【アリババ】ECからクラウド企業へ転身。中国ネット大手の現在を読み解く

2022年12月22日

中国アジアITライター

山谷 剛史

1976年生まれ、東京都出身。2002年より中国やアジア地域のITトレンドについて執筆。中国IT業界記事、中国流行記事、中国製品レビュー記事を主に執筆。著書に『中国のITは新型コロナウイルスにどのように反撃したのか?』(星海社新書)『中国のインターネット史 ワールドワイドウェブからの独立』(星海社新書)『新しい中国人 ネットで団結する若者たち』(ソフトバンククリエイティブ)など。

テンセントに続く中国ネット大手のアリババには、数年前にみたような勢いや華やかさがなくなっている。アリババの株価は2014年の米国株式市場上場時の価格(68ドル)まで下落した。中国最大のECバーゲンセール「ダブルイレブンセール」では、毎年発表される「流通取引総額」が発表されていない。中国政府から圧力を受けたことからも、「アリババはすでに勢いを失っている」という評価を見かける。

ある意味そのとおりではある。ただ、現在のアリババについて正しく把握していないともいえる。そこで、今回はアリババの歴史をおさらいしながら、現状のアリババの立ち位置を紐解いていこう。

▲アリババの2022年7-9月期の決算。Adiusted EBITA(調整後利益)、Non-GAAP(非米国会計基準)が昨対比で向上しており、凋落している様子はない

ECを軸に、さまざまなネットサービスを提供してきたアリババ

アリババは、1999年創業とネット企業の中では老舗の企業だ。まず同社はジャック・マー氏と18人の創業スタッフによりスタートする。同社がリリースしたBtoBの「アリババドットコム」とBtoCの「タオバオ(淘宝)」は、中国におけるパソコン普及と物流改善、中国人の所得増加により、年々利用者を増やしてきた。さらに、エスクローサービスの「アリペイ(支付宝)」は、第三者との金銭やりとりにおける不信感を払拭するサービスとしても利用者を増やし(その後、アリペイを提供するアント社はアリババとは資本関係のない会社として独立する)、中国におけるQR決済普及の立役者となった。

10周年が迫る2008年に、現在の主なECサイトである「Tmall(天猫)」の前身となる「タオバオモール(淘宝商城)」をローンチ、10周年の2009年には初回となる「ダブルイレブンセール」を開催した。

▲アリババは2022年も「ダブルイレブンセール」を開催

この10周年となる2009年から、中国のメイン端末がPCからスマートフォンに移行する中、モバイルショッピングモール「Tmall」を筆頭に、アリババはいち早くその戦うフィールドをモバイルにシフトした。フリマアプリの「シェンユー(閑魚)」やライブコマースの「タオバオライブ(淘宝直播)」、フードデリバリーの「ele.me(餓了麼)」。加えて東南アジアにECを展開する「Lazada」、越境EC「ネットイースコアラ(網易考拉)」の買収などを、膨れ上がった資金を武器に次々とユーザーの生活に浸透するサービスをローンチした。

さらに、動画共有サイト「優酷(Youku)」や地図アプリ「高徳地図」、音楽ストリーミングサービス「蝦米音楽」などを傘下に収め、ECを柱にあらゆるネットサービスを提供する企業へと変わっていく。検索エンジンの「バイドゥ(百度)」とSNSの「テンセント(騰訊)」とともに、中国で大きな影響力をもつ企業として各社の頭文字をとり「BAT」(のちにスマートデバイスに長ける「ファーウェイ」が加わり「BATH」となった)と呼ばれた。このときにBAT各社がECやSNS、検索など全方面に手を出し、各事業で競合するようになった。次の時代を見越して、バイドゥはAIに、テンセントはコンテンツに、そしてアリババはクラウドに力を入れた。

さらに、アリババは中国内外の優秀な研究者を集めた研究所「DAMOアカデミー(達摩院)」を設立し、R&Dに積極的姿勢を見せてきた。クラウド技術にフォーカスした年次イベント「Apsara Conference」を2015年より開催するなど、技術ブランディングにも注力してきた。

