サービスの価格を決めるのは「ユーザーとの関係値」。TRPGの個人開発ツールが「文化のインフラ」になるまで【ココフォリア】

2025年1月23日

ココフォリア株式会社 代表

鳥頭めう

リプレイ動画ブームが起こった平成末期にTRPGと出会い、オンラインツール『ココフォリア』を開発する。2021年、ココフォリア株式会社を設立し同社の代表に。前職は、LINE株式会社(当時)でソフトウェアエンジニアとして従事。

サイコロと想像力で遊ぶテーブルトークRPG(TRPG)。コンピュータ上で動くRPGの始祖ともいえるこのアナログゲームは、今なお多くのファンを魅了しています。

そんな由緒あるカルチャーの中心地で存在感を放つ、個人開発から生まれたWebアプリがあります。それは、TRPGをオンラインで遊ぶためのツール「ココフォリア月間ユニークユーザー数は40万人を越え、“ココフォリア専用”という形式で数多くのゲームが公開されるなど、ひとつのプラットフォームと呼んで差し支えない状態です。

▲ココフォリアのUI。オンラインセッションでは、遠隔にいるプレイヤー同士がリアルタイムに盤面を共有し、通話しながら遊びます。音楽やアニメーションによるリッチな演出を加えることも可能です。

個人の趣味から始まったプロダクトがこれほどの成長を遂げる過程には、ユーザーの要望を叶える中で様々な葛藤があったのではないか……? 開発者・鳥頭めうさんに尋ねたところ、返ってきたのは「ユーザー目線と事業目線の両立に悩んだことはない」という意外な答えでした。

その言葉の背景にはどのような歩みがあったのか、ココフォリアと鳥頭さんのこれまでについて取材しました。

「ユーザーにとって価値あるものを届けたい」というエゴ

――個人開発でリリースされた「ココフォリア」は、破竹の勢いでユーザー数を増やし、いまやひとつのゲームプラットフォームになったと感じています。この状態は初期から計画されていたのでしょうか?

鳥頭:2024年時点でココフォリアの月間ユニークユーザー数は約40万人。たくさんの方に使っていただき、本当にありがたい限りです。ただ、最初からこの状態を想定していたわけではありません。もともとは仲間内でTRPGを遊ぶために開発したツールが始まりで、公開するつもりはなかったんですよ。

鳥頭:TRPGでは、ゲームの進行役である「ゲームマスター」が様々な事前準備を行います。あっと驚く演出を考えたり、気分を盛り上げる音楽を用意したり、プレイヤーを楽しませるためにあらゆる仕掛けを講じておくわけです。

その延長で「オリジナルのツールが出てきたらみんなびっくりするだろうなあ」と出来心が湧いて、衝動的につくったのが始まりでした。

その後、一緒に遊んだ仲間達から持ち上げられまして、改めて公開用に開発に取り組んだものが最初のココフォリアになりました。そのような経緯ですから「絶対に成功するぞ」とか「プラットフォームをつくるんだ」みたいな野心が最初からあったわけじゃありません。

それに、そもそも僕はココフォリアを明確に「プラットフォーム」という言葉では捉えていないんです。

――それは意外でした。たとえば、ココフォリア専用のゲームが作られたり、それが公式ストア内で販売されたりといった状態は、単なる「ツール」の域を超えているように思うのですが。

鳥頭:おっしゃる通り、ツールではない何かを提供している意識はあります。自分が一番しっくりくる表現は、「場所」ですね。

多くのTRPGやテーブルゲームは、2人以上で遊ぶことを想定してつくられています。そういう遊びを皆で持ち寄って、楽しくわちゃわちゃと過ごせる場所。大きな公園のようなものだと思っています。ストア機能は公園の一画にお店が開かれているようなイメージです。

それをプラットフォームと呼ぶのであれば、僕らは長いことプラットフォームづくりに取り組んできたことになるのかもしれません。

▲画像はBOOTHより。「ココフォリア」で検索するとゲームや素材が約1万4000件ヒットする(2025年1月時点)

――最初は個人用のツールとして開発したとおっしゃっていましたが、どのように認識が変わったのですか?

