何が我々をオフィスに縛りつけるのか。“リモートワーク”を今度こそ定着させる方法

2025年1月21日

横石 崇

多摩美術大学卒。2016年に&Co.を設立。”個育て”を軸にしたブランド開発や組織開発、社会変革を手がけるプロジェクトプロデューサー。アジア最大規模の働き方の祭典「Tokyo Work Design Week」では3万人の動員に成功。鎌倉のコレクティブオフィス「北条SANCI」や渋谷区発の起業家育成機関「渋谷スタートアップ大学(SSU)」、シェア型本屋「渋谷◯◯書店」などをプロデュース。法政大学キャリアデザイン学部兼任講師。著書に『これからの僕らの働き方』(早川書房)、『自己紹介2.0』(KADOKAWA)がある。

「働く」の変化の背景には、いつもテクノロジーがありました。電話、FAX、メール、チャットツールなど……さまざまなテクノロジーが私たちの「働く」を変え、その変化はこれまで以上に激化しているようにも思います。

さまざまな変化が起こる中、「働き方」の“正解”を見出せていない企業は多いのではないでしょうか。コロナ禍が沈静化したのち、リモートワークを維持する企業、社員を会社に呼び戻す企業、ハイブリッドな働き方を取り入れる企業……その選択はさまざまでしたが、依然として私たちは「働き方」の最適解を模索し続けているように思います。

本記事では、働き方の祭典「Tokyo Work Design Week」の立ち上げや、『これからの僕らの働き方』を著すなど、「働く」に関してさまざまな発信を続けている横石崇さんに、「働く」と「テクノロジー」の関係、リモートワーク推進の現状、「働く」の展望を伺いました。

浮かび上がってきたのは、これからの企業に求められる「自己成長のための支援」のあり方でした。

IT企業にとっての「現場」とはどこか

——横石さんは「Tokyo Work Design Week」をプロデュースしたり、『これからの僕らの働き方』を出版されたりと、「働き方」に関するさまざまな発信をしています。そんな横石さんから見た、日本の働き方に関する問題点を教えてください。

横石:さまざまな問題があると思いますが、その根底は私たちの働くスタート地点にあると思っています。

新卒一括採用制度を背景に、ほとんどの人が「自分で働き方について考える」ことなく、人生の中の同じような時期に会社へ入り、一度入った会社で40年近く定年まで過ごすのが当然だとされてきた。右肩上がりの社会では、多くの人がそういった働き方に疑問を持つ必要がありませんでした。

——従来「当たり前」とされてきた働き方に疑問を持たず、それをそのまま受け入れる人が多い、と。

横石:コロナ禍を経て「働く場所」の当たり前を疑うことから、自分の生き方を見つめ直した人も少なくないですよね。時代によって、働く場所の当たり前は変わるわけですが、私たちの働く理由とも大きく関わってきます。

日本経済にとって、1970年以降の高度経済成長は大きな成功体験になりました。その成長を牽引したのは、製造業です。トヨタ自動車や本田技研工業、あるいはソニーなどが生み出すイノベーティブな製品が世界を席巻し、日本の経済成長を支えました。

そのイノベーションの源泉は多くの場合「現場」です。たとえば、パナソニックの創業者である松下幸之助は徹底した現場主義者として知られ、工場や研究所といった製造現場にも、製品を売る現場、つまりは小売店にも頻繁に足を運んだとされています。トヨタ自動車や本田技研工業にはいまも「三現主義(現場・現物・現実)」が根付いている。

現場から情報を得て、現場に集まり、現場で試行錯誤をすることがイノベーションを生み出した。それが日本経済に大きな成長をもたらし、これが一つの「勝ちパターン」だと考えられるようになったわけですね。現場を大切にするのが当たり前だからこそ、本社ビルやオフィスにあまり投資しない企業も当時は多かったのではないでしょうか。

いずれにしても、こうした現場主義的な成功体験が、現代の私たちの「働く」における当たり前を決定づけたのだと思います。

——どういうことでしょうか?

