2023年9月20日
株式会社iCARE 代表取締役CEO 産業医・労働衛生コンサルタント
1979年生まれ、大阪府出身東京育ち。金沢大学医学部卒業後、2008年より公立久米島病院で離島医療に従事。「持続可能な地域医療の在り方」に疑問を持ち、一旦医師を辞め、MBA取得のために慶應義塾大学大学院経営管理研究科に入学。在学中に、心療内科・総合内科で医師として従事しながら、iCAREを創業。2016年に企業向け健康管理システム「Carely」をローンチ。厚生労働省の検討会において産業医の立場から提言し、2018年から同省の検討会委員も務める。iCARE代表を務めるとともに、現役の産業医としても活動している。プライベートでは四児の父。
エンジニアを含むIT業界は、厚生労働省が発表した「令和3年 労働安全衛生調査(実態調査)結果」によると、メンタルヘルス不調による休職・退職者数が全業種の中でもワースト2位、1位を獲得してしまうなど、メンタルヘルスに問題を抱えている業界です。
こうしたメンタルヘルス不調の一因となるのが、知らず知らずのうちに溜まってくるストレスです。ストレスの蓄積はメンタルだけでなく、身体的な不調をもたらす原因にもなりうる。自身の心と体の健康を守るためにも、職場環境の中でどんなストレスがあり、どのようにストレスと付き合っていけばよいのか、その手法について紹介します。
ストレスとは「外部からの刺激によって起こる体の内部の変化」の総称をいいます。外部からの刺激には、人間関係や業務などによる精神的な刺激だけでなく、冷暖房や照明、腰痛などの物理的な刺激なども含まれます。こうした外部からの刺激が蓄積することで、心の健康を乱してしまうと、いわゆるメンタルヘルス不調と言われる状態になります。
メンタルヘルス不調の症状については、以下のように「ゲイツ心配おねしょ」の語呂合わせで表すことができます。
ゲ :元気がない
イ :イライラする
ツ :疲れている
心配:心配性
お :起きられない
ね :眠れない
し :身体愁訴(頭痛やめまいなど)
よ :抑うつ
その他、仕事のミスが増えたり、身だしなみに頓着が無くなるなどの症状もあてはまります。
業務上のストレスに関しては、厚生労働省が「業務上の心理的負荷評価表」にまとめています。この表によると、業務上のストレス要因は以下の7つの項目に大別されています。
この7つの項目を大項目として、それぞれ細かい事象が定義されています。
業務量や仕事での失敗、パワハラ・セクハラなどのほか、対人関係や職種や役職の変化などの項目も含まれています。
また、令和4年度の「過労死等の労災補償状況」を元に、その要因を分析したところ、最も多くストレス要因として挙げられたのが「人間関係」でした。職場の同僚や上司、取引先の担当者とのコミュニケーションなど、人間関係に起因するストレスは数多くあります。チームの方針と自分の業務のやり方が合わなかったり、システムの仕様について説明しても理解が得られない、など業務上のやり取りでストレスを感じたことがあると思います。
特に制作会社のように受託業務が中心の場合や、常駐などがある場合、人間関係にトラブルを抱える事例が多くなります。ストレスを感じたら抱え込まず、自分の心の状態にしっかりと目を向けるようにしましょう。
これまで紹介してきたとおり、強いストレスにさらされ続けると、時には身体的にも精神的にも不調に陥ることがあります。こうした症状が現れれば生産性が下がってしまうだけでなく、症状がひどくなれば休職や退職という事態にもつながってしまいます。
では、どうやってストレスに対処していけばよいのでしょうか。対応策として最も有名なものに「コーピング」があります。
コーピングとは、ストレスに対する対処行動全般のことを指し、アプローチ方法などがいくつかあります。その中でも代表的なコーピングについて2つ紹介します。
ストレスの原因となるものに直接働きかけて解決を図る方法です。原因がコミュニケーションであれば、その人物と話し合うことでストレスを無くします。
腰痛や照明などの問題であれば、椅子を変えたり、照明を調整するといった行動も問題焦点コーピングになります。
ストレスの原因に働きかけるのではなく、ストレスの対象自体への考え方や捉え方を変えて、解決を図ります。例えば、急な仕様変更を告げられたとします。このとき、無理難題を押し付けられたと捉えていたところを、「相手にも事情があったかもしれない」「自分だから無理なお願いでもしたのかもしれない」などと捉えることでストレスを減らします。
人間が生きていく以上、まして働いていく以上、全てのストレスを排除することはできません。大切なことはストレスを自覚し、適切に対処することです。
エンジニアを雇用する企業側にも、ストレスからくるメンタル不調への対策が求められています。メンタルヘルス不調の要因となるストレスは、精神的にも身体的にも従業員の体を蝕み、生産性を低下させます。そのため、企業としても従業員のストレスを軽減できるような仕組みづくりに真剣に取り組むことが求められています。
一般的に企業が行うメンタルヘルス不調の対策には、以下のようなものがあります。
企業のメンタルヘルス不調の対策には、一次予防・二次予防・三次予防があります。一次予防はメンタルヘルス不調の未然防止、二次予防は不調の早期発見と対処、三次予防は職場復帰支援となっています。
先に上げたストレスチェックや疲労蓄積度チェックなどは、一次予防に位置づけられています。今後、企業にはこうした不調を未然に防止する一次予防対策が求められていくでしょう。
また、一次予防の取り組みの一つに、職場環境の改善があります。具体的には、腰への負担が少ない椅子の補助、PCやデバイス周辺機器への補助といった作業環境への支援や、工数管理など業務管理の面での支援などが考えられます。
高ストレス者に対する面談を産業医が行うことはもちろんですが、ストレスを未然に防ぐ働きかけが必要です。例えば、上司とのコミュニケーションが取りにくいと感じている従業員がいるという問題があるとします。この場合は「上司からの説明や方針についてのルールが決まっていない」ということが課題として考えられます。
この課題を解消するために、産業医として以下のような仕組みの整備を提言することができます。
このように、産業医は面談やストレスチェック以外にも職場のストレスに対してフォローを行っているのです。
ストレスとは「外部からの刺激によって起こる体の内部の変化」のことをいいます。企業という組織に所属している会社員エンジニアは、日常的に関わる人数も多く、組織に所属するがゆえの責任もあり、ストレス要因が多い職業とも言えます。
ストレスは自分でその原因を認識するのはなかなか難しいもの。また、自覚できたとしても対策を講じるのは一人では難しい部分もあります。ストレスチェックや面談、1on1などの制度は、自分が抱えているストレス要因に気付き、改善するためのチャンスです。これらの制度を利用した結果、場合によっては業務環境を快適なものに改善してもらうことも可能なのです。
今や働く人の健康を守ることは、企業側の義務になりました。組織に所属しているというメリットをフルに活用して、ストレスを感じたら抱え込まず、上司に相談して職場環境の改善を図ってもらい、業務の生産性を高めていきましょう。
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