2023年11月22日
中国アジアITライター
1976年生まれ、東京都出身。2002年より中国やアジア地域のITトレンドについて執筆。中国IT業界記事、中国流行記事、中国製品レビュー記事を主に執筆。著書に『中国のITは新型コロナウイルスにどのように反撃したのか?』(星海社新書)『中国のインターネット史 ワールドワイドウェブからの独立』(星海社新書)『新しい中国人 ネットで団結する若者たち』(ソフトバンククリエイティブ)など。
今年で15年目となる、「独身の日」の11月11日に行われる中国最大のネットショッピング祭り「双十一(ダブルイレブン)/以下・ダブルイレブン」が行われた。さまざまな商品が安くなるこのタイミングを狙って、たくさんの人々が購入するので、例年ものすごい数の金と商品が動く。その度、多くのアクセスが集中しても落ちないアリババのクラウドサーバーがアリババの強さとしてよく紹介される。しかし、アリババの物流企業「菜鳥(Cainiao)/以下・菜鳥」もまたこのイベントを含め、全ての時期のアリババの物流をサポートしている。今回は同社の物流の特長と、強さを紹介しよう。そこには、日本が直面する「2024年問題」の解決につながるヒントがあるかもしれない。
アリババの本社が上海から近い浙江省杭州にあるのと同様、菜鳥も杭州に本社を構え、1万4000人余りの社員を擁する(2023年3月末時点)。
アリババの各部門の中でも、菜鳥の経営は優秀だ。
2023年度の売上高は、前年度比16.4%増の778億元(1兆5560億円。1元=約20円)であり、その成長率はアリババグループ内でトップクラスだ。最大の顧客はアリババで売上の3割程度を同社が占める。さらに現在は、アリババ系の企業で本体を除き初の上場企業を目指し目論見書を提出している。
中国人にとって菜鳥は、日本人がイメージする物流企業よりもっと生活に密接している。中国の都市の市街地はタワマンばかり。上り下りの手間を省くために、運送業者が家の前まで運ばず建物の下までしか運ばないケースもよくある。では、ECサイトで買った商品をどこに置くかというと、スマートロッカーに置くケースと管理室・荷物室に置くケースと菜鳥などの物流企業の店舗に置くケースの3種類があり、住民は指定された場所で小包を受け取る。中国の都市住民はECサイトをよく利用する上にタワマンが乱立していることも相まって、ダブルイレブンでなくとも大量の小包が毎日届く。
タワマンの下によくある菜鳥の店「菜鳥驛站(Cainiao Post)」はこんな感じだ。店には大量の小包が整理整頓して置かれている。利用者は店内に入り、菜鳥などのアプリに書かれた番号の商品を自らピックアップ。ピックアップした証として専用の荷物スキャナーに一旦小包を置き、機器がピックアップしたのを認識したら小包を外に持っていく。体験としては日本のスーパーのセルフレジのような感じで、菜鳥のスタッフもスーパー同様少なく、利用者のモラルに半分任せているように見受けられる。菜鳥の店ではあるが、菜鳥が運んだ荷物だけが届くだけでなく、他の物流企業の荷物も届く。また、他の物流企業の店舗でも菜鳥のセルフスキャナーが導入されている。
菜鳥は2013年にアリババの一部門として設立され、今年の6月末に自社運営の配送サービス「菜鳥速递」を開始し、大きく変わった。逆に言えば、それまで配送車両を基本的に見ることのない物流企業だった。ライバルの京東が自社で物流体制を整えてきたのとは対照的だ。
菜鳥は提携する物流企業の中通(ZTO)、韻達(YUNDA)、円通(YTO)、申通(STO)などに、自動的に配送依頼のタスクを振り分けて、タスクが偏り過ぎずリソースをフル活用するプラットフォームを提供している。加えて前述の菜鳥驛站が中国全土に17万店超あり、ここを配達先とすることで荷物を保管してもらい、配送会社は手数料を支払う仕組みだ。ちなみに菜鳥驛站は基本的にサードパーティーによるフランチャイズであり、菜鳥は物流のプラットフォームと管理のみを担当する。
こうしたスマートプラットフォームはアリババの得意分野だ。テクノロジーを物流ネットワークに適用し、中国での物流の商習慣ができあがっているところをDX化し改善することで、業界の効率向上を支援しているわけだ。アリババの菜鳥を通した物流のDXは他にも、アリババの研究機関「達摩院」の無人運転車の研究開発のスタッフを菜鳥に多く転属させ、部分的無人配送の実現を目指すといったことが挙げられる。
