“日報”を軸に「穴をあけられる組織」をつくる。VPoPがほぼ準備なしで長期休暇をとれた理由【Sansan西場】

2024年11月20日

Sansan株式会社 執行役員/VPoP

西場 正浩

大学院で数理ファイナンスの博士号を取得後、大手銀行で数理モデルの開発に従事。その後医療系IT企業でエンジニアやプロダクトマネジャー、事業責任者、採用人事などを幅広く務める。2021年にSansan株式会社へ入社。技術本部研究開発部でマネジメント業務にあたり、2022年からはVPoEとしてエンジニア組織の整備と強化を、さらにVPoPとして「Sansan」のグロースを担う。2024年4月より現職。

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これまでの経歴

2024年の夏、執行役員 VPoPという責任あるポジションながら、約7週間の長期休暇を取ったSansan株式会社の西場正浩さん。1ヶ月を超える長期休暇は、育休に続く2回目だったといいます。

こうした長期休暇は、海外では「バカンス」として一般的になっているものの、日本ではまだまだ珍しいケースです。ましてやレイヤーが高い人ほど、「自分がいなくなって、チームは大丈夫だろうか」「休むための準備のことを考えると、休みはせいぜい数日しか取れないだろう」と考えることでしょう。

「自分の休暇の話なんて、誰かの役に立つんですかね」と謙遜しながら話し始めた西場さんでしたがお話を聞くと、この長期休暇は今まで積み重ねてきた組織づくりの取り組みが実ったからこそだ、とわかってきました。

約7週間の長期休暇も、準備はほぼ不要だった

――今日はよろしくお願いします。今回、1ヶ月以上の休暇をとったそうですね。

西場:はい。幼稚園に通う娘の夏休みに合わせて7月半ばから9月半ばまで、約7週間休みました。休暇中は、昼間は子どもたちと遊ぶことに専念し、子どもたちが寝た20時以降の空き時間に多少Slackをチェックする日々でした。

ただ、さすがに有給日数が足りなかったので何日かは出社していて、この日に各種承認業務を一気に片づけていました。夏休みの登校日のようなイメージです。ただ、「西場さんが来たときに確認すればいいか」とタスクが先延ばしにならないようにするために、出社日は事前に伝えていませんでした。

――長期休暇をとるための準備は、いつ頃から始めていましたか?

西場:休暇をとろうと決めたのは2024年2月頃です。といっても、具体的な準備はほぼしていなくて、業務の中で私が担っているフローを、他のメンバーに代わってもらうくらいでした。

例えば、自分しか出席していないけれどチームへの影響が大きい定例会議に、他のメンバーも参加してもらうようにしたり、機能レビューや採用面接などを誰がやるのかメンバーと相談して決めておいたり。

――VPoPが1ヶ月半休むことになったのに、それだけの準備で済んだのですね。

西場:メンバーがとても頑張ってくれたのはもちろんですが、実はこれまでの組織づくりの取り組みが実を結んだ部分が大きいです。

私は組織づくりにおいて、「情報の透明性の維持」に特に注力してきました。すべての情報をオープンにし、メンバー誰もがアクセスできるようにする。

そして共有されたたくさんの情報を健全に活用するために、組織の文化として「わかりやすく伝えること」「書いていないことを深読みせずまっすぐ受け取ること」を徹底して求めてきました。

いくら情報を共有しても、伝え方がわかりづらければ、内容を理解してもらえない。また、いくらわかりやすく伝えようとしても、深読みされハレーションが生まれてしまうなら、情報を秘匿するしかなくなってしまいます。逆にこれらができていれば、あらゆる情報が健全に共有・活用され、メンバー誰しもが「自分がいないから業務が回らない」という状況に陥らずに済むはず。そう徹底してきたからこそ、休暇の準備に手間がかからなかったのだと思います。

「日報」で、情報の透明性の維持&コミュニケーションの訓練

――「情報の透明性の維持」のために、どんなことをしているのですか?

西場:私がマネジメントを担っているプロダクト室のPdM約20名全員に、毎日必ず日報を書いてもらっています

日報の内容は「今日やったこと」「今日決まったこと」「学び・気づき」。今考えていることを全て書くようにお願いしています。そしてこの日報は、PdMがそれぞれまとめているチームの全メンバーが読みます

一見シンプルな取り組みですが、情報がオープンになるだけでなく、コミュニケーションの訓練としても大きな効果を発揮しています

――日報を通じて、どのようにコミュニケーションの訓練が行えるのですか?

