「脂肪」も脳のエネルギー源だった。“主燃料はブドウ糖だけ説”覆す研究、Nature系列誌で発表【研究紹介】

2025年7月10日

山下 裕毅

先端テクノロジーの研究を論文ベースで記事にするWebメディア「Seamless/シームレス」を運営。最新の研究情報をX(@shiropen2)にて更新中。

米国のWeill Cornell Medical Collegeなどに所属する研究者らがNature Metabolism誌で発表した論文「Triglycerides are an important fuel reserve for synapse function in the brain」は、脳の神経細胞が糖だけでなく脂肪も重要なエネルギー源として利用していることを明らかにした研究報告である。

中性脂肪分解酵素「DDHD2」を非活性にすると、冬眠状態に?

従来、脳の神経細胞は主にグルコース(ブドウ糖)をエネルギー源として機能すると考えられてきた。しかし今回の研究により、神経細胞内の脂肪滴に蓄えられたトリグリセリド(中性脂肪)から遊離した脂肪酸が、シナプス(神経細胞間の接続部)の機能維持に不可欠であることが示された。

研究の発端は、「DDHD2」という酵素(中性脂肪分解酵素)の遺伝子に異常がある患者で、知的障害や運動機能の低下が起こるとの現象だった。研究チームが詳しく調べたところ、この酵素が特にシナプスに高濃度で局在していることを発見した。

研究チームは、マウスの神経細胞においてDDHD2の活性を薬剤により阻害する実験を行った。結果、通常はほとんど観察されない脂肪滴が急速に蓄積した。24時間の処理により神経細胞内の脂肪滴は5倍以上に増加し、約70%のシナプスに脂肪滴が出現した。これは、正常な状態では脂肪の合成と消費が絶えず行われており、DDHD2がこのバランスを維持していることを示している。

▲神経細胞のシナプスに蓄積した脂肪滴(緑)とシナプス小胞(赤)

蛍光色素で印をつけた脂肪を使った実験では、神経活動が高まると脂肪滴から脂肪が取り出され、細胞内のエネルギー工場であるミトコンドリアに運ばれてエネルギーがつくられることが確認された。電気刺激により神経を活性化すると、脂肪酸のミトコンドリアへの取り込みが著しく増加し、逆に神経活動を遮断すると輸送が抑制された。

この脂肪由来のエネルギーがどれほど重要かを調べるため、神経細胞からグルコースを完全に除去し、脂肪だけでシナプス機能が維持されるかを検証した。通常、グルコースを取り除くと神経の働きはすぐに低下するが、あらかじめ脂肪を蓄えさせた神経細胞では、グルコースがなくても脂肪を燃料として使うことで正常に機能し続けることができた。

次に、生きているマウスでDDHD2の働きを薬で止める実験を行った。結果はマウスの体温が3時間で約7℃も下がり、冬眠のような状態になった。また脂肪をミトコンドリアに運ぶ別のタンパク質(CPT1)の働きを止めても、同様の現象が起きた。この結果は、脳の神経細胞が日常的に脂肪酸を燃料として利用しており、その供給が断たれると急速に脳機能が低下することを示している。

▲DDHD2の働きを止める注射後の休眠誘発を示した図

Source and Image Credits: Kumar, M., Wu, Y., Knapp, J. et al. Triglycerides are an important fuel reserve for synapse function in the brain. Nat Metab (2025). https://doi.org/10.1038/s42255-025-01321-x

関連記事

人気記事

  • コピーしました

RSS
RSS