2025年2月14日
中国アジアITライター
1976年生まれ、東京都出身。2002年より中国やアジア地域のITトレンドについて執筆。中国IT業界記事、中国流行記事、中国製品レビュー記事を主に執筆。著書に『中国のITは新型コロナウイルスにどのように反撃したのか?』(星海社新書)『中国のインターネット史 ワールドワイドウェブからの独立』(星海社新書)『新しい中国人 ネットで団結する若者たち』(ソフトバンククリエイティブ)など。
ロボットといって多くの人が思い浮かべるのは人型の二足歩行ロボットや犬のような四足歩行ロボットだろう。
米国のTIME誌では「The Best Inventions of 2024」特集号の表紙になり、中国でも多くの証券会社の調査レポートや業界関係者が2024年は「人型ロボット元年」だと言及している。
「ロボット元年」と言われるのも納得だ。中国の春節前の人気番組「春晩(春節連歓晩会)」では、何台もの二足歩行ロボが並んでパフォーマンスを見せて視聴者を驚かせた。ハイテク系展示会で動く新型ロボットが紹介される機会が増えたほか、動画内で屋外に出て道なき道を歩いたり、道具をとって作業したりするようなロボットもいくつも登場した。例えば、中国を代表するロボット企業のUBITECH(優必選科技)は2024年2月に、人型ロボットの「Walker S」が新エネルギー車工場で働いている動画を公開した。
他方アメリカでは、電気自動車(EV)大手のテスラがロボット「Tesla Bot(試作品はOptimus/オプティマス)」を開発している。自動運転車とロボットはかなりのリソースを共有できることから、自動運転分野におけるテスラの取り組みが、人型ロボットの開発にも活用されている。
オプティマスの知覚決定システムを例に挙げると、オプティマスには左右の目として計3台のカメラが搭載され、チップにはEVと同じFSD自動運転チップが採用された。 知覚と決定の具体的な動作モードは、カメラで撮影された画像がアルゴリズムによって処理され、次のアクションが計画される。ソフトウェア、データ、アルゴリズム、コンピューティング能力には多額の研究開発コストがかかる。自動車の生産ラインを通じて人型ロボットの部品を磨き上げることで、テスラのモデルは自動車会社が人型ロボットをも生み出すことを証明した。
中国スマートフォン大手の小米(シャオミ)の次の注力領域も自動運転車でありロボットでもある。スマートカーの基幹部品を開発するファーウェイもロボット開発参入を発表した。EVメーカーの「Xpeng Motors(小鵬汽車)」も同様で、昨年11月に同社工場内で同社製ロボットが実用化されたことを紹介した。同社が柱とするスマートカー・空飛ぶ車・AIチップ・スマートOSにロボットが加わり注目度が増した。
他にも多数の中国企業が注目の二足歩行ロボットをリリースした。ロボット企業「智元機器人(Agibot)」、「宇樹科技(Unitree Robotics)」、「矩陣超智(Matrix Robotics)」、「衆擎機器人(Engine AI)」などがロボットの量産を次々と発表。ほかにもロボットメーカーの衆擎機器人は、教育向け二足歩行ロボット「PM01」を8万8000元(約190万円)というかなり攻めた低価格での販売を発表した。
先に挙げたUBTECHの「Walker S」シリーズを筆頭に、自動車会社がロボットをいち早く導入するのには理由がある。自動車工場内の生産環境が高度に省人化・自動化されているゆえに、人型ロボットの実用化の環境が整えられている。また、自動車会社の部品は情報系精密機器や半導体に比べてサイズが大きく、現在の技術レベルに適しているというのもその理由だ。まだまだ値段は高く気軽に手が出せるわけでもないが、とはいえ状況によっては導入が可能になるほどに大幅に値下がりした。
さてこのように、近年中国のロボット産業が盛り上がっている。その背景には何があるのか。
まず資金が集まったこと。金がなければ研究開発のしようがないが、この問題が解決した。
ロボット業界は今注目の業界なので、ロボット系のテックフォーラムでは、休憩時間に入るたびに、登壇者と面談の予約を取ろうと何十人もの投資家に囲まれる光景があると言われている。中国経済網の報道によると、2024年1月から10月までの統計データでは、世界の人型ロボット産業で69件の資金調達があり、そのうち56件が中国で行われたという。ロボットは自動車のように上流工程から下流工程まで様々なメーカーが関わっているが、部品からロボット本体のメーカーまで、くまなく資金が投入された。
