2024年12月4日
マネーフォワード株式会社 執行役員 グループCDAO (Chief Data and Analytics Officer) データ戦略室室長
野村 一仁
2007年にアクセンチュア株式会社に入社、デジタルコンサルティングシニアマネージャを担当。2017年から楽天グループ株式会社に入社、データサイエンスコンサルティング部門の部門長を担当。2021年よりスマートニュース株式会社において、全社データ戦略立案のグループマネージャーを担当。2023年12月にマネーフォワードに入社し、データ戦略室を管掌、グループ全体のデータ戦略・実行を担当。2024年6月、執行役員 グループCDAOに就任。
マネーフォワード株式会社 データ戦略室副室長 データエンジニアリング部部長
松本 裕也
2005年から株式会社ツタヤオンライン(現カルチュア・コンビニエンス・クラブ株式会社)にて、インフラ構築やサービス開発のマネージャーを担当。2018年に株式会社リクルート・テクノロジーズに入社、複数事業領域のデータ基盤のマネージャーを担当。株式会社セブン&アイ・ホールディングスのデータ基盤のマネージャーを経て、2022年4月にマネーフォワードに入社し、全社データ基盤の構築とデータ・AI活用の推進を担当。
データ活用に着手したはいいものの、その難しさに頭を抱えている企業は多いのではないでしょうか。データの収集や管理のための技術的な整備が一筋縄にはいかないのはもちろん、データの安全性を確保しつつ、活用方針を決めるのも容易ではありません。
そんな中、いち早くデータ活用に乗り出したマネーフォワードは、その動きをさらに加速させるために、2023年12月にCDAO(チーフデータアナリティクスオフィサー)として野村一仁さんを迎えました。
実際にお話を伺うと、技術や組織構造、データ活用のフローが高度に仕組み化されていることがわかりました。しかし彼らは、現状に満足しているわけではなく「コストセンターと呼ばれがちなデータ組織の価値を証明したい」「データで経営をリードしたい」という思いを抱いています。
そのためにどんな組織構造で、どんな戦略を描いているのか? そしていま抱いている思いを、どのように実現していくのか。キーパーソンの2名にお話を伺いました。
野村:マネーフォワードグループにはいくつかのグループ企業がありますが、データ関連業務はグループの中央組織であるデータ戦略室と、各社の事業部が行っています。
中央組織であるデータ戦略室は、グループ全体のデータ活用を推進する組織であり、データ戦略部、分析推進部、データエンジニアリング部の3つから構成されています。
1つ目のデータ戦略部には、データストラテジストとデータプロダクトマネジャーが所属しており、全社的に推進するデータ活用施策の立案と、その施策のプロジェクトマネジメントを行います。「データ活用によって売上にインパクトを起こす」というミッションに対し、それを実現するための戦略を組むのが主な役割です。
2つ目の分析推進部には、データアナリストとアナリティクスエンジニアが所属しています。データアナリストはデータ分析と活用を実際に推進する実行部隊です。一方アナリティクスエンジニアは、大量のデータ群を各事業で活用できる状態にするためのパイプラインづくりをしています。
そして3つ目のデータエンジニアリング部には、データエンジニアが所属しています。グループ全体からデータを集め、全事業でデータを使いやすくするための環境づくりをしています。具体的には、分析基盤の構築とデータ収集のほか、LLMなどの新機能を活用するためのプラットフォームづくりなどです。当社のデータ活用の要を担う組織だと私は考えています。
なお、私はデータ戦略室の室長に加えて、AI技術を全社に適用するAI推進室の室長を兼任しています。松本さんはデータエンジニアリング部の部長を務めています。
野村:そうですね。我々データエンジニアリング部は、データ戦略部が立案した施策が実行フェーズに入ると必ず参画し、必要なデータやインターフェースの提供を行います。またデータを使った業務改善も我々の役割なので、セールスや経理などの課題解消のためにプロジェクトを組むこともあります。
ちなみにマネーフォワードグループでは、データエンジニアをプロダクト側に配置せず、全て中央のデータエンジニアリングに集約しています。そもそもデータエンジニアリングは共通化のメリットが大きい領域ですし、データを扱う上では統制を効かせることが大事なので、常に全社的な管理が行われている状態にしています。
一方、データアナリストやアナリティクスエンジニアはプロダクト側に配置され、ドメイン特化でのデータ分析やパイプライン構築を行っています。
