2021年12月16日
株式会社ゆめみ 代表取締役
片岡 俊行
1976年生まれ。京都大学在学中にチャットポータルサイト「ゆめみ亭」を企画・運営し、100万人規模の会員サービスとしてNo.1メディアに育てる。2000年1月、株式会社ゆめみ設立・代表取締役就任。法人向けに大規模CRMシステム、ECサイト、先端的なスマートフォン向けアプリ開発を実現。2014年4月に株式会社Sprocket、株式会社スピカの2社をゆめみから分社化し、取締役に就任。
エンジニアなら一度や二度、「自分は正当に評価されているのか?」と疑問を抱いたことがあるのではないだろうか。2021年10月、職位ごとの年収目安と必要なスキルを細かく明文化した「アプリケーション・エンジニア職位ガイドライン詳細」が公開され、エンジニアの間で話題となった。
このガイドラインを作成・公開した株式会社ゆめみは、大手からスタートアップまで幅広い層にクライアントを持ち、企業のシステム内製化を支援するエンジニア&デザイナー集団だ。今後、急速に変化する時代の流れに俊敏に対応しながらビジネスを展開するには、コア業務の内製化が不可欠と考えているからだ。時勢を先読みしながら動くゆめみが、職位ガイドラインの作成と公開に踏み切った理由は何だったのか。代表取締役の片岡俊行氏にその顛末と狙いを聞いた。
前提として、当社は管理職のいないティール組織で、給与を自分で決める「給与自己決定制度」を採用しています。職場経験のない新卒社員にいきなり自分の年収を決めなさいと言っても、相場感がわからないから難しいですよね。そこで、新卒社員にも自分がどんなスキルを身につければ早く成長ができて年収が上がるのかがひと目でわかるように、 その基準を定量化しました。
給与自己決定制度の運用はこれまで、割と相対的に評価してきたところがありました。社内では年収レンジをオープンにしている社員も多いので、「あの先輩の技術力で600万円なら、自分は550万だろう」と「遠慮」が働くんです。結果的にお互い牽制しあってなかなか給与が上がらない。
これまでは、私のほうから「あなたはこういうスキルがあるから、これくらい年収を上げたら?」と提示することが8割だったんです。ただ、ゆめみは今規模拡大に向け、2025年度までには100名程度の新卒社員を採用する予定で、1000人前後の組織になったら社員全員に個別で声をかけていくのがさすがに難しいです。
だから「総合的にこれくらいのスキルを満たしていれば、最低限これくらいの年収は出せますよ」という意味で、年収モデルも含めた職位ガイドラインを作成しました。ただ、年収はあくまで目安。メンバーの個々の家庭事情などを考慮しながら柔軟に決められるようにしています。
このガイドラインを参考に能力開発の目標を立て、達成度を振り返って正しく自己評価し、さらに給与まで自己決定してもらうには、これくらい細かくないと難しいんです。逆にこれを見れば、自分に足りているもの、足りていないものがかなり明確になります。
ゆめみでは職位ガイドラインとは別に、身につけていくべき具体的なスキルをエンジニアの職種ごとにまとめた「技術ロードマップ」を作成していて、今後これを職位ガイドラインと紐づけていく予定です。また、ロードマップのそれぞれの技術について、育成コンテンツも用意しているところです。
最終的には職位ガイドラインを見れば、それに紐づく技術ロードマップから身につけるべき具体的な技術がわかり、さらにそれを実際に学べる育成コンテンツもある、という環境を目指しています。
柔軟なキャリア設計ができるように、職位をできるだけ細分化しました。ゆめみでは、スペシャリストとしてリードエンジニア、テックリード、さらに他社には珍しい「マイスターエンジニア」という、チームにおける役割は担わず、高い技術力で生産性に寄与する職人的なポジションも設けています。
このように、その人にしかできない役割を細かく設計しています。そのうえで、より良く業務をこなすために必要な周辺スキルを、昇給につながるオプションとして設けました。こうすることで、エンジニアが精密に自分の得意分野にフォーカスし価値が最大限に発揮される。その上に、「次はこういう技術を勉強して、ここを目指せばいいんだ」という明確なキャリアパスが社内で見つけられるんです。
最近、離職率を下げるために、各所では社員のエンゲージメント向上がよく言われるようになりましたが、ゆめみはそれより一歩先のエンベデッドネス、会社へのハマリ度合いを見ています。パズルとそこにハマるピースのように、「ゆめみにはあるが、他社にはないしっくりくるポジション」をすべてのメンバーに用意したいと考えています。ゆめみはこれまでも、エンベデッドネスを意識した役割設計を行ってきましたが、このガイドラインはその取り組みを明文化した形になりますね。
私が大枠をつくってから社内のテックリードなど4~5名のエンジニアにレビューをもらいながら加筆修正して仕上げました。
ここまで詳細にスキル条件を明示すると、チェックリストのようにして機械的に給与を決めることもできてしまうんです。その場合、本当にこれらの条件をクリアすれば給与に見合ったパフォーマンスを発揮し、会社の利益拡大に貢献できるのか。「採算が合う」ように念入りにつくり込みました。