ジャック・マーの辞任

アリババグループの創業者であるジャック・マーは、メッセージは出るたびに注目され、アリババの急成長とともに、中国のネット業界の中で圧倒的な存在になっていった。そのジャック・マー氏も20周年となる2019年にCEOを退き、ダニエル・チャン(張勇)氏にCEOの座を譲った。

ジャック・マー氏の退任理由について、政治的に余計な発言をしたため、退任に追い込まれたという報道もあるが、タイミング的に10年ごとに経営陣を入れ換えようとした結果、ジャック・マー氏が辞任したとも解釈できる。(実際10周年となる2009年にも、ジャック・マーを除く初期創業メンバーの18人が辞職した)

互聯互通により、ECにおけるアリババの優位性が低下

2019年末より、中国は新型コロナウイルスと対峙するようになる。移動が不自由になる中で、別企業からTikTokなどのライブコマースや生鮮ECを次々とローンチし、アリババのライバルとなる新たな形態のECが普及していく。

中国EC市場において、かつてはアリババが圧倒的な存在だった。今もナンバーワンではあるが、安さが好評のEC「ピンドゥオドゥオ(拼多多)」やBtoC最大手の「JD(京東、ジンドン)」、中国向けTikTokこと「ドウイン(抖音)」も存在感を見せるようになっている。

アリババも負けじと、対ピンドゥオドゥオを狙うかのように、工場からの直接出荷で安いことを売りにしたタオバオの廉価版EC「淘特」というサービスをローンチするも、ピンドゥオドゥオの勢いを止めるにはいたっていない。

またドウインや中国版インスタグラムと呼ばれる「RED(小紅書)」のECサービスでは、これから流行りそうな商品を動画や画像で紹介して販売することで、最新トレンドを求める若い消費者にロングテールの商品をアピールしている。アリババもTmallやライブコマース「タオバオライブ」を強化し対抗するも、最新トレンドを追う若者を掴み切れていない。若者をターゲットにしたアリババの新興ブランドでも、アリババのECサイトで販売はするけれど、プロモーションはドウインやREDを中心に行う傾向がある。

2020年12月にアリババが、「アリババに出店するならば競合のプラットフォームに出すな」という暗黙のルールを一部出店者に押し付けたことにより、独占禁止法違反で182.28億元(約3,100億円)の巨額罰金を命じられるというニュースがあった。これをアリババは認めたことで、制限を受けていた出展企業は「アリババかアリババ以外か」の状態から、全てのプラットフォームに出店できるようになった。

さらにそれに拍車がかかったのが、中国政府が2021年9月に発表した、自社・ライバル社問わずサービスを利用できるようにせよという「互聯互通」の通知だ。これまでアリババやテンセント、ドウインなどの大手IT企業は、自社で様々なサービスを揃えたうえで他社にユーザーが流れないように囲い込みをしていた。これが互聯互通により、アリババのTmallやタオバオの支払いにテンセントの「WeChat Pay(微信支付)」が対応し、「WeChat(微信)」のミニプログラムでタオバオなどのミニプログラムが起動できるようになった。WeChatユーザーはアリババのアプリを使わず買い物ができるようになり、アリババは絶対的な存在ではなくなった。これまではアリババの運用を殿様商売と揶揄する店舗もあったが、高い手数料を払ってアリババに出店する必要がなくなったのである。

互聯互通でアリババのECの圧倒的優位が低下したが、では最大のライバルである巨頭テンセントへの影響はどうか。テンセントがWeChatで絶対優位を持っているSNS領域においては、ライバルとなりうる目ぼしいサービスが台頭していないことから、その絶対的立場は揺らいでいないようだ。結果的に互聯互通は、どうもアリババだけに不利に働いたと中国メディア各社からは評価されている。

