ゆるふわ系SNSタイッツー「本当は作るべきじゃないかも」生みの親の葛藤

2024年1月10日

個人開発者

hoku

2023年7月に誕生し、2023年12月現在30万人のユーザーを抱えるSNS「タイッツー」開発者。2007年から2014年まで大手IT企業に勤務。その後、ソーシャルクルーズ株式会社・株式会社トリトメの取締役CTOに就任。現在はフリーランスとして、中小規模の業務系Webシステム開発等に参画。個人活動としてこれまで100個以上のWebサービスやスマホアプリ等を開発。

X(旧Twitter)
タイッツー

昨年7月のTwitter(現「X」)のAPI制限騒動のなか突如現れ、瞬く間に10万ユーザー獲得と爆発的な速度で広がったSNS「タイッツー」。RT、いいね、タイムラインなどの基本機能を備えつつも、名前のダジャレ感、何に使えるかは未定のまま配られるログインボーナス「タイーツ石」など、独特のゆるさが話題です。

なんとこの「タイッツー」、TwitterのAPI制限発表からわずか1日、たった1人の手によってつくり上げられたものだそう。今でも1人で運営しているという生みの親、個人開発者のhokuさんとはどんな人なのでしょうか。プロダクトに込めた思い、今後どんなサービスに育てようとしているのか——。いろいろとお話を伺ってきました。

一度つくれば後戻りできない。葛藤の末に生まれたタイッツー

——hokuさんがつくった「タイッツー」は、公開からわずか半年で30万人のユーザーを抱える一大SNSとなりました。改めて、どうしてつくろうと思ったのか、伺えますか?

hoku:直接のきっかけはTwitterのAPI制限です。ただ、それはあくまできっかけに過ぎず、以前からずっと「みんなが楽しい気持ちになれるSNSをつくりたい」という思いを持っていたんです。

私は今までTwitterを「みんなが楽しく遊べる場」だと捉えていて、私自身もAPIを使って様々な関連サービスを開発してきました。そのAPIに強力な利用制限がかかったことで、Twitterから「あなた向けのサービスではなくなったよ」と言われているように感じました。今までの遊び方ができない場になってしまったのだと痛感したんです。

しかしこの決断は、Twitterの昨今の状況を鑑みると理解できる面もあります。いちユーザーにすぎない私の立場から「制限を無くしてくれ」と要求するのも道理に合わないし、そのつもりもない。であれば、個人開発者として、私の理想を実現できるSNSを自分でつくってみようと考えました。

でも、実は開発する直前まで、本当につくるべきか悩んでいたんです。汎用SNSを開発して多くのユーザーさんに使ってもらう、なんてことがもし実現すれば、膨大な運用コストがかかります。一度SNSをつくって使われ始めたら「やっぱりやめた」とはなかなか言えない。「やるべきかな」「いや、やるべきじゃないだろう」と葛藤していました。

——最終的に「やる」と決めたのはどうしてですか?

hoku:「SNSをつくりたい」という思いをずっと前から持っていたからこそ、いま挑戦しないと、「なんであのときやらなかったんだ!」と一生後悔するだろうと思ったんです。頭で考えると「絶対やるな」になるんですけど、気持ちは「絶対やりたい」。「とにかくやろう。つくった後で何がどうなっても、なんとかする!」と決心して、1日でつくって公開しました。

▲たった1日で開発してリリースしたタイッツー。TwitterのAPI制限と真逆となるコンセプトで、Twitterからの乗り換え先として多くのユーザーが駆け込んだ

個人開発は段ボール工作の延長

——hokuさんはタイッツーも含め、今までで100作以上もの個人開発プロダクトを制作しています。個人開発を始めてからどれくらい経つのでしょうか。

hoku:プロダクトをつくって公開し始めたのは、新卒で就職した頃からです。約16年くらいですね。

——16年も続けているんですね!どんなきっかけでハマったんですか?

hoku:働くなかで「よし、個人開発をするぞ!」と思い立ったわけではないんです。小さい頃からモノをつくるのが好きで、段ボールや牛乳パックを使ってよく工作をしている子供でした。