当社は企業の内製化支援を主業務としているので、エンジニアが顧客から評価されることは売上に直接つながります。たとえば、新卒2年目のエンジニアが顧客のエンジニアチームにジョインしたとき、「2年目でこんなにビジネスコミュニケーション力が高く技術力もあるなら単価が高いのも納得」と思ってもらいたい。そのために、ガイドラインの設計は、他社よりも早く高い技術レベルに到達できるように、成長を後押しすることが根本的な目的になります。
極端にいうと、こういう評価システムの場合、給与を上がりづらくするのは簡単です。ちょっと難しめに項目を設計すれば、給与が上がりすぎてコストと収益のバランスが崩れることはなくなるんです。ただ、それでなかなか昇給できず、社員のモチベーションが下がってしまうと、「社員をどこよりも早く成長させる」ことは叶いません。確実に成長できる行動指針として機能しながら、その行動のモチベーションにもなるような給与設定を心掛けて、かなり細かくシミュレーションを行いました。
給与改定時には、ガイドラインに沿って自分でチェックしたあと、必ず一緒に仕事をしている3人以上のメンバーにレビューをしてもらい、最終確定する流れにしています。給与改定は毎月いつでも、自分の好きなタイミングでできるので、すでにこのガイドラインを使って給与を見直し改定した人もいます。
そういうふうに感じているメンバーもいるかもしれません。ただ、何をどのような順序でどのレベルまで身につけていくべきか明確になったので、自分の評価を上げたい人にとっては確実に進めやすくなったと思います。また、これまで他人と比べて自己評価が低かった人が自分の能力に妥当な評価をしやすくなったようです。
もちろん社員からのフィードバックから、改良の余地がある部分もあります。たとえば、「アソシエイト」というレベルの中にも520万と540万があるが、それをどういうふうに判断すれば良いか。このあたりは、前で話した技術評価のロードマップと組み合わせて補完していく予定です。
そうですね。多様な職務設計について「いいね」という声が多くもらえたことは嬉しかったですね。マイスターエンジニアのような職人的エンジニアがもっと評価される世の中になってほしいと考えているので。
一方で、最初の頃はガイドラインの部分だけがシェアされていたため、「プロフェッショナル職位の年収が低い」と言われるなど少し誤解もあった気がします。当社では入社2年目にはプロフェッショナル職位になるイメージなので、一般的な職位と年次のイメージでは少しギャップがあるのかもしれません。
このように、公開して不特定多数の方に見られることで、情報をわかりやすく整理整頓しようという意識が高まったのも個人的には良かった点です。私自身、作成しながら「見られるからにはきちんとしたものを作らなくては」と身を引き締めていましたね(笑)。
エンジニアは技能が定量化して評価しやすい部分があって、業界全体の流動性も高いため、全体の給与相場はいろいろなサイトで公開されつつあるのは事実です。
ただ、転職するときの給与相場は結構明確であっても、社内の評価は割と恣意的なところもあるように思います。ゆめみのガイドラインが各社のエンジニア評価の参考になればいいと考えています。そういう意味でも、まずは人数が多いアプリケーション・エンジニア用のガイドラインをつくりました。今後はその他エンジニアやデザイナーなど、すべての職種で同じ粒度のガイドラインをつくり、公開していく予定です。
特になかったですね。台湾のデジタル担当政務委員大臣であるオードリー・タンさんやGoogleも企業の「徹底的な透明性」を訴えており、もはや時代の流れでしょう。さらにいえばIT業界に限った話でもなく、食品業界のトレーサビリティやアパレル業界のサプライチェーンの透明化など、あらゆる業界で求められています。きちんと情報を公開していく企業こそが注目され、評価される流れは加速するのではないでしょうか。
躊躇はなかったですね。ノウハウを知られても、他社が真似できない実践力があれば不利になることはないと思っているからです。
さらに、ノウハウを公開した時点で「実践力で勝負する」と腹をくくっています。今は、経営や組織運営のノウハウをどれだけ知っているかでビジネスの成否が決まることが多くあります。でも、業界全体の発展を考えると、貯めてきたノウハウを競い合うのではなく、純粋に事業そのものがどれほど世の中に必要とされているかで勝負するべきだと思う。業界全体でノウハウを共有する流れができれば、本当に需要のある事業や会社だけが生き残っていくでしょう。それはIT業界全体のレベルアップにつながります。
ゆめみが情報公開をする一番の理由は業界に貢献したいからです。たとえば、当社はティール組織という特殊な組織を運営していて、当初はものすごく苦労をしました。あの苦労をほかの会社にもしてほしくはない。上手くいったことも、上手くいかなかったことも、すべて公開すると決めました。給与自己決定制度についても、取り入れたい会社があればぜひ参考にしてほしいです。
とはいえ、当社の情報公開レベルも自己採点ではまだ60点くらい。ガイドラインを第1歩に、今後も技術ロードマップや育成コンテンツなど業界のレベルアップに貢献していきたいと考えています。
取材・執筆:古屋江美子
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