かつてファーウェイの天才少年と呼ばれ注目を浴びた彭志輝によって設立された「Agibot」は、1年間で5回の資金調達を受け、評価額70億ドルを超える将来のユニコーンとなった。またUBITECHは香港証券取引所に上場。また少なからぬ関連企業が1億元を超える投資を受けており、業界の有力ロボット企業もIPOを目指している。
一方中国の産業成長で見落とせないのが政策面でのバックアップだ。
2023年に中国政府主導のもと、北京、上海、深センなどの都市が産業発展を促進する地方政策を相次いで導入し、日本の「省」にあたる部署の工業和信息化部(工信部)」は「ヒューマノイドロボットの革新的開発に関する指導意見(人形機器人創新発展指導意見)」をはじめとした政策を発表した。また中国初の人型ロボットイノベーションセンターが2023年に北京経済技術開発区に設立され、2024年以降も政策に合わせて山東省、浙江省、安徽省、四川省などでロボットイノベーションセンターを設立。 2024年5月には上海に人型ロボットイノベーションセンターが設立された。
政策や資金面でのバックアップを受けて研究開発が進んだ結果、中国のロボットはどう変わったのか。
人工知能と機械学習技術の進歩や、従来の技術の応用、センサー技術の革新により、触覚、力覚、操作性が大幅に向上した。その結果「引く、握る、掴む」といった基本的なアクションにとどまらず、手を器用に柔軟に動かせるようになった。
中国のサプライヤーが開発するソフトウェアやハードウェア製品のレベルが向上し、ロボットメーカー各社は部品の中国国内製品への置き換えを進めている。これにより、部品にかかるコストを抑えられ、製品の大幅な値下げが実現できている。さらに、中国で各社が競い合って高性能な大規模言語モデルを採用したことで、「頭脳」を開発するコストが大幅に減ったことも値下げを実現した要因だ。
人型ロボットの部品構成は、知覚系、意思決定系、実行系に大別される。知覚系ではレーダーやセンサー、意思決定系ではチップやアルゴリズム、実行系ではパワー、リニアジョイント、ハンドジョイント、ロータリーアクチュエータの4つのセクションに分かれており、各セクションにはベアリング、モーター、減速機などのハードウェアがある。特に実行系における部品の置き換えが中国ロボット産業の焦点だ。
現時点では、減速機は中国製品に置き換えられる最も有望なハードウェアであり、中国の製造業はすでに外国の主要企業と同等の地位にあると言われている。減速機というのは、人間の関節に相当する人型ロボットの中心となる動力伝達機構で、世界的減速機市場では「ハーモニック・ドライブ・システムズ」などの日本企業が主導的地位を占めている。中国市場で日本勢に迫るのが 「緑的諧波(Leader Harmonious Drive Systems)」や「来福諧波(Laifual Drive)」などの企業で、製品の性能や寿命などの指標は基本的にハーモニック・ドライブ・システムズと同等レベルだという。
逆に言うと、トップシェアに迫る性能と高いコスパを武器に、売れる価格にするために中国ロボットメーカーから支持を得つつあり、時間が経つとシェアが高まると予想されている。ロボットに必要な遊星ローラーねじは、中国国内の工作機械や試験装置では要求されるレベルの製品を作れず困難と言われていたが、近頃遊星ローラーねじを開発するスタートアップ「NOUS BOT(諾仕機器人)」が資金調達をして台頭し、開発を加速している。
2024年が人型ロボット実用化元年と言われ、中国の新型ロボットが続々とデビューしたと報じられてきた。ただ人型ロボットの開発はまだ初期段階にあり、少なくとも3~5年の開発期間が必要だ。人型ロボットに関しては、予定通り社会に進出できるかどうかはまだ疑問符が付き、中国国内で労働力が人型ロボットに代替されるまでの道はまだまだ遠い。
また中国の他のハイテク業界がそうだったように(最近ではEVがそうであるように)ロボット業界でも資金力がなくなった企業から脱落していき業界再編が行われ、いくつかの有力企業に絞られることだろう。
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