ただ、パソコンとかITと出会うのは、ずっと後のことです。「ものづくりをする仕事って何があるんだろう。そうだ、大工だ!」と考えて、高校は建築科に進みました。しばらくは建築の勉強をしていたんですが、同じ高校の情報処理科の友達と遊んでいるうちに、自分でもパソコンを触るようになりました。「パソコン、めちゃくちゃ面白いじゃん!」と感動して、高校卒業後はITの専門学校へ進むことにしたんです。

——そこで感じたパソコンの面白さというのは?

hoku:パソコンに触れ始めてちょっと経った頃、テニスに関するダミーのポータルサイトをつくったんです。このサイトを友達にみてもらったら「それっぽい!」「面白い!」といい反応が返ってきたんです。

反応をもらえると、つくり手としてもやっぱり楽しくなってくるし、そうなればまたやりたくなるじゃないですか。そうしているうちに、「大工として家をつくるのもいいけど、パソコンで何かをつくるのも楽しいのでは?」と考えるようになりました。

家や家具をつくるのって、つくりはじめてから反応がもらえるまでに、数カ月、数年と長い時間が必要です。それと比べると、パソコンでつくるものは、数日、場合によっては数時間でパッとつくれてしまうのに、公開するとたくさんの反応をもらえる。そのスピード感が、私にとっては楽しかったんだと思います。

——単純につくることを楽しんでいたけれども、徐々に反応を得る喜びに目覚めたと。

hoku:はい。個人開発の楽しさは、感覚としては子供の頃のものづくりと一緒なんです。プログラムを書いてサービスやアプリをつくるのは、幼い頃によくやっていた段ボール工作と同じような楽しさを感じていますね。

就職後、開発したものをインターネットで公開し始め、多くの人に見てもらうようになってからは、つくる楽しさに加えて「ユーザーさんに楽しんでもらえる喜び」も感じるようになりました。

▲hokuさんの個人開発プロダクトや、プロフィールなどがまとまったサイトも、自身で開発している。アイコンやカテゴリ名の独特なゆるかわいさに、hokuさんらしさを感じる

個人開発してる以外はいたって普通のエンジニア

——お仕事のことも伺いたいのですが、専門学校を卒業して選んだのはSIerだったんですね。

hoku:そうです。現在はTISという会社に吸収合併されていますが、ソランという大手のSIerに就職しました。案件があるたびにアサインされ、終わったらまた次の案件にアサインされ……という感じで働いていました。ずっと個人開発をしていることを除けば、いたって普通のエンジニアでした。

——SIerのお仕事はすごく忙しいイメージがあります。個人開発に割く時間を捻出するのは大変だったのでは?

hoku:時間が足りないと感じたことはあまりないです。特に就職したてのころは、寝る時間以外は大体なにかしらつくっていたからです。

1日8時間寝るとしても、起きている時間が土曜日16時間、日曜日16時間の計32時間ありますから。これは単純計算で平日の勤務時間4日分に相当します。何をどうつくろうかというのは平日も常に考えているので、手を動かす時間が4日分もあれば、1つのプロダクトがつくれてしまいます。

——プライベートで培った技術を仕事に活かそうと考えて個人開発を続けている人も中にはいます。hokuさんにそういう考えはありますか?

hoku:その考えはあまりなかったです。そもそも仕事においての出世欲が薄い人間でしたし、組織内でのプレゼンスを高めたいといった気持ちも特にありませんでした。ただ、結果的にいろいろと仕事を任せてもらえるチャンスが増えたのは確かだと思います。

個人開発をしていると、仕事で使ったことのない技術が必要になって、イチから勉強して実装することもよくあります。それと同じ技術を使う案件があった際にスムーズに参画できた、ということはあったかと思います。

もちろん、個人開発の時に学んだ内容そのままでは仕事で通用しない場合もあります。ただ、一度触ったことがあれば勝手が掴みやすく、仕事で取り組むときのキャッチアップはかなり楽になります。そうした意味で、個人開発と仕事のつながりを感じることはありますね。