鳥頭:ココフォリアのプロトタイプをリリースした2018年は、Adobe Flash Playerのサポート終了を控えた節目の時期でした。当時、オンラインでTRPGを遊ぶ人たちはFlashで動く「どどんとふ」と呼ばれるWebツールを使っていて、コミュニティ全体で移行先を探していました。

そのようなタイミングだったので、ココフォリアにも注目が集まり、ユーザーからの要望を受けて様々な機能を追加しました。初期の頃から多くの要望を受けて開発するようなスタイルだったので、そもそもみんなのものという意識が強かったと思います。

節目になったのはver.1.0.0の正式リリースで、その頃には自分でもあまり使わないような機能がたくさん搭載されていました。

2021年にはココフォリア株式会社を設立し、関係者も増えましたが、今も昔もチームの意識は変わっていません。

――「自分がつくりたいものをつくること」を原動力にしている個人開発者も多いと思います。ユーザーに求められるものをつくる方向に舵を切ることに葛藤はありませんでしたか?

鳥頭:それは特に感じませんでした。言われてみると、僕はココフォリアを「自分の思い通りにしたい」とは考えていないかもしれません。自分がつくったものを完全にコントロールできるともあまり思っていなくて。プロダクトではなく、それを使うユーザーが主体という意識は、元からあった気がします。

――もしかすると、それはTRPG的な感覚なのかもしれませんね。TRPGの物語も製作者にはコントロール不可能で、主役であるプレイヤーの自由な発想によって展開が変わっていきますから。

鳥頭:なるほど。そうですね。一般的に、自分が創作したストーリーを誰かに書き換えられることには抵抗を感じるものだと思うんです。

でも、TRPGは遊んでいるうちに展開が変わっていくゲームです。ダイスの出目次第で重要人物が噛ませ犬のように退場したり、緻密に貼られた伏線がうまく機能しなかったり。物語体験のうちプレイヤーの行動に委ねられている領域が非常に大きい。面白い考察だと思います。

「プレイヤーが楽しむための舞台をつくる」というTRPGのクリエイティブには、たしかにココフォリアの設計思想と通じるところがありそうです。

どちらが先かわかりませんが「TRPGに親しんできたからユーザー主体の開発になった」ではなく、「もともと私にそうした性質があったからTRPGの文化に馴染めた」という順序だとしたら、然るべくして今ここにいるのかもしれませんね。

ITエンジニアとして働く中で、漠然と「自分が苦労してつくった機能やサービスが来年には無くなっていてもおかしくはない」という寂しさを感じていました。デジタルの世界は、新しい技術やプロダクトが物凄いサイクルで生まれては消えていきますから。

そうした激流の中でも残り続けるような、ユーザーにとって本質的な価値のあるものへの憧れがありました。本質的な価値のあるものは、残るべくして残り続けると思うんですよ。作り手のエゴがなくとも、ユーザーに求められるがまま、じんわりと形を変えながら。

ずっと在り続けるプロダクトを作りたい。そのためにユーザー目線を第一に検討する。いわば、それこそがココフォリアの根底にある自分のエゴなのかもしれません。

インフラであり続けるために「全部やろうとしない」と決めた

――実装する機能の優先度は、ユーザーのニーズで決めているのですか。

鳥頭:基本的にはそうです。たとえばココフォリアには通話機能がありません。でも、通話機能は海外の似たようなツールだと搭載されていることが多くて、検討や試算自体は進めたりしています。それでいて実装されていない背景には、ユーザーの皆さんが外部アプリケーション、主にDiscordを各自で使用している現状があるのは確かです。それでユーザーが楽しくやれているなら、焦って実装する必要はないのかなと。

ただし、今ではなく将来的に困ることもあるでしょうし、ユーザーが必ずしもニーズを言葉にしているとは限りません。こちらでも色々考えたり、余裕をもって備えておくようにしています。