野村:我々が各プロダクトのデータベースに直接アクセスしてデータを取得しています。Googleアナリティクスなどの外部データもある場合は、我々がパイプラインをつくり、同様に収集しています。当社のプロダクトは全て共通のプラットフォームを用いて開発されており、各プロダクトの開発に関わるエンジニアにも、データ周りの実装に関する研修を行っているので、データ集約は極めてスムーズです。
なお当社の場合、バックオフィス部門も自社プロダクトを用いているので、社内の業務効率化プロジェクトにおいても自動的にデータが収集されています。
野村:施策の進め方は「既存プロダクトの改善」か「新規開発」かによって異なります。
既存プロダクトを改善する場合は、そのプロダクトを介したビジネスの利益構造さえ理解できれば、改善策を考えることはそれほど難しくありません。売上アップに直接的に貢献できるコストを把握し、マーケティングミックスモデルやリコメンデーションモデルを適切に用いれば、ほぼ自動的に出せるものだと言えます。ただ実際は財務分析だけではなく、現場のニーズからボトムアップ的に組成することも多いです。
一方、新規開発の場合は、発想力が必要です。例えば我々は、お客様の財務や会計情報を他行よりも大量に保有しています。これらの情報を活用して、お客様の実態により近い与信を実現しようと考え、新たな信用アルゴリズムを開発しました。このようなゼロイチに近い開発を行う際は、データの価値とテクノロジーを理解した上で、ビジネスインパクトを推定するという複合的な力が求められます。
当社ではこれらの施策立案は全て、データストラテジストが行っています。
施策を実行していく段階では、施策ごとにプロジェクトを組成し、データ戦略部所属のデータプロダクトマネジャーがPdMとして推進します。
データプロダクトマネジャーは、データによる事業貢献に対する本質的な理解や、データアーキテクチャに対する技術的な視点に加えて、ビジネスサイドやセキュリティ組織、プロダクト開発組織などの多様なステークホルダーを巻き込みながらプロジェクトを前に進める力など、複合的なスキルを持つ人材が担っています。施策を進める中では、データエンジニアリング部に具体的な設計や実装をお願いしながら、必要であればプロダクトのインフラやバックエンドを開発するエンジニアたちとも連携しています。
野村:それはほとんどありません。データ戦略部では各施策のインパクトとフィジビリティをあらかじめ調査し、それらを一覧にしたリストを作成しています。我々はそのリストをもとに行動しているので、施策の実行にかかる時間や、実現可能性などについては、データ戦略部全体での共通認識があります。
松本:データエンジニアリング部も、施策の構想段階から議論に参加しているので、我々のところに無理な依頼が来ることはありません。並行して進めている施策を踏まえた優先度やリソースなどについても、考慮に入れながら話し合っています。
松本:最近は、外部APIと組み合わせてシステムを構築することが多いですが、利用するにあたっては一定の制限があります。ただし、社内からニーズがあった場合はすぐに組織横断のチームが結成され、新技術の使用時にクリアすべき点を明確にするといった全社的なフローが構築されています。すると、これに則る形で新技術の利用が拡大し、ナレッジが速やかに蓄積されていきます。生成AIに関する技術も同様です。
当社ではこうしたサイクルが全職種において回っています。守る部分は守りつつ、新技術にも柔軟に対応できる仕組みがあるのが特徴です。
松本:社内で扱えるデータは、セキュリティの専門家であるCISO室が、機密性に基づいてセキュリティレベルを定義しています。
そして、各セキュリティレベルに応じた環境を構築した上で、社員のアカウントと権限情報を紐づけて使ってもらう形でアクセス制御を行っています。つまり、社員が持っている権限に応じて、インターフェースを分けているのです。
当社はプロダクト数も社員数も多いものの、社員のアクセス範囲を管理できる仕組みを構築し、各部門で管理するという方式をとっています。その上で、DLP等の自動検知システムなどでカバーしています。例えば一つのクエリで異常値が示された場合は、検知された発行者にすぐ確認を取るようにしています。
このように安全性を考慮する一方で、分析者にとってのデータの使いやすさを調整する作業も常に行われています。CISO室の包括的なセキュリティアセスメントの結果をもとに、データエンジニアリング部とCISO室が共同で要件や仕様を決めた後、我々が実際の構築や運用を行っています。
野村:もし社内での判断が難しい場合は、外部の諮問機関や顧問弁護士など、データガバナンスに関して一定の知見を持つ方の意見も伺うようにしています。
野村:ユーザーフォーカスの重要性を関係者全員が認識していることだと思います。
