物理学者が提案する「少ない豆でおいしいコーヒーを淹れる方法」【研究紹介】

2025年4月10日

山下 裕毅

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米ペンシルベニア大学の物理学・天文学部門に所属する研究者らが発表した論文「Pour-over coffee: Mixing by a water jet impinging on a granular bed with avalanche dynamics」は、ハンドドリップコーヒーの物理的メカニズムを分析し、少ない豆でも効率的に風味を引き出せる方法を提案した研究報告である。

▲ハンドドリップコーヒーを淹れている様子

研究背景:気候変動で栽培困難になりそうな豆もある中

コーヒーは世界で最も消費される飲料のひとつであるが、気候変動によりアラビカ種などの栽培が次第に困難になっている。このため、少ない豆でも良質な抽出を実現することが重要な課題となっている。研究チームはこの問題に取り組むため、ハンドドリップにおける水とコーヒー粉の相互作用を詳細に分析した。

実験では60度の傾斜を持つガラス製の漏斗(ろうと)をドリッパーとして使用し、コーヒー粉の代わりに0.2~1mmのシリカゲル粒子を用いた。水流はカーボイ(大型の容器)から管を通して流し、グースネックケトルに類似した1/4インチ(約6.35mm)、そして1/8インチ(約3.175mm)の内径チューブを使用した。カーボイの高さは、1/4インチのチューブで流量が約20g/秒になうよう設定し、内部の動きを高速カメラとレーザーシートで可視化した。

▲レーザーシートと高速カメラを備えた実験システム

研究内容:鍵を握る「雪崩効果」

実験の結果、高い位置からの注水がより強い混合効果をもたらすことが判明した。注ぐ高さが上がるにつれ、「混合指数」として定義した値が増加し、より多くの粒子が水中に懸濁(液体中に粒子が分散した状態)した。

▲衝突する噴流によって引き起こされるドリッパー内のコーヒー粉の動きと、底部への浸食

さらに重要な発見として、研究チームは「雪崩効果」(アバランシェ効果)と呼ばれる現象を観察した。これは水流が粉の層を侵食し、浮遊した粒子が円錐の縁に蓄積され、その後重力によって中央に崩れ落ちるサイクルである。このプロセスが継続することで、比較的穏やかな水流でも効率的な混合が実現する。

▲雪崩効果を示した図

高速カメラによるカイモグラフ分析の結果、この雪崩現象は水流がコーヒー粉層を掘り起こし続ける限り繰り返され、粒子の持続的な混合と循環を促進することが示された。これにより、粉と水の接触面積が増加し、溶出効率の向上することが示唆されている。

実際のコーヒー豆を使用した検証実験でも、物理モデルの結果が裏付けられた。コーヒー豆(Simply Nature Organic Honduras)10gと95℃の水150gを使用し、太い水流(3~5mm、約15g/秒)と細い水流(1~2mm、約5g/秒)で抽出を行った。

総溶解固形分(TDS)を測定した結果、太い水流では、より高い注ぎ位置からの注湯であるほど、抽出効率が向上した。細い水流では、注ぎ位置の高さによる差は少なかったものの、全体的に高い抽出率を示した。これは流量が少ないために注ぎ時間が長くなり、低い位置からの注湯でも、水とコーヒー粉の接触時間が増加したことによるもの、との可能性がある。

これらの知見から、研究チームは、より少ないコーヒー豆でも風味を維持するための方法とは、ケトルとドリッパーの距離を伸ばし、水流を細くすることで流量を減らして抽出時間を長くし、層流(滑らかな流れ)を保って注ぐことで雪崩効果を誘発すること、との結論を示している。

ただし、水流は雪崩効果を引き起こすために十分な運動量を保持する必要があると考えられ、極端に遅すぎる噴流や極端に高い位置からの噴流では水流がコーヒー層を十分に掘り起こせなくなる可能性がある。

▲細い噴流がコーヒー層に与える影響を示している。(a)細い噴流が、層から2.5cmの低い位置から注がれている状態。(b)は同じ細い噴流が層から22.5cmの高い位置から注がれた場合。この高さでは噴流が不安定になり層に十分な影響を与えていない。(c)低い位置からの注水でも、流速が遅すぎると層に影響を与えられない

また研究チームは、コーヒーの抽出には温度が重要であるものの、雪崩効果そのものは、お湯の温度による影響をほとんど受けないと推測している。

Source and Image Credits: Ernest Park, Margot Young, Arnold J. T. M. Mathijssen. Pour-over coffee: Mixing by a water jet impinging on a granular bed with avalanche dynamics. Phys. Fluids 37, 043332 (2025); doi: 10.1063/5.0257924

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