中国ネット業界の巨人「テンセント」。アフターコロナでビジネス向けクラウド事業を強化し業界トップを目指す

2022年3月30日

中国アジアITライター

山谷 剛史

1976年生まれ、東京都出身。2002年より中国やアジア地域のITトレンドについて執筆。中国IT業界記事、中国流行記事、中国製品レビュー記事を主に執筆。著書に『中国のITは新型コロナウイルスにどのように反撃したのか?』(星海社新書)『中国のインターネット史 ワールドワイドウェブからの独立』(星海社新書)『新しい中国人 ネットで団結する若者たち』(ソフトバンククリエイティブ)など。

今の中国を代表するインターネット企業といえば「BATH」と呼ばれる四巨頭のバイドゥ(Baidu)、アリババ(Alibaba)、テンセント(Tencent)、ファーウェイ(HUAWEI)にTikTokを運営するバイトダンスだ。本稿は、このうちテンセントの近年の動きと、今後の予想について書いていこう。

ゲームとメッセンジャーが圧倒的に強いテンセント

テンセントはコンシューマー向けサービスが強いイメージ。中国最大のゲーム企業として「王者栄耀(Honor of Kings)」や「英雄聯盟(League of Legends)」といったビッグタイトルをリリースしていると同時に、2019年12月からNintendo Switchを中国で展開するなど、強い存在感を見せ続けている。また「騰訊視頻(テンセントビデオ)」などの動画をはじめとしたコンテンツ面でも強い企業だ。また中国のスマホのほとんどに入っている「微信(WeChat)」と1999年から使われ続けてきた「QQ」の二大インスタントメッセンジャーサービスの運営元でもある。

ゲーム事業に関しては、中国政府がeSports産業の成長を伸ばすことを発表するなど安心材料はあるものの、未成年がゲームをプレイできる時間を金土日の20~21時に制限されたり、新規ゲームタイトルライセンスの発行が制限されたりと、中国国内市場における不安材料も多い。

▲中国国内のスマホゲーム売上ランキングトップ20のうち6枠をテンセントが占める

WeChatは、中国のスマホ所有者のほとんどがアカウントを持っているコミュニケーションツールである。同社の2021年第3四半期決算によれば、2021年9月30日時点でWeChatの中国国内外の月間アクティブアカウント数(MAU)は同4.1%増の12億6260万。その上に、キャッシュレスサービスの「微信支付(WeChatPay)」や人々の生活をカバーする数々のミニプログラムを展開し、市民の生活インフラになりつつある。

テンセントはユーザー数や売上、市場シェアのどれを見ても、世界でも一目置かれる存在になっている。その一方で、昔から他社のサービスを「そっくりそのまま模倣する」という評価もある。全てではないが、他社のゲームにそっくりなゲームを出したり、「新浪(sina)」が「中国版Twitter」と言われる「微博(Weibo)」をリリースした後に似たようなサービスをリリースしたり、WeChatもWhatsAppの後に出たり、ショートムービーやライブコマースが人気になった後に微信の中に「チャンネル」というショートムービーやライブコマースが見られるサービスを追加したりと、確かに後追いのサービスが多い。何かと後追いのサービスを出すということは、テンセントのサービスリリースの傾向として「ワンテンポ遅れてリリースする」または「後になってシェアを取る」ということが多い。

メタバースにEC 海外でも影響力を強める

このように、テンセントは自社が得意とする分野において「後追い」でサービスをリリースし、圧倒的な財力とアップデートの速度でシェアを獲得してきました。気になるのは今話題になっているメタバース分野での動きだ。これまでと一緒であれば、テンセントは最初から大きくシェアを取りにいかないかもしれない。テンセントが行ったメタバース関連のサービスといえば、もともと人気の機能のひとつだったQQのアバター機能「QQ秀(QQショー)」を強化し新たに「スーパーQQ秀」をリリースしたことが挙げられる。

「スーパーQQ秀」はUnreal Engine4を採用しており、よりリアルなアバターが作成でき、ゲームで対戦できるようになるとしている(Unreal Engineを開発したEpic gamesもテンセントが大株主として出資している)。またテンセントはゲーミングスマートフォンで知られる「Black Shark」を26億元(約480億円)で買収しVR機器の開発に注力するという報道があり、本当であればハード・ソフトともにカバーすることになる。

