メガネ着用率が高すぎる中国は「ARグラス」と相性がいい?スタートアップ群雄割拠、ファーウェイらも

2025年6月16日

米国と一線画す "実用化路線"の先に

中国アジアITライター

山谷 剛史

1976年生まれ、東京都出身。2002年より中国やアジア地域のITトレンドについて執筆。中国IT業界記事、中国流行記事、中国製品レビュー記事を主に執筆。著書に『中国のITは新型コロナウイルスにどのように反撃したのか?』(星海社新書)『中国のインターネット史 ワールドワイドウェブからの独立』(星海社新書)『新しい中国人 ネットで団結する若者たち』(ソフトバンククリエイティブ)など。

中国でこの1、2年ほどスマートグラス、特にARグラスがホットな領域だ。

コンテンツやサービスの充実という点では、米国や日本と同様まだ十分とは言えず、現在は「飛ぶように売れている」というわけではない。しかし、専業メーカーの新製品開発や資本調達ニュースが絶えないのも事実だ。コンシューマー向けハードウェアのスタートアップの資本調達は、以前のシェアなんとかやスマートなんとかが盛り上がった頃と比べれば、活況とまでは言えないまでも、昨今も一定の盛り上がりは続いている。そうした中で、スマートグラスへの注目度は特に高いのだ。

スマートグラス開発の世界的な動向

スマートグラスというと、米国からはGoogle Glassが2014年に登場したものの、2023年には販売を中止。マイクロソフトもHoloLens 2をリリースしたものの、2024年に生産終了を発表。AppleはApple Vision Proをリリースしたが、その体験の良し悪しは別として本体価格(最低価格で約60万円)が高すぎて盛り上がらなかった。

一方、MetaとRay-Ban(レイバン)がコラボしてリリースしたRay-Ban Metaは、レイバン製品のデザインをベースにカジュアルにスマートグラスを使ってもらうことを想定した比較的人気の製品だ。HUD(ヘッドアップディスプレイ)やARヘッドマウントディスプレイは搭載されていないが、音声で写真や動画を撮影したり、メッセージを送ったり、電話をかけたり、質問したり操作したりすることができる。

一般的な傾向として、米国で新しいテクノロジーが一般向けにローンチされて商用化されると、中国が後追いしがちだ。今回も米国企業がスマートグラスを続々と発表した結果、中国国内でも商機とばかりにベンチャー企業が起業したほか、大企業を見ると担当部門が新設されたのではないかと思うほど次々と新商品が発表された。

後追いする背景としては、中国が自国の市場や世界市場で“二匹目のドジョウを狙う”という理由もある。加えて、国内のネットテクノロジーを米国に依存せず自主管理を行うことを目指すために、 米国などの世界最先端の技術に自国企業で追いつかなければいけないという理由もある。

米国に追いつけ追い抜けとばかりに、中国のスマートグラス企業は技術革新と政府の支援を背景に急速に成長し、有力ブランドが続々と台頭した。ハードウェア製造、ソフトウェア開発、エコシステム構築で世界をリードする企業が多数存在し、製品を構成する専用の主要部品開発企業も力をつけ、サプライチェーンが強化されている。

中国人のメガネ着用率の高さも、中国でARグラスの開発が活発化した背景の1つと考えられる。中国国立疾病管理予防センターのモニタリングデータによれば、2022年の児童・青少年の近視率は51.9%、高校生では81.2%に達するという。こうした近視人口の多くが、普段からメガネをかけることに慣れているはずだ。Ray-Ban Meta自体は中国で未発売だが、あのようなカジュアルなデザインは、メガネ着用率の高い中国と特に相性が良いといえる。つまり、市場が伸びる可能性を秘めているということだ。

アリババ出身のCEOが率いる注目株「Rokid」は約100億円を調達

中国の有力ARグラス企業で有名どころでは、Rokid(若琪)、Nreal(太若科技)、INMO(影目科技)、雷鳥創新(TCL系)+INAIRなどの新興ブランドが挙げられる。

今回は特に中国テックメディアでの紹介が多く、注目が集まるRokidを紹介したい。Rokidもまた2014年のGoogle Glassに刺激を受けた企業で、祝銘明(ジュ・ミンミン)CEOはこの年アリババを退職し、ARスマートグラスの開発をはじめた。

