2022年6月8日
中国アジアITライター
1976年生まれ、東京都出身。2002年より中国やアジア地域のITトレンドについて執筆。中国IT業界記事、中国流行記事、中国製品レビュー記事を主に執筆。著書に『中国のITは新型コロナウイルスにどのように反撃したのか?』(星海社新書)『中国のインターネット史 ワールドワイドウェブからの独立』(星海社新書)『新しい中国人 ネットで団結する若者たち』(ソフトバンククリエイティブ)など。
「ThinkPad」や「IdeaPad」、「Yoga」などのブランドを擁してパソコンメーカーとして日本でもその名が知られる中国のIT企業「レノボ(Lenovo/聯想)」。IBMがレノボにパソコン事業を売却すると発表したのは2004年12月のこと。当時レノボはすでに中国各地で製品を展開している知名度の高い企業で、IT大国とはまだほど遠い当時の中国においては海外進出を果たした数少ないIT企業の一つでもある。
その買収のニュースに、中国のIT情報をずっとウォッチしてきた筆者でもかなり驚いた。日本はその当時、まだ紙のパソコン雑誌が複数出版されており、ホビーとして楽しむ人も多かった。中国の聞いたことのない企業がThinkPadを買収することに大きく驚き、筆者のところにも「レノボはどういった企業なのか」といった問い合わせがあった。
あれから17年半。レノボはパソコン業界で実績を積み、2011年にはNECのパソコン事業と「NECパーソナルコンピュータ」を設立(レノボグループの出資比率は66.6%)、2017年には富士通のパソコン事業「富士通クライアントコンピューティング」に51%出資した。つまりパソコン事業に関してレノボは、IBMだけでなく、NECも富士通も傘下に入れたのである。
IDCの調査結果によると、2022年1Qの世界PC出荷台数のうち、レノボはトップシェアを占める1830万台(22.7%)、2位はHPで1580万台(19.7%)、3位はDELLで1370万台(17.1%)、となっている。
パソコン事業のほかに、レノボはスマートフォンなどのスマートデバイス事業も行っている。自社ブランドからスマートフォンをリリースしているほか、老舗メーカーのモトローラを傘下に入れ展開している。モトローラは2011年にスマートフォンなどを扱う携帯電話事業の「モトローラ・モビリティ」と法人向け無線事業の「モトローラ・ソリューションズ」に分かれた。前者の「モトローラ・モビリティ」は2011年に米グーグル(当時)に売却され、2014年にはレノボに売却され子会社となった。現在日本のモバイル販売店で見かけるモトローラのスマートフォンも、主にレノボによる子会社化以降の製品だ。
レノボは中国でスマートフォンが普及し始めた2011年に、Intel CPUを採用した尖った機種や、「千元機」と呼ばれる1000元(約19,165円)以下で買えてしまう機種などをリリースし市場で存在感を示した。特に低価格機種については「ZTE(中興)」「ファーウェイ(華為)」「CoolPad(酷派)」とあわせて「中華酷聯」(4ブランド名の最初の漢字を取った名称)と呼ばれ、2012年には中国市場でiPhoneの売上を超え、定番のスマートフォンメーカーとなった。
ZTEやファーウェイは近年でもスマートフォン市場で好調なのに対して、レノボの存在感は低い。IDCが発表した統計によると、2021年4Qの世界スマートフォン出荷台数は前年比5.7%増の13億5000万台で、1位はサムスンで2億7200万台(20.1%)、2位はAppleで2億3570万台(17.4%)、3位は小米で1億9100万台(14.1%)、4位はOPPOで1億3350万台(9.9%)、5位はvivoで1億2830万台(9.5%)であり、残りの29.1%、3億9430万台の中にレノボが含まれている。
現在レノボグループの収益源は9割以上がスマートデバイス事業が占めている。このうちパソコンとその他のスマートデバイスが全体収益の80%。スマートフォンの売上高が全体に占める割合は19年度の12.7%から、20年度は10.3%、21年度は9.3%と、年々減少している。
