2022年9月7日
中国アジアITライター
1976年生まれ、東京都出身。2002年より中国やアジア地域のITトレンドについて執筆。中国IT業界記事、中国流行記事、中国製品レビュー記事を主に執筆。著書に『中国のITは新型コロナウイルスにどのように反撃したのか?』(星海社新書)『中国のインターネット史 ワールドワイドウェブからの独立』(星海社新書)『新しい中国人 ネットで団結する若者たち』(ソフトバンククリエイティブ)など。
中国学生の学習環境は、2021年7月に発表された「双減」政策によって、補習校などの学外教育や学習アプリが使えなくなるなど、大きく変化した。加えて新型コロナウイルス感染拡大に対して、中国は「ゼロコロナ政策」を継続することで、地域によっては外出自体が時に難しくなり、おけいこごとの教室にも通うことが難しくなった。
双減政策は、中国の文部科学省にあたる「文化部」が、「義務教育段階の生徒の宿題や校外学習の負担をさらに軽減するための意見」という文書(意見書)を発表したことから始まった。 内容は、教育コンテンツの厳格な規制、恣意的な資本の投入の厳禁、広告の厳格な規制など。これらの前例のない政策により、教育市場の「冬の時代」がもたらされている。これまでオンライン学習サービスを提供する企業も規制に直面し、事業形態を変化させてなんとか生き残ろうと躍起になっている。
双減教育の目的は、「素質教育」の強化と、家庭の教育費削減と報じられている。ここで出てくる素質教育とは何かというと、中国政府による「義務教育質量評価指南」によれば、モラル発展・学業発展・心身発展・審美素養・労働実戦の5つの方面で総合的に教育するものだという。これらの「素質」を伸ばす教育が奨励されるため、教育系企業が今後提供しようと目立った動きがあるのも芸術、スポーツ、STEAM教育となっている。
とはいえ、もともと双減政策発表前から、絵画教室や運動教室、プログラミング教室などはあり、特に絵画教室や運動教室については、都市部を中心に多くの子供が通っていた。そのため、需要に大きな変化が発生したわけではないが、ゼロコロナ政策によりオンライン化が強く求められている。
一方学力教育はどうなったかというと、現実のところは1対多数だった授業がこっそりと1対1になり、補習授業を受けられる人が財力のある人になったとする声をよく聞く。
企業においてはこの1年で試行錯誤を繰り返し、驚きの事業転換で一躍中国メディアで話題になった企業がある。中国全土的に知られる「新東方教育科技集団」という教育企業だ。1年前窮地に立たされた同社は、生き残りをかけ無数の事業をスピーディに立ち上げた。その多くが失敗したが、塾講師が中国で人気のライブコマースに参入し、各講師の得意の豆知識が多く含まれたトーク術で商品を販売する事業は、授業を受けながら商品を買えるとして、始まるやいなや視聴者を魅了し一気に話題になった。
とかく新東方の成功のようなセンセーショナルな話題も目立つが、一方で学習系教育企業や素質教育企業で生き残ってる企業もある。続いてはこうした企業を紹介していく。
日本にも進出している中国AI大手企業の「アイフライテック(科大訊飛)」は、中国では翻訳機のほか、学生向けの学習用タブレットなどを発売している。学習用タブレットはAIで手書き文字を読み取り、音声を聴き取ったうえで学習者の弱点を把握し、問題を自動出題するというものだ。値段は7000元で、1元=20円で計算すると14万円にもなる。なかなか高価な製品ではあるが、毎年6月18日に中国各ECサイトが行うECセールでは、学習用タブレットとして最もよく売れたという。
アイフライテックのT10という機種を例にとる。13インチのタブレットと専用ペンからなる製品だ。本体上部にはカメラがあり、タブレットに近づき過ぎるとセンサーが反応・注意を促し視力低下を防ぐほか、タブレットを立てておくとその手前に置いた紙に書いてある情報をデータとして読み込むことができる。紙に書いた作文や算数・数学を読み込んで学習レベルを判断しレポートを出力、さらにタブレット画面で類題や似た作文の文章を提示したりアドバイスをしたりしてくれる。国語であればレベルに合わせた文章を表示し読む練習ができ、英語ではヒアリングや発音の練習ができる。
