2023年2月7日
中国アジアITライター
1976年生まれ、東京都出身。2002年より中国やアジア地域のITトレンドについて執筆。中国IT業界記事、中国流行記事、中国製品レビュー記事を主に執筆。著書に『中国のITは新型コロナウイルスにどのように反撃したのか?』(星海社新書)『中国のインターネット史 ワールドワイドウェブからの独立』(星海社新書)『新しい中国人 ネットで団結する若者たち』(ソフトバンククリエイティブ)など。
ニューリテールという新語で話題を集めた、アリババのスーパー「盒馬鮮生(以下・フーマーフレッシュ)」は読者も聞いたことがあるかもしれない。見学や利用をしたことがある読者もいるだろう。2017年、アリババのジャック・マー(馬雲)前CEOがオンラインとオフラインを融合させたOMOの概念をもとにした「新小売(ニューリテール)」を提唱し、フーマーフレッシュの優位性をアピールした。フーマーフレッシュの商品は当時ほかと比べても高品質で、配達は注文から最短30分の速達体制。それを実現するために商品が入った買い物袋が頭上で動き、店内では海産物が入った水槽から魚介類を取り出してすぐに調理して食べることができ、支払いはすべてキャッシュレス……そんな仕掛けに、当時人々は驚かされた。知らない人はぜひ検索してその様子を確認してほしい。
※参考動画:「小売、レストラン、物流倉庫を複合させた新たな生鮮スーパー盒馬鮮生(フーマー)」
あれから5年余り経った2023年初頭、フーマーフレッシュを運営する盒馬(フーマー)のCEO侯毅(ホウ・イ)は、2022年に黒字転換に成功したことを発表した。つまり大きく話題を集めたニューリテールも、それまでは赤字続きだったのだ。では、フーマーフレッシュは如何にして黒字体制に漕ぎ着けたのか。これまでの歩みとともに紹介していきたい。
フーマーフレッシュ2016年に1号店をオープンし、本格的に宣伝を始めたのが2017年のことだ。このとき、オンラインとオフラインを融合し、新しいユーザー体験を提供する「ニューリテールスーパー」だとマー氏がアピールし、2018年までは話題性を武器に急拡大した。店舗数は上海など大都市を中心に200店を超え、さらにフーマーフレッシュと同じくニューリテールを謳ったスーパーやコンビニなど、多くの企業から多数新店が登場した。模倣ビジネスが多数出てくるのは、中国では流行りの裏返しともいえる。
当時のフーマーフレッシュと模倣店の目指したニューリテールは、キャッシュレスを取り入れ従業員を減らし、オンラインでもオフラインでも買い物ができ素早く配送することだった。素早く配達するために都市内に小規模の倉庫を展開したが、そのモデルでは儲からなかった。侯毅CEOによれば、「2016年から2018年まではニューリテールの探索期間だった」という。
ところが2019年以降、ジャック・マー氏のカリスマ性の低下とともに、フーマーもわかりやすくポジティブな話題が減った。むしろフーマーフレッシュの店舗閉店のニュースや、店舗における食品の安全性についての疑問が話題になり、評判は下がりっぱなしだった。そして2021年にフーマーフレッシュは、アリババの事業セグメントから独立した事業グループに格上げされ、言い換えればアリババ本体からの資金注入に依存できなくなったのだ。
ネガティブな話題や地味なニュース続きで、新しい試みについて追おうとする報道が減るなか、前述通りフーマーフレッシュはこの2019年から2021年までの間にビジネスモデルの最適化と黒字化を実現した。大きく話題に取り上げられていたデジタル化と最短30分配達は単なるツールでしかなく、フーマーフレッシュはこの2年間を使ってニューリテールのコア競争力である商品力と効率的なオペレーティングシステムを構築していたのだ。
フーマーフレッシュは、コストコのような会員制大型店の「盒馬X(フーマーX)」や、野菜市場の「盒馬菜市(フーマーツァイシー)」、小型店舗の「盒小馬(フーシァオマー)」、賞味期限が近いディスカウント商品を中心に販売する「盒馬奥特莱斯(フーマーアウトレット)」、住宅地で展開する「盒馬隣里(フーマーリンリ)」など様々な形態の店舗をオープンし販売手法を試した。
実は中国で生鮮食品で利益を得ることは非常に難しい。中国で生鮮をメインとしたスーパーだけでビジネスをやりくりしようという時点で無理に近い。生鮮食品会社で黒字を達成できるのは1%程度だという統計もある。実際、フーマーフレッシュだけでなく、新型コロナ以降に登場した生鮮ECにフォーカスした企業の「毎日優鮮」や「美団優選」も深刻な状況だった。
