Adobe、デザインソフトFigmaを買収。コラボレーションの未来に賭ける【テッククランチ】

2022年10月13日

執筆者

Ron Miller

EContent Magazineのコントリビューティング・エディターを経て、2014年よりTechCrunchで企業に関する記事を執筆。過去には、CITEworld、DaniWeb、TechTarget、Internet Evolution、FierceContentManagementなどのメディアでレギュラーコラムを執筆。

Figma(フィグマ)を200億ドル(約2兆8900億円)で買収するという発表の前、Adobe(アドビ)の過去最大の取引は2018年に47億5000万ドル(約6900億円)でマーケティング効率化ツール「Marketo」(マルケト)を買収したことだった。

なぜAdobeは適正価格レンジから大きく外れて、Figmaの直近の非公開評価額の2倍も払うのか。シンプルに考えれば、潜在的なライバルを市場から排除するためというものだろう。

 

確かにAdobe XDはFigmaに似ている。だがこの取引には単にAdobeが防衛策を講じる以上の意味があるのかもしれない。それはIBM(アイビーエム)が2018年に340億ドル(約4兆9100億円)でRed Hat(レッドハット)を、Salesforce(セールスフォース)が2020年に280億ドル(約4兆400億円)近くの値段でSlack(スラック)を買収したように、Adobeの経営陣は自分たちの組織を根本から変えてくれるような企業に目を向けていたのかもしれない。

IBMにとってRed Hatの買収はハイブリッドクラウドに関するものだった。SalesforceとSlackの場合は、デジタルワークプレイスだったが、両社ともそれぞれの市場でシフトが起きることを察知し、それに先んじるために鍵を握っている企業に巨額のオファーを出した。また、両社とも買収した企業のCEOをそのまま据え置き、独立経営を保った(これについては後で詳しく述べる)。

クリエイティブ市場がPhotoshop(フォトショップ)やIllustrator(イラストレーター)などの編集ツールを使ったアセット作成を中心に据えていたところから、クリエイター自身やデザインプロセスのコラボレーション性に焦点を当てたところへと大きく変化するのを目の当たりにしたAdobeは、Figmaの買収を組織改変の機会ととらえたのだろう

Adobeは前者のアセット作成のところで事業の大部分を築いてきた。後者の代表格がFigmaだ。Figmaは、デジタルの文脈におけるデザインの考え方を変えたいと考えていた先見性のある創業者を持つスタートアップだ。Figmaが取り組んでいた変革は非常に重要なもので、Adobeのような「老舗」が2つの考え方を融合させるために、巨額で企業ごと買収していても手に入れたいほどのものだった。なぜこの買収取引が行われたのかを知るために、TechCrunchは両社やFigma の投資家、業界アナリストに話を聞いた。結論から言うと、多くの理由があった中でおそらく一番の理由は、Figma と Adobe が互いに一緒になった方がさらに良くなると考えたからでしょう。

ビジョン

Adobe が Figma に注目した主な理由の 1 つは、Figmaの創業者であるCEOのDylan Field(ディラン・フィールド)氏と 最高技術責任者(CTO)のEvan Wallace(エヴァン・ウォレス)氏がデザインプロセスに関する斬新な考え方を考案し、そのビジョンに大きな価値があったためだ。

ベンチャーキャピタル会社Greylock(グレイロック)のパートナーであるJohn Lilly(ジョン・リリー)氏は、2013年頃の資金調達シードラウンドの前にFigmaの創業者たちに会っている。そして彼は、2015年のシリーズAラウンドで、まだ製品さえなかった駆け出しのスタートアップに投資することになった。

初期のミーティングで際立っていたのは創業者2人のデザインの知識、知性、そして当時20代前半だった2人が、会社をどのようなものにしたいのかというビジョンが明確だったと、リリー氏は振り返る。

主にディランとエヴァンの自信、そして彼らのデザインに対する愛だ。彼らはデザインに非常に詳しく、私たちが過去20年間インターネット上で学んだコミュニティ構築の教訓を取り入れることができたのだ。私はGreylockの前にはMozilla(モジラ)に在籍していた。Mozillaはコミュニティとコミュニティの成長に取り組んでいるところで、ディランはそのパターンを見て、デザインに落とし込んだ場合どうなるかを表現することができた」とリリー氏はTechCrunchに語った。

2人はGithubを中心に構築された開発者コミュニティの概念を取り入れ、そのソーシャルコーディングのアプローチをデザインに応用する方法について検討し始めたという。そのコラボレーションとコミュニティの要素はFigmaの真の差別化要因となった。

実際、Gartner (ガートナー)社のアナリストBrent Stewart(ブレント・スチュワート)氏は、Figma が生み出したプラットフォームは最も本質的なデザインの考え方に成長し、Adobe をクリエーションツール会社からコラボデザイン会社へと飛躍させるものだと考えている。

「Figmaの買収により、Adobeは文字通り地球上で最も重要なデザインツールを手に入れた。プロがデザインし、設計した世界中のデジタル製品の圧倒的大多数はFigmaから誕生している」とスチュワート氏は話した。

