庁内に灯った“Tableauコミュニティ”の炎。神戸市が「内製で動ける」データ利活用集団になるまで【フォーカス】

2024年9月25日

神戸市 企画調整局 政策課 データ利活用担当課長

大漉 実

1999年入庁。神戸市の総合計画の策定など政策調整に関わる業務の経験が長く、2020年4月より現職。庁内におけるデータ利活用、統計解析、統計調査など、データ利活用全体のマネジメントを統括する。

神戸市 企画調整局 政策課 データ利活用担当係長

松尾 康弘

電子部品メーカーを経て、2009年に入庁。ペーパーレス化やフリーアドレス化など業務改革への従事を経て、2019年4月より現職。EBPMの推進のほか、GIS(地理情報システム)や、オープンデータの利活用などを推進する。

神戸市 福祉局 介護保険課(元・企画調整局 政策課 データ利活用担当係長)

中川 雅也

IT企業を経て、2008年に入庁。「情報化推進部」に長く身を置き、2015年度にオープンデータの利活用業務を担当。Tableauを庁内に導入する。その後、2019年度に統計解析担当係長、2022年度に現・政策課のデータ利活用担当係長としてアサインされたのち、2024年4月より現職。自治体初のTableau DATA Saberとされる。

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神戸市 企画調整局 政策課 データ利活用担当係長

石田 真智

2013年入庁。収税課を経て、2016~2020年度まで現・政策課に所属。2017年度に中川さんが上司となり、Tableauの運用スキルを習得する。2021年~2023年にデジタル戦略部に転属した後、2024年4月より現職。Tableauやデジタル戦略部で培った業務改革の知見などを生かし、業務効率化施策やデータ利活用研修の企画などをしている。

神戸市のオープンデータ
神戸データラボ

神戸市は、行政データの利活用にいち早く取り組んできました。2022年6月には、行政データで作成したダッシュボードにアクセスできるポータルサイト「神戸データラウンジ」を庁内の職員向けに開発。庁内メンバーが閲覧できる90種類以上に及ぶ全てのダッシュボードは、職員自ら、BIツール「Tableau」で作成しています。翌年には、国勢調査のオープンデータをダッシュボード化して、一般ユーザーが閲覧可能なデータポータルサイト「神戸データラボ」で公開し、話題となりました。 

自治体というレガシーなイメージのある世界のなかで、どうやってTableauを使いこなす職人集団が生まれていったのか?その根底には、技術コミュニティの理念が大きく影響していたようです。

現在最前線で活躍する職員、そして最初にTableauを庁内に導入し、たったひとりで3年間「種まき」をし続けたキーパーソン本人に、それぞれ取材しました。

コロナ禍で頭角を現したTableau職人たち

——まずは現任として、長らくデータ利活用業務をけん引している大漉さんと松尾さんにお聞きします。神戸市では、今どのようにデータ利活用を進めていますか?

大漉:さまざまな行政データをBIツールTableauで可視化しています。現在、約90種類のダッシュボードを神戸市職員約1万4000名が活用でき、政策立案などに役立てています

BIツールの活用が本格化しはじめたのは、2020年度です。納税情報や住民基本台帳情報といった大規模なデータベース及び統計データなど、分析に有用そうなデータを基盤システムに集約していきました。これを基に職員がTableauでつくったダッシュボードを簡単に共有できる環境として、2022年度に職員用サイト「神戸データラウンジ」を立ち上げました。

「神戸データラウンジ」は、データを安全に扱える環境として市で構築した「庁内データ連携基盤内」にあります。市の納税システムや住民基本台帳システムといった各基幹系システムからデータをオンラインで共通基盤に流し、抽象加工を施したあと、AWS上の分析用データサーバにデータを蓄積しています。

——Tableauを使ったデータ利活用の機運が、2020年度に全庁で高まった背景を教えてください。

松尾:最大の転機は2020年のコロナ禍初期。感染拡大防止のために、市内各地の人流データや感染状況を可視化し、市サイト上で公表したことです。

当時、Tableauを扱えるメンバーが庁内に何人かいたので、すぐに内製でダッシュボードをつくれました。これが、「Tableauを使うと、データを見やすく可視化できる」と庁内に広がるきっかけになりました。