このように、数々の海外ブランドを買収することで、パソコン事業は拡大してつづけ、レノボ全体の売上の7割以上を占める支柱産業となった。ただ、レノボの生産ラインナップの中には、中国独自のCPUや独自のアーキテクチャを採用した中国政府向けの特殊機種もあるが、そのほかのほとんどが仕入れた基幹部品を工場で組み立てて完成できるシンプルなものだ。簡単に生産できるゆえに競争が激しく利益率が低い。
パソコン自体は利益率が低いことは、レノボがIBMのパソコン部門を買収した頃から、日本のメディアでも言われてきたことだ。それでもレノボは世界市場への足掛かりとして、IBMのパソコン部門を買収したのだ。そしていま巨大化したパソコン事業を抱えたレノボはこの利益率低下の課題に直面することになった。
レノボの研究開発投資はファーウェイやシャオミなど同等規模のIT企業に比べて非常に少なく、収益に占める割合は約3%程度でしかなかった。スタッフへの給与を見ても、2021年3月31日現在で営業スタッフと研究開発スタッフはそれぞれ1万人超とほぼ同数であるものの、営業スタッフのほうに多くの予算を振り当てている。そのため、「テック企業でありながらテック企業ではない」としばしば言われる。
このように中国人にとって、レノボは「BATH」と呼ばれるテック巨頭に比べてあまり評価がされていないのだ。加えて、ファーウェイやZTEなどの中国企業がアメリカから制裁を受けた際、「レノボは中国企業ではなくグローバル企業」と弁明し制裁回避したことも中国国内において企業イメージを下げてしまうネガティブポイントだと指摘されている。ちなみに、ロシアのウクライナ侵攻の際にはレノボは他の中国企業同様、政治的なコメントは避けながらロシアでの営業を続けている。
同社のビジネスで、今後期待されるのがファーウェイやテンセントなど他社と同様、DXソリューションである。レノボの2021年第3四半期のレポートを見ると、パソコンやスマートフォンなどのスマートデバイスビジネスグループとサーバーやデータセンターなどのインフラストラクチャソリューショングループに比べて、ソリューションサービスビジネスグループ(DX、スマートソリューションなど)のほうが今後の同社の成長エンジンとして大きく期待されていることがわかる。レノボもかつてパソコン部門を買収したIBMなどと同じ道を歩もうとしているのだ。
レノボグループの副CEO兼レノボ中国CEOの劉軍氏は、4月末に開催された同社のビジネスパートナー向けカンファレンスにおいて、「中国での大口顧客向け業務の売上は、中国市場全体売上の4割を占め、400億元(約7625億円)を超えるビジネスの支柱となっている」としたうえで、「5年内にはパソコン市場のシェアをリードしつつ、x86サーバとソリューションサービスでトップシェアを獲得し、大口顧客向けビジネスの全体売上高を1000億元にする」と目標を示した。中国政府が新たなITインフラの建設や、西部の人口過疎地区を利用してデータセンターを建設し、東部の処理依頼を西部で捌く「東数西算プロジェクト」を推進する中、DXソリューションやデータセンターへのニーズが高まっている。レノボもこの波に乗ろうとしているのだ。
さらに、レノボグループCEOの楊元慶氏も、今後5年間で研究開発に1000億元以上を投資し、1万2000人の技術者を採用するという5ヶ年計画を発表した。上記を鑑みて、技術者の採用投資はパソコンやスマートフォンなどのToCデバイス開発に割くのではなく、ソリューション開発にリソースが振り分けられていきそうだ。
レノボ中国のオフィシャルサイトを見ると、同社のイメージであるパソコンの扱いは小さく、それ以上にワークステーションやエッジコンピューティング向け製品などのビジネス向け製品や、産業用IoTや教育向けや行政向けなどソリューションにかける情報が多い。なるほどそんな背景があったからだと納得できよう。
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