【前編】模倣と洗練の天才。「WeChatの父」アレン・ジャンが成し遂げた中国最大のメッセンジャーアプリの躍進

2022年7月6日

ITジャーナリスト

牧野 武文(まきの たけふみ)

生活とテクノロジー、ビジネスの関係を考えるITジャーナリスト、中国テックウォッチャー。著書に「Googleの正体」(マイコミ新書)、「任天堂ノスタルジー・横井軍平とその時代」(角川新書)など。

中国で名前のよく知られた技術者は多くいる。バイドゥ、テンセント、バイトダンス、シャオミ、DJIなど近年成功を収めたテック企業の多くも、その創業者はITエンジニア出身だ。プロダクトをつくれる人が、ビジネススキルの高い力を借りて企業を経営しているから中国のテック企業は強いといわれる。

その中でぜひ皆さんに紹介したいのが、テンセントの地位を確固たるものにしたプロダクト、メッセンジャーアプリ「WeChat」の開発者であるアレン・ジャン(Allen Zhang/張小龍)だ。

成功例を模倣しユーザーの使われ方をつぶさに観察したうえで、改善と洗練をさせていく。正攻法こそが、アレン・ジャンがWeChatを育てたコツだった。

※本記事は前後篇に分けてお届けしております。前編では、すでに国民的なプロダクトを擁したテンセントはなぜWeChatの開発に踏み切ったのかを解説する。後編はこちら

アレン・ジャンとテンセントの始まり

アレン・ジャンが多くの人から尊敬される理由は、ユーザーの観察力に優れていることだ。テンセントが公開した2022年第1四半期の業績報告によると、WeChatの現在MAUは世界で12.88億人で、いまなお成長し続けている。ユーザーがWeChatをどのように使っているのか、あるいは使いたがっているかをよく観察し、それを実現する機能を追加開発していく。これにより、WeChatは毎年のように進化をし、現在では中国人にとってはなくてはならない国民的インフラとなっている。

アレン・ジャンは、1969年に湖南省邵陽市の郊外の農村に生まれ、華中科技大学で修士号を取得したのち起業し、ビジネスシーンで必須となりつつあった電子メールクライアント「Foxmail」を開発した。中国語対応のメールクライアントの初期製品で、中国語版は400万人に利用され、国際版も20カ国で発売された。

▲アレン・ジャン。テンセントで最も重要なプロダクト「WeChat」を開発し、多くのITエンジニアの尊敬を集めている。百度百科(https://baike.baidu.com)より引用

一方、テンセントは創業者のポニー・マーが1998年に起業した企業で、主要プロダクトはPCベースのSNS「QQ」だった。QQはリアルタイムチャットを軸にしたコミュニケーションツールで、リリース当初は学生を中心に人気を獲得した。その後、店舗が顧客とコミュニケーションを取るのに便利なため、次第にビジネスシーンにも利用されるようになった。顧客は買い物に行く前に、チャットで店舗に連絡を入れ、希望の商品の在庫を確認したり、取置きを依頼することができる。そのため、2000年頃には、店舗の名刺や広告には、住所や電話番号を並べ「QQホットライン」と称して、QQのアカウントを記載するのが一般的になっていた。

このようにQQのビジネス利用が広がっていったが、ビジネスに必須なEメール機能が備え付けられていなかった。そこでポニー・マーはQQにEメール機能をと考え、Foxmailに目をつけサービスを買収した。これにより、Foxmailの専門家として、アレン・ジャンもテンセントに入社をすることになった。

深夜のメールから始まったWeChat開発プロジェクト

ときは2006年、ツイッターのサービス開始に伴いポニー・マーは不安を覚えた。さらに、2009年には中国でもツイッターとよく似たサービス「ウェイボー」(Weibo/微博)が登場し、QQが一気に「古くさい」コミュニケーションツールになってしまった。QQは原則1対1のコミュニケーションであるのに対して、ウェイボーはフォローという非対称の結びつきにより、グループ連絡が便利であり、さらに情報が拡散されやすいという特性を持っている。また、iPhoneの発売によりデバイスの主役はPCからスマートフォンに移行することも懸念されていたのだ。

ポニー・マーは、モバイル版QQを開発するか、それともスマホ時代のまったく新しいコミュニケーションツールを開発するかに悩み、複数の部署にコンペ方式で提案をさせることにした。

この社内コンペを制したのは、コンペに参加もしていなかったアレン・ジャンだった。アレン・ジャンが注目したのは、米国の学生たちが開発をした「Kik」というメッセンジャーだった。コンセプトはとにかくシンプルで、携帯電話番号かアカウント名検索で連絡する相手を見つけ、会話するとスレッドがつくられる。そのスレッドを削除すると、会話の履歴も消える。シンプルで使いやすい。アレン・ジャンはそれこそがスマホ時代のメッセンジャーアプリだと感じた。

▲アレン・ジャンがWeChat開発の時に参考にした「kik」。現在でも非常にシンプルなコミュニケーションツールで使いやすい

テンセント版Kikを開発すべきだと考えたアレン・ジャンは、Kikの素晴らしいところを説明したメールを書き、それに「これが未来の方向です」というタイトルをつけ、深夜にポニー・マーに送信した。深夜にもかかわらず数分でポニー・マーから返信が返ってきた。その返信には「いますぐやるのだ」とだけが書かれていて、ここからWeChatの開発プロジェクトが始まった。

模倣の次にあるWeChatの成長

2011年に公開された当初のWeChatは、アカウント名か電話番号で相手を検索し、テキストメッセージ交換できるという、kikそっくりのツールだった。模倣から入るのは、アプリ開発、サービス開発で当たり前の手法だが、アレン・ジャンがWeChatを国民的アプリにつくりあげることができたのは模倣では終わらず、その次のステップもしっかり踏み出せたからだ。

アレン・ジャンはWeChatを利用しているユーザーを観察し、中国におけるWeChatの使われ方は、Kikやツイッターとひと味違っていることに気づいた。WeChat上で知り合いになるのにオンライン検索ではなく対面している時に相手のアカウントを追加することが圧倒的に多かったのだ。ビジネスの集まりで出会った際、名刺の代わりにWeChatのアカウント情報を交換をする。知人の紹介で異性と食事した後も、今後交際したい意思があればWeChatの友人登録をする。

このように対面で友人登録をする時に、電話番号やアカウント名を訪ねて入力することはいかにも不便だ。そこで、WeChatは2011年リリースのバージョン2.5.0から、いまではすっかり定着しているアカウントをQRコードで表示する機能を追加した。これで質問することなくQRコードをスキャンするだけで友人登録ができるようになる。この機能は後々機能にも使われるきわめて重要な機能に育っていくことになる。

また、同時に「付近の人」という機能も搭載された。これは同じ携帯電話基地局を利用している人の一覧を表示する機能で、パーティーやビジネスの集まりで複数人を友人登録したい場合は、一人一人QRコードを読み込まなくても、この「付近の人」から複数をまとめて友人登録することができる。これも後々重要な機能に育っていく。(後編につづく)

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