2022年8月24日
株式会社カミナシ 執行役員CTO
原 トリ
大学を卒業後、ERPパッケージベンダーのR&Dチームにてソフトウェアエンジニアとして設計・開発に従事。クラウドを前提としたSI+MSP企業で設計・開発・運用業務を経験し、2018年Amazon Web Services入社。AWSコンテナサービスを中心とした技術領域における顧客への技術支援や普及活動をリードし、プロダクトチームの一員としてサービスの改良に務めた。2022年4月 カミナシ入社、2022年7月よりCTOに就任。
株式会社アルファドライブ 執行役員CTO/株式会社ニューズピックス フェロー
赤澤 剛
2009年に株式会社ワークスアプリケーションズに入社、ERPパッケージソフトウェアの開発とプロダクトマネジメントに従事。2015年よりシンガポール及びインドにてR&D組織の強化、海外企業向け機能開発をリード。その後、LINE株式会社での新銀行設立プロジェクトを経て2020年5月より株式会社アルファドライブ及び株式会社ニューズピックスに入社、製品開発部門としてIncubation SuiteやNewsPicks Enterprise等、法人向けSaaSの開発に携わる。2021年1月よりアルファドライブ 執行役員CTO、2022年1月よりニューズピックス フェローに就任。
次々と立ち上がるスタートアップや、これまで見たことのないプロダクト。プレイヤーとして開発に勤しんでいたエンジニアが、突然スタートアップのCTOに抜擢されるケースも増えてきています。
スケールするか分からない新規事業、立ち上がったばかりのエンジニアリング組織。CTOを打診されてワクワクする一方で、不安を抱えているエンジニアもいるのではないでしょうか。
そこで今回、多様な経験を積み、30代にしてスタートアップのCTOに就任した株式会社アルファドライブ CTOの赤澤 剛氏と、株式会社カミナシ CTOの原トリ氏にインタビュー。「CTOになる」という選択は、彼らのキャリアにとって何を意味しているのでしょうか。新卒同期でプライベートでも仲の良いというお2人の対談を通して紐解いていきます。
※こちらの対談は前後編に分けてお届けしております。後編では、CTOとしてより良いエンジニア組織をつくるために工夫したこと、抱えている悩み、今後のビジョンを語っていただきました。
赤澤:当時からトリくんは際立って優秀でしたね。すごいなと思える人と話すのが楽しくて、全然部署は違ったけど、よく話しかけに行っていた記憶があります。
トリ:内容は覚えてないけど、結構話していた気はしますね。僕は仕事のときなど、あまり人を近寄らせない雰囲気を発してしまうことがあったんですよ。でも(赤澤)剛は誰が相手でも、いつでも笑顔でフランクに接している。それは多分今も変わらなくて、CTOという重責にあっても、みんなから愛される人なんじゃないかと思います。
赤澤:それはうれしい。部署が違ったからこそ純粋にトリくんの話が聞けたところはあるだろうね。
赤澤:僕がCTOに就任したのは2021年1月で、打診されたのは2020年末のことです。当時は正直ちょっと迷っていました。でも、背中を押してくれたのは実はトリくんなんですよ。
赤澤:就任すること自体に悩んでいたわけではなかったけれど、これまでの経験からしても、僕はタイプ的にVPoEのほうが向いていると思っていたんですよ。「CTOはちょっと違うんじゃないかな」なんて思ったりして。とはいえCTOがいない中でVPoEがいる体制も変ですしね。
それに当時は、自分の中でCTOとしてどんな役割を果たすべきなのか漠然としていました。組織を技術的にリードするのがCTOだと思う一方で、自分らしさをどう出していけばよいのか。CTOに求められる一般的な役割と、AlphaDriveの今のフェーズだから求められる役割、それをどう整理すべきか、モヤモヤしていました。
そんなことを考えていたときに、トリくんが2021年の「CloudNative Days」で発表した、組織の技術的負債との向き合い方についてのセッションを聞いて腑に落ちたんですね。
※セッション動画:Cloud Native Lounge #2「クラウドネイティブなシステムの継続的改善と企業文化」
トリ:あのセッションはAWSで働いているとき、お客様とやり取りしているなかで「そこ、経営メンバーが意思決定すればすぐ解決するのに」という場面に遭遇することが多くて、それをもとにつくったんですよ。
赤澤:あのセッションを聞いて、CTOは「経営ボードの中で、最も技術に詳しい人であること」が大事なんだなと思うようになりました。
赤澤:そうです。ただ、もちろん技術的な負債の解消は、CTOの役割の一つであって、全部ではありません。要は、「経営の意思決定に技術の要素をしっかり織り込んでいくこと」がCTOの役割なんだな、とわかったんです。