現在は、クラウド事業で存在感を強める企業に変貌

ここまで、アリババが今陥っている苦境を紹介してきた。競争激化に政策による制限、創業者の退任が重なり、「アリババはすでに勢いを失っている」と囁かれたのであろう。ただこのEC「凋落」の裏に、アリババのもうひとつの柱であるクラウド事業が、存在感を示しつつかる。

実は、「タブルイレブンセール」を初めて開催し、ECとして盛り上がっていた2009年に、アリババはすでにそのクラウド事業を立ち上げ、もう1つの収益の柱になるように力を入れてきた。toBには、政府や民間の各業界のDXニーズに応えつつ、公共向けSaaS「シティブレイン(城市大脳)」を立ち上げ、交通制御に利用するほか工業・農業向けソリューションを提案した。一方toCには、オンラインとオフラインを融合した小売「ニューリテール」を発案し、カバがロゴのOMOスーパーマーケット「フーマーシェンシェン(盒馬鮮生)」をリリースし、次世代スーパーとして注目を浴び、またたく間に中国のスマホ世代で普及した。

また、米中摩擦で米国のハイエンドチップや開発機器が導入できなくなり、2年内に中国国内の政府機関のPC5,000万台をすべて中国産にする指示がされているとも報じられる中、アリババはクラウドソリューションを自社製品開発により強化してきた。ARMベースのサーバー向けチップ「倚天」シリーズや、オープンソースであるRISC-Vベースの情報端末向けチップ「玄鉄」シリーズなど、高速なCPUチップ開発を積極的に行っている。また、クラウドを活用したシンクライアント「無影クラウドブック」もデスクトップPC型やノートPC型製品を続々とリリースした。

▲アリババクラウドのシンクライアント「無影クラウドブック」

さらに、アリババはクラウドソリューションのひとつの音声認識にも注力し、スマートスピーカー「Tmall Genie(天猫精霊)」を99元というバラマキ価格で販売し、音声入力を活用しスマート家電を普及させようとした。だが、中国のスマートスピーカーは新たなソリューションや魅力が打ち出せないままニーズが頭打ちとなっているとの意見もある。

一方でクラウドを活用した自動車ソリューション領域では、アリババが一つ頭が抜きん出ているようだ。グループ傘下企業の「斑馬智行」が、アリババのIoT基盤「AliOS」利用しコネクテッドカー用システム「MARS」を提供。さらに、研究機関の達摩院も荷物運搬用の自動運転車「小蛮驢」をプロダクトリリースしている。今年11月開催のアリババクラウドの年次技術カンファレンス「Apsara Conference 2022(雲栖大会)」では、自動運転や製造や流通まで含めたソリューション「自動車クラウド(汽車雲)」を発表。既に中国の自動車企業の70%がアリババクラウドの自動車クラウドを利用しているという。

▲アリババクラウド、メタバースで次々と提携(画面はJP GAMESとの提携)

クラウドとECを連携させていく未来

クラウドとECとの連携では、今年のダブルイレブンにメタバース「未来城」での買い物を提案。それ以前にもアパレル向けクラウドソリューションでは、小口から自動で様々なデザインの製品を量産対応する「犀牛智造」や、バーチャルモデルを導入することで服の商品ページにリアルさを追求しつつ販売者の金銭的負担を減らす「タージ(Target Face)」、それにアリペイのアントグループのブロックチェーンを活用し、売れたアパレル製品の数だけデザイナーに報酬を還元する「IPmart」など意欲的なサービスをリリースし続けている。

▲アリババクラウド、今後3会計年度において、パートナーの技術革新と市場拡大を支援するために10億米ドルの投資を約束

歴史、EC事業、クラウド事業の側面からアリババを紹介した。確かにジャック・マー氏退任以降ECが弱くなっている。だが一方で、クラウドのニーズに応えてアリババは意欲的な製品を出し続けている。今後ECにおいてかつての存在感を出すのは難しそうだが、屋台骨的なクラウドサービスでは、引き続き大きなニーズに応えていきそうだ。

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