「動的量子チェシャ猫」が物理法則を揺るがす? “回転の勢い”が粒子から分離して移動できる可能性【研究紹介】

2024年8月16日

山下 裕毅

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イスラエルのテルアビブ大学や英ブリストル大学などに所属する研究者らが発表した論文「Angular Momentum Flows without anything carrying it」は、粒子の角運動量が粒子から切り離されて、それ自体で2つの場所の間を移動できる可能性を理論的に示した研究報告である。

物体の回転運動の勢いを表す物理量である「角運動量」は、必ずその物体と一緒に移動すると考えられてきた。しかし、この研究では、量子の世界において、角運動量が物体から離れて単独で移動できる可能性が示された。

研究内容

研究チームは、反射壁で囲まれた箱の中にスピン1/2の粒子を置いた思考実験を行った。箱の左側の壁は完全反射、中央には高反射性の仕切り、右側の壁はスピン依存性(z軸上向きスピンに対しては透過させ、z軸下向きスピンに対して反射)を持つ。粒子は、スピン状態に応じて箱の中を移動し、壁で反射または透過する。そして、量子力学の重ね合わせと干渉効果により、わずかな確率で右側に移動する可能性がある。

▲今回の思考実験を表した図

研究チームは、粒子が箱の左端から右に移動する場合の特性変化を長時間にわたって理論的に計算した。中央の仕切りの透過率を表すパラメータを非常に小さくすることで、粒子が箱の右側に移動する確率を極めて低くできる。その結果、粒子自体はほとんど右側に到達しない場合でも、角運動量だけが左側から右側の壁に移動するかのような現象が起きることが理論的に示された。

さらに興味深いのは、この角運動量の移動が線運動量の移動を伴わないことだ。研究者らは、壁の位置と角度に関する波動関数を導入し、線運動量の変化を計算した。その結果、角運動量の移動が起こる一方で、線運動量の変化は特定の条件下で小さくできることが示された。これは、粒子自体が箱の右側に存在する確率が無視できるほど小さいにもかかわらず、その角運動量が箱の右端の壁に移動したことを意味する。まるで、角運動量が幽霊のように、空間を移動したかのように。

この現象は、「動的量子チェシャ猫」効果に基づいている。もともとの「静的」な量子チェシャ猫は、量子系において粒子の物理的性質が粒子自体から分離して存在できるという現象を指し、「不思議の国のアリス」に登場するチェシャ猫の笑顔が、猫の体から分離して存在するというイメージに由来している。今回の研究では、この効果が時間とともに発展する動的な状況を扱っているため、「動的」量子チェシャ猫としている。

研究評価

これまで角運動量は物体によって運ばれなければ移動できないと考えられてきたが、今回の研究において、粒子の角運動量が粒子自体から分離し、粒子がほとんど存在しない空間領域を通って移動するという現象が示された。

この発見が重要なのは、物理学の基本法則である「保存則」に関する従来の理解を再考する必要性を示唆していることだ。従来、保存量の移動は局所的に起こると考えられてきたが、この研究では、粒子が存在する可能性が限りなくゼロに近い空間領域を通じて、角運動量が非局所的に移動する可能性を示している。

Source and Image Credits: Aharonov, Yakir, Daniel Collins, and Sandu Popescu. “Angular Momentum Flows without anything carrying it.”

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