横石:「何かを生み出すためには、みんなが顔を合わせて『現場』に集まり、共に切磋琢磨する必要がある」といった考えが定着し、「勤務時間=出社すること」が当然だと考えられるようになったのだと考えています。

たしかに、製造業においては品質向上のヒントを得るためにモノをつくる現場に足を運ぶことは重要でしょう。また、顧客のニーズを探るために、小売店というモノを売る現場に行くことも大切ですよね。そういった意味で「現場主義」が誤っているとは思いません。

でも、たとえば工場もなければ、顧客に直接対面してサービスを提供する小売店もないIT企業やグローバルテックにとっての「現場」とはどこでしょうか

——そう言われてみると難しいですね……。

横石:IT企業経営者の中にも、日本的な現場主義を継承している方は少なくないと思います。しかし、IT企業の「現場」は見えづらい。さらにIT企業は製造業ほどたくさんの従業員を雇う必要もありません。

そこで、IT企業にとって重要な働きを果たしたのが、オフィスという「現場」でした。2000年代以降のGoogleやAppleなどのグローバルテックによるオフィス投資は類を見ません。

テック界隈のスタートアップをはじめとする経営者たちもオフィスを現場と見立て、そこに集まることに価値を見出していきます。メディアや映画なんかでも華やかなオフィスシーンは頻繁に取り上げられ、過剰なまでのオフィス競争を招いていきました。オフィスが自宅よりも快適で居心地がいいのが当たり前の時代になり、24時間365日いつでも「現場」で対応できるようになっていきました。

「感情」が働き方の刷新を阻む?

——コロナ禍をきっかけに、「働く場所=オフィス」という認識に変化が生じたように思います。横石さんはコロナ禍以降の働き方をどのようにご覧になっていますか?

横石:コロナによって脱オフィス時代の幕が開けます。多くの企業がリモートと出社の最適なバランスを見いだすために試行錯誤している状況です。最近では従業員をオフィスに強制的に呼び戻そうとしている企業が増えてますが、いずれまたリモート化が加速するタイミングは来ると思うんです。振り子のようなものですよね。

社会におけるリモートワークの定着度の最大値が100だとすれば、現在は10にも満たない程度でしょう。もっと自由に移動しながら、今以上のパフォーマンスで働くことができる時代がくるはずです。次に振り子がリモートワーク側に振れたときが、「定着」の本当のスタート地点かもしれないですね

——現在、リモートワークの推進を阻んでいる壁があるとすれば、それはどのようなものなのでしょうか。

横石:まず大前提として、リモートワークも出社することも、目的ではなく手段だと認識しなければなりません。企業目線で言えば、従業員の働き方を決めることは、それぞれのパフォーマンスと組織の力を最大化するための手段でしかないので、「特定の働き方を実現すること」が目的化してしまっては組織はうまく回っていかないでしょう

その上で、リモートワーク推進には「制度」「基盤」「感情」という3つの壁があると思っています。「制度」とはリモートワークをする際のルールのようなものであり、「基盤」とはリモートワークをする際に使用するシステムやツールを指します。この2つに関しては、多くの会社がコロナ禍をきっかけに整備したのではないでしょうか。

しかし、3つ目の「感情」がやっかいなんですよね。たとえば、リモートと出社を選択できる会社があったとしましょう。このとき生じがちなのが、評価に関する問題です。というのも、評価する側の人が頻繁に出社をしている場合、同じく出社し、対面で顔を合わせている頻度が高いメンバーのことがどうしてもかわいく見えてきてしまう。いわゆる「ザイオンス効果(単純接触効果)」というものです。

実際、アメリカで実施されたある調査では、頻繁に出社している人の方が高い評価を受けやすい、出世しやすい傾向があることが明らかになっています。もちろん、これは人間の心理的な特徴でもあるので、ある程度は仕方ないのですが「出社した方が高い評価が受けられる」のであれば、いつまで経ってもリモートワークは定着しませんよね。

そういった感情が生むバイアスを抑制し、目的達成のためにフェアなジャッジができるリーダーを育成する、あるいは、感情を差し挟む余地のない評価制度を構築しなければ、「リモートOK」は形骸化してしまうのではないかと思います。

これからの組織運営に求められる「テクノロジーと働き方」のストーリー

——今後、より多様な働き方を実現するためには、どのようなことが重要なのでしょうか。

横石:テクノロジーをうまく活用することが重要だと思います。具体的には、一人ひとりの個性を守り、その可能性を最大限に拡張するツールとしての役割を期待したいです。たとえば、AI。うまく活用すれば、仕事と人のマッチングの制度を上げられるのではないかと思っています。