西場:日報は、書いたメンバー、読んだメンバー双方にとって「わかりやすく伝える」「深読みせずまっすぐ受け取る」の練習をする機会となっています。

私からは、日報を書く人には「わかりやすく書くこと」「書いた日報へのフィードバックをまっすぐ受け取ること」を、日報を読む人には「日報の内容をまっすぐ受け取ること」「感想やフィードバックをわかりやすく率直に書くこと」を求めています。これを毎日続けていく。すると、密度の高いテキストコミュニケーションと、その試行錯誤を繰り返すことになります。

日報を書いた人にとっては、あらゆる立場のメンバーが見る文章を、毎日わかりやすく書かなくてはなりません。一生懸命書いた文章に、時には「わかりにくい」「難しい」と率直なフィードバックが届く。これに向き合い続けるのはタフなことですが、次第に自然と、わかりやすい文章を書けるようになっていきます。また、届いたフィードバックにフラットに向き合い、改善につなげられるようにもなる。

日報を読む人にとっては、書いてある膨大な内容を深読みせずまっすぐ捉えるトレーニングを、毎日してもらうことになります。残したコメントから「深読みしているな」と感じたときや、フィードバックの仕方が遠回りになっているときなどは、1on1などで私や他のマネジャーが直接伝えます。

このサイクルを回し続けることによって、テキストベースで「わかりやすく伝える」「まっすぐ受け取る」ことが、組織の中に文化として浸透していきます。

――日報を書く取り組みは、次第に読まなくなったり、書かなくなったりと、継続が難しい部分もあるのではないでしょうか。

西場:日報を機能させ続けるために、まずは私が模範となり、20人全員の日報を毎日読んでコメントしています

内容が薄ければ「最近の学びは?」と質問したり、他部署の人と連携できそうだったらメンションをつけたり。わかりにくかったら「日本語が難しいです」などとストレートに伝えます。また、読んだ人からのコメントが少ないときは「コメントを書こう」と促すこともあります。

「見ているよ」とプレッシャーをかけたいわけではありませんが、一定の効果はあると思います。ただ私の本心として「せっかく書くなら真剣に取り組んで有効活用しようよ」と思っているし、メンバーにもそう伝えています。

長期休暇の目的は3つ。「家族との時間」「組織の強化」「自分の成長」

――そもそもなぜ西場さんは、長期休暇を取得しようと思ったのでしょうか?

西場:目的は大きく3つありました。「1.家族と過ごすこと」「2.組織を強化すること」「3.自分自身が成長すること」でした。どれかが特に強いわけではなく、等しくどれも強いです。

1つ目はシンプルで、今子どもは4歳と2歳。あっという間に成長してしまうので、大切な時間を一緒に過ごしたかった。これは十分に叶いました。

2つ目の組織強化は、常に考えているテーマです。2022年にVPoPとなり約1年が経った頃には、大きな変革が一段落して、メンバーも新しいやり方に慣れ、それを継続するフェーズに入っていました。組織の安定稼働はよいことですが、安定した組織にいるとメンバーの成長は鈍化しがちです

ここから半年くらい先を見据えたときに、メンバーにはもう1つ上のステップを目指してほしい。そう考えたとき、私がいることで成長の機会を奪っている可能性があるかもしれない、とハッとしました。もしも私が離れてメンバーだけで頑張る期間が生まれれば、メンバーの成長の余白が見つかるかもしれない。また、私のレバレッジポイント、つまり私がいたほうがうまく機能するところや、逆にいなくても大丈夫なところも見つかるはず。だったら一旦休んでみるのも、組織を強化する手段の一つかなと考えるようになりました。とはいえ、不在があまりに長期にわたるとメンバーの負担も大きいので、1~2ヶ月というのはちょうどよい長さだったと思います。

3つ目が自分の成長です。これが長期休暇を取ろうと思った直接的な理由ですね。実は年明けに、組織内での他者との関わり方やそれに影響する私のふるまいに関して、やや厳しめのフィードバックをもらったんです。受け止めて改善には取り組んでいましたが、一度仕事や組織と距離をおいて、「人と接するとはどういうことなのか」と理論に立ち返って向き合いたいと思っていました。

――日本では長期休暇を取る人はまだかなり少ないですよね。実際に休暇をとるぞ!と踏み切るのに、不安はありませんでしたか。

西場:たしかに一般的には、例えば月曜から木曜は遅くまで働くけど、金曜日は早く帰りたい、また、1~2ヶ月必死に働いてその次の月は少し余裕がほしいなど、週や月の単位で考える方が多いと思います。

でも私はもともと、もう少し長期のスパン、だいたい数年単位で考えています。例えば、家族が健康で幸せに暮らしている限りは一生懸命、ときには長時間労働をすることも厭わない。しかし家族に何かあれば、すぱっと仕事を辞めるでしょう。

こう思うようになったのは、もしかすると博士課程の経験も影響しているかもしれません。当時は、論文の締め切りに近い時期は完成に向けて一気に集中し、全て終わったら数ヶ月休む、というサイクルを繰り返していたため、今も似たような感覚をもっています。

休暇をきっかけに、メンバーも組織も、自分も強くなれた

――この長期休暇をきっかけに、メンバーにはどんな変化がありましたか?