Rokidは上海のお隣、浙江省杭州の企業だ。杭州は「DeepSeek」をはじめ、最大同接222万人を記録したゲーム「黒神話:悟空」の開発元「GAME SCIENCE」、二足歩行ロボ、四足歩行ロボを開発する「Unitree」、空間設計ソフトウェアで世界最大のユーザー数を誇る「Manycore Tech(群核科技)」、ブレインマシンインターフェース企業の「BrainCo(強脳科技)」など、世界的に話題となった企業が拠点を置く都市である。まさに、ソフトウェア産業で言うところの米シリコンバレーのような街ともいえる。

Rokidへの影響力も例外ではない。2018年には国家ハイテク企業に、2021年には中国トップ50の科学技術イノベーション企業にランクインし、2022年には経済誌フォーブス(Forbes)によって中国トップ10のインテリジェント工業デザイン企業にランクイン。さらに2023年には民間シンクタンク「胡潤」の「2023年世界ユニコーンリスト」入りもしている。研究開発に必要な資金調達では、2024年1月にC+ラウンドで5億元弱(日本円で約100億円)の調達をしているほか、何度となく戦略的投資を受けている。

話題の「Rokid Glasses」とその機能

RokidのAI+ARグラス「Rokid Glasses」がネット上で話題になる出来事があった。

浙江省杭州市での会議で、祝CEOがRokid Glassesに自分のスピーチを映し出し、スマートリング(指輪)とスマートグラスの機能を使い、流暢な「即興」スピーチを披露した。

▲Rokid Glassesに映した原稿を読みながら話す祝CEO

原稿を映し出して読めるカラクリとしては、回折光導波イメージング技術を使用し、ユーザーの通常の視覚に影響を与えることなく、透明なレンズ上に仮想インターフェースを提示できるというものだ。値段は2499元(5万円超)と興味がある人なら頑張れば届く値段だ。

Rokid Glassesはほかにも、アリババの大規模言語モデル「通義千問」を活用した質疑応答機能や翻訳機能や物体認識機能を備えており、さまざまなシナリオでのユーザーのニーズを満たすことができる。たとえば目の前にある食べ物のカロリー量を即座に表示したり、外国の友人とコミュニケーションをとるときに、相手が話す言葉を自動的に翻訳してテキストで表示したりすることができる。将来的には大規模言語モデルについて、ChatGPTやGeminiなど複数の大型モデルもサポートし、ユーザーが自分で選択できるようになるという。

またRokid Glassesには12メガピクセルのカメラを搭載。高解像度の写真・動画撮影をサポートし、カメラが撮影状態になるとライトが光って撮影状況を伝えるインジケータライトも備える。ヘッドフォンとしても機能するため、いつでも音楽を楽しむことができ、ナビゲーションの際に文字だけでなく音声でも伝えるなど様々なアウトプットを音声として聞くことも可能だ。

▲ARグラスによるナビゲーションのイメージ(Rokid公式微博より引用)

多機能だと物理的なサイズや重さも相応に大きくなりそうだが、Rokid Glassesはマザーボードやバッテリーなどのコアコンポーネントをフレームに統合、外観は普通のフレームのメガネに似せた。重さは49gとこの手の製品にしては軽量化を実現した。ただ、本来のメガネフレームは平均的に10g台であるため、とても「着け心地が軽い」とは言えない。それでも周囲からはスマートグラスを着用していると気付かれずに利用できるようなデザインに収まっているのが、このデバイスの優れている点と言えよう。

さて、軽くて小さいとバッテリー寿命はどうなのかという疑問も出てくるだろう。バッテリーはフル充電で4時間、連続撮影時間は40分、急速充電を利用すると10分の充電で、90%まで充電でき、20分で完全充電できる。1日フルで使うことはできないが、休憩を挟みつつ1日の中で必要な場面で使うという用途では利用可能だ。