――TRPGを遊ぶための機能が集約されたオールインワンなサービスにしたいとは考えないのでしょうか。

鳥頭:もちろん考えたりはしますが、ココフォリアが全てをまかなうことがよいのかは議論が必要だと思います。

先ほどお話した「ずっと残るものが良い」という価値観に基づくと、機能が多いことがよくない方向に働く可能性があると思います。パーツが多い製品って壊れやすいですよね。多機能であることも一つの価値ですが、そればかりが良いこととは限りません。

それに、ずっと昔から現代に残り続ける道具の多くは、すごくシンプルな構造をしていると思うんです。たとえば箸。ただ棒が2本あるだけなのに、つまむ、切る、刺すといった複数の機能を内包している。そうした無駄のないデザインのツールも好きなんです。

――だとすれば、ユーザーにとってココフォリアの本質的な価値はどこにあると思いますか。

鳥頭:先ほどの「公園」の例えを使うなら、24時間365日いつでも開いていて、遊びたい時に必ず遊びに行けること。いわばオンラインのTRPGにおけるインフラでありたいという気持ちがあります。

TRPGは複数人で予定を合わせて遊ぶゲームです。「忙しい合間を縫ってスケジュールを調整したのに緊急メンテナンスで遊べない」となればとても悲しい。ココフォリアで遊ぶ様子を動画サイトで生配信している方も増えています。配信者さんやVTuberさん本人だけでなく、そのファンまでがっかりさせてしまうことを考えると、ココフォリアが確実に動き続けているということが一番大事なことです。

――何かそのように考えるようになったご経験や経歴があるのでしょうか。

鳥頭:経歴でいうと、僕は2021年に会社を設立するまで、たくさんの人が日常的に利用するメッセンジャーアプリの開発に6年ほど携わらせてもらっていました。自分の担当はメッセージング部分ではなかったのですが、当時の経験の中でも「コミュニケーションのインフラを担う」立場としての考え方や振る舞いは、今も深く自分の中に根付いています。

開発の面でも、秒間何万というアクセスや、ペタバイト級の容量になっていくようなデータを目の当たりにした経験は、サービスがスケールした後を見据えた基盤構築という形で反映されていたと思います。実際に人が来るかどうかは別として、たとえ何百万と人が集まっても揺るがない場所にしたかったんです。

TRPGの演出はどんどんリッチになり、音楽や動画のような大きいデータを使うことも多くなりました。できるだけユーザーの創造性を制限しないように、システムの裏側の強度は今後も高めていく必要があると考えています。

 

▲ココフォリアのBGM機能。

ユーザーからの支持とマネタイズは両立できる

鳥頭:ココフォリアはいわゆるフリーミアムモデルで、月額プラン「CCFOLIA PRO」を提供しています。具体的な加入者数はあまり表で話していませんが、2024年の12月時点でも2万人以上の有料会員がいます。

用意しているのはプレイヤーとして遊ぶだけならあまり使わない機能がほとんどですが、ちょっとしたことでも応援の気持ちで加入してくださる方もいらっしゃって、本当にありがたいことだと思っています。

アプリ内には広告枠もありますが、TRPGに関する商品やココフォリア内で遊べるゲームの純広告に限って掲載しています。この広告が表示されないようにする機能も月額プランの特典のひとつですが、内容が気になるからとあえて非表示にしない人も多いようです。

――ユーザー目線と収益構造のバランスに悩む個人開発者も多い中で、ココフォリアのマネタイズはユーザーから好意的に受け入れられている印象があります。

鳥頭:ユーザーの好意とマネタイズは相対するものではなく、本質的には同じものではないでしょうか。

ユーザー目線で価値を提供していれば、「この開発者たちなら安心して任せられる」「何か良いものを提供してくれるだろう」という信頼や期待が積み上がっていきますよね。僕らはそうした感情、いわば「ユーザーとの関係値」を元にして運営資金や開発資金に換えさせていただいていると捉えています。

一般的にビジネスリソースは「人・物・金・情報」などと言われますが、価値を提供することでユーザーの中に堆積した感情もひとつの源泉と呼べる気がしていて、積み上がっている関係値が今どのくらいあるのかは常に意識しています。

