「MicrosoftだけどSlack」三重県庁DX責任者に聞く、レガシー組織の大胆DXに必要なこと

2023年5月30日

三重県庁 総務部 デジタル推進局 デジタル改革推進課 副課長

岡本 悟

2022年より現職。コロナ禍における在宅勤務システム導入(2020年)等の環境整備のほか、2023年に運用を開始する、県庁DX推進に向けた基盤整備プロジェクトの企画・運営を担っている。

「2023年度にSlackを全庁導入する」と発表した三重県庁。この全国初の取り組みは大きな注目を集めました。

レガシー組織の情シス担当者の中には、DXへの理解度の差から、上手く進められず苦労している人もいるのではないでしょうか。

本記事では県庁DXに向けた基盤整備プロジェクトの仕掛人である、三重県庁デジタル推進局の岡本悟氏に、Slack導入の裏側や、レガシーな組織のDXをやりとげるために組織として何をすべきかを教えていただきました。

「Microsoft365だけどSlack」どうやって実現したのか

——Slackの全庁導入は自治体DXとしても先進的に感じますが、実はSlack以外にも色々動いているそうですね。

岡本:そうですね。今回Slackのことで話題にしていただいているんですが、庁内システムのクラウド化やビッグデータ活用の基盤構築も進めています

私の今の役割は一般的な企業における「情報システム担当」で、2020年から今回の基盤整備の企画を始めました。2021年に、県庁のCDO(最高デジタル責任者)に就任された田中淳一さん(就任期間:2021年~2022年)のご支援もいただきながら、何とか予算化も実現し、2022年には入札で事業者も決定。2023年度内に業務に導入していく予定です。

今回の大きな取り組みは、大きく分けると以下の3つです。

1:コミュニケーションの活性化
Microsoft365を採用
Slackの導入
庁内のメールやグループウェアをオンプレからクラウドに移行

2:柔軟で多様な働き方の実現
テレワーク環境の充実とともにクラウド利用を含むセキュリティ基盤の強化

3:データ活用の推進
データ活用を行う基盤としてGoogle Cloud Platformを導入

いずれも従来と比較して一歩進んだ取り組みだと思いますが、その中でも特筆すべきなのは、Microsoft365に加えて、コミュニケーションツールとしてSlackを採用した点ですね。

▲(図)三重県庁DXに向けた基盤整備プロジェクトの全体像

——Microsoft365にはTeamsが含まれていますが、採用したのはSlackだったんですね。

岡本:そうなんです。入札の際に、事業者からMicrosoft365に加えて、Slackの導入について提案をいただきました。それは、県がこれまでにSlackの試行を実施し、ネットニュースなどにも取り上げられていた影響もあったとは思いますが。

——そもそも、Slack導入前にコミュニケーション面でどのような課題がありましたか?

岡本これまでのコミュニケーションは、基本的に「メール」「電話」「対面」でした。出張など、庁外にいる職員との連絡手段も電話がメインでしたね。コロナ禍における暫定措置として、ようやくWeb会議や在宅勤務が可能になった状況です。

そんな中、田中CDO(当時)のすすめで、2021年8月から、私の所属するデジタル社会推進局(現・デジタル推進局)50名でSlackの試行運用を開始しました。

同月下旬には緊急事態宣言が発出され、大部分の職員が在宅勤務を余儀なくされる中、Slackの試行が、非常に大きな意味を持つこととなりました。

特に2021年9月は、私と課長を含む数名の職員が主に出勤し、それ以外の職員は基本的に在宅勤務という状況でしたが、なんと9月中の在宅勤務率は9割を維持しつつ、ほぼ平常時と変わらない業務を行うことができたのです。

もちろん、在宅勤務のしくみやWeb会議が活用されたこともありますが、職員間のコミュニケーションを維持・活性化できたのはSlackによるところが大きかったと思います。

具体的には、テーマごとに設定したチャンネルでの集約や情報共有が可能になるほか、儀礼的な挨拶が不要、絵文字リアクションによる効果的な返信、音声通話の活用などにより、メールと比べてかなり作業効率が上がりました

こうした経緯から、もしかしたらこのツールは我々の組織を大きく変えるかもしれないと思いました。その後、試行範囲を約60部署に拡大し、引き続き検証を行うこととなったんです。

——試行運用中、Slackをうまく使えた部署と、なかなか浸透しなかった部署に違いはありましたか?

