2022年5月16日
ちゅらデータ株式会社 代表取締役社長
真嘉比 愛
長岡技術科学大学大学院にて自然言語処理を専攻。卒業後、広告事業のデータ分析などを経験し、2016年にDATUM STUDIO株式会社に入社。2017年に沖縄にDATUM STUDIOの子会社として、ちゅらデータ株式会社を創業。自然言語処理、画像解析、異常検知など100社を越えるAI構築のコンサルティング・開発に従事。DATUM STUDIO株式会社 取締役副社長、沖縄ITイノベーション戦略センター理事も兼任。
ビッグデータ時代を迎え、AIによるデータ分析技術は向上の一途をたどっている。それに伴い、データを使ってビジネス課題を解決するデータサイエンティストのニーズもまた高まっている。
一方で、機械学習モデルの設計や構築を自動化する「AutoML」技術も進化しており、「AIをつくってきた私たちが最初に代替されてしまうかも!?」と懸念する声もある。
そんな中、「ビジネス力こそデータサイエンティストが競争に生き残るカギだ」と話すのは、データ活用のコンサルファーム ちゅらデータ株式会社の社長を務める真嘉比愛氏。
自身もデータサイエンティストとして現場で活躍しながら、経営者とプレイヤーの両視点をもった真嘉比氏に、データビジネス業界の現況、データサイエンティスに期待するビジネス力、そしてビジネス力を身に付けるためにはどうすればいいのかを聞いた。
データサイエンティストが引く手あまたな状況は今後も続く見込みだ。その背景には、誰もがAIを活用できる「AIの民主化」の流れがあるという。
「AIというと、会話ができるロボットのような高度なものをイメージする人もいるかもしれません。でももっと一般的なのは、単純な作業を機械に任せて、業務の自動化や効率化を図るような使われ方です。DXの流れからAI活用までが1つにつながってきているイメージです。
かつてAIとは程遠い教育業界やリーガル業界なども、業界DXの一環としてAI導入の取り組みを進めています。データを大量に保有しているような業界であれば、どこにでもデータサイエンティストの活躍するチャンスがあると言っていいでしょう」
データサイエンティストの需要自体はこれからも伸び続けるだろう。ただ、真嘉比さんは業界に対して常に危機感を抱いているという。
「データサイエンス業界はとにかく変化が激しいです。3年前のスキルで今の市場の需要に対応できるかというと、必ずしもそうではないんですよね。ひと昔前まではPoC(概念実証)までが仕事のゴールであることが多かった。でも今は、つくったモデルを顧客のシステムにどう組み込むかが論点になり、データサイエンティストもシステム実装のフェーズにまで踏み込むことが求められるようになってきました。
実際に今、「AutoML」技術が非常に速いスピードで進化していて、与えられたデータでモデルをつくるだけの単純な仕事は機械に置き換わっていてもおかしくない状況です」
ではそんな中で、何をもってデータサイエンティストとしての高い競争力を保ち続けるか。真嘉比さんは「ビジネスへ価値貢献する力」と話す。
「あえて過激な言い方をすると、私たちデータサイエンティストは、ビジネスに利益をもたらせなければ、存在価値はありません。エンジニアはプロダクトをつくってローンチして、直接ユーザーに使われることで価値が生まれる。一方データサイエンティストは、つくったモデルや分析結果が自分たちの手を離れたところで活用されて初めて、価値が生まれます。
手元のデータをもって実際のビジネス課題を解決できる。つくったモデルがどういうふうに現場で使われ、どれほどの利益を生み出せるかまで見据えて伝えられる。そういうスキルの価値は10年後も変わらないはずです」
データサイエンティストに求められるビジネス力は、いわば「交通整理力」だと真嘉比さんは説明する。
「私自身がビジネス力が高いと思うデータサイエンティストは、お客様が求めるものが本当に必要なのか、というところから問いただせる人。言い換えると、『これをつくってください』と頼まれたものをそのままつくらない人ですね。
そもそも、自分たちの課題を正しく認識して説明できるお客様は少ないです。多くの場合、お客様が課題だと思っていることと違う場所に根本の問題があり、データサイエンティストには、その真の課題を見つける力が求められています。
課題を見つけた上で、「データの更新頻度はいくらなのか」「提供したソリューションは経営判断にどんな影響を与えられるか」「活用してもらうためにどんな準備が必要なのか」と、自分たちが開発されたものが、実際の業務でどう運用されるかをシミュレーションしていくんです。
そこまでやってようやく、アルゴリズムや機械学習モデルの構築といったソリューションの話が出てきます。この一連の交通整理をできるのが、データサイエンティストのビジネス力だと思うんです」
