2023年3月7日
合同会社エンジニアリングマネージメント 社長 兼 流しのEM
2000年より慶應義塾大学村井純教授に師事。動画転送、P2Pなどの基礎研究や受託開発に取り組みつつ大学教員を目指す。博士課程(政策・メディア)修了。その後高学歴ワーキングプアを経て、2012年に株式会社ネットマーケティング入社。マッチングサービス SRE・リクルーター・情シス部長・上場などを担当。2018年にレバレジーズ株式会社入社。開発部長、レバテック技術顧問としてエージェント教育・採用セミナー講師などを担当。2020年より株式会社LIGに参画。海外拠点EM、PjM、エンジニア採用・組織改善コンサルなどを担当。現在は合同会社エンジニアリングマネージメント社長 兼 流しのEMとして活動中。X(@makaibito)
昨今、世界でのデジタル人材の需要増加に伴い、人材の採用コストが高騰し、待遇も世界的に上昇しています。中でも、日本では、DXやAIが注目されており、それらを支える中途デジタル人材では有効求人倍率が20倍と言われることもあります。
一方で、厚生労働省の発表では、日本の平均年間離職率は10-17%で推移をしている。つまり、高額なデジタル人材獲得コストに対し、事業貢献を経てリターンがある前に当該人材が辞めてしまうというケースも少なくありません。
そんな中、企業におけるデジタル人材を採用し、定着し、活躍へと導く役割を持っているのがエンジニアリングマネージャーです。エンジニアリングマネージャーは日本では2017年頃からメガベンチャーでの採用が拡がっていった職種になります。
類似のデジタル人材が担うマネージャーの役割にプロダクトマネージャーやプロジェクトマネージャーといったものがあります。プロダクトそのものに責任を持ち、施策を決定するのがプロダクトマネージャーであることが一般的です。システム開発に責任を持ちQCD管理をするのがプロジェクトマネージャーであることが多いです。
それではエンジニアリングマネージャーの職責はどういったものでしょうか。デジタル人材全般に言えることですが、職種に明確に定義された役割はありません。大筋でピープルマネジメントを指すことが多いです。プロダクトマネージャーやプロジェクトマネージャー、プログラマーなどと兼務するケースも少なくなく、各社それぞれに微妙に異なるエンジニアリングマネージャーの役職が存在しています。しかしそれでも共通して浮かび上がってくる役割があるので、次にその代表的な役割を見ていきます。
まず挙げられるのは、評価です。
SESやSIerといったクライアントワークの場合、準委任契約だと人月(当該人員が一月あたりいくらでアサインされるか)計算で顧客に費用請求を行います。そこから給与が出されるため、稼働パーセンテージによってシンプルに給与計算をすることができます。給与を上げる場合は顧客に人月単価交渉をする必要があるため、顧客の評価が重要になってきます。そこで人月単価交渉に成功すれば、スムーズに給与があがります。
では自社サービスはどうかというと、事業がしっかりと売り上がっていることが前提です。事業を前に進め、売り上げを上昇させることが巡りに巡って、給与上昇に繋がります。ところがデジタル人材の場合、直接顧客に商品を売る営業や、顧客を集めるマーケターと違い、仕事における明確な達成指標を定めることが難しく、事業貢献が分かりにくいという課題があるんです。そのため、事業を前に進めるための目標を社員と合意し、その達成度合いを評価することによって事業貢献とし、給与へと反映させる必要があります。
デジタル人材の評価方法は多く存在しています。ただどれも共通する事柄として「企業と社員の双方がアウトプットについて納得している状態」を達成することが重要となります。バランスと調整し双方の納得を取ることがエンジニアリングマネージャーが担う評価の役割です。
多くの組織において「経営層 – マネージメント層 – メンバー層」の3層構造になっていることが確認されます。経営の意思決定が全てメンバー層にダイレクトに伝わる組織はほぼありません。特に上場に向けての準備を行っているような企業や、上場済みの企業であれば情報統制の名の下に経営情報が漏れないように守られる傾向にあります。
経営層とマネジメント層が見ている景色が異なるケースも少なくありません。経営層で何かしらのハードな意思決定がなされた後に、トップダウンでマネジメント層に降ろされることもよくあります。そういった意思決定をメンバー層に伝えるのがマネジメント層の仕事。ダイレクトに伝えてしまうと離職リスクが高まってしまう恐れがあるので、マネジメント層が板挟みとなり、緩衝材のような役割を果たすことになります。角が立たないように最大の配慮をしながら経営層とメンバー層、さらにはプロダクトマネージャーやプロジェクトマネージャーといった役職者の媒介をする。これもまたエンジニアリングマネージャーの大きな役割です。
自社サービスにおいて、社員にサービス共感を求められるかどうかは死活問題です。サービスや業界を理解し、興味を持ち、能動的に調査をして試行錯誤をするというのが理想的な自社サービスのサイクルです。
私が男女のマッチングサービスに関わっていた際、内定の必須条件に「自社のアプリケーションをインストールし、開発者(ITエンジニア)目線で感想や改善ポイントを言えること」というものがありました。特に小さな事業運営チームであれば、ITエンジニアであっても能動的に施策提案することが求められます。企画まで出なくても、ライバルアプリや最近流行しているアプリの挙動を取り込むよう言われていました。