大漉:Tableauが注目されたのに乗じて、コロナ対策以外の政策立案にもTableauが有用だと示すため、20年8月ごろには住民基本台帳データをもとに、人口推移、年齢構成、転出入の状況や、世帯構成、小学校区ごとの情報をわかりやすく可視化したダッシュボードをチャンピオンサンプルとしてつくってみました。

そして、庁内上層部から政策に関わるデータ分析の指示がでるたびに、このチャンピオンサンプルや、その時々に新たに作成したダッシュボードを使っての説明を繰り返し行いました。

松尾:こうしたアウトプットをどんどん積み重ねていくことでTableauの必要性がさらに認められていき、データ分析ツールへの庁内認知度やデータ分析に関する信頼度も増していきました。

——コロナ禍での奮闘を機に、一気にTableau活用の熱が広がっていったのですね。そもそもTableauはどのようなきっかけで導入されたのですか?

大漉:Tableau自体は、昨年度まで政策課にいた中川さんが、2015年ごろから庁内で触りはじめていました。BIツールとしてTableauを選定し、自ら基本的な操作を学び、庁内での具体的な活用方法を模索していったんです。この取り組みが、後にデータ連携基盤構築やTableau活用へとつながっていきました

創世記:「ひとりTableau使い」時代

——それでは、中川さんに伺います。どのようなきっかけでTableauを導入し、広めていったのですか?

中川:経緯をお話しますと、私は2015年に情報化推進部に配属され、庁内データのオープン化に携わるようになりました。

初期のミッションは、官民連携を見据えて、市が保有する統計データを内外に発信できるよう、オープンデータの公開サイトをつくること。まずはあらゆる部署を訪れ、「お持ちのデータを公開しましょう」とお願いをしてまわりました。

そして、外注で「OPEN DATA Kobe」(現在は『神戸市のオープンデータ)というサイトを制作。これは市営地下鉄の乗降客数や観光施設の入場者数についてまとめたCSVファイルなど、庁内の各公開データにアクセスできるポータルサイトのようなものです。

しかしサイトを公開してもデータ利活用の取り組みは進まず、なかなか目に見える変化は現れませんでした。正直、当時の私はぼんやり「データを公開しさえすれば、あとは誰かがうまく活用してくれるだろう」と単純に思っていた節がありました。やはり、そんなわけがないのです

——どうやってこの問題を解消しましたか?

中川:そもそもデータというものは「難しいもの」とのイメージがつきまといがちで、興味を持つ前に、抵抗感を覚えてしまうことが多い。そこで、「便利そう。自分も触ってみたい」と思ってもらえるよう、わかりやすいグラフを簡単につくれるツールが必要だと考えました。

情報収集を続けるなかで出会ったのが、Tableauです。使い始めてすぐ衝撃を受けました。大量のデータを整形することなくそのまま読み込むことができ、しかも高速に可視化できたからです。さらに、直感的なUIでユーザーが操作可能なダッシュボードを簡単に作成可能で、共有までできるため、オープンデータ推進との親和性も高いと感じました。

しかし、庁内には扱える人がおらず、当時はインターネット上の解説記事も今ほど充実していなかったため、ノウハウの獲得に苦労しました。そこで、毎月のように「Code for Kobe」等のコミュニティに足を運んだり、SNSなどでTableau関連のセミナーを探して参加したりして、知見を深め、庁内でTableauの魅力を発信していきました。

——すごい情熱ですね。中川さんがTableauでデータを可視化したことで、データ利活用やTableauに興味を持つ職員が増えていったのでしょうか?