交通整理のためには、コミュニケーション力やヒアリング力、さらにはある種の発想力も必要。そして肝心なのが、「ビジネスに価値を出すこと」を追求する姿勢だ。顧客にとって何がメリットかを語れないなら、いくらやってもそれはデータサイエンティストの自己満足でしかないという。
「何をどう改善することで、売上へどれくらいインパクトが与えられるかを数字で語るには、お客様以上にお客様のビジネスを理解している必要があります。ときには、専門家としてお客様が想像していなかったようなプラスアルファを提案することが求められます。最初の打ち手がまったくわからないお客様にも、『このデータが使えるのでは?』『このビジネスプロセスにはAIを活用できそう』など、検討や整理の道筋を示す必要があるでしょう」
ちなみに、データサイエンティストにビジネス力をさほど求めない現場もあるという。具体的には業務が細分化されている大企業などだ。
「たとえば、Googleの検索エンジンに携わるデータサイエンティストだったら、検索ランキングのアルゴリズム改善だけに注力することもあります。ただそれは、ビジネスのつくり方が上手くて、データサイエンティストがそれに専念しさえすれば売上が上がるビジネス構造がすでに出来上がっているからです。
とはいえそういうことができる企業はやはり少数で、一般的にはデータサイエンティストが、売上が上がる構造や意思決定のための数字をつくる側です。現状では、程度の差はあれどデータサイエンティストにはビジネス力が必須だと思いますね」
データサイエンティストがビジネス力を身に付けるには、幅広い知識が必要だ。
「今後データサイエンスが活躍する業界が幅広いので、各業界のドメイン知識が必要になります。私はよく担当するプロジェクトが決まると、その業界周りのプレスリリースを一通りチェックしたり、営業側に最近その界隈からどんな営業相談が多いかを確認したりするなど、動向を把握するためにアンテナを張って情報をキャッチアップしています」
そのうえ、システム開発の基本的なフローや流れやプロジェクトマネジメントの基礎的な知識、担当する業界でよく使われるフレームワークなどは書籍等で学んでおくとよいそうだ。プロジェクトによっては、会計やマーケティングの知識が必要になることもある。
「求められる知識の幅が広くて大変な部分もあります。ただ、プロジェクトは一人でやるのではなく、ある程度全体の知識を広く浅く持った上で、各専門分野に精通するメンバーと協力しながらやっていくものが多いです。すべての分野において百点満点を取る必要はないと思えば、少し気が楽になるかもしれません」
とはいえ、そもそもビジネスに興味が持てないことが、データサイエンティストにとって一番の課題になる。
「『複雑なデータを扱って、難しいモデルをどんどんつくりたい!』という気持ちでこの業界に入る人も多いかなと。私もそう思っていたからわかるのですが、利益云々を考えるより、難しいデータ分析に頭を使ったほうが楽しいんですよね。
ただ、複雑すぎるシステムはビジネスで使うにはリスクが高い。スピード勝負の業界だと、開発に時間をかけすぎれば、他社に負けてしまいます。実際、私は過去独りよがりな開発をして、お客様から『こんな役に立たないものをつくってどうするんだ』とお叱りの言葉をもらったことがあります。
難しいビジネス課題を簡易な手法で解決できるのであれば価値があります。それを実現するには、今のままの姿勢ではダメだなと気づかされました。そこから、自分のやっていることが、どんなビジネスの課題につながっているのかを意識的に考えるようになったんです」
さらに真嘉比さんは、ビジネスに興味が湧かないというのは、「食わず嫌い」かもしれないと指摘する。
「『ビジネス力』と言われたときに、頭の中に浮かぶビジネスマンに対するステレオタイプがあるんですよね。エクセルとにらめっこしてひたすら進捗管理をするとか(笑)。それが先入観としてあるから、敬遠してしまう人もいるのではないでしょうか。
でも、基本的にデータサイエンティストは突き詰めて学ぶことが好きな人が多いと思うのです。世の中の新しいビジネス情報を知ったり、そこから自分たちの業界でも使えそうな情報を見つけるとワクワクして、すごく楽しいです。逆に学ばないと、データサイエンティストとしての意義が感じられないし、モチベーションも上がらないと思います。」
ビジネス力を磨くことはデータサイエンティストの生存戦略である。そして同時に、仕事を楽しくすることにもつながる――。最後に、真嘉比さんは笑顔でこう話してくれた。
「一生懸命つくったものがビジネスの現場では使われずゴミ箱に捨てられてしまう。そんな状況は本当に悔しいですよね。ビジネスへの価値貢献を通して、データサイエンティストを現場からも一目置かれる存在にしたい。そうすると、私たちの仕事はもっと面白くなってくるんじゃないかと思います」
取材・執筆:古屋 江美子
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