正直なところ、経営層からすれば「技術的な負債を解消する前に、もっと新しい機能をつくってお客様にどんどん価値を提供してくれよ」って思うことも自然じゃないですか。
だけど、エンジニアとしては、トリくんが言うように現段階で技術的負債の解消に工数をしっかり割いて、今の状況にプロダクトを最適化しておくことが、中長期的には、お客様に価値を提供することにつながるわけです。
このとき、「技術的負債の解消に工数を割くべき」と意思決定する人、もしくは、そう意思決定してほしいと経営全体に掛け合う人がCTOなんだなと。
トリ:ある種、以前から経営者に抱いていたモヤモヤを思い切りぶつけたようなセッションだったので、そこを汲み取ってくれたのはうれしいですね。
赤澤:たぶん120%受け取った気がします(笑)。
もちろんCTOとして技術に詳しくなければなりません。ただ、めちゃくちゃ優秀なメンバーが多数いる中で、「僕が全部に一番詳しくなろう」だなんて、おこがましくもあるんです。だったら、技術的な知見を持って経営ボードに参画する者として、経営の意思決定に技術の要素を織り込んでいこう、それこそが僕が新米CTOとして果たす役割だと整理できました。なので、トリくんには感謝だな。
トリ:それはよかった。
赤澤:最終的にね、「組織と製品とお客様にとって良いことを、技術的にやる」と考えれば、僕みたいなタイプのCTOもありかなと思えたんですよ。
そのために、みんなが新しい技術にチャレンジできる環境をつくろうと割り切ったら、気が楽になりましたね。
トリ:マジですか? と耳を疑いました。
赤澤:いやいや、世の中的には「そりゃCTOとして引っ張りだこでしょう」と多くの人が思っていたはずだよ(笑)。
トリ:剛はこれまでのキャリアで、ピープルマネジメントも含めて、マネジャーの経験をいっぱい積んできたでしょ? でも、僕は働きはじめてこの方、プレイヤーしかやってこなかった。だから「そんな人がCTOでいいの?」と思いました。
トリ:率直に「面白そう」と思ったことかな。よく考えてみると、プレイヤーとして一人でできる仕事のインパクトには限界があります。でも、チームや会社だからこそできる大きな仕事を経験して、その上で今後の自分が何をやっていくのか判断するのは重要だと考えたんです。
それに、食わず嫌いはよくないですから。まあここから剛みたいに、ものすごい白髪が増えていくんじゃないかなと思うんだけど(笑)。
赤澤:おい(笑)
トリ:あとは、AWSにいた頃に様々な会社のCTOと話す機会が多々あって、その際に「もっと早く行動すればいいのに」というやるせなさがずっとあったんですよね。だから「こうすればきっと上手くいくはず」と自分が信じていることを実際にやってみて確かめるチャンスをいただけたと思っています。
赤澤:本人が言うマネジメント経験の有無はさておき、トリくんはずっとCTOの目線で、技術や組織のことを考え、発信していると思ったから、当然だと思いましたね。
あと、彼が考え方を実践する場として、カミナシさんを選んだのも僕はすごくうれしくて。カミナシさんは「現場から紙をなくして業務を快適にする」という明確なゴールがあって、事業の難易度は高いですが、周りの人を笑顔にすることができる。僕自身、技術的な難しさと社会貢献の両方においていいなと思っている会社だったので、そこにトリくんが入ったのはうれしかったですね。
トリ:全然違うことをやっていたので、仕事では本当にないかもしれません。どちらかというと、人とのコミュニケーションの仕方に影響を受けていますね。彼は自分のことを「VPoEのほうが向いている」と言っていましたが、人と理解し合ったり、人を動かしたりする力はすごいなと思います。
あとは、もうちょっとカミナシが大きくなったら、組織のつくり方や採用を含めて話を聞きに行こうと思っているうちの一人です。同じぐらいの規模の組織でCTO経験がある人から話を聞きたい気持ちがあるので。
トリ:僕はまだ就任して間もないんですけど、今まで以上に事業計画を読み込むようになったし、各種指標を追う意図を聞くようになりました。3年後のカミナシはビジネスがどういうスケールになっているのか、どういう業界にプロダクトを展開しているのか。それを知って、ある程度クリアな未来像が描けると、今取るべきアクションの精度がものすごく高まります。何にフォーカスすべきかを意思決定しやすくなるんですよね。
そして、このような事業全体を見渡す力は、エンジニアリングにとっても非常に重要だと実感しています。この視点は、この先プレイヤーに戻ったとしても、活かされ続けるだろうと思います。
赤澤:僕は経営と開発の視点を併せ持つことで、多くのことがトレードオフではないと理解できるようになりましたね。