中川:Tableauに興味を持ってもらえることはありましたが、「自分で使ってみよう」とまではならない人が多かったです。行政職員にとって馴染み深いExcelとTableauとでは、ツールとしての概念が大きく異なるからかもしれません。

当時、庁内では、Excelといえば表計算を使ってデータを整理し、会議や資料に必要なデータを抜き出してグラフにするためのツールでした。一方、Tableauは生データをすべて取り込み、さまざまな角度からインタラクティブに可視化する過程で、データの理解を進め、どう分析すればいいかを探るツールです。データとの向き合い方からして、全く性質が違う。この、ツールとしての「哲学」の差を職員の皆さんにわかりやすく伝えることができず、苦戦しました。

結局、導入後の約3年間は私だけがTableauを使い続け、たまに他部署の要請に応じて渡されたデータの可視化をしてあげる。そんな、ひとり下請け業者のような形でした。

転機は2019年。私は、統計データを扱っていた企画課(現・政策課)へと統計解析担当係長として配置転換となりました。石田さんを含め、新たな部下が何名かできました。

統計とTableauは、当然ながら相性がいい。そして部下の皆さんは統計作成のために日々Excelを駆使していて、デジタルツールに一定の知見があった。そこで、「ちょっとTableauというものを使って分析をしてみませんか」と声をかけ、興味を持ってくれた3人の職員に研修をしてみたのです。石田さんも、そのひとりです。

——石田さんとしては、中川さんがTableauを紹介した時、どのように感じていましたか?

石田:最初は、「新しいツールが増えたんだ」ぐらいに考えていました。でも、触ってみるとすぐExcelではできないような分析ができると気づき、とても面白かったんです。

Excelも使いやすいツールではあるのですが、グラフごとにデータの切り口が固定化されてしまい、多角的な分析には不向きです。また、「年度別」を「地域別」にしようなどと視点を変えたくなったら、その度に時間をかけてグラフをつくり直す必要があります。

Tableauでは、フィルターや表示条件を自由に切り替えながらグラフを眺めることで、多様なインサイトを得られる。それに完成したダッシュボードも、誰でも好きなようにつくりかえられるので、余分な工数が新たに生まれない。

習得の過程自体も、案外楽しかったんですよ。職員3人と中川さんとで情報交換したり、つくったダッシュボードを見せあったりして「こういう可視化の手法もあるのか」と協力して学んでいけましたから。

こうして私たちを中心に、Tableauの有用性が企画課内で広まりはじめ、その後も少しずつ使える人が増えていきました

技術コミュニティの精神で“孤独”を打破できた

——その後、ほかの職員でもTableauを習得しやすくするために、どのような仕組みづくりをしていきましたか?

中川:大きな試みのひとつは、「DATA Saber」という制度を庁内に取り入れたことです。Tableauのユーザーコミュニティベースで運営されている認定制度で、高度な活用スキルやデータ利活用を推進するマインドを持った人にDATA Saberの称号を与えるんです。

認定を受けるには、DATA Saber認定者の「弟子」になり、3か月間指導を受けて試験に合格する必要があります。そこでまずは私自身がSNS上で弟子を募集していた民間企業の方にご指導いただき、2022年に認定を受けました。

――Tableau社公式の認定資格制度もあるようですが、ユーザーコミュニティベースのDATA Saberを導入した特段の理由はなんですか?

中川:コミュニティという力を通して、Tableauを使える仲間を増やしていけるからです

ひとりは結構、つらいんですよ。周囲の誰もTableauの存在も知らないし、データを利活用する文化が無い中では、「自分なりに優れた分析や可視化ができた!」とアウトプットしても、なかなか庁内に価値が伝わらない。

こんな状態では、誰もデータ利活用を自分事として取り組んでくれません。見ている側からすると、「マニアックな人がなんかやっているな」という認識だったでしょう。私ひとりだけで、庁内の職員の気持ちを変えていくことは、とても難しかった。この孤独感、無力感が続くのは、なかなかにつらいことです。

Code for Japanなどの技術イベントではよく、「遠くへ行きたければみんなで行け」という格言を聞きます。助け合い、支え合うことで、人材の成長の促進につながるし、大きな目標も達成できる。

この言葉から「私が一方的にTableauのすごさを訴えるのではなく、まずは職員と一緒にTableauを使い、共に発信してくれる仲間を増やしていかないといけないな」…。ひとりでTableauを扱っていた3年の間に、そんな思いを抱えるようになりました。それに、仲間がいて知見を共有できることは、Tableauの使い方を習得するモチベーションの維持にもつながる。だからコミュニティが大事なんだと思います。