多くの人に使われるわけじゃなくても、どこかの誰かに深く刺さるものをつくれればいい

——現在に至るまで本当にたくさんのプロダクトをつくり続けていますね。転機になったプロダクトがあれば教えてください。

hoku:ひとつは、すでにサービス終了していますが、社会人1年目でつくったWebページ生成サービス「pe-ji」です。

これはいわゆるUGC(User Generated Contents)と呼ばれるタイプのサービスです。仕組みさえうまくつくれれば、あとはユーザーさんが好きに楽しんでくれるので、コンテンツをこちらで頑張ってつくる必要がありません。

つくってみたら想像より反応があって嬉しかったです。「こちら側がコンテンツをつくらなくても、仕組みを用意するだけでこんなに喜んでもらえるんだ。だったらUGC系のプロダクトは今後もつくっていきたい」と思いました。その後つくった、テキストページを一瞬で生成できるサービス「Writening」も、ブログ作成・投稿サービス「シンプルブログ」もこの路線です。少し毛色は異なりますが、「タイッツー」もそうですね。

▲テキストページ生成サービス「Writening」。タイトル、内容、公開期間など必要最低限の情報を入力するだけで、一瞬でテキストページを生成できる

hoku:もうひとつは「人生ジェネレーター」。名前を入力するだけで「◯◯歳でおむすび早握り選手権の世界チャンピオンになる。」といった適当な内容が生成されるジェネレーターです。「脳内メーカー」などのジェネレーター系サービスが流行っていた頃につくりました。

▲ネタ系×ツール系サービス「人生ジェネレーター」。名前を入力するだけでコンテンツが生成され、生成結果のURLをワンクリックでシェアできるようになっている

hoku:これはネタ系&ツール系に分類されるサービスだと思います。使ってくれた人が生成結果を自分のブログに貼り付けて、そのブログの読者さんが遊びに来てくれて、といった流れで、たくさんの方に楽しんでもらえました。

ネタ系やツール系のサービスは、ピンポイントでニーズを汲んで、おもしろいもの、役立つものをつくれればユーザーさんに使ってもらえます。また、ユーザーさんがコンテンツを投稿することがないため、管理も楽で、個人開発者でも無理なく運用できる特徴があります。「人生ジェネレーター」の開発から、ネタ系やツール系のサービス開発のおもしろさを知って、これも今後のサービス開発の軸としようと考えました。

——hokuさんの今までのプロダクトからは、「たくさんの人に使われるわけではないけれど、一部の人には深く刺さる」というサービスの特徴も感じられるような気がします。

hoku:「一部の人に深く刺さる」ことは、どんなサービスをつくるときも重視しているポイントのひとつです。

そもそも個人開発者のつくったサービスひとつで、世の中のニーズを広く網羅するのは難しいと思っています。でも、ごく一部の誰かに深く刺さるサービスであれば、私のような個人開発者でもつくることができます。そうして、誰かのニッチなニーズを満たすツールをたくさん世に出せれば、それだけ多くの方の「そうそう、これが欲しかったんだよね!」に応えられるのではないかと思っていて。

1つのサービスとしてのユーザー数は少なくても、たくさんつくって公開しておくことに意味がある。そう考えて、ツール系のサービスは今も淡々とつくり続けています。

——たくさんのサービスには一貫したコンセプトがあったんですね。とはいえ、それだけたくさんのものをつくって公開し続けるにはお金もかかるはず。ずっと自己資金だけで続けるのは大変ではないですか?

hoku:基本的にはコストと広告収入でトントンになる範囲で開発しているので、生活に支障が出たことはありません。

個人開発は私にとって趣味でもありますから、ゴルフや旅行などの趣味を楽しむのにお金がかかるのと同じように、ある程度のお金は当然かかるだろうと受け止めています。とはいえ、生活できないレベルの赤字が出続けてしまうと、つくること自体がつらくなってしまいますから、そうならないように気をつけています。