「AI+AR」が実現するRokid Glassesの特長

スペック的なことをいろいろ書いたが、中国スマートグラスの分野でRokid Glassesが際立っているのは、メガネの本来の形状から逸脱していない点と、単にAIアシスタントを製品に搭載するのではなく、ARを組み合わせている点にある。実際、現在のAIグラスのほとんどはまだ「音声対話」の段階にある。AI+ARのRokid Glassesは、単なるAI音声対話ツールではなく、レンズ上に直接情報を表示することができ、「聞く」だけでなく「見る」こともできるのが特徴だ。

Rokidの朱CEOによるRokid Glassesを使ったスピーチが意味するものは、AIグラスがもはや単なる概念ではなく、幅広く活用できる真の「生産性向上ツール」になりつつあるということだ。というのも、壇上でスピーチする際、従来は対面や足元に巨大な原稿表示ディスプレイを置くか、暗唱するか、机上の原稿にときどき目をやるかのいずれかの方法を取らざるを得なかった。

しかし、Rokid Glassesは別の方法を示した。事前に原稿データを整え、発言者の視界に直接「浮かぶ」ようにすることで、下を向くことなく発言し続けることができるわけだ。聴衆とアイコンタクトをとりつつ、話し手がより自然に自分の考えを話せるので、表現力も高まるだろう。会話力が求められるリアルやオンラインの場でも活躍しそうだ。

開発競争の激化と普及への課題

シャオミ、バイドゥ、ファーウェイ、Honor(栄燿)など多くのスマホメーカーをはじめとした企業が、Rokid Glassesに類似した製品の発売をしようとしている。Meizu(魅族)は既に「StarV Air2」という製品をリリース済だ。今後AI+ARスマートグラスのハードウェア競争は激化することだろう。

▲MeizuのStarV Air2。Rokid Glassesを意識した製品で2800元(日本円で約5万6000円)程度

直近10年間で同社をはじめとする何社もの中国IT企業がARスマートグラス研究開発に参入し、製品として世に出し続けてきた。中国では2025年現在すでに、ARグラスは様々な業界、シーンで活用されている。車や船舶、航空機などのメンテナンスで修理箇所をARグラスを通して確認し修理を行うという事例がある。また先進的な学校においては、たとえば杭州の一部の小学校では、児童がARグラスを通して絵画を鑑賞したり、3D模型を動かしたりしている。

とはいえ、まだ「国民が日常的に使うツール」になっているわけではない。誰もが手にとりたくなるには、ARグラスを購入する動機付けが必要となり、パソコンやスマートフォンが成功したように仕事のツールを超えた無数のサービスやコンテンツが必要になる。

ハードが先かソフトが先かというジレンマだが、中国の調査会社RUNTO洛図科技によると、ARスマートグラスのユーザー総数は2025年の世界市場では2024年比41%増の110万台と、まだまだ少ない。ソフトへの投資の費用対効果はどう考えても低い。これでは参入しようとする開発者は少なく、消費者のユーザーエクスペリエンスの向上が進まなくなるという悪循環に陥る。

Rokidはその対策として、ARアプリケーション開発コンテストを毎年開催し、賞金規模を継続的に引き上げることで、開発者の誘致に努めてきた。ただ、Rokidは投融資を何度も受けてきた注目の企業とはいえ、大企業に比べればその資本力は小さく、多数の優秀な開発者を引きつけることは非現実的だ。またRokidの製品はApple Vision Proなどの製品が目指す革新的で創造性に富んだ体験ではなく、そうした体験を多少は犠牲にしても、軽さと実用性を追求している。そこに本格的な体験の質向上を期待するのもいささか無理がある。

大手参入によるエコシステム拡大への期待

消費者向け電子製品が最初から豊富で完全なコンテンツエコシステムを持つことは不可能だ。しかし、製品ジャンルの人気が急上昇となれば、自然とサードパーティが大量に流入してくる。ARグラスにおいても、Rokidが先陣を切り、Meizuがリリースし、ファーウェイやシャオミといった大物企業が開発している。

今や大手スマホメーカー数社がリリースする2つ折りスマホも、最初は中国のベンチャー企業からスタートしブラッシュアップされてきた。大手企業が参入し市場が大きくなることで、将来を期待して腰を上げる開発者もいることだろうと予想される。

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