その点で、DATA Saberは庁内のTableauコミュニティの醸成にぴったりだと考えました。ただの一方的な研修ではなく、「師匠」と「弟子」という深い関わりを通して、相互にモチベーションを保ちながら、Tableauの魅力や活用方法、データドリブンで物事を考えるというマインドの大事さをしっかりと理解してもらえる。

そして、同じ修行を乗り越えたDATA Saberたちと、深い知識を庁内に広げていければ、Tableauを使える人を増やし、コミュニティを大きくしていくうえでの強固な土壌になるはず、と考えたのです。

石田:認定を受けた中川さんから、「今度は、DATA Saberというのを目指してみませんか」と誘いを受けたので、まずは私を含めて3人の職員が「弟子」入りし、修行と認定を受けました。

中川:その後、石田さんをはじめとしたDATA Saberを中心に据えた研修体制の確立や、大漉さん、松尾さんといった現場のみなさんの多大な努力により、Tableauを使える職員はどんどん増えていきました。DATA Saberの人数も、いまでは庁内で19人にまで増えています。

――石田さんは、DATA Saberを取得するための修行には、戸惑いはなかったのでしょうか。

石田:特には、ありませんでした。

もともと私は法学部から新卒で入庁し、当初は収税課に事務職として配属されており、それまでに情報技術や数学との関わりはほとんどありませんでした。しかし、税金の徴収という個々の市民に合わせた対応が求められ、かつ大量の仕事をこなさなければいけない業務に従事するなかで、「もっとデータを使った管理ができたら、1人ひとりに寄り添いつつも効率的に対応ができるのではないか」と考え、ExcelやMicrosoft Accessを使って自分なりに試行錯誤していました。

なので、統計データを扱う政策調査課に配属されたときも、Tableauを習得した時も、そしてDATA Saber認定の誘いを受けた時も、「こういった取り組みが進むと、きっと現場の業務改革につながるだろう」という前向きな思いで取り組んできました。

――データ利活用という点で、もともと中川さんとやりたいことが一致していたんですね。

石田:たしかに、そうかもしれませんね。

中川:実は、2017年に私が上司になって恐る恐る「Tableau、使ってみませんか?」と言ったとき、石田さんたちが一緒に取り組んでくれたの、すごくうれしくて(笑)。コミュニティっていいな、と思った背景にはこの体験も影響しています。

石田:(笑)。そうだったんですか?

中川:いや、本当に(笑)。

「個人が努力した」で終わらせたくない

——データ利活用をさらに進めるため、みなさんがいまもっとも注力していることは何ですか?

大漉:やはり、人材育成です。ドメイン知識を持った職員が、自らダッシュボードデータを使えるということが、エビデンスに基づいた政策立案に取り組むうえで最も重要ですから。

松尾:現在、庁内には「Kobe Tech Leaders」という、テクノロジーに興味のある職員が集まるコミュニティもあります。

そこではTableauだけでなく、GISやノーコードツール「kintone」など、さまざまな技術的知見を共有しあう文化が育っています。こうした、データやテクノロジーに対する抵抗感を少しでも減らし、データの利活用の幅を広げる活動を活性化させていきたいです。

——中川さんと石田さんはいかがですか?

中川:私は、いまは介護保険課という全く異なる部署に身を置き、介護保険システムの運用に携わっています。データ利活用が進んでいる部署に比べると、少し立ち後れ感があるため、まずは課内の足元の課題を解決し、ここでもデータ利活用を加速させるつもりです。

石田:私がいまデータ利活用担当係長になって思うのは、持続可能な発展のためには、属人的な熱意や努力に依存しない体制の確立が不可欠だということです。

中川さんや大漉さん、松尾さんをはじめ、みなさんが「すごく頑張った」ことでここまでTableau利活用が進んだ面はあります。しかし今後も継続して、データ利活用による業務変革や効率化を進めていけるかどうかは、まだまだ個人の努力に依存している部分があります。さらに持続可能な形で、利活用を促進する仕組みや制度を整えていきたいですね。

取材:武田 敏則(グレタケ)、田村 今人
執筆:武田 敏則(グレタケ)
編集:田村 今人、光松 瞳

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