たとえば、あくまで仮定の話ですが、ユーザーアンケートで「月額5000円まで払える」と言ってもらえているサービスがあるとします。月額で5000円というのはかなり高額ですから、この金額には実際の機能の価値に加えて「そのサービスや開発者を信頼しているから」という潜在的な感情も影響していそうですよね。

結果をそのまま受け取って月額料金を5000円に設定してしまうと、一旦はうまくいってもユーザーとの関係値は減っていきます。ユーザーの「好きなサービスを応援したい」という気持ちは薄れ、次第にドライな関係になっていく。

ビジネスとして割り切るのならそれもよいかもしれません。しかし、我々のような特定のカルチャーに深く根付くプロダクトの場合、そこにいる皆さんに信頼してもらうことの方が大切です。市場を拡大するのはあくまでユーザーやクリエイターの皆さんで、我々にできるのは土台として支えることだけです。TRPGの文化が盛り上がらなければココフォリアが盛り上がることもありませんから、ユーザーさんとも協業関係であることが結果的にサービスの成長に繋がることだと考えています。

持続可能性という意味でも、短期的な利益のために潜在的な価値をすべてお金にしてしまうよりも、ユーザーとの関係性を維持し続けるほうが結果的に長く残るサービスになるのではないかと思います。ユーザーがサービスに感じている価値と値付けのバランスさえ取れていれば、今後新しいマネタイズの必要が出てきたとしても、それ自体がユーザーの支持を失うようなネガティブなものになることはないはずです。

――ココフォリアがこれからも続いていくために必要だと感じていることはありますか。

鳥頭:TRPGは、古くから続く遊びです。その本質はコミュニケーションですから、人間が会話を楽しいと感じる限りなくならないと考えています。そして、オンラインセッションが流行したように、コミュニケーションの形が変わることで今後も遊び方は変化していくでしょう。

「ロールプレイによる物語体験を主としたコンテンツ」にまで視野を広げれば、マーダーミステリーやイマーシブシアター、あるいはARGなど、ここ数年で新しい遊びが次々と興隆しています。

ココフォリアがそうした変化の可能性に対応しきれるかというと、まだインフラとして十分な強度を備えているとは言えません。粗削りな部分が残っている状態ですから、まだまだプロダクトとして順当な改善が必要です。

また、サービスの収益性という面でも課題はあります。近年は円安の影響でサーバー代が高騰していますが、万が一この影響が深刻化すればプレミアムプランの収益だけではサービスが維持できなくなる可能性もあるでしょう。時代がどう変わってもTRPGという文化が消えることはないし、楽しんでいる方に向けてサービスの提供は続けたい。そのためにはフリーミアムとは別の切り口も模索しなければならないと考えています。

冒頭で少し触れた公式ストア機能は、プロダクトを多面化していく視点から追加されたものです。状況が変わってもサービスを継続するための収益を生む仕組みを、ユーザーの好意や気持ちだけを頼りにしすぎないように用意していく必要があるだろうと思っています。

▲公式ストア。SNSで話題のボードゲーム、ひとりでも遊べる謎解きゲームなど、TRPG以外の作品も数多く並ぶ。

――どこまでもユーザーの方を向いているのですね。

鳥頭:やはり自分自身がTRPGやテーブルゲームのプレイヤーですから、そのおかげでユーザーに近い立場で開発できている部分は大きいです。

ただ、TRPGとひとくくりに言っても、剣と魔法のファンタジー、ホラー、SFなど様々なシステムがあり、それぞれ求められるものは異なります。リリース当初からユーザーの反応を受けて気付かされることがたくさんありました。昨今はユーザーの世代交代が進み、私がTRPGに出会った頃とはトレンドも大きく変わりつつあります。

エンジニアの強みは、自分のアイデアを自分で形にできること。それによって得られた学びをダイレクトに反映させられることだと思います。個人の衝動から生まれたプロダクトであっても、ユーザーと目線を合わせて価値を提供し続けることで事業になり得る。少なくともココフォリアの場合はそうでした。

サービスにとって収益性は非常に重要な要素である一方で、「まずは自分の手でそれに値する価値を提供する」という姿勢は忘れずにいたいですね。

取材・執筆:戸部マミヤ
編集:光松瞳

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