アリババでは淘宝や天猫などがECプラットフォームであり、支付宝(アリペイ)のアントが支払いのプラットフォームであるのと同様に、菜鳥は物流業界の上流と下流のリソースを統合し、情報の流れや資本の流れや物流を統合している。サードパーティの運送会社、宅配業者、倉庫サービスプロバイダーはすべて独自のシステムに統合されていて、中国国内外を合わせて数百社をカバーしているのだ。菜鳥のアプリは速達の確認と、配達を提供するアプリで淘宝網、天猫、京東、蘇寧などのプラットフォームでの速達注文をサポートし、小包の現状が把握できるようになっている。
菜鳥はインフラ建設にも着手し、独自の倉庫を建設したほか、幹線輸送を行うようになり、巨大な倉庫と流通ネットワークを構築した。さらには国際貨物の輸送能力を強化。6月末現在、菜鳥は中国国内物流専用と国際物流専用の1100余りの倉庫と380余りの仕分けセンターを抱えるまでになった。このほかにも、ベルギーのリエージュとマレーシアのクアラルンプールに物流ターミナルE-Hubを建設し、国際物流能力を強化した。6月末には上記の通り、自社の配送サービス「菜鳥速逓」を開始。配送の割り振りだけ行っていたルールメーカー自らが配送メンバー企業に加わった。
菜鳥が中国国内だけでなく、国際物流を強化する理由は大きく分けて2つある。
ひとつは中国国内ECでアリババのライバルの京東の物流会社「京東物流」や、物流大手「順豊(SF)」や「J&T Express」と競争が激化しているということ。元々、アリババの一部門とはいえ独立しなければならない菜鳥は、アリババに依存し続けるわけにはいかず新規開拓が必要になった格好だ。EC事業を始めたショート動画アプリの「快手(Kuai)」にもリソースを提供している。競争が激しいため儲かる市場ではないので、ブルーオーシャンの国際物流を、というわけだ。国際物流では菜鳥は順豊の20倍の取扱量がある。
もうひとつがアリババ自体が海外のECを強化していることだ。菜鳥はアリエクスプレスをはじめ、東南アジアのLazadaやトルコのTrendyolなどから資金注入を行い、買収した世界のECサービスにとっての重要な物流パートナーでもある。菜鳥の目論見書では、2021年度から2023年度にかけて、最大の顧客であるアリババからのグループの収益はそれぞれ154億、206億、219億で、各年菜鳥の収入の3割をこれらが占める。今のところ同社の売上は、ここ3年間で国際物流事業が国内物流事業を若干上回る程度だが、世界各国でアリババ系のECサービスの利用が増えれば、中国の景気が悪化しても、アリババ系のECサイトの中国国内シェアがライバルに奪われても菜鳥の売上は上がる。
菜鳥では午前12時までに注文すると、その日の夜9時までに配達される。夜12時までに注文すると正午までに配達される。この半日配達モデルを、アリババのネットスーパー「天猫超市」と提携することで実現。最初は本社のある杭州で実施し、その後は全国の主要都市に拡げていった。ライバルの京東は、既に午前11時までの注文は同日に、午後11時までの注文は翌日の午後3時までに配達というスピード配達を行っていたため京東への挑戦と 捉えられた。
そのため京東も対抗するように、京東物流の物流システムリソースをディーラーに開放。従来の卸売事業と都市内ECを組み合わせることで、ECの配送時間をさらに半日まで短縮する「雲倉達」事業を開始した。さらに順豊も続いて、午前中の発送は午後に到着し、午後の注文は同日に到着する「同一都市半日配達」を中国全土で行うようになった。
双十一は中国最大のEC祭りであるために、新しいサービスや技術を投入して一気に認知させるタイミングでもある。物流も双十一をトリガーに、さらに新しい取り組みでブラッシュアップされ、より速く届くようになる。菜鳥は双十一の事前販売期間、このキャンペーンに参加したブランドの商品を購入すると、過去の売れ行きからビッグデータに基づき配送を最適化。菜鳥驛站に事前発送を行う「事前販売スピード配送」を実施してアリババの天猫との相乗効果を狙う。
また海外配送も強化した。英国、スペイン、オランダ、ベルギー、韓国で5日以内に届くエクスプレス配送を正式に開始。また日本や米国など53の国と地域で注文のスマート化し、異なる店からの複数の注文を1つの大きな小包にまとめて配送するようになった。
15年目を迎える双十一だが、ECだけでなく菜鳥などの物流を含めて周辺も見てみると実は大きな進歩があって面白い。
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