データを活用して何かやりたいと考える場合、関係者はそれぞれの立場によって、決断や考えにどうしてもバイアスがかかります。例えばデータ戦略室の施策の起案者は、いわば「攻め」の立場です。彼らは、自分が考案した施策を実行したいから、リスクやデメリットなどのネガティブな要因が見えにくくなる。
だからこそCISOとかCLO、顧問弁護士などの専門家、いわば「守りの責任者」の立場から、第三者的な視点が必要です。とはいえ彼らも「守り」の立場だからこそ、リスクやデメリットを大きく捉えすぎてしまうこともあります。実際、ユーザーが受け入れられるレベルのリスクも排除しようとして、過剰にデータの利活用を制限してしまって、ベネフィットを届けられなかったこともあります。
このバランスをとるためには、「マネーフォワードは本来何がしたい会社なのか」を、関係者全員が深く理解し、迷った時はここに立ち返る必要があります。当社は、ユーザーのお金の不安を取り除き、ユーザーに幸せになってもらうことを目的として事業をしています。いま協議している施策は、その目的にどれほど適うものなのか? このシンプルな判断軸に立ち戻ることができれば、攻めと守りのバランスはおのずととれるようになっていくのではないかと考えています。
松本:リソースはもう一生足りないですよね(笑)。
野村:本当にそうですね(笑)。銀の弾丸はありませんが、まずは社内投資をきちんと受けられる状況を作るために、自分たちの取り組みに対するROIを正確に把握するようにしています。
あえて単純化して話しますが、例えば10億円の予算でデータ活用をした結果、1年間の売上が100億円増えたとしたら、少なくとも我々は1年で90億円の利益を生み出したことになりますよね。であれば、次の半期はその半分の45億円の投資を受ける資格があると主張できるはずです。
データ組織の活動がなかった場合に、それが事業にとってどの程度クリティカルだったかは、簡単に表せるものではありません。しかし計算上の数値であったとしても、ROIで貢献度を明示できれば、それだけデータ組織としての活動を広げやすくなります。
野村:ええ。どの会社でもそうだと思いますが、データ組織はともするとコストセンターと見なされがちです。
だからこそ我々は、自分たちの組織を社内企業のように見立てて、能動的な意思決定を行っています。施策を成功させ、さらなる投資を受けて、活動を拡大するという動き方は、データ活用を推進する際のキーポイントになると思いますね。
松本:私はさらに、メンバーのモチベーションを上げる効果もあるのではないかと思います。データエンジニアの仕事はインフラ寄りなので、自分の仕事からビジネスインパクトまでが遠くなりがちです。どのメンバーも「自分の働きによって具体的にどのぐらい会社に貢献できるのか」が予めわかれば、前向きに取り組みたくなりますよね。
野村:そうですね。私自身もデータ戦略室の仕事をしながら思うのですが、どんなに優れたデータストラテジストやデータサイエンティスト、アナリストがいても、データがきちんと使える環境がなければ何もできないんです。松本さんのデータエンジニアリング部が作ってくれているデータ環境は、グループ内で最も重要な資産と言っても過言ではありません。
仕事内容は裏方かもしれませんが、それがいかに重要かということを示す活動は、これからも継続していく必要があると思います。
松本:データにまつわる技術は日々更新されているので、それらを今の基盤に装着していく活動は今後も継続していきます。加えてデータ分析者にとってのUXはまだまだ改善の余地があるので、データ利用に関する制限はきちんと維持しつつも、分析者にとって十分なリソースを提供することで、分析者のユーザー体験を向上させていきたいです。
私の野望としては、各プロダクト間のデータを組み合わせ、プロダクトの価値を向上させる仕組みづくりにも取り組みたいです。今は各プロダクトにそれぞれのデータベースが紐づいている状態ですが、各データベースのデータを組み合わせれば、新たな価値の創出は絶対にできると思うんです。
プロダクトのデータを適切にモデリングし、プロダクト間のシナジーがすぐに創出できる状態になれば、マネーフォワードは新たな一歩を踏み出すことができると思います。技術的には非常に難しい挑戦ですが、何とか実現したいですね。
野村:そうですね。マネーフォワードが持っているデータの価値は、現状では到底「生かしきれている」とは言えません。もっともっと、経営にもユーザーにも大きなインパクトを出せるはず。そう信じて、これからも取り組み続けます。
取材:森下 研人・光松 瞳
執筆:一本 麻衣
編集:光松 瞳
撮影:曽川 拓哉
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