「この買収以前、AdobeのCreative Cloud(クリエイティブクラウド)はPhotoshopやIllustratorといった古くからある主力製品に支配され、クリエイティブユーティリティの地位に追いやられており、わずかな成長しか見込めない状態だった。デジタル製品デザインプラットフォーム部門で12年間、二番手に甘んじていたAdobeはいまや市場を支配するプラットフォームを手に入れ、さらに、Figmaのオンラインホワイトボーディングツール『FigJam』というビジュアルコラボ市場の新興プレイヤーも獲得している」とスチュワート氏は指摘した。

Forrester(フォレスター)のアナリスト、Sheila Mahoutchian(シェイラ・マホウチアン)氏も、うまくいけばAdobeにとってこの取引は変革的な買収になるというスチュワート氏の主張にうなずく。AdobeのFigma買収は、デザイナーのニーズに適応・対応し続けるというAdobeの将来を見据えた戦略的な動きを表している。Figmaの業界最高のコラボワークフロープラットフォームはデザインツールの展望を変え、デザインの世界を個人コントリビューターからコラボベースのチームづくりへと移行させた」と話した。

AdobeのCreative Cloud担当最高製品責任者で副社長のScott Belsky(スコット・ベルスキー)氏は、10年前に自身の会社Behance(ビハンス)が買収された際にAdobeに加わった。ベルスキー氏はAdobeがとるべき微妙なバランスを理解しているが、と同時にAdobeとFigmaが一緒になることで利益を享受できるとみている。

「私たちが毎日使っているインタラクティブなデジタル体験には画像、動画、アニメーションなどのアセットが含まれているが、これらがどこで作られているかを考えてほしい。当社が展開するもののようなツールでつくられている。そして、このインタラクティブな製品デザインや製品エクスペリエンスを構築する製品プラットフォームが、アセットやアセットを作成するツールに接続されていれば、製品デザイナーの生産性を大幅に向上できるというアイデアに、ロケット科学者でなくとも誰でも興奮するはずだ」とベルスキー氏は話した。

独立性の維持

200億ドルもの買収の一番のルール、それは「良いものを壊さない」ということだ。確かに、この買収に対するソーシャルメディア上でのデザイナーの反応はというと、よく言えば懸念、悪く言えば軽蔑だった(結局のところ、大企業が中小企業を買収した後、意図的であろうとなかろうと、買収企業の首を絞めるということが繰り返されてきたからだ)。

AdobeとFigmaは、今回の買収によってデザイナーがFigmaで気に入っている点が変わったり、製品の革新性が抑制されたりしないことを証明しなければならない。FigmaのCEOのフィールド氏は、大きな組織の一員となることで、より多くのリソースを使いながら自分が思い描いたとおりに会社をつくり続けることができると確信している。

一方フィールド氏は、今回の買収の鍵のひとつは独立性の維持で、買収後も同氏の肩書きはFigmaのCEOのままであることを強調した。これはIBMやSalesforceが守ったものでもある。買収後も独立したCEOをそのまま置き、買収された会社はこれまでと同じように運営することができるというもので、Adobeも倣うつもりのようだ。

「買収のプロセスを通じてAdobeチームのメンバーを知れば知るほど、私は感銘を受けた。AdobeチームはFigmaの前に立ちはだかる課題を理解し、それをより優雅に乗り切る手助けをしてくれた。またFigmaが独立性を保ち、そうした運営を続けながらできるだけ速く成長し続けるようサポートしてくれると感じた。私は本当に楽しみにしている。この買収は世界でも最高クラスのものだと思う」とフィールド氏は語った。

AdobeとFigmaにとって、独立性を保てるように進めるプロセス自体は簡単だろう。しかしこれはAdobeにとって大きな決断であり、AdobeのCEO、Shantanu Narayen(シャンタヌ・ナラヤン)氏もそのことをよく理解している。発表後の会見では、買収価格や価値実現までの時間に懐疑的なアナリストもいたが、ナラヤン氏はこの取引で何が価値提案なのかを明確にしようとした。

「今後クリエイティビティの分野で何が起こるか、ある意味ではコラボレーションに複数の人が関わることで何が起こるかを考えたとき、この買収は信じられないほど価値あるものとなり、統合されたプラットフォームに多くの新顧客を引きつける方法になると確信している」とナラヤン氏はアナリストに語った。

2社が統合することでAdobeはより多くの顧客にアプローチすることができる。「Adobeは確かに知識労働者、コミュニケーター、クリエイティブな専門家をターゲットにしている。Figmaは開発者だけでなく、製品設計プロセスに関与する他のステークホルダーにもかなり重点を置いている」とナラヤン氏は説明した。

フィールド氏にとっては、今すぐ実行に移し、買収が前向きなものであることをコアユーザーに証明することが重要だ。TechCrunchとの電話インタビューを終えてから、同氏はまさに社員とこの買収取引について初めて話し合うところだった。同氏は未来に目を向けていた。

「私たちは、これからが自分たちの仕事だとわかっている。この後すぐに私は、なぜ後からこの買収がわが社のターニングポイントだと振り返られるかと、全社員に伝えようと思っている。取引完了後、以前よりもっと速く前進するだろう。今やるしかない」と語った。

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元記事:Adobe makes $20B bet on a collaborative future with Figma acquisition
By:Ron Miller
翻訳:Nariko

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