岡本:それはありましたね。試行への興味・関心は強かったけれども、業務の繁忙期と重なって、タイミング悪く試行に入れなかった部署もあると思います。

それでも、「まずは使ってみよう」と思ってやっていた部署では、試行錯誤しながらも使い続けて、やがて部署全体に広がっていくケースもありましたね。逆に、さまざまな理由で尻込みしてしまった部署では、アプリのインストールすら行えていないようでした。

これは仕方ないのですが、やはり新しい取り組みを始めるとなると、まとめ役の職員がどれだけ積極的に推進してくれるかが重要ですかね。そんな職員がいることで、現場もしっかり使ってくれるようになると感じます。

クラウド化のために、業務端末でインターネットに接続できるようにする

——今回の基盤整備プロジェクト全体の話になりますが、デジタルツールの導入となると、民間企業以上にシビアな予算交渉や庁内の説得が必要そうです。

岡本:ええ。まず予算は、県民のみなさまの税金で成り立っているものですから、できるだけ投資を少なく抑え、最大の効果を得ていく必要があるのは当然です。そうした中で、「効果はあるけど、どうしてもこれだけはかかってしまう」ということを伝えて交渉するのは結構しんどかったですね。

ただ、クラウド化をはじめとする今回の取り組みが実現できると、以前よりも確実に生産性が向上し、結果として、県民のみなさまにより良いサービスを提供できるだろうという確信だけはありました。

——クラウド化以外に庁内環境で変えたところは?

岡本:みなさんご存知だと思いますが、大部分の行政のネットワークは、総務省がセキュリティ対策として示している「三層分離」(※1)の構造(αモデル)となっていて、原則、職員が使用している業務端末から直接インターネットにつなげないんです。

県の場合も、インターネットに接続するには仮想環境(画面転送)を経由するようになっていて。セキュリティは強化された反面、接続に時間がかかるなど、職員からの改善要望も多く、正直なところ業務効率がかなり低下してしまっている状況でした。

▲三層分離(※1) セキュリティ強化のために、ネットワークが①マイナンバー関連②LGWAN接続(行政だけのネットワーク)③インターネット接続 の3つに分けられており、それぞれシームレスに接続することができなくなる方式

岡本:今後、クラウドの利用や、在宅勤務等のテレワークを積極的に活用していくとなると、どうしてもインターネット環境への接続がシームレスに行えることが重要ですよね。

全国的にも、三層分離の見直しに対して要望が大きくなっていましたし、クラウドサービスの利用も増加傾向にありました。さらに総務省から、これに見合う新たなモデル(β、β’)も示されていたので、県では今回の整備に合わせてモデルの見直し(α→β’)を行いました。

システム用語を日本語で表現?

——予算を通すと考えると、多くの関係各所への説明が必要そうですが…

岡本:そうですね。財政当局はもちろん、庁内、職員労働組合、県議会など、さまざまな関係者それぞれに、説明を尽くす必要がありました。

ただ、一番困ったのは、我々のやりたいことがなかなか伝わりにくかったことですね。システムにはなじみのない方々にも、最低限はシステム用語で説明せざるをえませんし。

なるべく日本語で、かつ平易な表現でということにも留意しつつ…。今となっては笑い話ですが「ふさわしい日本語表現がない」と真剣に悩んだこともありました。

そんな状況で企画をブラッシュアップしながら勉強会などを何度も繰り返し、諦めずに交渉を行った結果、何とか予算を認めていただけて。本当に良かったと思います。

——諦めないマインドがすごいなと思います。実際導入するにあたっては、どんな工夫をしましたか。

岡本:導入にあたっては、職員への十分な説明が必要でした。今回DXに向けて、全職員の働き方を大きく変えていくことがテーマとなるので、説明の回数もとにかく多かったですね。

説明をするときは、職員一律でなく、ターゲットを分けてそれぞれに見合う内容の説明を行いました。

ターゲットは以下のように分けていましたね。

  • ・知事、副知事、各部局長
  • ・各部局の主管課長(総務課長)
  • ・DX推進のスペシャリストをめざす若手職員グループ
  • ・各所属に配置されているいわゆるキーパーソン(デジタル活用推進員)
  • ・庁内の各システム担当者
  • ・一般職員

また、それぞれに1回説明すれば終わりではなく、計画段階から、ツール・スケジュールの決定、進捗状況の報告など、フェーズごとに繰り返し説明する必要がありました。

今回は大規模かつ重要なプロジェクトでしたし、本当に丁寧に進める必要があったと思います。ただ、それでも色々と職員からは意見をいただきましたので、まだまだ足りていなかったなあと反省することは多いです。