例えば、理想がリアーキテクチャを進めることだとしたら、「開発が3カ月止まってしまう」という短期的な開発成果とのトレードオフにフォーカスするのではなく、長期的には生産性や品質など、あらゆる面でプラスであることが見えてくるんです。そうなると、何もトレードオフじゃないですよね。
自分の役割の範囲が狭いときはどちらかを優先すべきかを考えていたし、実際に短期的な成果を取らざるを得ない局面もありました。でも、経営を含めた開発判断では片方を追うことが、もう片方にもつながることがよくある。実は丁寧に理想を追求することが現実解であることが割と多いなと思います。
トリ:経営メンバーになったことで、ただただアホな技術の話で気軽に盛り上がれる仲間が社内にいなくなったように感じてしまうのが寂しいですね。もっとメンバーが増えたら変わるかもしれないですけど。
赤澤:それ、すごくわかります。各チームを見ているリーダーの立場を考えたら、CTOは一定独立した状態を保っておく必要があるんですよ。製品開発の現場に自分が入りすぎると、ボトルネックになって開発が遅れることも出てきてしまうから。もっとメンバーとバカ話してもっと一緒に開発したいなと思うことはよくありますね。
トリ:プログラマとしてのコードを書くスピードなんかは落ちていくんだろうなと思うことはあります。でも、ソフトウェアエンジニアとしてのスキルセットは確実に伸びている。技術者としてのレベルが落ちたと感じることはないですね。
赤澤:「自分の中のCTO像を固定しなくていいよ」ですかね。今やるべきことをやっていくことで、その会社にとってのCTO像ができていくから、考え過ぎずにまずやってみたら? と。
トリ:すごくわかる。
赤澤:「きっと他にもすごい人はいるだろうけど、まあ自分がやってもきっと悪くない」と信じてやってほしい。
トリ:「悪くない」はいい言葉ですよね。
赤澤:うん。例えば「おいしいですか?」と不安そうにラーメンを出してくるお店があったら、「自信持って出せよ」と思うじゃないですか。とはいえ「世界一うまいですよ」と言われるのも「なんだかな」って思っちゃう。「うちのラーメン、悪くないですよ」くらいがちょうど良い気がしません?
トリ:確かにね。
赤澤:僕は「自分がダメだったら他の人がやっても多分ダメだ」とあえて自分に言い聞かせているところがあって。人の会社や事業に対して適当なことは言えないけど、トリくんがダメだったら誰がやってもダメだから大丈夫だよ、って思う。
トリ:いやいや。
赤澤:自信を持って割り切った方がいいと思うよ。自惚れではなく、みんなが凄いと思うエンジニアなんだから!
ちょっと無責任かもしれないけど、トリくんができないことは多くの人ができないことだから、自分の意思決定を現段階のベストエフォートだと思う気持ちは組織にとっても重要だと思うんです。きっとメンバーもそれを信じてついてきてくれているだろうし。僕の意思決定に同意したからこそ一緒に働いてくれているメンバーもいっぱいいるだろうから。
トリ:今、この話が聞けてよかった。僕が思うのは、マネジメントとかCTOを「食わず嫌い」していた僕が、それでもCTOができているように、今CTOを打診されて迷っている人がいるなら、「食わず嫌い」せずにやってみたらいいんじゃないかな、と思います。
赤澤:全くないですね。あまり中長期の目標を考えるタイプではないので、その代わり「3〜5年後にやりたいことができる状態をつくっておくしかない」と思っています。
これまでのキャリアを振り返っても、さほどこだわりを持たずにやりたいことを、今そのときに「これだ」と思ったものを選んできた気がします。
トリ:前職のAWSはアメリカの会社だったこともあって、明確な定年の概念がなかったおかげか、僕が生まれるより前からソフトウェア技術を使いこなしてきたような現役のエンジニアが何人もいました。そういう人たちを見ていると、少なくともソフトウェア技術の世界にずっといたいとは思います。
まだCTOになったばかりだから、これからのことはわからないけど、僕は根本的にはピープルマネジメントより技術が好きなタイプではあります。なので、CTOとしての役割を精一杯やり遂げて、最終的にはプレイヤーに戻るかもしれませんね。
赤澤:僕は、トリくんみたいなタイプのほうが、組織と技術のバランスが取れると思っているんですよね。人に向き合いすぎずコトに向き合う組織のほうが、最終的に対人関係もうまくいくケースが多い気がする。人への関心が強いと、過度な期待と裏切りを感じてしまいやすいから。僕は意識的に30度ぐらいしか人に向けないようにしています。
トリ:物事に向き合うほうが楽しいしね。
赤澤:そうそう。そういう組織のほうが健全だなと思いますね。CTOとしてのトリくんがどのようにカミナシのテックシーンをつくっていくのか、いちファンとして本当に楽しみです。
取材・執筆:天野夏海
撮影:若子jet
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