そこでフーマーフレッシュはプライベートブランドの商品を大幅に増やした。製品調達担当の趙家鈺氏によれば、2019年のフーマーフレッシュで取り扱われている商品におけるプライベートブランドの数は米、野菜、乳製品など10以上のカテゴリーをカバーし1000弱のSKU(ストックキーピングユニット、商品の種類の単位)だった。それに対して2020年には6000を超えたという。さらに、CEOの侯毅も当時のインタビューで、2020年の目標としてプライベートブランドの割合を全体の50%に増やし、2022年までに「商品の少なくとも半分が外部で購入できない独占的な商品にする」ことを達成させると語っている。
プライベートブランドを積極的に売りたいという姿勢はアプリからも見て取れる。フーマーのアプリを見ると、乳製品、ベーカリー、冷凍インスタント食品などのカテゴリーで、フーマーフレッシュプライベートブランド製品が優先的に目立つ位置に表示され、それによりオンラインが強いフーマーフレッシュはプライベートブランドの売上を伸ばした。
この流れをより一層加速させたのは、新型コロナウイルス感染拡大を懸念して中国政府が取った「ゼロコロナ政策」だった。それにより、消費者のオンライン化がさらに進み、従来オフラインがメインだった生鮮食品取引もオンラインに移り、生鮮ECの需要が急増。2020年第1四半期の、中国全土のフーマーフレッシュのオンライン取引量は増加し、春節期間中の総売上高は前年比2.8 倍にものぼった。
フーマーフレッシュはかつて、「10年間で10億人の消費者にサービスを提供し、全土で1兆の売り上げを達成し、1000の『フーマー村』を設立する」というビジョンがあった。「フーマー村」とは、フーマーフレッシュ向けに提供される食材を生産する村のことだ。フーマー専用の産地で生産されたものを、フーマー向けにのみ販売することで、商品の品質保証とコストダウンの両立を目指すわけだ。フーマー村の紹介動画を見ると、アリババらしくIoT+センサーなどのテクノロジーを積極的に導入し、各地でスマート農業を実践している。
加えて2021年には「フーマーXアクセラレータ」を立ち上げた。新しい食品ブランドの立ち上げを支援し、フーマーフレッシュで販売するもので、例えるならスマートフォンの小米(シャオミ)のショップでシャオミ向けのIoT製品を販売できる「シャオミエコシステム」の食品版のようなものと思っていい。
さらに、上流の調達を強化し製品の品質を保証するだけでなく、物流と流通プロセスを最適化してサプライチェーンの構築にも取り組んだ。それにより、店舗の運営効率向上と物流コスト削減を実現した。サプライチェーンは小売業界の生命線であり、フーマーフレッシュは自社構築のサプライチェーンが重要だと認識していた。侯毅CEOは元々アリババのライバルの京東の出身で、京東の強大な物流基地「亜州物流センター」を推進してきたのでこの辺にはこだわりがあったという。
2022年7月にフーマーは、まず武漢と成都にあるサプライチェーンの拠点の運用を開始した。 2ヶ所の総投資額は約20億元(約381.3億円)で、多温度コールドチェーン倉庫、加工センター、セントラルキッチンが装備されている。さらに8都市にサプライチェーンセンターを建設する計画で、今後1~3年で完成させる予定だ。
現在、フーマーフレッシュの店舗数は全国に約350店舗あり、200店舗だった2019年から、約150店舗増加したことになる。ただ増やし続けたのではなく、閉店と開店を繰り返したうえでの店舗数だが、広い中国においてまだまだフーマーフレッシュが身近にある都市は限られている。黒字達成のために一部店舗を閉店させただけではなく社員のリストラも行った。自社製品を推していくためにインスタント食品やレトルト食品の調達を基本的に廃止し、少数の経営陣のみを上海本社に異動させ、生鮮食品の調達部門の調整を行った。
かくして中国で生鮮は儲からないというジンクスを覆し、プライベートブランドを充実させてサプライチェーン構築を強化したことで、多くの競合会社がゼロコロナで苦しみ業績が悪化する中、2022年には逆転の黒字化を達成した。後から他社が追随しようとしても、産地の生産体制から物流まで揃えるのは簡単ではない。今後は圧倒的強みのあるフーマーフレッシュが中国全土で拡大し支持されていくのではないか。
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