ビッグデータを利用し、各学生に合わせた長期的な学習計画の策定やテストに合わせた学習サポートもしてくれる。コンテンツは、中国語・英語・数学・理科などの基本科目のほか、各種プログラミングのレッスンも。なるほど勉強のサポートに情熱を注ぐ親が思わず買ってしまう納得の商品だ。
アイフライテックの製品は特に高価でできることも多いが、アイフライテック以外からも、音声での学習に特化したデスクライト型の学習用スマートスピーカーや、文章をスキャンすると音声を発し翻訳してくれるペン型端末、読み聞かせをしてくれる子供用ロボットなどが発売されている。例えばゲームベンダーやポータルサイト運営で知られるネットイース(網易)は学習用サービスを運用しており、その中で学習ペンで攻勢をかける。
双減政策により学習用アプリは使えなくなったが、このような学習端末は問題がないという。同政策の意見書には、クラウドサービスを活用した「宿題の診断、整理、学習分析が発揮され、重層的、柔軟、個人的な宿題が奨励されるべきである」と書かれている。また学校で教えられることには限界があり、家庭教育は発展途上であることから、教育用スマートハードウェアはひとりひとりの学生に寄り添い各人にあった学習プランで勉強をサポートできるので良いのだそうだ。
そこで翻訳ペンや学習機、ロボットなどのスマートなハードウェアは、学習データの収集と学習分析の実施という重要な機能を利用できることから、開発と販売がされ続けている。一方でほぼ同じ機能であるAIを活用した学習補助アプリはもろもろ規制が入り利用ができない。線引きされる理由は不明だが、ともかく「ソフト単体はアウト、ソフトが入った専用ハードはセーフ」のようだ。
さて、双減政策下での素質教育方面についても紹介する。アナログ的に教える企業が多数ある中で、ITを活用した企業も台頭している。
例えばオンラインピアノレッスンを提供する企業「TheONE」は、スマートフォンやタブレットを活用し1対1のオンラインでピアノのレッスンサービスを運営するほか、世界初となったスマートピアノ「The ONE(ザ・ワン)」の開発・販売も行っている。同社製のスマートピアノでは、リズムに合わせて鍵盤を弾くいわゆる「音ゲー」のように、光が鍵盤に降りていき接触したところで鍵盤を叩く。そしてうまくいかなかったフレーズをAIが認識して、苦手だった部分を生成し反復練習させるという仕組みだ。
また絵画や書道のオンラインレッスンを提供する企業「Artworld」では、専用のWebカメラがついたiPad用スタンドを活用して絵画のオンラインレッスンを行う「メイシュウバオ(美术宝)」をリリース。iPadを通じて担当教師からリアルタイムでアドバイスを受けられるだけでなく、時に専用スタンドを使って机上の絵や字をWebカメラで常に見えるように設定し、iPadの画面で赤入れされながらアドバイスをもらうといったことが可能になる。
STEAM教育の製品ではレゴのマインドストームが有名だが、日本に進出している中国企業のものでは、DJIがTelloやRoboMasterなどプログラマブルなドローンやロボット製品を出しているほか、最近では教育用AI学習キットもリリースしている。プログラミングでは定番の教育向けプログラミング言語Scratchは中国で利用させない方針となっていることから、その代替えとなるKittenBlockやMind+といったプログラミングサービスが、個人や街のプログラミング教室で活用される。STEAM教育チェーンの「西瓜創客」は、AIやロボット、ドローンなどを活用した幅広い授業を用意。それぞれに対して、問題を発見し反復学習するAIを導入し、どこの都市でも同じ品質の教育が受けられる標準化システムを実現した。
双減政策とゼロコロナ対策にあっても、子供に学習させることができるサービスを一部企業は開発し伸ばした。特徴のある企業のサービスをみてみれば、クラウドサービス+AI(+ハードウェア)を活用し、使いやすさに磨きをかけたサービスを展開していることが窺える。
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