▲チャットをする際画面の右上に現れる自分を代表するアバター。メタバース時代を意識して進化しつづける

メタバース分野での動き以外に、コンシューマー向けではコンテンツのほかにもアリババの牙城を切り崩そうとECを強化していた。WeChatはこれまで、アプリ内にユーザーを協力関係にあるECサイトに誘導してきたが、中国政府が昨年下半期に「他社サービスへのアクセスを阻害してはならない」という方針を発表したことで方向転換。昨年12月に同社は所有する中国の大手ECサイト「京東(JD.com)」の株約4億6千万株を中間配当として株主に分配すると発表した。それにより、京東への出資比率を17%から2.3%に引き下げ、筆頭株主を退いた。

テンセントは京東の株式を売却後、ECでは楽天に6億2000万ドルを投じて3.6%の株式を取得し、デジタルエンターテインメントとECにおける両社の戦略的提携を公式にアピールした。 楽天側としては、テンセントのWeChatやQQなどの通信・ソーシャルプラットフォームを活用して競争力を高められ、テンセント側としては、これを機に海外事業のプレゼンスを拡大し、新たな成長機会を模索できるようになる。

同社のコンシューマーでの海外展開は投資という形で数多く行っている。その中で対日本企業ではKADOKAWAへの投資も大きなニュースになった。テンセントは2021年10月、KADOKAWAに300億円を出資し486万株(出資比率6.86%)取得、資本業務提携の締結を行った。テンセントはKADOKAWAのIPのゲームへの活用に関心を持っていることから、政府のライセンス発行が進めば中国市場でゲームがリリースされるだろう。

ToB事業に進出 さらなる躍進のためクラウド開発に投資

ところでテンセントは、ゲーム・コンテンツ・インスタントメッセンジャーなど、コンシューマー向けの印象が強いが、近年はクラウド事業などのビジネス向けサービスを強化している。

ToB領域へと正式的に進出したのは2018年のこと。2018年9月30日、テンセントはToBを強化するための抜本的な組織再編を行った。産業向けのインターネット事業を本格的に取り組むため、クラウド&スマートインダストリーグループ(CSIG)を設立した。中国メディアはこれを「930変革」と呼ぶ。

同社はサーバー「星星海」やクラウドネイティブデータベース「CynosDB Serverless」を開発し実用化。これらの製品は金融機関や官公庁で導入されるようになった。半導体の分野でもテンセントは存在感を出している。同社のビジネスソリューションを最適化するAIコンピューティング向けの「紫霄(Zixiao)」、映像処理向けの「滄海(Canghai)」、高性能ネットワーク向けの「玄霊(Xuanling)」の3つのチップを発表した。さらに、2021年8月には深層学習チップメーカーの「燧原科技(Enflame Technology)」に、12月にはGPUチップ開発の「摩爾線程(Moore Threads)」とAI画像分析チップの「愛芯元智(Compo Tech)」にそれぞれ出資した。

人材面では、テンセントは2021年5月にソフトウェア大手SAPの中国代表李強氏を招き入れ、テンセント副総裁と同社スマート工業・サービス業総裁に任命した。同社は2021年に250社余りに投資したが、2021年も含め2019年、2020年とビジネスサービスの企業投資がゲームと並び目立っている。

▲テンセントの売上と研究投資額(財経)

2018年のクラウド事業強化発表に続き、2021年末の同社の発表では、中国の政策「共同富裕」をはじめとした国策に合わせるように、スマートエネルギー、スマート交通、AI植林、スマート製造、スマート小売など、デジタル技術と実体経済が融合したテンセントの事業シナリオを発表した。過去3年間の実体経済への貢献の実践の総括を踏まえ、新戦略では「コンシューマー・インターネットに根ざし、インダストリアル・インターネットを受け入れ、持続可能な社会価値イノベーションを推進」するという。まずは基礎科学、教育イノベーション、地方活性化、カーボンニュートラル、FEW(食料、エネルギー、水)、公共緊急対応、高齢者向け技術、公益のためのデジタル化などの分野に短期的に投資を行う。

最後に決算報告を見ていく。決算報告書によると、2021年のテンセントの売上高は前年比16.2%増となる5601億2000万元、純利益は同1%増の1237億8800万元となった。純利益が1%増というのはこの10年で最低の数字だ。部門別ではフィンテック・企業サービス部門は2021年第4四半期に最も堅調に推移し、売上高は前年同期比25%増の479億5800元となり、同社のおける売上高の33%を占めた。対して同四半期ゲーム部門の割合は約30%と、単期で初めてゲーム部門を上回る売上高を記録した。テンセントというと身近なコンテンツ事業に注目が集まるが、フィンテック・企業サービス事業が伸びて大黒柱になろうとしているのだ。

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