体内に電気回路を直接3Dプリント、線虫で成功。脳内に回路をレーザー印刷する未来へ【研究紹介】

2023年4月19日

山下 裕毅

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英ランカスター大学や英リバプール大学などに所属する研究者らが発表した論文「Creating 3D Objects with Integrated Electronics via Multiphoton Fabrication In Vitro and In Vivo」は、導電回路を生体に直接3Dプリントする技術を提案した研究報告である。生きた線虫(センチュウ)で試し、生体内に星形や四角形の導電回路形成に成功し、その有効性を示した。

▲生きた線虫に導電性回路を3Dプリントした顕微鏡画像

研究背景

心臓のペースメーカー、バイオニックアイ、バイオニックイヤー、脳深部刺激用電極など、体内で電気刺激を与えることができる医療機器が多数存在するが、これらはすべて(技術的に難しい外科的処置によって)長期的に埋め込むように設計されている。

しかし、このようなインプラント技術は、体内に挿入すると感染症のリスクがあり、故障した場合の修理も困難な場合がある。そこで登場したのが、直接体内に3Dプリンターで物体を印刷する技術だ。

中には、生きた細胞を内臓に直接3Dプリントするアプローチも登場した。これは肛門からカテーテルベースの細長いソフトロボットを挿入し、目的の臓器や組織の表面(実験では腸の表面)まで操作し、その場で生体材料を3Dプリントするというものである。

このように3Dプリント技術を使って体内で直接印刷する方法は、これまでにも研究されてきたが、今回のように、生体内で3Dプリントする技術を使って体内に導電回路を作るのは初めてだ。

研究内容

研究者らは、レーザーを使って生体内に導電回路を3D印刷する技術を提案し、その実用可能性を検証する。提案技術を実証するために、生きた線虫への印刷を試みる。線虫とは、体長が1㎜以下程度で、手足や触覚などがなくミミズに似た体をしている線形動物である。

生きた線虫への印刷を実現するには、まずインクの重合を可能にする最小限のレーザー出力の3Dプリンターが必要である。そこで、あらゆる3D細線構造をプリントできる3D光造形装置(Nanoscribe Photonic Professional GT 700)を採用する。

次に、生体適合性の高いインク成分が必要である。今回は、導電性ポリマー(PPY、ポリピロール)ベースの配合物を採用する。

予備実験において、このインクを非導電性ポリマーにレーザーで造形し、造形物に導電性が認められるかを検証した結果、導電性が確認された。

次の実験では、実際に線虫へこのインクを与え、レーザーによって造形を行う。結果、麻酔をかけた線虫の皮膚と腸内に幅6μm厚さ10μmの星形、幅10μm厚さ10μmの正方形を印刷することができた。共焦点蛍光顕微鏡および40倍の透過光イメージングで線虫を傷つけずに画像化することで、成形された様子が確認された。

 

▲生きた線虫で実験した結果、星形や四角形を3Dプリントすることに成功

展望

今回の技術は、線虫によって実証されたが、今後はマウス、そして人体の生体内で試したいとしている。

応用は多岐にわたり、例えば、患者の生涯を通じた正確で長期的かつ継続的なモニタリングの実現や、実際に神経活動を継続的にモニタリングおよび調節できるバイオエレクトロニクスデバイスの製造に役立つと考えられる。特に、3Dプリンターで作成した電極は、患者さんのニーズに合わせて電極アレイのデザインを調整できるメリットを持つ。

他にも、脳深部の電極による刺激治療(例えば、パーキンソン病、てんかん等の治療)や、ブレイン・マシン・インタフェースとの統合から、偽造防止のために種子に電子タグを印刷したり、ロボットのピッキングマシンを補助するために果物に印刷したりといった農業分野まで、幅広い用途が考えられる。

Source and Image Credits: Sara J. Baldock, Punarja Kevin, Garry R. Harper, Rebecca Griffin, Hussein H. Genedy, M. James Fong, Zhiyi Zhao, Zijian Zhang, Yaochun Shen, Hungyen Lin, Catherine Au, Jack R. Martin, Mark D. Ashton, Mathew J. Haskew, Beverly Stewart, Olga Efremova, Reza N. Esfahani, Hedley C. A. Emsley, John B. Appleby, David Cheneler, Damian M. Cummings, Alexandre Benedetto, and John G. Hardy. Creating 3D Objects with Integrated Electronics via Multiphoton Fabrication In Vitro and In Vivo.

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