脳を3Dプリンタで印刷、原料はヒトの細胞 マウスの脳に移植し正常に機能 英オックスフォード大が開発【研究紹介】

2023年10月12日

山下 裕毅

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英オックスフォード大学に所属する研究者らが発表した論文「Integration of 3D-printed cerebral cortical tissue into an ex vivo lesioned brain slice」は、人間の神経幹細胞から脳組織を3Dプリントで作成することを示した研究報告である。生成された組織をマウスの脳に移植したところ、結合し機能したことが確認された。

研究者らは、脳に損傷を負った人々にオーダーメイドの修理が施される日が来るかもしれないと述べている。

▲人間から取り出した細胞を含む液滴を使って、脳の2層の組織を3Dプリントで作成する。作成した組織をマウスの脳に移植した。

研究背景

脳損傷の原因として、事故による外傷、脳卒中、脳腫瘍の手術などが挙げられる。これらの損傷は、人々の思考力、動作能力、または話す能力に大きな影響を及ぼすことが多い。全世界で年間約7千万人が脳損傷を受け、そのうち約500万人が深刻な状態にある。しかし、これまで重篤な脳損傷を効果的に治療する方法は存在しなかった。

医学の分野では、人の体から取り出した「幹細胞」を使用して損傷部分を修復する再生医療の研究が進められている。幹細胞とは、体内でさまざまな種類の細胞、例えば、肌の細胞や筋肉の細胞、血液の細胞など、必要に応じて変えることができる。しかし、脳の複雑な形や構造を正確に再現するのは難しい課題だった。

研究内容

この中で、オックスフォード大学の研究者たちは画期的な成果を達成した。3Dプリント技術を使用して、人の神経幹細胞から脳組織(二層の大脳皮質組織)を作成することに成功したのだ。それだけでなく、この新しくつくられた組織をマウスの脳に移植したところ、うまく組み込まれ、機能も果たしてしまった。

▲マウスの脳で視覚化された3Dプリントされた二層の大脳皮質組織。移植された神経細胞は、蛍光マーカー(青と赤)でラベル付けされた。

この脳の構造は、ヒト誘導多能性幹細胞(hiPSCs)という特別な細胞を使ってつくられている。hiPSCsは、人の体の多くの組織に存在する細胞を生成する能力を持つ。hiPSCsを使用する主要な利点は、患者自身から簡単に取得でき、移植後に免疫反応を引き起こさないことである。

これらのhiPSCsを、特定の成長因子や化学物質の組み合わせを用いて、大脳皮質の2つの異なる層の神経前駆細胞に分化した。その後、これらの細胞を溶液に懸濁させ、2つの「バイオインク」を作成した。このバイオインクは、二層の組織構造を3Dプリントする際の原料として使用される。

培養期間中、印刷された組織は、層ごとの特有のバイオマーカーの発現を通じて、数週間その層状の構造を維持した。

▲移植プロセスのステップ

印刷された組織がマウスの脳の断片に移植されたとき、神経の伸長や移植部と宿主の境界を越えてのニューロンの移動といった現象を通じて、強い統合を示した。移植された細胞は、信号活動も示し、これは宿主の細胞の活動と相関関係にあった。これは、人間の細胞とマウスの細胞がお互いにコミュニケーションをとっていたことを示しており、機能的および構造的な統合を示すものである。

展望

研究者たちは現在、滴状の印刷技術をさらに洗練させ、人間の脳の構造をより現実的に模倣する複雑な多層の大脳皮質組織を作成するつもりである。このような人工組織は、脳損傷の修復の可能性のほか、薬剤の評価や脳の発達の研究、認知の基礎についての理解を深めるために利用されるかもしれない。

Source and Image Credits: Jin, Y., Mikhailova, E., Lei, M. et al. Integration of 3D-printed cerebral cortical tissue into an ex vivo lesioned brain slice. Nat Commun 14, 5986 (2023).

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