具体的な仕組みはさておき、たとえばある企業においてすべての従業員が「いつ」「どこで」「どのような仕事を」「誰と」「どんな風に行い」「どのような成果を残したか」など、仕事にまつわる情報をしっかりと記録し、AIに学習させておけば、どのプロジェクトに誰が最適なのかをより正確に判断してもらうことも可能でしょう。

こういった仕組みがあれば、企業の中だけではなく、外に出る、すなわち転職する際にも活用できるかもしれません。人が仕事を探すのではなく、AIを介して「仕事が人を探してくれる」時代がやってくるはずです。

——AIが個人の仕事に関するデータを学習、分析することによって、その個人に最適な仕事とのマッチングをサポートする、ということですね。

横石:テクノロジーは私たちの生産性やキャリアを劇的に変えてくれるのではないかと思っています。そして、そういった仕事の選び方や出会い方が可能になったとき、重要になるのがリモートワークの定着なのではないでしょうか。

なぜなら、オフラインでのやりとりをデータ化することは難しいわけですが、オンライン上でのやりとりはログを取ることができ、すべてをデータ化することができるからです。リモートワークはオンラインでのコミュニケーションになるため、個人の行動や発言、あるいは組織としての合意形成の傾向もデータとして残すことができますよね。これらのデータがこれからの働き方の基盤を構成する重要な要素になるだろうと思います。

——しかし、自らの言動がすべてデータ化されるとなると、忌避感を抱く人も少なくない気がします。

横石:当然の感情です。でも、さまざまなことをデジタライズすることそのものは、悪いことでもいいことでもないはずです。

問題は、「テクノロジーやデータをどのように使うか」。従業員の目線で言えば、たとえば経営側がテクノロジーを「監視するため」に利用しようとするならば、その取り組みに協力しようとは思えないですよね。

ですから、企業を経営する側に求められるのは、「何のために」「どのような働き方を実現しようとしているのか」について明確なビジョンを描き、そのビジョンを実現するために「テクノロジーをいかに活用するのか」を魅力的なストーリーとして組織全体に伝えていくことでしょう。

テクノロジーが「働く」の未来をつくる

——そもそも、10年ほど前までは「働く場所」を含めた「働き方」が問題になることは少なかったように思います。なぜ、「働き方」に注目が集まるようになったのでしょうか。

横石:仕事や働き方というテーマを通じて経済的問題や人権問題が取り上げられることで大きな注目を集めてきたと共に、「働くこと」に求めるものが段々と変化してきたように思います。

仕事をする目的が「生きるため」から、「他者との関わりを持つ」という社会的な欲求、他者や会社で認められたいという承認欲求を満たす段階を経ながら自己実現や自己成長のために働く人も増えています。

——変化のきっかけは何だったのでしょうか。

横石:インターネット、SNSをはじめ情報の流れが大きく変わったからでしょう。つまり、ナラティブが時代を動かすようになった。

以前は、他者の働き方を知る機会はほとんどありませんでしたし、労働に関する問題はブラックボックス化していました。

しかし、インターネットやSNSが普及したことによって、劣悪な労働環境や過重労働、過労死などの「働く」に関する諸問題が表面化したわけですね。そうして、働き方に関する問題がフォーカスされるようになり、個人の意識の芽生えと連帯、そして国や企業も動き始めた側面は大きいのではないでしょうか。

以前、厚生労働省で働き方改革を担当していた方が、「国民のみなさんの声が国を動かした」と語っていました。2010代半ばから始まった一連の働き方改革や「働く」に関する意識変化は、トップダウンではなく、ボトムアップで生じたものでもあり、そのベースにあるのはテクノロジーだったと見ています。

また、僕は現在法人を経営していますが、従業員は自分だけなんですよね。いわゆる一人会社という形態なのですが、そのときの目的に沿ってさまざまな外部パートナーのみなさんの力を借りながら、柔軟な働き方をしています。海外在住者や大企業勤務者がプロジェクトに加わることも珍しいことではありません。そういった働き方を実現できているのも、間違いなくさまざまなテクノロジーがあるからこそ。

働き方の変化とテクノロジーの進化には、密接なつながりがあり、加速度的に相互影響を及ぼし合っていると思っています。意識の変化が新たな道具を生み出したのか、道具の変化が新たな意識を生み出すのかは「鶏と卵」ですが、これからもテクノロジーが私たちの「働く」を変えてくれるパートナーであることは変わらないと思います。

取材・執筆:鷲尾 諒太郎
編集:王 雨舟
撮影:赤松 洋太

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