こうした庁内への説明は、もちろん私も含めて当課(デジタル改革推進課)の職員が行いました。それぞれ従来の業務がある中で、課横断プロジェクトとして、調達から開発、導入、研修など一連の作業を担ってくれました。課長を筆頭に、当課職員にかなりの負担をかけてしまいましたね。でも、どうにかここまでこれたのは、本当に皆さんの頑張りのおかげだと感謝しています。

——あまりの道のりの長さに、気が遠くなってしまうことはなかったんでしょうか。

岡本:そういったことはなかったですね。新しいことをするわけですし、結果的に「生産性を上げる」という目的が達成できれば、今後、職員も、サービスの提供先となる県民の皆さんも、満足度が上がります。その目的のために庁内に向けてしっかり説明するのは当たり前だと思いますね。

それに、ありがたいことに、Slackなど新たなツールに対しても、議論なく拒否されてしまうことはなかったんですよ。コロナ禍でWeb会議を使ったり、庁内でも在宅勤務せざるを得なかったりと、デジタル化が少しずつ進んでいました。「やっぱりデジタル化しなきゃいけないよね」という空気が庁内に広がっていたように思います。

職員労働組合も、働き方改革・DXという面では、Slack導入やテレワーク強化についてご理解いただくとともに応援してくれて、とても助かりました。こうした空気感が追い風になった部分は大きいです。

結局のところ、この取り組みは「やるしかない!」という思いが一番強かったですね。県民のみなさまにも、職員にも大きな価値があると信じていますし、いちいち折れている場合じゃないですよね。

▲「関わる人の負担をできるだけ減らしたい」という思いで、説明のフローや伝え方など試行錯誤を繰り返していたそう

Slackでコミュニケーションの常識が変わる。重要なのは「ルールの周知徹底」

——Slackによって、庁内のコミュニケーションはどう変わると思いますか。

岡本:試行のレベルとはいえ、まったく常識が変わってしまったような感覚ですね。民間の方からしたら当たり前かもしれませんが、どこにいてもシームレスに連絡がとれるし、情報共有も徹底できる。コミュニケーションの幅がすごく広がって、業務効率が格段に上がりました。

たとえば、あるプロジェクトに新しくメンバーを追加したいときでも、コミュニケーション手段が対面とメールなどしかなかった頃は、過去のログを追うのも一苦労。新しいメンバーへの情報共有自体がすごく大変でした。

でもSlackなら、これまでにどのようなやり取りをしたのか、その過程がチャンネル内ですべて見えるので、すぐに動き出すことができます。

あとは、Slackの最大の特徴でもある「オープンコミュニケーション」ですね。最初はどうしてもプライベートチャンネルが増えがちになるとは思いますが、今後、パブリックチャンネルを通じての横断的なやり取りが庁内で当たり前になることで、職員を変え、サービスを変え、やがては組織を変えていくことになると思います。

——セキュリティ面はどのようにクリアするのですか?

岡本:ファイル共有の仕組みや、BYOD環境のあり方、外部関係者との接続方法も、現在検討を進めています。

また、重要なのは「どう使うか」というルールの徹底だと思います。利用者が情報の扱いを間違えてしまうと大変なことになりますので、チャンネル命名規則などの運用ルールやマナーなどを整理するとともに、操作マニュアル・手順書等も準備し「使うにあたってはここに気をつけてくださいね」といったポイントを周知徹底していきます。

▲三重県庁オリジナルの「Slack運用ルール(抜粋)」。チャネルの命名規則からマナーまで幅広く網羅している

Slack活用アワード決勝大会に出場

——民間・行政問わず、新しいツールを導入したい情報システム担当者に対してアドバイスをお願いします。

岡本:民間と行政は環境が全然違うでしょうから参考になるわけではないと思いますが、やっぱり視野を狭めず色々触ってみることが大事だと思いますね。そのツールが自分の組織に合うかどうかは、実際に触れてみてはじめて分かります。とはいえ、使いこなすのが大変そうなツールもあるでしょうから、時にはベンダーやメーカーの皆さんのフォローも借りつつ慣れていければいいですよね。

余談ですが、こうしたSlack活用の取り組みをSalesforceさんから評価いただき、Slack活用アワード決勝大会(5月19日開催)に出場しました。大会の時点ではまだ本番運用は始まっていないにもかかわらず、「これからに期待」ということで、決勝にノミネートさせていただけたのだと思います。行政というのも珍しかったのかな。

本当に、まだまだ道半ばではありますし、これからまた別の課題が山のように出てくるかと思います。良い事例をつくって、皆さんの参考になる情報として積極的に発信できるよう、一歩ずつ着実に進んでいきたいですね。

取材:石川 香苗子
文:夏野 かおる

関連記事

人気記事

  • コピーしました

RSS
RSS