過去には、どうしても支出ばかりが続くサービスもありました。「Mastodon検索ポータル」という、Mastodonの複数のサーバーの投稿を横断的に検索できるサービスをつくって運営していたころ、なるべく支出を抑えられるように工夫していたものの、サーバー代でトータル何十万円もかかってしまったことがありました。今はその経験も活かして、サービスを提供し始める前に、無理のない収支で続けられるように計画を立てています。

個人開発のプロダクトとは「作品」である

——「タイッツー」は公開後1週間で10万ユーザーを獲得しました。その後もユーザー規模が急速に拡大するなか、「タイッツー」に込めた思いは、運営の中でどうやって実現していますか?

hoku:「みんなが楽しい気持ちになるSNSをつくりたい」という軸に基づいて、どういう順番で、どんな機能を実装するかを判断しています。

たとえば、「タイッツー」は公開から半年経ってようやくリプライ機能が実装されました。普通のSNSでは真っ先に実装される初期機能も、最初からは備えていなかったのです。しかもリプライ可能範囲も「フォロワーのみ」「自分がフォローしている人のみ」「相互フォローのみ」など、かなり細かく設定できるようにしています。「楽しい気持ちになるSNS」という判断軸をもって、リプライ機能はそもそも必要か、必要だとしたらどんな形が適切かを考えた結果、この形で、この時期に実装することになりました。

やるからには、「タイッツーを使ってくれるユーザーが楽しい気持ちになる場」を本気でつくりたい。そう思って、開発に取り組んでいます。

——「タイッツー」の今後についても伺いたいです。サービスとしてさらにスケールするには1人で開発し続けるのは大変かと思います。人を増やして組織化することは考えていますか? あるいはOSSにする考えはありますか?

hoku:もう少しの間は1人でやっていこうと思っています。現時点ではOSSにする気もありません。

1人でやってきた理由の一つは、単純にお金の問題があります。大変ありがたいことに、Pixiv FANBOXでの多くの方からのご支援や、タイッツー内で広告やキャンペーンを掲載していただける事業者様により、1人で運用していくのであれば金銭的には問題なく持続可能な状態を維持できています。しかし、誰かを雇う余裕まではない状況です。現状は本業の開発をやりながら、タイッツーの運用も広報も営業も全部1人でやっているので、今後誰かにお手伝いいただくことも考えて準備を進めています。

もう一つの理由は、少なくともサービスの立ち上がり期に関しては、1人ですべてコントロールした方がまとまりがいいと思っているからです。スピードも出るし、クオリティも上がって何かと都合がいいんです。1人でつくれば、意思決定者も実行者もすべて私1人ですから、「今まさにつくるべきもの」を即時に判断し、開発・リリースでき、ユーザー体験を着実に向上させていくことができると考えています。

私は「個人開発者にとって、サービスとはその人の作品である」と考えています。そして私自身、開発初期は特に、目指しているゴールに向かって自分自身でつくり込んでいきたいタイプです。自分で頭を悩ませて、自分で決める。そうしないと後悔する可能性が出てきてしまうような気がして。現時点でOSSにする予定がないのも同じ理由です。

——「作品」という表現はしっくりきました。ここまでのお話がつながった感じがします。

hoku:ひとつだけ誤解がないように言うと「私はこう思う。だから人の話は聞かない」と考えているわけではありません。むしろ、ユーザーさんの利用状況や新機能に対する反応を細かく見ています。

1つの機能を追加するときも、リリース前は「表面上はこの振る舞いが良さそうだけど、実際にリリースしたらこういう弊害が出てくるのではないか」「これがベターか?いやでも…」と悩み続けています。リリース後は「ユーザーさんの反応はどうだろう?」「こういう感じか、ちょっと調整しよう…」と、その機能の使われ方や受け取られ方を確認しながら、ようやく1つの機能を完成まで持っていっているんです。

つくるべきものは自分で考える。でも一番大切にしているのは「ユーザーさんが本当に楽しめているかどうか」。それを常に考えてつくっているということはお伝えしておきたいです。

取材・執筆:鈴木陸夫
編集:光松瞳、王雨舟

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