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