このように企画職以外のデジタル人材であってもサービス施策に興味があり、能動的に提案するという姿勢と対極的に「社内受託感」という言葉があります。デジタル人材が能動的に提案しないというだけでなく、社内のパワーバランスの都合で企画部署から開発部署に対して一方向に発注するスタイルです。多くの場合、SIerやSESといった外部開発リソースへの発注と大差がなく、高額なデジタル人材を正社員雇用する意味とは何か、コストメリット以外にあるのかという議論になりやすいです。コストメリットについては冒頭に述べたような採用コストや給与相場の上昇があることから、年々薄まっていると言えるでしょう。
自社サービスの中には、マッチングサービスやゲームのような実際にユーザーとして利用できるものもありますが、企業向けにサービス展開をしているtoBサービスでは実際の利用は難しいものです。その場合、いかに社内のデジタル人材に対して顧客イメージを持たせ、サービス志向性を醸成することもエンジニアリングマネージャーの役割です。
事例として、ある建築業界向けバーティカルSaaS企業では、EM主導でエンジニア組織向けに「建築業界解像度アップ勉強会」を展開しているそうです。デジタル人材にとっては縁遠い建築業ですが、普段顧客と密に接している営業職やカスタマーサクセス職といった方々と話すことを通して業界の変化を寄り身近に体感することで、どんなシステム改善をすればより喜ばれるのかを理解できるようにします。
従来の新卒だけで構成されていた開発組織とは違い、様々なバックボーンを持ったデジタル人材が集まっているのが現在の開発組織です。それに加え、フルリモート、フルフレックス、時差のある海外在住や海外拠点のように、オフラインで顔を合わせにくい人員とのコラボレーション機会も増加しています。スキルも違えばカルチャーも違う中で、同一の方向に整えて事業を推進することも、エンジニアリングマネージャーの職務なのです。
少し本筋とは違いますが、よりEMの業務について理解していただくために、ここでは少し令和の開発組織の人員構成をおさらいしましょう。
・キャリア採用人材
従来のメンバーシップ型雇用では新卒一括採用が主軸だったため、入社後の基準をゼロとして研修を経て一人前にすることが前提であり、在籍年数をスキル上昇幅として年功序列の給与形態にすることが一般的なスタイルでした。しかしいまでは、人材の流動化に伴い、キャリア採用が増加してきました。新卒一括採用でまかなえなかった社員数の穴埋めのような側面もありますが、デジタル人材の場合は技術力や開発運用経験が個人によって異なるため、好待遇で外部から引き抜いてくるという動きが一般化しました。
・業務委託人材
SESやフリーランスといった業務委託人材を登用する動きも活発化しています。受託開発とは違い、確保工数に基づいた準委任契約であるため、指揮管理系統などの法的な注意は必要ですが、欠かすことができない開発人員としてカウントされています。
・海外人材
さらに、海外人材の活用も進んでいます。少子化の進む日本だけでデジタル人員の数を確保することは困難です。加えて日本人はコンピュータサイエンスを修得したデジタル人材が海外と比べると少なく、専門性を身につけるステップが独学の我流だったり、就職後の研修だったりとレベル感にばらつきがある。私がかつてマネジメントをしていたフィリピンでは情報系学部に進学し、デジタル人材になると国民平均月収から月収がスタートし、一人前になると平均月収の2倍、リーダーになると5-10倍になるため、一族を挙げて情報系学部進学を薦めている状態でした。高校時代の意思決定として「潰しがきくから○○学部」を選択するという日本とは覚悟が違うのです。
・副業人材
コロナ禍でリモートワークが進み、副業として関わるケースも増えています。私が監修しているOffersデジタル人材総研の公開資料によると、副業の目的として報酬を得ることの次に、スキルアップや本業では得られない経験を得ることを挙げる人材が数多く存在しています。将来を見越した上で、処分可能な時間を有効利用するというのがデジタル人材における副業です。開発人員の確保だけでなく、スキルマッチ・カルチャーマッチを踏まえての転職も期待できることから、受け入れ企業も増加しています。
・M&Aによりジョインした他社人材
ほかには、企業M&Aの活発化により、プロジェクトに他企業からの開発人員がジョインすることも増えてきました。
集まったデジタル人員のバックボーンが異なり、必ずしもサービス共感が厚くない状態で、経営層の意思決定を反映しながら組織ハンドリングをしていく。これが各社のエンジニアリングマネージャーが担っている職務です。
私自身、エンジニアリングマネージャーを2018年から名乗るようになりました。今ではエンジニアリングマージャーの業務を抽出し、業務委託で受けるという事業を行っています。組織のフェーズによってエンジニアリングマネージャーが担う職務の傾向は存在しますし、抱えている悩みも共通している部分があります。本連載ではエンジニアリングマネージャーの業務を言語化、整理しながら、アンチパターンを交えながらお話をしていきます。
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