西場:休暇の半年前に「夏に1~2ヶ月休みます」と宣言したタイミングから、すでに大きな変化がありました。メンバーの意識が変わり、今まで受動的に通り過ぎていたような情報も、主体的に取りにいき理解しようとするようになってくれたんです。

社内で多くの情報がオープンに共有されているからこそ、メンバーにとっては情報量が多すぎて消化しきれず、受け流すこともあると思います。たとえば会社の方針のような、普段の業務と少し遠い情報は、聞いてはいても消化できていなかったり。

でも私がいなくなり、代わりに他部署との会議に参加するとなれば、そこへの感度がぐっと高まります。車を買おうと考え始めると急に、街を走る車の車種が気になり始めるでしょう? あれと似ていると思います。当事者になるだけで、インプット力は高まるものです

実際、休暇の直前にも、メンバーから「この情報の背景をもっと共有してほしいです」といった声が上がり、準備や調整をした部分もあります。そう考えると、私が不在になるまでの準備期間として、約半年という長めの期間を取れたのはよかったですね。メンバーの意識が変わり、それが業務に現れ始めてから、休暇に入ることができましたから。

――休暇から戻ってきてから、組織が強化された実感はありますか?

西場:もちろんです。戻ってきてすぐに、そう強く感じました。

というのも、休暇が終わってから、私の不在期間の振り返りをみんなで行ったんですよ。「西場がいたとき/いないときの差分」「西場がいたら○○したはずなのに、なぜしなかった?」などを言語化していきました。私がいないことでうまくできなかった部分や、私がいない期間に起きたことについても、メンバーが状況や背景を正しく伝えてくれました。同じ情報を共有した状態でフラットに議論し、皆の視点を総合した結論を出すことができました。

これはまさに、日頃からコミュニケーションの訓練を続けていて、さらに私がいないことでメンバーそれぞれが、情報への感度や視座を高めてくれたからこそ。組織が強くなった証だと思います。

――不在期間の振り返りの中で、西場さんのレバレッジポイントも明確になっていったのでしょうか。

西場:はい。振り返りを経て、明らかに私がいた方がよかったところや、意外といなくても問題なかったところを明確にすることができました。

さらに、私のレバレッジポイントについてチームで共通認識を持てたことで、メンバーの成長の余白もわかりました。メンバーもすでに、自分たちでやれる部分をどんどん進めてくれていて、それぞれの力が伸びていると感じます。

――西場さん自身には、長期休暇を経てどんな変化がありましたか?

西場:まずは子どもたちと、今しかない貴重な時間をじっくり一緒に過ごすことができてうれしかったです。そして、休暇をとる直接的な要因となった厳しいフィードバックとも、落ち着いて向き合うことができ、さらに理解が深まったように思います。

フィードバックを受けた瞬間はやはり「そうはいっても立場もあるし」とか「見方や観点が違うんだけど」など言い訳したい気持ちもありました。その後気持ちを切り替え、休暇前にはすでにある程度改善していた感覚はありましたが、休暇を経てさらに大きくブレイクスルーできたかなと思います。休暇中に関連書籍をたくさん読んだり、じっくり言語化して振り返る時間をとれたおかげで、本質的な改善点と向き合えるようになったと感じています。

他人と比べなければ、力強く前に進んでいけるはず

――ちなみに、ご自身への厳しいフィードバックと向き合うためには、どんなことをしていますか? つらく感じることはないのでしょうか。

西場:フィードバックを受けた翌日から、毎日20時にSlackのリマインダーを設定して、スレッドにその日の振り返りや考えたことをメモしています。

つらいと感じることは、ほとんどありません。というのも、私は「昨日の自分」と「今日の自分」を比べているからです。

きっとつらく感じるときは、誰かと比べているからなんだと思います。私も博士課程で論文を書こうとしていたとき、自分の研究分野には世界中にたくさん「天才」がいるんだと思い知り、自分のちっぽけさに悲しくなったことがあります。でも捉え方を変えれば、少なくとも自分が書いた論文については、自分が世界で一番詳しい、とも言えますよね。であれば、ほかの分野の天才と自分を比べる必要はない。

研究も仕事も、昨日の自分より今日の自分のほうが、できることが増えているはずです。昨日よりもできるようになったことを見つけて受け止めるということが、振り返って前に進むということなんだと思います。

――ありがとうございます。最後に、西場さんが目指す組織の姿を教えてください。

西場:組織としては、誰がいなくなっても、何とかして前に進める状態でありたいです。それが真の「組織化」であり、強い組織なのだと考えています。

私が一番恐れているのは「西場がいないと動けない組織」になってしまうこと。強い組織というのは、誰か1人が抜けても回るものです。「メンバーは単なる歯車である」という意味では決してありません。いなくなれば当然戦力ダウンになるし、「この人がいるからできる」という替えの利かない存在でいてほしい。しかしそのうえで「誰がいなくなっても、なんとかなる」と、全員が言い切れる状態でありたいです。

私の選択肢には常に「長期休暇」があるので、今後も「組織にとってよいタイミングだ」と思うときがあれば、また取得するかもしれません。その時には、今よりもっと強い組織になっていられたらうれしいですね。

取材・執筆:古屋江美子
編集:光松瞳
撮影:曽川拓哉

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